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お嬢様の暮らし 6

誤字情報ありがとうございました

恵がルアンに戻ってから一節季が経とうとしていた。朝晩の冷え込みはまだ厳しい日もあるが、日差しに春が間近であることを感じるようになってきた。そろそろこの世界に来て一年になろうとしている。この一年目まぐるしく環境が変わった。放浪から孤児院、そして貴族。特に今日は、上等なドレスで着飾っている。ブロンシュ主催のお茶会に参加し、非公式で恵の紹介があるのだ。

お茶会には、近隣の寄子とルアンの有力な商人、工房やギルドの代表たちだ。恵の参加を前提にしているので、子供の参加も許されている。今日はテルニーヌからジュリアも来る。さすがに、見知ったものだけのお茶会なので危険は無いはずだが、何時でもジュリアはブロンシュの盾である。

恵のテーブルには、ブロンシュ、エマ、ジュリアが座る。アデルとアリスはメイド服で側に控えている。

客のお目当ては、エマの婚約と恵の確認だ。来る客、来る客、判で押したように、エマの婚約を寿ぎ、婚約後の状況を尋ね、恵の容姿を誉め、身内の子女を紹介する。そして時々愚にもつかないゴシップを吹き込む。大体はスルーだが、目に余るものはジュリアが適当にさばく。恵は口数を少なくし笑顔を振りまいていた。

(笑顔で、顔が固まりそう)

会もたけなわとなったころ、エマが立ち上がり皆に語り掛けた。

「実は、今日はまもなく来るメグちゃんのお誕生日も祝います。皆さんも声を出してくださいね。メグちゃんお誕生日おめでとう」

「「おめでとうございます」」

すると、周りのメイドが一斉にケーキを運び入れ各テーブルに配る。恵のところには大き目のホールケーキが運ばれた。

「メグちゃん。たくさん食べてね」

「有難うございます。お母さま、お姉さま、ご来賓の皆さま」

恵は、席から立ち上がり丁寧なお辞儀をし、席について大きなケーキを頬張り始めた。ブロンシュとエマはそんな恵を微笑みながら眺めていた。

お茶会の後のアリス情報では、普通はこんなものではないので王都のお茶会は覚悟しておいた方がいいとのこと。

(そりゃぁ、親貴族が寄子を呼んだお茶会だものね)

そして、恵の評価は、“清楚でおとなしい子”、“見目はまあ良い”、“甘いもので釣れそう”で、全体的には、伯爵が政略結婚のために用意した子供で、エマの結婚を機に、侯爵への返り咲きのために動き出したと言うものだった。

「まぁ、作戦通りね」

アリスはそういって締めくくった。

(“甘いもので釣れそう”も作戦通りなんか?)


もともと、魔力薬作りは生活魔法が使えれば、誰でもできる。また、作ってすぐ飲まないと効果が薄れるので、家庭でよく行われる。

(前世でも、大人になってからは聞かなくなったけど子供のときはおばあちゃんが煎じ薬を作ってくれた。薬効が認められた薬草を使うので民間療法とまでは言わないが、魔力薬もそんな感じ)

そのような誰もが知っている薬のため錬金術とは言えないものだが、入門書にも魔力薬作りが教材として取り上げられている。初歩の初歩である。

そんな魔力薬の制作過程を改めて鑑定でつぶさに観察することになった。ガスパールが魔力を注ぎ、恵が観察に集中する。魔力が注がれると化学反応のように薬の変化が始まる。変化はやがてピークを迎えそれ以上続けても変化しなくなる。これで完成だ。魔力供給を止めると徐々に元に戻り薬効が下がる。結果は教科書通りだ。

今度は、ポーションで魔力を与える。ポーションから魔力を取り出すのは、ポーションに消化酵素を少し溶かし人が飲んだときを再現されるのだ。すると、ポーションの活性剤が解け始め、魔力が解放される。薬液をポーションに混ぜておいてこれをやれば薬が魔力で満たされる。しかし、いくら鑑定しても薬の変化が認められなかった。

「面白い。これは魔力を注いでいるようで、実は魔力を注いでいないのかもしれません」

「???」

「お嬢様。この件は、できればいいと言った案件ではありませんよ。ご一緒にこの課題を楽しみましょう。ここでの回り道は、決して無駄にはなりません」

(まだ、何も言っていないのに師匠が釘を刺してきたよ。それにとても嬉しそう。何が起きてるか解らないけど、時間が掛かりそうなことは解ったよ)


