お嬢様の暮らし 7
ブロンシュの誕生会の三日前に、宝石商のアドリヤンは、依頼していた宝石を納品にやってきた。午後の、応接室には華やいだ声が響いていた。
「ありがとう。エマ、メグちゃん。素敵なブローチだわ。こんな誕生プレゼントを用意していたなんて」
「こちらはマルグリットお嬢様が意匠をお考えになりました。伝統を守りながらも新たな息吹を感じさせるこのデザインに、アドリヤンめもいたく感動いたしました」
ブローチは、ブロンシュの瞳の色のエメラルドを小さな魔石が囲い、その周囲をアールヌーボー調の蔦が、髪の色であるプラチナ細工で作り込まれ、メインのエメラルドを支えている。ブロンシュは、幸せいっぱいといった笑顔でブローチを見入っている。
「ガルドノール伯爵夫人。どうぞお手にお取りください。お嬢様お二人からのもう一つの驚きがご用意されています」
それを受けて、ブロンシュがブローチを化粧箱から取り出して手に取ると。エメラルドを囲む小さな魔石たちが、キラリ、キラリと光り出した。
「まぁ、なんてことでしょう。とても綺麗」
恵とエマは、ブロンシュの喜んだ顔をみて頷きあった。
すると、アドリヤンは再び鞄を探り始め、もう一つのブローチを出す。
「こちらは、マルグリットお嬢様が、エマお嬢様に日頃の感謝をこめてお送りしたいと、私にお命じ頂いたものです。こちらも、マルグリットお嬢様がご考案された意匠にございます」
こちらは、プラチナで縁取られた葉の中に小さな魔石とエメラルドが散りばめられていいて、その葉をプラチナの蔦が取り巻いている。こちらも、エマの瞳と髪の色を意識したものだ。
エマが感激して恵に抱き着いた。さらにブローチを手に取ると、葉の中で淡い光が流れるように瞬き始めた。
(光るタイミングを合わせるの苦労したけど、うまく行っているね)
ひとしきり、ワイワイと三人が盛り上がる。少々エマの声が大きくなっている。普段はブロンシュが窘めるが、今は自らも加わっている。
「マルグリット様の新しい意匠と美しく輝くこの装飾品は大変素晴らしいものでございます。許されるならば、このモチーフを取り入れたものを、マルグリットお嬢様のお名前を冠したブランドとして立ち上げさせて頂きたいと考えております。ガルドノール伯爵夫人、お許しいただければ、このアドリヤン望外の喜びにございます」
「アドリヤン殿、今回のプレゼントの件はお姉さまのご尽力無くしては成し得ませんでした。私の名を冠することは憚れます。ご再考のほどお願い申し上げます」
「あら、メグちゃん。そんなことないわよ。可愛い娘の名前が付くのですもの。私は何の依存もありませんよ。エマもそう思うわよねぇ」
「もちろんです、お母様。メグちゃんの名前が付いたブランドなんて、大変素晴らしいご提案ですよ」
(いやいや、話がへんな方向に行っているよ。誰か止めて~)
恵がアリスの顔を見るが、彼女はうつむいて首を振るばかりだ。
それからの話しは、トントンと進みマルグリット・ブランドが立ち上がることになってしまった。
(こうなったら、お父様に言っても無駄だよね)
誕生会は夜会のため、成人前の恵は参加できない。
パーティーにおいて、ドレスや身に付けた装飾品の話題は定番である。光るブローチは話題になり、ブロンシュは、二人の娘からの贈り物であることを嬉しそうに話した。エマは、恵の感性が伝統に縛られない新しいデザインを作り上げたと、若い世代にブローチを見せた。そして、新しい流行を感じた客たちに、二人でマルグリット・ブランドが立ち上がる話を嬉しそうに吹聴してまわった。
翌朝、恵は誕生会に出席していたジュリアに呼び出された。
「ジュリア母様、お久しぶりです」
「マルグリット。何か私に報告することがあるのではなくて」
「お母様、お姉さまのご指導の下、元気に過ごしております」
「マルグリット。目を逸らさない。ポーションぐらいなら、伯爵家の箔付けで済ませましたが・・・あなたの名のブランドなど目立ちすぎです。アリスもです。あなたが付いていながら」
