王都へ 2
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夕食をすます頃になると、外に出ていた者たちも戻り、アリスも現れた。この宿は、身分の高い者が止まる高級な宿で、恵の部屋も広いのだが、護衛達が揃うと狭く感じる。
アリスが、恵を見て頷く。
「今日は、盗賊団に出会いとても怖かったです。皆さん、これからも私を守ってください」
恵は何時になく幼げに話すと、アリスが優しげに答える。
「お嬢様、王都に付けばきっと良いことがあります。それを思って、今日のことは忘れましょう。明日は昼食をとってから出ます。ゆるりとお休みください。皆も下がってよいですよ」
扉の近くにいた、リュカが扉を開け閉めして音を立て、部屋の中を歩き回るが、誰も部屋を出る者はいない。ロジェが口をパクパクさせているが、ルシィに黙っているように止められている。
暫く静かにしていると、アリスが恵に頷いて小声ではなす。
「もう、良いようです」
「念のため・・・」
恵はポーチから、手のひらに載る円錐形の魔道具を取り出し、テーブルに置くと、魔力を流し始めた。魔道具が淡く光り、部屋の雰囲気がわずかに変化した。
「これで、大丈夫。この部屋の声は漏れません」
皆が息を吐くと、早速ロジェが話し始めた。
「お嬢様これは、何なのでしょうか」
「うん、そこの壁には隙間があって人が隠れられるみたいなの。さっきまでこの部屋の会話を聞いている者がいたよ。たぶんこの部屋ってそういう使われ方してるのね」
その後は、皆からの報告が始まった。エリアスとニコラ、リュカは二手に分かれて酒場に行き、身分を隠して町の噂話を拾ってきていた。恵の護衛が盗賊を退けたことは既に噂になっていた。
ニコラとリュカの話をまとめると、カルでは盗賊の被害が増えていて、訪れる商人が減っている。そのため物資の入りが悪くなり、住民に不満が溜まり始めている。町の従士団への討伐要望も強くなっている。しかし、盗賊団はガルドノール領へ巧みに逃げ、捕まえることはできない。中には、ガルドノールの者が盗賊を手引きしているとの噂まであった。領主は、ガルドノール領との軋轢を恐れ、積極的に対処していないといったところだ。
元々オクシーヌ領はガルドノール領に比べ税は高かったが、ここ数年でさらに税率が上げられ、取り立ても厳しくなっているらしい。そのため、盗賊騒ぎによる物資の高騰は住民の生活を圧迫しており、不満はかなり高まっている。
噂を丸呑みして、不満のはけ口をガルドノール伯へ向けている者もあらわれているという。
ニコラは、酒場では居合わせた冒険者たちと盛り上がり、親しげに話を聞いていたようだ。
(さすが、元ヤンキー?)
エリアスは、高級店に行ったようだ。話の筋はおよそ同じだが、エリアスを恵の護衛隊長と見て、接触してきた者があった。
「この町一番の商人のヴァランタンでした。カルの上部は様々な理由を付けて討伐が進まないと申しまして、我々に動いてもらえないかとのことです。ガルドノール領の問題でもあると強く要請してきております。後に場所を変えて噂を拾ったところでは、最近カルに出入りするようになった商人にヴァランタンは押されており苦しい立場になっているようです。その商人はヴォロンテヂュール侯爵領から来たらしく、オクシーヌ男爵と急速に関係を深めているとのことです。新しい商人は、侯爵領側の街道を使うので、盗賊被害もないとのこと。ヴァランタンは、我々を利用し、苦境を乗り越えようと図っているようです」
そして、アリスの報告が始まった。
「逃げた族三名を追跡した結果、盗賊団のアジトを見つけました」
おぉ~と一同がどよめく。
「そのあと、私も町で噂を集めていたところ、お母様が潜り込ませた里の者に出会い話を聞くことが出来ました。その者の話では、例のスタンピードに関わった商人を追ってここまで来たそうです。どうやら、エリアス様のお話にあった新しく来た商人がそのようです」
(なんかキナ臭い話になってきた。みんなも、難しい顔つきになってきたよ。で、やっぱり皆私を見るんだ)
「アリス姉、盗賊団のアジトってどこだったの」
「ここから五キロ北に行った林の中です。領境は超えていません。男爵領ですね」
(そりゃ捕まらないわ。うちにしてみれば他領だし、こっちでは領政府が保護していたとしたらね)
「エリアス卿。ルアンにスタンピードを仕掛けた狙いは何でしょう」
「スタンピードとなれば被害は小さなものではないでしょう。ただ、ガルドノール領全土の力を考えれば、然したるものではありません。むしろ、閣下の統治能力に汚点を付ける。それが狙いでしょう」
「つまりは、侯爵への返り咲きに疑義が出ると」
エリアスは深く頷く。
「アリス姉、盗賊がガルドノールに逃げるという噂なんだけど・・・」
「管轄があることを良いことに、領境を行き来して逃げるのは、盗賊の常套手段です。ですが、こうも断定的伝えられているのは、恣意的に噂を流しているものがいると思われます」
「すると・・・」
「タイミングを見て族を討伐。アジトはガルドノール領内にあったことにされ、放置した当家が他領に迷惑を掛けた。このような筋書きでしょうか」
「もしその通りなら自領の民に苦しい思いを強いて、噴出した不満の矛先をうちに向けさせ大義を演出する。なんて酷いことを考えているよ。放っては置けないよねぇ。」
