お嬢様の暮らし 9
「右前方五十メートルに中程度の魔力、数は・・・二?三?」
ルシィのひそめた声が言いよどむ。
「数は?」
「すみません。はっきりとわかりません」
「ニコラとリュカは前へ、カミーユはルシィを守れ」
エリアスの指示が飛び、臨戦態勢に入る。
「ルシィさん。落ち着いて。魔力が脈打っているの分かりますか」
「えぇ・・・あっ、数は三です」
「そうですね。魔力パターンを覚えておいて。多分、フォレスト・ウルフです」
「凄いです。メグ様」
「一度戦っているからね。動き出すと思うから目を放さないでください」
「数三。カミーユ、抜けてくる奴に注意」
「リュカ、気負わないで」
「大丈夫です。メグ様、あのときの俺じゃない」
「こちらに気づきました。来ます」
リュカが二頭を引き付けている間に、ニコラが残る一頭を討伐。一対一に持ち込むと、リュカも攻撃を始め危なげなく討伐する。魔力斬を使ってそれぞれ一撃で仕留めている。
「よし。いい連携だった」
エリアスが二人をねぎらう。
「隊長。魔石の回収終わりました」
「ご苦労。ルシィ」
「カミーユ。リュカと前衛を交代」
「了解しました」
今日は、恵、アリスと護衛隊五人で魔の森へ実践訓練に来ている。名目は、我儘なお嬢様のピクニック。当然、エマに用事があり不在のときを狙ってである。現在は森に三キロメートル程入ったところで中型の魔獣が多い。ここまで来るとネズミや小鳥のような小型のもの以外の獣は少なく魔獣ばかりになる。空気中の魔素も濃くなってきている。
「反応あり。前方四十メートル、数二、今度もフォレスト・ウルフです」
恵も横で頷く。
「よし、ニコラ、カミーユ、相手をしてやれ。今度は、魔力斬は使わずに対処」
「了解」
ニコラのロングソードは一見振り回しているだけに見えるが、相手の速い動きを封じつつ、要所要所で確実にダメージを与えた。そして動きが鈍ったところで重い一撃を加える。カミーユは、動きの速いフォレスト・ウルフの上前を撥ねる動きで、鼻先、脚の腱など相手の嫌がるポイントを確実にヒットさせる。そして、動きが鈍ったところで肩から心臓に狙いすませた一突きを加えた。
二人とも、魔力斬を使わずとも難なくフォレスト・ウルフを討伐する。
「二人ともご苦労。ここからは、東に進む。ルシィ索敵」
「了解しました」
今日のコースは、西門から出て、真直ぐ魔の森に入り三キロほど森に潜り、そこから東に移動。ロアーヌ河にぶつかったら南に転身して森から出る。ルアンの北の城壁に隣接する川の魔獣除けの橋を渡るとそこに迎えの馬車が控えていることになっている。帰りは東門からになる予定だ。東西に帯状に延びるニゲルの森は深い。恵がサバイバルで通過した一番で薄い部分でも30キロメートルほどあり、一番厚いところ至っては100キロメートルを超える。人間が中層と言い慣わす3キロメートルほど入った地域は、本来なら浅層と言ってもおかしくない。恵が通ったルートは、王国を建国した英雄王が通った伝説のルートで回廊と呼ばれている。過去何度かあった遠征隊や開拓団も回廊を通ったが、それ以外の場所で五キロメートル以上潜った者で帰還したものがいないと言われている。ニゲルの深部には魔王が巣食うと言われ恐れられていた。
(魔王ってどんな奴なのって聞いたら見た者で生還できたものはいないから分からないって。それ、“人跡未踏の密林に人食いトラを見た”のパターンじゃないの。言い伝えだと二百年ほど前は結構人里に現れたようだけど、その記述も“夜の闇の中に、闇よりも濃い魔王が徘徊して”なんて書いてあって、それって見てませんて言っているようなもんじゃん)
東に進路を取ってから二キロほど移動したところで、昼食をとる。
ピクニックに偽装したのでメイドさんたちがサンドイッチを持たせてくれた。
(魔の森での食事とは思えないよ。護衛の皆さんは、携帯保存食か、懐かしい。あの時はこれがご馳走だったけ)
ルシィとカミーユには女子の特典として、デザートを渡す。二人とも目を輝かせて食べている。なぜかニコラが捨てられた犬のような目で恵を見ている。
