サバイバル 3
「凄い」
もう二時間以上走り続けているのに、疲れを感じないし息も乱れない。途中で、一度花摘みに少し止まっただけだ。ただ、これは精神的にかなり来た。周りに人はいないといっても遮蔽の無い屋外で、拭くものもなく、手を洗うこともできなかった。涙目になった。
だいぶ距離を稼いだはずだが、荒れ地は続いている。ただ、背の低いブッシュなどが所々に見え始め、サバンナのようになってきている。背後には壁のように山並みが見える。あの爆発させた岩だらけの山に連なっている。
途中からは、経験値が上がらないかと短剣を振り回しながら走っていた。出鱈目に振ってもダメなのか、今のところスキル発現の気配はない。
日はだいぶ傾いてきた。これまでのところ魔獣に出会ってはいない。だが夜はどうなるかわからない。
「どうしよう」
とりあえず日が沈むまで走ってみることにする。
三十分ぐらい走ると、辺りは茜色に染まる。走りをやめて、腰を下ろすことにした。座ってみてわかった。体は大丈夫なようだが、色々あったためか心が疲れていた。
携帯保存食を出して半分食べる。残りはポーチにしまう。ちなみに、ポーチへの収納は、中身を感じる状態にして、収納したい外のものに意識を集中したらうまくできた。
(やっぱりこれ便利)
なお、取り出すときもお手玉はもうしない。意識すると出したい位置と姿勢で取り出すことが出来、直接掌に載せることもできた。まあ当たり前の機能といえば機能だ。
日は暮れて、星が瞬きだす。星の数が半端ない。いや、目もよくなっているのだ。そういえば、老眼が始まっていたのもきれいになくなっている。
昼間はそうでもなかったが、日が沈むと急激に冷え込み肌寒くなる。右手の地平線に目を向けると上限の月が昇り始めるのが見えた。そして、左手にも小さいがもう一つの月が昇る。こちらは満月だ。
(月が二つか・・・)
如何にもゲーム世界。体育座りをして、ぼんやりしていたら、うとうとしてきた。
いつの間にかまどろんでいたが、“危険察知”のスキルが働いて一瞬で目が冴える。ゆっくりと立ち上がり短剣を抜く。気づくと、二つの月は高度を上げていた。左手、多分東から上った小さな月は、星々と伴に移動し少し見上げるほどの高さにあるが、西から上り星々と反対に動いた月はすでに頂点にあり、上弦だった月が満月になり、さらに大きさもはっきり分かるほど大きくなっていた。その月明かりの中、大きな犬のような影が三つ、こちらに近づいてくる。相手の正体を見極めようと目を凝らすと、ガルムと頭に浮かぶ。
(それって地獄の番犬じゃないの?私、地獄に来たんか)
五メートルほど手前で三頭は足を止める。大きい。対峙すると怖くて足がすくむ。離れた場所からスクロールを使うのとは訳が違う。一頭が、軽い足取りで恵の後ろに回り込む。取り囲んで逃がさない構えだ。
前方の一頭が唸りながら前へ出る。怯える恵は、ビクッとしただけで動くことができない。そのとき突然左肩に衝撃が走る。前で一頭が気を引いている隙に、回り込んだ一頭が左肩に嚙みついたのだ。嚙みついた一頭が顔を左右に振ると、軽い恵はそれだけで吹き飛ばされた。しっかりした防具に助けられたのか、肩は喰いちぎられてはいない。幸いにも短剣を落とさなかった恵は、転がされた先で座り込んだ格好で、闇雲に短剣を振り回す。しかし、三頭は冷静に代わるがわる短剣を避けて攻撃してくる。そのままど突き回されるような状態が続く。
絶え間ない衝撃と、強烈な獣の臭いの刺激が、真っ白だった恵の意識を引き戻した。
「おばさんを、なめるな~」
叫び声と共にふるった短剣が一頭の腹に当たり、一刀のもとに体を二つに断ち切った。残る二頭の動きが止まる。
ここに至って、恵はようやく状況を把握し始めた。
「あれ、痛みが・・・ない?」
(ステータス・・・HP、2しか減っていない)
短剣を前に突き出しながら、ゆっくりと立ち上がる。
残る二頭を見ると先ほどまでとは打って変わって、攻撃を躊躇っている。少し冷静になって相手を意識すると鑑定が働く。“ガルム、魔獣、雄、成体、レベル11”。
(レベル11!・・・あたし、レベル140・・・なにこれ)
恵が動かないと見たのか、じれた一頭が再び恵に襲い掛かる。
動きが見える。左右にフェイントをかけながら左手に噛みつこうとする。その動きに合わせるように、僅かに体の向きを変え、短剣の刃先をガルムの首元に滑り込ませる。たいして力を入れたわけではないのに短剣は抵抗なく刺さり、ガルムが飛び込んでくるのに合わせて腹までを切り裂いた。慣性のままガルムは後方に抜け、そのまま地面に倒れこむと動かなくなった。これを見た残る一頭は、踵を返してその場を立ち去った。
俄かに静かになる。周囲は、強く血の臭いが立ち込めている。手には、魔獣の肉を切り、骨を断つ感触が残っている。今になって震えが来る。指が硬直して短剣を離せない。左手で右手の指を一本ずつ開き漸く剣を放した。
「しんどい」
へたり込みそうになるが、血臭がするこの場をすぐに離れたほうがいいと判断し、月明かりの中を走りだす。幸い二つの月の明かりで走ることに不自由はない。しかし、さすがに夜なのでスピードは控え、警戒しながら走ることにした。
小一時間ほど走ると、高さ三メートルを超える岩がぽつんと現れた。恵は、スピードを緩めその岩に近づく。一通り岩の周囲を見回り、見つけた窪みに体を収めて座り込む。
「ちょっと休憩」
走ったことで泡立っていた気持ちがだいぶ落ち着いた。この出鱈目な体は、まだまだ走れそうだが、さすがにあれだけあると精神の疲労感は半端ない。寝ることを警戒してちょっと休むつもりだったが、たちまち眠入ってしまった。