「如何にも。ただ、我々が族を捕まえたことが、対手の動きを早めることになるやもしれません」
(どうしたもんか)
恵が、アリスを見ると、彼女はニコリと笑い。
「出発前に、お母様から何かあった時は、メグ様の好きにさせなさいと言伝がありました」
(まさかの丸投げ)
「ティラニー殿、あのような対応で良かったのでしょうか」
「何の話だ?」
オクシーヌ男爵の執務室には、不在の男爵に代り、執事のティラニーと副執事のアミンがいた。ティラニーは当然のように執務机の男爵の椅子の座り、アミンは執務机を挟んで立ち家臣のように対応している。
「先ほど訪ねてきた、ガルドノール伯爵令嬢への対応です」
「所詮、平民上がりの小娘が貴族の真似事をしているに過ぎぬ。わざわざ私が対応したのだ、有難がられこそ不平を言うことはあるまい。して、どうであった」
「それが、こちらへの訪問時の気丈な態度とは変わり、宿では年相応の物言いで昼間の盗賊との争いを怖がり、メイドに宥められていたとのことです」
「やはり、そんなものか。私と違って貴族の血が流れていないのだよ。平民であることはお見通しだ。私があのような隠蔽を見抜けぬわけがなかろう。確かに見目の良い娘であった。サイモンめどこぞのヒヒ親父にあの娘を宛がい侯爵に返り咲こうとは、浅はかなことを考えたものだ。まったく、マロにしてもそうだ、媚びることしかできぬ無能が世襲貴族だと」
「ティラニー殿、さすがに口を慎まれよ。我らは、マロ様に仕える身ですぞ」
「何を言っておる。まだわからぬか、私は伯爵家の出だぞ、そしてユリス様が、侯爵閣下が、無能な男爵を見かねて、私をここに遣わしたのだ」
ティラニーは、ルグラン伯爵家の二男として生まれた。ルグラン伯爵家は世襲貴族で、ヴォロンテヂュール侯爵の寄子として領都に次ぐリボールの街の代官を代々勤めている。世襲貴族でも、二男以下は嫡子が世襲すると平民になる。しかし、長男が幼少期に病弱であったため、ティラニーはスペアとして留め置かれ、アカデミーでは優秀な成績を収めながら、養子の機会を逃し、また一芸を磨き自らの力で叙爵に邁進することもできなかった。街の行政の長などに据えることもできるが、兄に思うところがあり近くに置けない。領地があれば、兄弟を離して領内の町や村の代官にさせることもできるが、そうもゆかない。不憫に思った伯爵は、親貴族の侯爵に頼み込み、侯爵子飼いのオクシーヌ男爵の執事に送り込んでもらったのだった。
「しかし、アダンも案外だらしが無い。この国一の盗賊と豪語しておきながら、たかが小娘の護衛に後れを取るとは」
「隊長のサー・デュランは剣の使い手のようです」
「あまり聞かぬ名ではあったが、腐っても騎士かの。まあ捨て置け。明日には出て行くのだ。それより、そろそろアダンを切り捨てるときかもしれぬな」
翌朝、恵が朝食を終え部屋でくつろいでいると、盗賊から救った旅商人のルペンと冒険者が訪ねてきたとの知らせが入った。恵はエントランスホールに降り、ホール脇の応接セットで彼らと接見した。恵の横にはエリアスが座り、ソファーの後ろにはアリスが控えた。彼らは今朝になって漸く事情聴取から解放されたが、恵たちが今日街を出ると聞いて、その足で感謝を伝えに訪問してきた。疲れがたまっているようで顔色が悪い。早々に切り上げて休ませようとしたときに、エリアスに接触してきた商人のヴァランタンがエントランスに現れた。
実は、昨晩の打合せの後、エリアスはヴァランタンに翌朝であれば恵に目通りが叶うと伝えていたのだ。
ヴァランタンは、エリアスを見つけるとこちら来て恵とエリアスに挨拶するが、ルペンを見て驚いた。彼は、ルペン夫婦と顔見知りで、事情を聞いては盛んに気の毒がっていた。
宿のエントランスにいる他の客たちは、今噂になっている盗賊を捕まえた令嬢と助けられた商人だと知ると、興味津々とその様子を伺い始めた。
ヴァランタンは、ひとしきりルペン夫妻を励まし、知人を救ってくれたことを恵に感謝したが、盗賊の討伐が出来なければ、何も解決しないと訴え出した。
恵は、逃げを打つように”王都に向かわねばならぬ身”、”父サイモンには、この窮状を必ず伝える”としたが、それでは遅いと引かないヴァランタンに応えるように。
「今はオクシーヌ男爵も不在であります。ご相談に上がることも叶いません。さすがに、他領で我らが独自に事を起こすわけにはまいりません。そこで、もし町の皆様が冒険者ギルドに族の討伐依頼を出されるのであれば、その報奨金を私からも合力させて頂きます」
と言って、アリスを見ると彼女は硬貨の入った袋をテーブルに出した。ヴァランタンもこの辺りが引き時と考え。
「ありがたく頂戴いたします。確認させて頂いても」
恵が頷くと、受け取った袋の中を確認する。
「白金貨!・・・・ガルドノール伯爵令嬢の民への慈悲。このヴァランタン感銘いたしました」
ヴァランタンは金貨五十枚と踏んで受け取ったが、中身が白金貨五十枚であったことに驚きを隠せない様子である。ルアン・ポーションと光る装飾品は、領外へも販売され始め売上は予想外に伸びている。恵の自由になるお金は急速に増していた。恵は、ガルドノールの評判の回復も考え、人目のあるところで、惜しまず出すことにしていた。




