お披露目会 6
誤字情報ありがとうございました。
試験から三日後の、闇の節季、第三週の光の日、王族主催のパーティーが開かれた。昨夜降っていた雨はきれいにあがり、さわやかな冬晴れとなった。冬と言っても、南国の王都では寒さを感じることは無い。朝から続々と貴族たちが王城に集まる。昼の部は、貴族が一堂に会するガーデンパーティーである。四千人を超える貴族の集まりは壮観だ。騎士団も今日は大忙しで警備に当たっている。
王城の正門は南にある。正門を抜けると宮殿を前にした大広場がある。この大広場では特別な発表があるときには市民にも開放され、宮殿のバルコニーから王族が挨拶するときにも使われる。その広場の左右に庭園がある。右側の東庭園は中央に噴水がある広場を生け垣が複雑に取り囲み、池や水路、バラ園などがあり、点在する小さな広場やガゼボでは王族主催の小規模なお茶会が開かれる。一方左の西庭園は大きく開けた芝生の広場を生け垣が囲っただけで、庭園と言うより非常に大きな芝の運動場に見える。ガーデンパーティーはこの西庭園で行われる。北側にはひな壇があり王族が貴族を迎える。広場の周りにはテントが並び、飲み物と軽食が提供される。
昼の部のメインは、今年十一を迎えた世襲貴族の子供たちの国王への謁見である。百四十七名いるので、下級貴族はまとめての謁見になるが、上級貴族は一人ずつ名前を呼ばれ王族の前で挨拶を行うことになる。
本会場では、国王の挨拶と大司祭からの祝福がおわり、談笑が始まっていた。一年ぶりの再会となるものも多く近況や派閥の情勢などの話しで賑わっていた。そのころ、恵たちお披露目組は控えの場に集まっていた。
出掛ける際にアリスからは、再度鑑定の注意があり、そのため鑑定を使わずしっかりと敵味方がどう接してくるかその目で見極めるように言われた。
「でも、アリス姉。私、敵も味方も顔知らないよ」
「人は、目つきや仕種、声の出し方など色々な情報を出しているじゃないですか、少し言葉を交わして総合的に見れば、だいたい外れないと思いますが?」
「なにそれ」
「メグ様はそちらの訓練も必要でしたか?意外です」
「私、そんな訓練いらないって・・・」
恵が待機場で周りを見渡すと、顔見知りと思える数名のグループができておしゃべりをしているのが見られた。誰もが、着飾り澄ました顏をしながらも、周囲の品定めに忙しそうだ。恵は一人でいる少数派だ、それに他の子供より幼く見えちょっと浮いた感じでもある。
(そういえば、わたし、殆ど貴族づきあいしてないよね。これも箱入りってやつなのかな)
「あら、あの子かしら。平民出がのうのうと貴族に混じって。全く品位が下がっていけないわ」
「まあ、そう言うな。あの家も皇太子の婚約候補となって浮かれているのさ」
「それだけ侯爵に返り咲くことに必死なのですわ。上級貴族としての優雅さのかけらもない。嫌ですわ」
そんな会話に、同じグループの子供がうんうんと頷いているかと思えば、別のグループはそんな彼らを、鋭い目で睨んでる子供もいる。
(アリス姉、訓練しなくても分かり易く接してくれます。口火を切っているのが、上級貴族の子女かしら、頷いているのが取り巻きね。大人びた物言いは、家の中で大人から聞いた言葉を繰り返しているだろうな)
恵も近くいるアリスも澄ました顔で流していた。
それはそれで、彼らも面白くないようで“全く誇りの一つも無いのかしら”などと聞こえよがしに言ってくる。
やがて、上級貴族と下級貴族に別れるように指示があり、家柄の準に整列させられた。いよいよ本会場に向かうらしい。
その時、前の一団が騒がしくなった。女の子が転んだらしい。本会場と違って昨夜の雨の処理が控えの場は完全でなく、広場の脇の方にはぬかるみがあり、ドレスが汚れてしまった。近くで世話をしていたメイドがクリーンを掛けるが、繊細な純白のドレスにシミが残っている。女の子の顔は真っ青のまま、言葉も出ていない。誰が押したとかの囁きが潮騒のように伝わる。係の男は時間を気にして、女の子を宥めに掛かるが効果が無い。
恵は、ため息を一つ付くと、列を離れ件の少女の下へ行く。
「よろしいですか。繊維まで染み込んだ汚れを落とすにはちょっとコツがいります」
