お披露目会 2
関西弁を入れたのですが、きちんと知らないので、テレビで聞いたことがあるそれらしい言葉を使ってしまいました。あちこちの言葉を混ぜでしまったり、使い方がおかしかったりと、違和感を持つ方がいらっしゃると思いますが、ご勘弁ください。
夕餉の時間近くになってライアンは帰宅した。恵は、早々に居間に向かう。
「初めてお目にかかります。マルグリットにございます」
居間のソファーで寛ぐライアンの前で、恵がカーテシーをする。
「ライアンだ、宜しく。座って寛いでくれ。アリーも久しぶり」
「ライアン様。お久しぶりでございます。お元気そうなお顔を拝見でき嬉しく思います」
「メグもアリーもそう硬くならないで。なるほどエマが騒ぐのが分かる」
ライアンは気さくに話しながらも、興味津々といった面持ちで恵を見る。
(うわ、なかなかのイケメン。お父様似だね、もう二十数年もすると渋くて良い男になりそう)
「お姉さまが何か仰ったのですか?」
「前シーズンに来たときは、君の話しばかりしていたよ。よほど嬉しかったのだろう。アディーの話が益々信じられない」
「アデルお姉様のお話は、あまりお信じにならないでください。それと、私の力に付いては、このお屋敷でもお兄様にしかお話してはいけないと命じられました」
「聞いている。話半部としても、その実力をこの目で見てみたいとは思っているけどね」
「それでしたら、メグ様とエリアス様が鍛えた護衛隊の実力から想像が出来ませんか?ちょうど明日の朝、お屋敷の護衛の方々と交流を兼ねて模擬戦を行うようです」
「それは興味深いな。是非見せてもらおう」
(模擬戦?そんなの聞いてないよアリス姉。それに、何でそんなに嬉しそうなの)
「メグ様。おねだりしなくていいのですか」
「アリスお姉さま、そのような仰り方はおやめください」
「ん、なんだい。可愛い妹の頼みだ、言ってみなさい」
「何処でもいいのですが、私の錬金術工房が欲しいのです。場所を頂ければ、機材は自分で用意します」
「なんだ、そんなことか。父上から聞いているよ。大丈夫こちらで用意する。実はルアン・ポーションは王都でも噂になり始めていてね。私のところにも打診が来ている」
(あっ、ライアン兄が、悪そうな顔した)
「そうなんですか」
「まだ、噂が先行しているだけだが、尾ひれがだいぶついている。側で聞いていると面白くてな。宮廷魔術師の中には、魔術師を堕落させるなどと言っている者もいるらしい。一応注意しておいてくれ。ギルドへ登録しているから調べれば発明者は直ぐにわかる。可能性は低いが、直接君に何か言ってくるかもしれない。アリーも気を付けておいてくれ」
「承知しました」
「アリーもメグも三人だけのときは、もっと砕けた話し方でいいんだぞ。アディーから色々聞いているよ」
(アデル姉め。余計なことを)
「私はメグ様付きのメイドとしてここにおります。そのような訳には参りません」
「やっぱりアリーはそうか。メグは良いだろう?妹なんだし」
「い、いえ。そのようなことは、淑女としてあるまじきことで・・・」
「おや~。お兄様のお願いを聞いてくれないのかなぁ」
困った恵はアリスを見るが、視線を逸らされてしまった。
「はぃ・・・」
「ん、よろしい」
(なにそのイケメン笑顔)
夕食は、定番の魔獣肉のほかに、フォーのような米粉の麺の入ったスープ、スパイシーカレー仕立のリゾット。全体的にスパイスが効いたものだった。そして果物が豊富。バナナ、マンゴー、柑橘系など様々ものが出された。前世の記憶がある恵は、違和感なく食べられる。その様子を見て、ライアンは食べ慣れると癖になるが、初めは苦手に感じる者が多いのに大したものだと変なところで感心されてしまった。
その夜、自室でガスパールの言っていたトレントの樹皮の鑑定を行った。
(内容に変化ないわね。検証して事実を確認しただけじゃダメなのかな。まぁ、師匠の検証が遅れているってことも可能性としてはあるけど。定期的に確認してみますか)
翌朝、恵はルシィに連れられ訓練場に向かう。道々で、昨日アリスが館の護衛達をあおって模擬戦をするようになったと話した。
「そうだんたんだ」
「やっぱりメグ様はご存じなかった。アリスさんたら、メグ様から館の護衛隊の方を懲らしめろと言われたって話されて」
(私も心で思ってましたー)
それまで、すました顔で聞いていたアリスが話を引き取る。
「私もメグ様に習ってちょっとお芝居をしてみようと思いまして。模擬戦では護衛隊の皆さんが勝つのは間違いないので、終わったら”相手の実力も把握できず、侮るような態度はけしからん”とか主人目線で一喝してくださいませ」
「それでライアン兄まで引きずり出したんだ」
「屋敷の者にも模擬戦があるとそれとなく伝えておきました」
(うわっ、衆人環視の中で叱責しろと)
「アリスさん。私は全然気にしてませんから」
「ルシィさん、あなたが侮られたのですよ」
(いいのか。こんなことしてて)
「ここが訓練場です」
ガルドノールは尚武の地。王都の邸宅にも立派な訓練場があった。