今日、闇の日の予定は、午前中はエマと教会への奉仕活動だ。恵も完全に戦力認定されている。”小さな治療師さん”の噂が広まり、初めから恵目当ての子供たちがいる。“ 小さな治療師さん”と呼びつつも、完全に同年代として迫ってくる子供たちに、笑顔を引きつらせながら対応している。

「エマ様、マルグリット様いつもお世話になっています」

治療奉仕が一段落すると、司祭が挨拶に来た。

「実は、本日はエマ様に少しお願いがあって参りました。お話よろしいでしょうか」

話しを聞いてみると、どうやらルアン・ポーションを教会に融通してほしいとのことだった。

(まだ公開していないんだけどね。まぁ、前回バンバン飲んでいたし)

司祭が切々と治療師の苦境を訴える。エマは同情的な顔だ。それを見て、アリスが間に入る。

「司祭様、ご事情は十分伝わりましたが、新しいポーションは閣下が直々に差配されています。私どもからもお託いたしますが、司祭様から正式に閣下にご依頼ください」

エマが与し易いと考えた司祭の狙いを承知で、アリスは裏口から来るなと押し返す。司祭は、ちょっと白けた顔をするが、既にエマは陥落寸前だ。

「アリー、何とかならないかしら。私も苦しんだから良く分かるのよ」

(教会もえぐい、これ寄付しろってことだよね。でもエマ姉のこの顔見ちゃうとなぁ。しょうがない、魔力薬作りが停滞しているから、師匠の工房で私が作るか)

「多くは無理ですが、私からお譲りできるかもしれません。飽く迄も、お父様の許可を頂くことが前提ですが」

「さすがメグちゃん。私からもお父様にお願いするわ」

(エマ姉のお願いが入れば、決まったも同然よね。根回ししなくっちゃだわ)

アリスは、呆れた顔をしているが、対照的に司祭はニコニコ顔だ。

昼食のために領館に一旦戻り、すぐにサイモンに面会を依頼すると、夕食の後に時間を取ってもらえることになった。エマには彼が渋った時に協力してもらうことにして、初めは恵だけが話すこととした。妹の支援をする気満々のエマは、不満げだがしぶしぶ同意してくれた。

午後は寄子のお茶会にエマと同行する予定だ。先日の非公式なお披露目の後でお誘いが殺到している。その中からアリスたちが選定した相手だ。寄子と言っても、貴族との付き合いは、恵にとってストレスでしかない。

着替えの準備に自室の戻り、アリスと二人きりになると早速に切り出してくる。

「メグ様もエマ様には、ずいぶんとお優しいですね」

「自分でも分かってるけど、ほっとけないんだよね。客観的に見れば、エマ姉は周りに苦労を押し付けまわっているんだけど、周りは喜んで苦労を背負いこんでいるよね。これが聖女ってものかね」

「迷惑を振りまいているのはメグ様も同じですが、エマ様は無私ですから」

「アリス姉が冷たい」

「事実を述べているにすぎません。それに、エマ様はきちんと結果を出されています。メグ様もご存じでしょう。貧困層の子供や孤児に、清掃やし尿運びの仕事を与える発案をしたのはエマ様でした。し尿運びはそれまでは農家が行ってきましたが、これを子供たちに仕事として与え堆肥作りもさせました。これにより農家は、麦や畑の世話に注力出来、収量が増加し農家の収入も上がりました。税収も上がり、その分が農家から子供に支払われる賃金の補填にも回っています。清掃事業が、流行り病を減らし子供の死亡率を下げている要因になっているとの報告も上がっています」

「知ってるよ。孤児院の補助金の制度で私もお世話になったし。だから、エマ姉の気持ちを大切にしたいのよ」

「ところでお館様にはどのように話すおつもりですか」

「基本的には、お父様丸投げなんだけど。未成年の小娘が約束したってことで、初めの納品は無償で寄付するけど、あとは領地の事業として相応の対価を求めるとかね、強面交渉してもらおうかと。一度あの味を覚えたら、今までのポーションは飲めないから、せいぜい吊り上げてもらって・・・ひっひっひっ」