「アリス姉、しょうがない状況だよね。お母様とエマ姉がどんどん進めちゃうんだから」
「メグ様は、無自覚に予想外の事を始めます。護衛の従魔術師ルシィは、この短い期間で“詠唱破棄”を使えるようになりましたし、メグ様は“隠形撃ち”を使っていました。申し訳ないですが、多分これだけでは済まないと思います。ここは路線を少し修正して、“与し易い相手”から“早めに芽を摘んだ方が良い相手”にすべきかと」
「それは装飾品どころではありませんね。でも“詠唱破棄”はギフトによって与えられるものでは無かったのですか」
「そうでは無かったようです。素養は必要とは思いますが、ガスパール殿の理論とメグ様の指導法による、理に適った手順により発現したと思われます」
「それと、“隠形撃ち”は分家の我々には伝えられていません。マルグリットどこで教わったのです」
「“隠形撃ち”とはなんですか?」
「音を消して撃つショットのことですよ」
「あぁ、少し遅くして撃つあれですね。名前があったんだ。師匠に物理現象の話を聞いて、面白そうだからやってみたら出来ました。群れの魔獣に対して先制攻撃するのに使えるかなって」
「・・・やってみたら出来た・・・」
「お母さまご理解いただけましたか」
「分かりました。私の考えが甘かったようです。あなたの提案で進めましょう。しかし、当初より当たりは厳しくなると思いますが、大丈夫ですか」
「護衛隊の力、里の者でも手古摺る程度にはなっています」
(二人で何か怖いこと言ってる)
工房に行くと、既にガスパールとルシィがテーブルを挟んで紅茶を飲んでいた。
「メグ様。いらっしゃいませ。今すぐ紅茶をお入れします」
ルシィがすぐに立ち上がって、恵とアリスの紅茶を用意する。
(なにこれ。ルシィさん凄く自然にやっているよ。師匠も当たり前のように紅茶飲んでるし)
紅茶が行き渡ると。ガスパールが話し始めた。
「ルシィ君もいるので、これまでの試したことを振り返りましょう。お嬢様」
「はい。初めは、魔力を注いで活性化した薬は、魔力を止めると元に戻るので、活性化させた状態で、ポーションの中に注ぎました。薬はポーションの魔力が続く限り活性化し続けると考えたのですが、実際には魔力を止めたときのように、薬は元に戻りました。つぎに、薬を作るときの魔力をポーションで代行させましたが、そもそも薬は活性化しませんでした」
「そうでしたね。すると人が放出した魔力と、ポーションの魔力は同じではないことになります」
「ポーションの魔力は、純粋な魔力ですから、人が注ぐ魔力が変質しているのでしょうか」
「私、師匠が魔力薬を作るの見ていましたが、注いでいるのは魔力でしたよ」
「そうなんです。そこが不思議でならなかった。鑑定を持ち、魔力を感じる力に優れたお嬢様が確認されている。ただ以前に、お嬢様と魔法についてお話し頂いたことを思い出しました。魔法の上手下手には実にたくさんの要因があるとの話の中で、魔法の変換効率についてのお話しがありました。これだけでも様々で、例えば運動エネルギーに変換してものを飛ばす場合も、熱などの別のエネルギー変換が混じる、風に変換して押し出していてロスが大きい、重心を考えずに回転にエネルギーが取られたり、それだけでなく、単純に変換されずただ魔力として放出されるものもあると。では逆に、九十パーセントが魔力で十パーセントが魔法に、あるいは、九十九パーセントが魔力で一パーセントが魔法の場合、お嬢様にはどのように見え、どのように仰るかと」
「薬の変化とあわせて見ていたので厳密には言えません。ただ、九十九パーセントが魔力なら、魔力が出ているって言いますよ。そもそも人の出すものに百パーセント純粋なものはありませんし。って一パーセントの方が効いてたってことですか?」
「活性化の原因は、魔力じゃなくて魔法?・・・原始魔法ですか」
「ルシィさん原始魔法って何ですか」