突然現れた恵に、べそをかいていた少女はきょとんとした視線を、宥めにかかっていた男はいぶかしげな視線をよこす。恵はそれらを無視して、両手を翳し、詠唱を呟き。
「クリーン」
先ほどかけられたより強く広い範囲に光が広がり、それが収まるとドレスのシミはきれいに消えていた。
「さあ、ご挨拶に向かいましょう」
恵は、ハンカチを少女に渡しながら一言声を掛けると、自分のいた列へと戻っていった。
「目立ちたくないと仰りながらもご苦労なことです」
アリスが恵に囁きかける。
「小さな女の子に、あんな顔されちゃぁ、ほっとけないでしょう」
「あら、ここにいるのは、メグ様と同い年の子ばかりですよ」
「・・・そうだったわね」
恵の行為に周囲が騒がしくなり始めたとき。
「皆様、これより入場します。ご静粛にお願いします」
係員が声を掛けると、子供たちは口を閉じて従った。
本会場に入ると、左右に貴族が立ち並び、その奥にあるひな壇には王族が座っていた。中央に座っているのはジャン=ルイ・リシャール・デ・ラ・エスポワール国王で、まず目につくものは頭にある宝石がちりばめられたクラウン、ワイバーンのマント。マントは金糸の刺繍で縁取られている。上着のアビは前裾が斜めに立ち落とされ、中のヴェストが見える。どちらも嫌と言うほど金糸銀糸の刺繍が施されている。それにぴったりとしたキュロット、胸元と袖口にはレースのシャツのひだがたっぷりとはみ出している。正に絵から抜け出してきたような王様ファッションである。隣に座るのは王妃ルイーズ。こちらも宝石をちりばめたコロネットを被っている。服装はレースを重ねたローブ・モンタントで胸元には宝石を連ねたネックレスが輝いている。顔立ちはブロンシュに似ているが、シャープで凛々しい印象だ。二人の両脇には、皇太子のアレクシス、第二王子のアクセル、更に王女のクロエが正装姿で座っていた。
まず、下級貴族の子供百三十九名が、ひな壇の前に立つ。男の子は騎士の礼を、女の子はカテーシーをする。
国王が立ち上がり、一歩前へ進み。
「皆の者、よく参った。無事十一歳を迎え、貴族の一員になったことを嬉しく思う。だが同時これよりは貴族としての責務と向き合ってゆかねばならない。ご両親、先達の声を良く聞き、良き貴族となり、この国の民の模範となることを期待する」
子供たちは、一斉に礼をし、合図を受けて下がってゆく。変わって上級貴族八名がひな壇の前に並び王族に傅く。
上級貴族の場合は、一人一人名前を呼ばれ、ひな壇の前に行き改めて王族に傅き、挨拶を述べる。その後王は、親しげにその子の家族の話をし、親兄弟の良いところを上げ、”そなたも、それを見習い良い貴族となるよう精進に励むように”と締めくくる。親兄弟の良いところを引き合いに励むように伝えられた子供たちは目を輝かせて、礼をして、誇らしげに退いてゆく。
(王様もなかなか大変な商売だよね。些細なことだけど、こういうことを続けることが大事なんだよね・・・って王様ちょっと顔色悪くない。お披露目の前からたくさん挨拶してたんだろうなぁ、私で最後だから頑張れ)
最後に恵の番が回ってきた。
「マルグリット・スフォルレアン殿」
「はい」
恵は静々とひな壇に近づき、カーテシーをして顔を上げる。
「マルグリット・スフォルレアンにございます。お目に掛かれて大変光栄に存じます」
挨拶をしてニコリとほほ笑んだ。
周囲から、”ほう”、”まあ”といった感嘆の囁きに混じり、”平民風情がいい気になりおって”、”罪を得て伯爵に落とされたものを”など声も聞こえた。
今年は、王族や侯爵、辺境伯に十一歳になる子供がいないため、伯爵が最高位となった。王宮の文官たちは、トリを誰にするかで揉めた。最後には、スフォルレアン家とメフシィ家の何れかとなった。メフシィ家は国のほぼ中央に位置するブロール伯爵領を納めている強硬派であり、同格の伯爵家として穏健派のスフォルレアン家に対する対抗意識が強い。今回は元侯爵と言うことで、恵に決まったが、メフシィ家はそれが面白くない。
「そなたの姉は、聖女と称されるほどに心清らかであると聞く、姉を範として淑女の鏡となるよう精進せよ」
(陛下、無理な注文です)
「はい、精進して参ります」