皆確実に強くなっている。
剣士たちの現在の目標は魔力による身体強化だ。魔力斬のように攻撃のタイミングで放出するものより、戦闘の中で常時一定の魔力を巡らせるのは技術的に難しい。訓練では何とかなっているが実践ではうまく使えていない。
ルシィは中級魔法のミディアム・ショットとスタンを習得した。スタンは電撃で、杖や剣に纏わせて相手に接触させるとスタンガンのように電撃が走る。なんでも従士隊の先輩魔術師から教わったらしい。カミーユ情報では、その先輩はルシィに好意を寄せているとのこと。
(その先輩きっと撃沈だよね。ルシィさんは、いまだに師匠のとこ通っているし。他人が口出すことじゃないんだけど、師匠は彼女の父親と同じ年代なんだよ)
ちなみに恵もルシィから教えてもらいスタンを習得した。この時、以前に魔法陣の指導をしてもらったお礼として、弾入れ用にマジックポーチ(中)をプレゼントした。これでルシィもショットの連続打ちが出来るようになった。
あと全員の課題で、今回は隠密行動の訓練も兼ねていた。森の浅いところでは、戦闘を避け、魔獣に気づかれないような行動をしてきた。人数が多いせいもあってなかなかうまくいっていないのだが。
昼休憩を終えて、出発して暫く行くと魔力に反応があった。
「前方五十メートル、中型、数十。あっ、一体大きい反応があります。メグ様どうです」
「私も、初めて見る魔力パターン。二足歩行してるね。オークかな」
「そこまで分かりますか」
「漏れ出た魔力の揺れ具合、さっきのフォレスト・ウルフの四つ足と違って人やゴブリンと同じでしょう」
「う~ん。良く分かりません」
「オークは未確認情報として、上位種が一体いることは間違いないですね」
「エリアス卿、どうします。私とアリスも出ましょうか」
「いえ、先ず護衛隊五名で当たってみます。危なくなったときは支援をお願いします」
「分かりました」
「私とニコラ、カミーユは前衛、リュカ、ルシィは後衛。先ず、隠形で接近し、ルシィはミディアム・ショット”で先制攻撃。それに合わせて、前衛が突撃する。リュカは、抜けてきた個体に対処しルシィを守る。ルシィは隙を見て後方から支援」
「了解しました」
「上位種は、私が対処する」
エリアスの言葉に、ニコラが反応した。
「隊長。上位種は俺にやらせてほしいっす」
「・・・いいだろう。やってみろ」
「ありがとうございます」
「戦闘開始」
五人は姿勢を低くしてするすると進みだす。恵とアリスも距離を取りながらそれに続く。少し行くと木々の隙間から河原が見え、そこにオークたちがいた。大柄な大人と同じくらいの背丈で、異様に筋肉が発達している。顔は牙がある豚だが、後ろは毛が生えているので見る角度によっては猪のようにも見える。手には太い棍棒を持っている。そして、三メート近い上位種が一体いる。ハイオークに違いない。
「ミディアム・ショット」
その言葉を合図に、エリアス、ニコラ、カミーユが飛び出す。
十五ミリ弾は、背中を向けている一頭の後頭部に命中。頭から赤黒い血を流しながら倒れる。即死だ。オークたちは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「ミディアム・ショット」
続いて二射目。今度は一頭の脇腹に穴が空く、オークは腹を押さえて片膝をつき苦しそうにしている。
「ミディアム・ショット」
三射目は、膝をついたオークの胸に当たり、そのまま崩れるように倒れ動かなくなった。ここでルシィは、ポーションを飲む。十五ミリ弾を使ったミディアム・ショットはこの距離ならオークの分厚い筋肉の鎧をもろともしない威力があるが、中級魔法並みの魔力を使う。今のルシィではMPがフルにあっても八射が限界だ。早めに、ポーションで回復させている。
(ルシィさんはまだまだ高度な魔法を覚えるだろうからMP量が課題になりそうだけど、実戦では精度を高めて初級魔法を効果的に使うことを考えるべきかも)