そこには既に、恵の護衛部隊と館の護衛の従士八名が集まっていた。館の従士は長身で、筋肉質ながらしなやかな体つきをしていて、全員が日に焼けた褐色の肌をしている。入り口で訓練場を眺めていると後ろから声が掛かる。
「おはようメグ。昨日はよく眠れたか」
「お兄さまおはようございます。おかげさまでよく眠れました」
「それは良かった」
連れだって訓練場に入って行った。突然の領主の子息の登場に、全員が騎士の礼をする。それに対し、ライアンは右手を上げ笑顔で頷き返し、恵はお辞儀をした。
「おい、今朝は若旦さんおるで、こりゃ気張らな」
「あれがこんどきはったこいさんか。えらい別嬪さんやな」
従士の声が耳に届く。
(???おかしい、なんか関西弁に聞こえる)
「あぁ。あれはこの土地の言葉だ」
(私の言語スキル大丈夫か。首都の方言なら江戸っ子弁じゃないの)
メディの宣言で模擬戦が始まる。第一試合は、リュカが出る。相手は、二十代前半の剣士風の男だ。男は背後の同僚に手を伸ばし。
「すんまへん。模擬剣とってください」
「はいよ」
(バナナ渡した)
「よし、さーいくで」
(バナナ構えた)
「なんやこれ。バナナやんけ!」
(ボケ突っ込みしてる!関西弁が正しい。私の言語スキルは正しい選択をしていた・・・)
リュカがぽかんと口を開けたまま止まってしまった。だが、仕切り直して模擬戦が始まると、リュカの表情も元に戻る。そして、相手もボケていられない状況になった。男は、長身としなやかな身体を生かし、鞭のように腕を振るい長剣を巧みに操る独特のスタイルで切りかかる。しかし、リュカの堅い守りは、それを尽く防ぐ。それも、盾に付ける角度を微妙に変えたり、前後の位置をずらしたりして、盾に剣を当てたとき、男の身体が泳いだり、踏み込みが甘くなったりさせている。リュカは、その隙を突いて鋭い反撃を加える。相手の男は優れた身体能力を使いそれを躱す。
(エリアス卿の動きに似ている。精妙な剣捌きはまだまだだが、しっかり自分のものとしている。エリアス卿が戻れなくて、一番気にしているのはリュカかもしれない)
暫く発熱した攻防が続くが、リュカは賢く戦い、相手を動き回らせるようコントロールしている。そして、相手の動きが鈍ったタイミングで、打ち込みに合わせて前へ出て柄もとを盾で弾く。さらに、盾が相手の視界をふさいだ瞬間、その影を使って剣を突きだした。リュカの剣は男の脇を捉えた。
「それまで」
メディの掛け声で、試合がおわる。
「おぉ・・・」
「ボン。やるやんけ」
場の雰囲気が変わり、相手からもリュカを褒める言葉が聞こえる。館の従士たちの表情が明るく生き生きとしだす。
第二戦は、カミーユがでる。相手は細身の男で、剣は普通サイズの片手剣だ。盾は持たないが、肘までカバーするガントレットは盾代わりに使えるように見える。試合が始まると、案の定相手はスピードを生かした戦い方をしてきた。しかし、カミーユは難なくそれに対応している。それどころでなく、カミーユの動きは次第に速さを増し、とうとう相手は防戦一方になる。しかし、魔力斬が使えない模擬戦なので、剣が軽く攻めきれない。結局、引き分けとなったが最後まで攻め続け相手に手を出させなかった。
続く第三戦はニコラで、相手は同じスタイルの長剣使いだった。両者一歩も引かず白熱した戦いだったが最後に一本入れられニコラが敗れた。ニコラは悔しがったが、後で聞いたところ相手はここの従士一の剣の使い手で、互角に戦ったことに非常に評価されていた。
最後のルシィは、魔法と剣を合わせて使う相手だった。魔術師にとって詠唱時間をどう対処するかは死活問題である。騎士団や従士団では後衛として役割分担での対処が基本だが、冒険者では魔術師自身が弓や槍などレンジの長い物を合わせて使うことが多い。稀に、剣と魔法を組み合わせて、接近戦もこなす者がいる。使える魔法の種類によっては非常に厄介な相手となる。ルシィは仲間から接近戦の対応を叩き込まれており、要所でシールド織り交ぜ、寄せ付けず。少し早い詠唱時間程度で、あっさりと相手の額に模擬弾を当てて完勝した。ちなみに、エリアスの進言で、シールドもライブラリーが作られ、受け流しやシールド・バッシュができるようになり戦術の幅が広がっている。もっとも、詠唱破棄を解禁したら一瞬で終わらせていただろう。
気づくと館で手の空いていた使用人も観戦していて、訓練場は賑やかな歓声に包まれていた。結果は二勝一敗一分け、恵の護衛隊は実力を十分示した。だが話はそれで終わらなかった。突然、一人の従士が恵の前に立つと。
「次の相手は、あんさんか」
咄嗟にアリスが動きそうなのを手で制する。
(この顔、ボケる気満々だ!)
すかさず、隣にもう一人従士が現れ、手の甲で初めの従士の腹を叩きながら。
「この方は、こいさんやで」
「なんでやねん」
思わず、恵は言ってしまった。“しまった”と思ったが吐き出された言葉は還らない。
「突っ込んだ」
「こいさんが突っ込んだ」
「おぉ、こいさんが突っ込んでくれはった」
訓練場の歓声は模擬戦以上に上がり、恵はほうほうの体で館に戻った。




