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お嬢様の暮らし 4

朝食後、テルニーヌに戻るマルセルとジュリアを見送ると、恵はアリスを伴い馬車で教会へ向かう。護衛はエリアスが務めた。名前の変更である。わざわざ司祭が出迎えてくれた。孤児院にいたときは、闇の日の講話をする姿を遠くから見た程度だった。少し多めに寄付をして名前変更の祈りはすぐに終わった。特に隠さなくてもよいとアリスが言いうので、教会学校で教師をしていたシスターにあうと挨拶をしたのだが、恵のことは分からない様子だった。

孤児院も覗いて行きたいと恵は言ったがさすがにそれは叶えられず、領館に戻り窓口に名前変更の申請を出した。

護衛との顔合わせの結果を今晩サイモンに報告することになっている。会議室を借りて三人で、それぞれが感じた皆の力量、護衛の訓練方針と半年後の見通しを話しあった。恵以外の意見では、半年後の見通しは“やるしかない”となった。

(あらやだ。ブラック)

訓練方針については次のように決まった。

ルシィは、“詠唱破棄”、“魔法の意識的調整”それとヒールの習得、基礎体力の向上。

剣士全員に共通する目標として、魔力による身体強化と魔力斬を身に付ける。

リュカはエリアスの指導により正当な騎士の剣を学ぶ。

ニコラとカミーユは、アリスの指導で体術と組み合わせた剣を学ぶ。

これに沿って、明日からの訓練を行うものとして、話し合いは終了した。

午後は、恵のドレス、身の回りの品を揃えるためブロンシュが商人を呼んでいる。

(あれ以来、お母様とエマ姉は、私のドレスをゴスロリにしたがるんだよ。ちょっと勘弁してほしい)


四週間がたち、工房の準備が整ってガスパールを迎える。慌ただしく転勤を命ぜられ、引継ぎもままならぬようであったが、ガスパールの顔色は案外良さそうだ。恵の師を迎える挨拶に笑顔で答えた。

「お嬢様とご一緒に仕事をさせて頂けるのは、張り合いが違います。これからもよろしくお願いします」

恵は、先ず新しいポーションを登録するに当たってのサンプルづくりと、身内へのお披露目の手順を確認する。

そして、この三週間で恵が作成した、サンプルとお披露目用に作った魔力変換のための魔法陣を渡した。転勤とポーション登録段取りが決まったあと、手紙でガスパールから課題が出されていたのだ。語学をカンストさせている恵であったが、魔法言語は何か勝手が違って苦労した。

(言語となってるけど、魔法言語はなんか違うんだよ。言葉っていうのは感情の発露だよね。あれは窮屈なのよ。思いが乗らない言葉なのよ)

従魔術師のルシィが魔法陣に詳しく家庭教師をしてもらった。彼女は、王都のアカデミー魔法科の出身で座学の成績は優秀だった。残念なことに初級魔法までしか使えなかったことで叙爵に至らなかった。

(ルシィさんのお陰で何とか形になったよ。教えてもらって思い出したのは、前世で事務の合理化が出来ると言ってセミナーに通った表計算のマクロって言ったけ、あれよ。結局私は挫折して若い子にやらせたけど。魔法言語になんか共通するものがある。あのときルシィさんいたら覚えられたかな。若い子はスイスイ出来ちゃって、“おばさんには難しいかな”みたいな顔されて。考えてたらムカムカしだした)

家庭教師の報酬は、ルシィ向けに魔力を調整した新しいポーションの供給となった。

(ルシィさんはとっても喜んでいるんだけど、元々渡すつもりだったのにいいのかな。別の形でお礼しなきゃね)

「お嬢様、努力の後は伺えますが、もう少しですね。考えてみてください。魔力変換はただでさえ効率が悪いものです。いくら魔石に沿わせていても、元は所詮余剰魔力ですから大きな出力が得られません。それを考えると、魔法陣構築の方針はおのずと決まるはずです。質にこだわるあまり効率が落ちています」

ガスパールは解説だけでなく、一つを例にとり、魔法陣の一部を変えてシンプルながら一定の質を維持した魔法陣に改変して見せた。

(おぉ・・・さすが師匠)