リュカとルシィも河原へ降りる。その頃、前衛三名が戦闘に入った。混乱に乗じてエリアスとカミーユが一頭ずつ討ち取る。ニコラは上位種を相手に賢く戦っている。強い相手に防戦一方に見えるが、相手を煽り大振りさせて、それをいなすように捌いている。
オークたちは、一時の混乱が収まりこちらの人数が少ないと見ると、数を生かした連携で仕掛けてくる。エリアスとカミーユは、ニコラが一対一を保てるように位置取りをしながら、その攻撃に耐えている。一頭が後衛を見つけてルシィに近づいてくるのを見てリュカが間に入る。オークは力任せに棍棒を叩きつけるが、リュカは落ち着て盾を傾け、滑らすように打撃をいなす。
「ショット」
弾を八ミリ弾に切り替え、リュカとの打ち合いで足を止めたオークの膝を撃ち抜く。リュカは、バランスを崩したオークの首を魔力斬で切り落とした。更に、カミーユが相手をしている二頭のうちの一頭の足首を撃つ。オークは転倒するが、棍棒を杖に立ち上がろうとしている。ルシィは、落ち着いて棍棒を持つ右手首を撃つとオークは再度転倒し、今度は地面で藻掻くばかりとなった。その間カミーユは、残りの一頭に迫り、棍棒を持った右手首を切り落とす。それでもオークは残った左手でカミーユに掴み掛かろうとするが、するりと躱して今度は足首を薙ぐ。そして、尻もちをついたオークの首を一閃した。
更に地面で藻掻く一頭に近づき喉に突きを入れる。
エリアスは、二頭に対しても落ち着いている。剣に無駄がなく精妙さが増した。さして速い動きに見えないのに、相手に先んじて攻守を行っている。僅かの間に、二頭とも腱や筋を切られ動きが鈍くなってゆく。エリアスは、余裕をもって二頭に止めを刺し討ちとる。横で見ていると、弱い相手に簡単に勝っているようにしか見えない。
「エリアス様は、私のような外連ではなく、本当の強さを身に付けつつあります」
アリスの評価は非常に高かった。
周りのオークは一掃された。残るは、ニコラとハイオークだ。こちらは、まだ攻防が続いている。
ルシィのショットがハイオークの肩に当たる。しかし、ハイオークは平然とニコラと渡り合う。ルシィが次を打とうとすると、ニコラは首を振ってそれを止めさせ、にやりと笑った。“俺に任せろ”と言いたいようだ。
ハイオークのレベルは29、対してニコラはレベル18。よく戦っている。格上に対して、相手の疲れを誘う作戦だが、ハイオークの体力は半端なものではない。いなすと言っても一撃一撃が致命傷になりかねない攻撃である、ニコラの集中力と精神力は称賛に値する。恵はいつでも援護できるように身構える。
長丁場になり、底なしの体力に見えたハイオークも大振りを続け動きが鈍り始めたとき、ニコラはそれまで躱し続けていた相手の攻撃を剣で受け止めた。しっかりと身体強化をして、ハイオークにも力負けしていない。すると。
「戦神プロエリウムよ、ご照覧あれ、我が武を示さん」
ニコラは、鍔迫り合いを半歩引きながらいなし、そのまま剣を摺り上げるように廻して、バランスを崩したハイオークの手首を切ると、
「旋風剣」
叫んで、そのまま体を回転させ、持ち上げた剣を担ぐように一歩前へ出て振り下ろす。剣はハイオークの首筋から袈裟懸けに入ってゆく。この一連の動作の中、魔力斬をかけ続けた大技をやって見せた。ハイオークは両断されこの一撃で息絶えた。
ニコラはどや顔で恵たちに振り返った。
(はずかしい~奴)
「ニコラ先輩すげぇ」
(リュカなに目をキラキラさせてるの。凄いのは剣技じゃなく恥ずかしい方だからね)
すると、ルシィが真っ赤な顔をして、ニコラに近づいて行く。
「バカですかあなたは!あれほど叫びながら剣は振るうなと言ったのに。恥ずかしい名前までつけて。こっそり陰でやってたんですか」
「自主練でやっていたんだ。お前には関係ねぇ」
「隠密活動をする私たちが、あんなこと叫んだら、一発でバレバレでしょう」
ニコラがはっとした顔をした。
(こいつ考えてなかったな)
「お嬢・・・」
「ニコラの負け」
ニコラは、がっくりと肩を落とした。
帰りは、大物には出会わず。陽が傾く前にルアンに戻った。