「よく純真な子供たちが、治療を受けたいと集まりますね」

「でもこれで得た利益は、全部領地に入れてもらう話にするのよ」

「それって、交渉事を全部お館様に押し付ける口実でしょう。お館様がおかわいそう」

「いやいや、一旦私の話しに渋って、お姉さまのお願いをお父様が聞いてあげるという特典つきだよ」

「悪魔ですね」

結局、夕食後の打合せは、サイモンは渋りながらも恵の提案に載ることになった。この世界でも、為政者にとって宗教関係者との交渉は骨が折れるものらしい。

ただ、彼と話したときの恵は疲労困憊の状況だった。午後のお茶会で、エマがいつもの調子に対して、アリスは妙にサポートをしないので、恵が神経をすり減らし、寄子からの当て付けやら皮肉を裁いていたのだ。アデルに至ってはその様子を面白そうに見ている有様で、お茶会が終わると恵は精根尽き果てていた。

「メグ様、これはまだ寄子の集まりで穏やかなものです。王都ではもっと厳しいですから、しっかりと対応に慣れてくださいまし」

「アリス姉、もしかして厳正にお茶会のお誘いを選定したのって、私の訓練のため?」

「意地の悪いところに当たったとしたら、メグ様の日頃の行いを神様が見っていらしたせいでは」

(絶対わざとだ)


「はぁ~。よっこらせ」

「またですよ。メグ様」

腰を下ろしポーチからレモン水を出して飲み始める恵を、アリスが横で呆れた目で見つめている。

朝の訓練が一段落した。だいぶ暖かくなり、ちょっと身体を動かしても汗をかくようになった。

(クリーンを掛けているけど、本当はシャワーを浴びたいよ。クリーンの効果は高いけど、シャワーはその行為自体で、何か一段落ついたみたいに癒されるんだよね)

カミーユとルシィが、恵が腰を下ろしたのを見て近づいてくる。護衛の中での女同士と言うことで、休日なども二人で一緒にいることが多くなっているようだ。

カミーユの成長は著しい、先日とうとう魔力斬のテクニックを習得した。双剣でスピードを重視するスタイルのため剣が軽く、それが課題であった。まだ、魔力斬を連続で放てないが、課題解決が見えてきた。ちなみに、カミーユには恵の使っていたAGI+2の“俊足のサンダル”を渡している。いまや、彼女は隊のスピードスターだ。

ルシィもその後は順調に進んでいる。ガスパールとの話し合いは良い方向に働いていて、いまも毎週闇の日の午後は工房に通っているらしい。

課題に前向きに取り組めるようになり、とうとう“詠唱破棄”をものにした。

(ルシィさんは気を使ってか、私の魔力の同調による訓練が良かったと言ってくれるけど、頭いいし魔術師に向いているよ。何せ、師匠の理論を理解してる見たいだし。これなら、魔法の調整も覚えられるじゃないかしら。まあ、別の心配事は出来てしまったんだけど。とにかく全員の力は上がってきているし、エリアスに実践の計画を立ててもらおう)

メンバーの力量の上昇は秘密にしている。新人一年目のカミーユが魔力斬を使ったり、ルシィが“詠唱破棄”するなどは、通常ではありえないことだ。

「メグ様どうしたの、ぼんやりして」

傍らまできたカミーユが話しかけてきた。最近、ようやくフランクになってくれた。

「ちょっと考え事。魔力薬行き詰っていて」

「エマ様のやつ?」

「そう」

「あたしは孤児だから経験ないけど、普通母親が作るって言うよね」

「あっ。それ他で言っちゃダメだよ。お母様気にしてるから。エマ姉の魔力は、女性には珍しくお父様似なんだよ」

「さすがにお館様が魔力薬作るのはねぇ」

「いや、お父様は作る気満々だったみたいだよ。立場もあるし巡りものことなので、エマ姉にダメって言われたらしくって。そんなの気にせず、バーンと作っちゃえばエマ姉も喜んだと思うんだけど。お父様その辺へたれだから」

「あんた、へたれって」

「カミーユ、さすがに”あんた”呼びはダメでしょう。それにメグ様もですよ。ご領主様なんですから」

アリスは黙っていたが、横で聞いていたルシィは、堪らず声を掛けてきた。

「「ごめんなさい」」

「魔力薬うまく行っていないんですか」

「なんか、魔力であって魔力でなし、みたいな禅問答してる」

「ゼンモン??」

「えぇと、マギア神とカリタス神の会話みたいな。私じゃ全然助けにならなくて」

「メグ様、私にもガスパール様のお手伝いさせて頂けないでしょうか」

(そーなんだよ。ルシィさんいつの間にか師匠を”様”付けしてるし、目をキラキラさせてるし、師匠おっさんだよ。十代でしょうルシィさん!・・・師匠は、あんなんだから大丈夫と思うけど、なんか心配)

次の闇の日は、恵も予定はないので、三人で魔力薬の話をすることになった。


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