ただ、最後には”短い間でよくここまで頑張りましたね”と恵をねぎらうガスパールであった。

登録と身内へのお披露目の準備は、滞りなく進んだ。

登録にはサイモン自らが同行した。通常こんなことに領主が出張ることは考えられない。前日にブロンシュとエマに膝詰で”お願い”された結果だ。その結果、執事のソラルと副執事のマテオと三人で、無理やり日程を調整したらしい。

お疲れ気味のサイモンに気が付かないふりをする恵としきりに恐縮するガスパールを連れて錬金術ギルドを訪れる。領館は官庁街の中心で錬金術ギルドもすぐ近くにあった。ただ領主が出向くとなると簡単では無く、歩いて一分とかからない場所に馬車でむかう。

(準備している時間の方が長いだろう。何とかならないのこれ)

アールデコ調の威厳がある建物の前には、既にギルドマスターを始めギルトの面々が出迎えに出ていた。

(うわぁ。大事になってる)

結局、下へも置かない歓待ぶりで、応接室で待っているとあれよあれよと言う間に手続きは終了した。

ガスパールによると通常は専門家と言われる錬金術師が数名出てきて、書類の不備を指摘され、何度か訪れて再提出しないと登録は出来ないらしい。

(迷惑を掛けたみなさんごめんなさい。まぁ、結果オーライだけど)


登録から一週間後、身内を集めて新しいポーションの試飲会を行った。場所は領館の会議室で参加者は、領主一家、執事、従士団団長、従士の魔術師から三名、恵の護衛からエリアスとルシィである。

実際に試飲するのは、魔術師の三名とエマ、ルシィだ。彼らには、前もって魔力を消耗しておいてもらっている。

先ず、サイモンの開催の挨拶をする。続いてガスパールが、新しいポーションについての簡単な説明を行い、恵の案内で試飲が始まる。エマとルシィは魔力パターンが解っているが、従士の魔術師はそうではない。恵は、三人に二十センチほどの白い棒をわたし、軽く魔力を注いでもらう。握ったあたりから棒は発色しだす。それを、別の色見本と比べ、近い色の番号を申告してもらい、その番号のポーションを渡した。三人の中の女性の魔術師は二番、男性二人は六番と七番だった。

まず。瓶が目を引いた。今までの武骨な瓶と違って、蔦の模様が生える琥珀色のスタイリッシュな瓶で、女性受けが良い。

試飲を促すと、エマとルシィは躊躇いなく飲み、二人に笑顔が浮かぶ。互いに顔を見合わせていた従士もそれを見てポーションを飲むと、驚きの表情を浮かべる。

「凄いです。凄いです。凄いです」

女性魔術師がうわ言のようにくりかえすと、続いて男たちも感想を話し始める。

「味だけじゃない。魔力もしっかり回復している」

「何だろう。体へよく馴染むぞ」

「です。です」

試飲した五名の評価はとても高かった。ただ。

「あら。ルシィちゃんその香り・・・グレープ?」

「はい、エマ様。グレープのほのかな香り、果実水のようでした」

「えぇ。私のはオレンジでした。メグちゃん私、グレープも飲みたいわ」

(エマ姉。これジュースじゃないんだけど)

今回、果実フレーバーにライム、オレンジ、グレープを検討していた。どれにしようかとしつこくガスパールに尋ねていたら、煩わしくなったのか三つすべて作ると言われてしまったのだった。

(別に師匠に文句を言うつもりは無いけど、ランダムにフレーバー入れたんだね)

サイモンは、結果に満足し、今後の予定を皆に話す。

暫く従士団に協力してもらい、魔術師にポーションを支給し性能の確認をする。これには三人の魔術師から歓声があがった。

このポーションを、ルアン・ポーションと命名し、当面はガルドノール領内限定で生産し、領内の産業の活性化を促す。それに当たり、希望する錬金術師には低額でガスパールの指導を受けられるようにする。

(しっかり公共事業にしているね)

魔術師の絶対数が少ないから経済的効果は大きなものではない。しかし、ガルドノールはニゲルと呼ばれる王国最大の魔の森に隣接している尚武の領でもある。力の底上げに繋がるなら何でもやっておきたいところだ。


ルアン・ポーションの生産を伯爵家御用達の錬金術師に任せると、ガスパールと恵は魔力薬づくりに掛かった。今回は、簡単に済むと思っていた。魔力を注げば、薬が活性化する。注ぐのを止めると元に戻る。なら、魔力で満たされているポーションと混ぜておけば薬は活性状態を保つだろうと単純に考えていたのだ。