「詠唱が生まれる以前の人々は、こうなってほしいと願いを込めて魔力を放ち魔法を使ったと言われています」
「私も原始魔法を疑っています」
「でも、原始魔法は言い伝えや文献の中でも使えた人はほんの一握りとされています。確か先代の宮廷魔術師団の団長が実験で行い原始魔法を出現させた文献を読みましたが、明確な記録としては、それ以外に成功した話を聞きません。魔力薬は、生活魔法が使えれば誰でもつくれますよね」
「思いだけで、周囲の人が認知できるほどの魔法が出せる人は稀有でしょう。ですが、僅かなものであればどうでしょう。世の中の殆どの現象は有るか無いかで切れているのではなく、連なって変化しているでしょう」
「昔から、魔力薬をうまく作るコツは、飲ませる人がよくなれと思う気持ち。親が子供のために作る魔力薬は良く効くと言われますが、本質を言い当てていたのかもしれませんね」
その後は、魔力薬を作るときの魔力を分析し、本当に魔法の成分があるのかを確認してゆく方針となった。その作業はルシィも参加することにしたため、毎週闇の日の午後に行うこととなった。
結果から言えば、魔法薬を作るときに注ぐ魔力には僅かだが魔法らしきものが確認され、それを分析し魔法として再構築した。通常では、このような作業は、一つ一つのステップを進めるだけで専門家が試行錯誤で数年かけて行うものだが、恵の鑑定があれば見るだけで分かってしまう。
こうして魔力薬作成の魔法、アクティビティが出来上がるが、それでもアクティビティを止めれば薬の活性化は元に戻った。ただ、出来上がった魔力薬は魔力が入り込まないので魔力パターンの弊害が無い。しかも、魔力を注いで作っていた時は殆どの魔力は捨てていたので、魔法にしてみると生活魔法のように軽いものになった。
だが、相変わらず作り立てでなければ効果が無くなり、魔法を覚えなければ作れないという問題点がある。そこで、このアクティビティを魔法陣にして、カップに刻んだ。そのカップに煎じた薬を入れて、カップを持ち少量の魔力を流すと、魔法陣がアクティビティを発して魔力薬が出来るようにした。これであれば、魔法が使えなくても魔力酔いしない魔力薬を作ることが出来る。
「これは魔力を使っていないので、魔力薬じゃなくて魔法薬だよね」
この経験は、ルシィにとって魔法の理解を深めるきっかけとなった。ショットにおける、初速、制動、回転など構成要素を捉えられるようになった。
なお、この魔力(魔法)薬のカップは、対象となる薬に合わせてシリーズ化され販売されるようになる。当然のように恵は初志貫徹して生理痛をはじめ吐き気、めまいなど生理の諸症状のシリーズ化を優先した。ルシィは、その後のシリーズ作成にも関わり、権利登録には彼女も名を連ねた。このカップのシリーズは、メグとルシィで“メルのカップ”と名付け販売される。ただルシィと相談し、生理向けの“メルのカップ”のシリーズについては、錬金ギルドに技術利用を申し入れたものに、発明者利権は貰わず、魔法陣も公開、ただし手ごろな値段にして普及に努めることを通知するようにしてもらった。
(いつものことだけど、師匠の名前の一文字を入れるのは拒否されました)
ブロンシュは、エマが巡りもので寝込むと、メイドから仕事を取り上げ、自らメルのカップで魔法薬を作り与えるようになった。
メルのシリーズを作るとき、様々な症例の臨床実験のために屋敷のメイドに協力を仰いだのだが、成果が上がり始めると、発明の権利を放棄した話しも加わり、“小さな女性の救世主”との呼び名がメイドたちの間で囁かれるようになった。このことをアリスがメイドたちに確認したとき。
「エマ様の妹なのだから、小さな聖女でいいのではないの」
「エマ様を見ていたせいか、聖女様はおっとりとお淑やかなもの思いまして、マルグリット様は活発でやんちゃなところがございますので・・・やっぱり私のイメージでは聖女さまとは違いますねぇ」