しかし、やってみるとポーションの魔力は抜けていないのに、薬効は落ちてしまった。術者が魔力を注ぐ状態とポーションの魔力に晒された状態とは違うものなのか?魔力が薬に与える影響につて改めて考える必要が生じた。

(なんか師匠に火を点けちゃった。様々な仮説をぶつぶつ言いはじめた。仮説については師匠に丸投げ体制だけど、なんか話し相手になってほしそうなんだよね。なんでも、私が質問して、師匠が説明すると、整理がついて良いみたい。でも説明されても理解できていないので自分でもトンチンカンなことを質問してるとしか思えないけど・・・まぁ、師匠が良いって言ってるから良いんだけど)

ガスパールが仮説を作り上げるためにも、さらに基礎的な調査を進めることになった。


護衛達は、朝の恵との訓練以外も、他の従士たちとの訓練、自主練と訓練漬けの毎日だ。方針を決めてからの訓練成果は、うまく行っているものと進んでいないものがある。剣士連中は概ね好調で、モチベーションも高い。特に、孤児院組がやる気を見せている。しかも、スタンピードの恵の戦いが衝撃だったのか、剣だけでなく、孤児院で魔力操作術の発現を手伝ったときに教えた魔力操作の練習をその後も続けていた。恵には、彼らの体内の魔力の流れがとてもスムーズなのが分かった。

(これなら”魔力斬”はいけるよ。早々に武器に魔力を流す訓練を組込もう。当人たちは、ショットとかそっちを考えているようだけど)

ニコラも順調。もともと自己流で強くなってきたので癖は強い。エリアスは基本に戻して剣を教えたいと主張した。しかし、アリスは逆にその動きでも刃筋が乱れず、力が乗せられるように、体幹を鍛えたり、動きの中の体重の移動を調整したりした。当人も体の切れが良くなる感覚が分かるようで、アリスの指導に従順に従っている。モチベーションについては、孤児院組がいい刺激になっている。

(お嬢呼びは定着です)

エリアスはアリスの指導法にしきりに感心して、自分が身に付けた正統派の動きの中で、自分の体格や身体能力の微妙なずれを再チェックし、型の通りに修正するだけでなく、身体に合わせた最適解を求めるようになり始めた。そんな視点で見ると今までの動きが如何に雑な動きで、無駄や無理があったかと気付いた。

問題は、ルシィだった。恵がやって見せたショットはそれまでの彼女の積み上げていたものを一瞬で破壊してしまった。悪いことに、それまで出来ていたこも出来なくなってしまった。

「何が正しいのか、解らなくなってしまって・・・」

魔法がいかにメンタルに影響されるものなのか見せつけられた感じで、恵もやり方が拙かったかと反省している。

ルシィはこれまで、教えられたとおりにすれば、魔法がつかえると愚直に信じて訓練を重ねてきた。恵はルシィと一緒に、壊れてしまった魔法のプロセスを一つ一つ、何故そうなっているのか話し合い、体感しながら再構築する作業を始めた。

「魔法が、何なのかなんて。今まで考えたことはありませんでした。アカデミーでこういうものだと教えられ、そうなんだと信じただけでした」

「私が話しているのは、飽く迄も私から見た魔法だと思うの。魔力は確かにある。錬金術をやっていると良く分かった。でもそれが魔法として発動するときは、人の意思や観察が介在しているでしょう。それは、人によって千差万別だから、こうして一つ一つ組み上げていったとき、ルシィさんが理解した魔法が出来れば、それがルシィさんの魔法になると思うんだ」

「メグ様って、哲学者ですね」

「えぇ、そんなことないよ。半分は、錬金術の師匠の受け売り。なんか師匠はこういうことばっか考えているみたいで。言っている意味が分かんないことが多いんだけど、この、“一人一人の魔法”の考えは私の中でシックリくるんだ」

「私もメグ様のお師匠様とお話がしたくなりました。あのポーション最高です」

「ルシィさんは、科学強いから、結構師匠と話が合うかもね。今度聞いてみるよ」

(ルシィさんの復活はもう少し時間が掛かりそうだけど、こんな寄り道もありかもしれないね)


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