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お嬢様の暮らし 3

誤字情報ありがとうございました

訓練場所は、領館の北側の城壁に接した人目のつかない場所にあった。さほど広いわけではないが少人数であれば問題なさそうだ。領館から歩いて三分ほどかかったが、早朝でもありここまで誰とも合わなかった。訓練場には既に六人が待っていた。

恵は、その中にカミーユとリュカが居ることに驚いた。彼らは、真新しい従士の隊服に身を包んでいた。

恵とアリスが彼らに向かって進むと、カミーユが笑顔を見せたので、恵は小さく手を振った。

そして何故か、その中にアデルもいた。彼女は、初めて会った時の冒険者の格好をしている。

「集まったね、それじゃ先ず自己紹介から始めようか」

アデルが口火を切って話し始める。

「ねぇアリス姉、なんでアデル姉がいるの。しかも仕切ってるし」

「知りません。でもあの笑顔、よからぬことを考えていますね」

アリスは不安な返事を返してきた。

「じゃぁ、メグちゃんから。挨拶してー」

(軽い。まぁ、変に畏まれるよりはいいけど・・・いいのかな?)

「あの、アデルお姉様は何故こちらに」

「細かいことは良いから、さっさと挨拶ねー」

(問答無用かぁ。みんな引いてるよ)

「マルグリット・スフォルレアンです。皆様とは、これから共に行動することが多くあると存じます。よろしくお願いいたします」

恵の言葉に、皆は一様にお辞儀を返した。

「硬いねぇ。では次、そこの騎士さん」

三十台と思しき騎士は、何が起こっているのかと言う顔をして恵を見た。恵は、ため息をしつつ頷いてみせた。

「ガルドノール伯爵令嬢、お目に掛かれ光栄です。この護衛隊を預かることになりました、騎士のエリアス・デュランにございます」

「サー・デュラン、よろしくお願いします。どうぞ”マルグリット”とお呼びください」

「もったいなきお言葉。マルグリットお嬢様が、心安らかに過ごされますよう日々精進に励みます。失礼ですが、こちらのレディーのご紹介を頂けますか」

「ジラール男爵家が長女、アデル・ジラール様です」

恵が、アデルを紹介するとエリアスは、納得顔になる。ジラール家の役割を知っているようだ。

「おぉ、ジラール男爵家のご令嬢でしたか。ご挨拶が遅れました。エリアス・デュランと申します。以後、お見知りおきを」

「アデルでいいよ。騎士さん。ハイ、次そのこの君」

アデルが指名したのは、二十歳くらいの従士の青年だ。彼は、先ほどから不満げな顔を隠そうとしていなかった。

「ニコラだ」

「きちんと挨拶をしなさい」

エリアスが窘めると。ニコラは我慢が切れたという顔でエリアスに食って掛かった。

「隊長は、こんな餓鬼の御守で満足なのか」

「口が過ぎるぞ。こちらは・・」

「はいはい、元気な青年は好きよ」

エリアスの言葉に被せるように、アデルが割って入る。

(アデル姉のあの顔。ニコラよ、お前ロックオンされたぞ。ここは私が割って入るか・・・)

「アデル姉様。皆様のご挨拶がすんだら、私の精進の成果を見て頂きたいのですが」

「メグちゃんは、やさしいねぇ。まっそれでもいいか。でもねこう言うのは始めにガツンとやっておかないといけないのよ」

「お姉さまが、ガツンとやりたいだけなのでしょう」

「おっ、アリス言うじゃん。じゃぁあんたが一番手ね」

アデルとアリスが微笑みながら見つめ合う。

(何この二人、怖い)

「じゃぁ、仕切り直して、そこのあなた」

次にアデルは、見習いの魔術師の、たぶんカミーユより二つくらい年上の少女を指名した。

「マルグリットお嬢様。従魔術師のルシィです。ご指導のほど、よろしくお願いします」

ルシィは略式ながら騎士の礼を取った。

「おっ、礼儀正しいね」

「恐縮です。私はそこのバカと違って、多少は解っているつもりです。自分で言うのも何ですが、見習いとはいえ少ない魔術師が配属されたのは、この護衛隊はただのお飾りでは無いと思っています」

ニコラは何か言いたそうにしたが、エリアスに抑えられている。

「いいねぇ。頭も悪くない。覚悟できてますって顔つきがいいよ。でも残念。指導してあげたいけど、魔法はメグちゃん担当なんだよね。次、そこのボク」

「マルグリットお嬢様。見習い従士のリュカです。よろしくお願いします」

リュカも少しぎこちないが略式の騎士の礼をする。

「リュカ君は、あのスタンピードにメグちゃんと一緒にいたよね。その上で、ここに来たってことでいいのね」

「はい。その通りです」

「いいね、その心意気。あの時より見違えるほど鍛えているようだし。うんうん。最後そこの彼女」

「マルグリットお嬢様。今年見習い従士に取りたてられた、カミーユです。よろしくお願いします」

「あなたも、リュカ君と同じね。メグちゃんいい仲間持ったわ」


挨拶の後は力量を測るということで手合せとなるが、先ほどの話しの通りアデルとアリスが前へ出た。

「メイドがやるのかぁ」

ニコラが呟くが、二人は無視して向かい合った。アリスのメイド服は、その姿で戦闘が出来る、動きやすく防御力も高い特殊なものだ。

アリスの手に突然剣が現れる。

(なにそれ、マジックバッグ機能付きのメイド服なのね。他のみんなも引いてるよ)

「アリス・・・あんた真剣でやるの」

「申し訳ございません。お姉さまを見ていたらついつい真剣を手にしていました」

そういうと、真剣が訓練用の剣にすり替わった。

「あんたねぇ。お姉さまを尊敬する気持ちを思い出させてあげるわ」

突然、二人が動く。速い。アリスのトリッキーな動きからの打ち込みを、アデルは微笑みながら躱す。そして、ときどき狙い澄ましたように鋭い打ち込みや突きをアリスに放つ。アリスもこれを紙一重で躱し反撃を加える。二人の目まぐるしく身体を入れ替え、打ち合う姿に、周りは息を潜めて見入っている。中には、この攻防を目で追えていないものもいるようだ。

ガキッという音と共に、剣を合わせた状態で二人の動きが止まる。

「驚いた。腕を上げたね、アリス」

静かに、二人は距離を取る。周りの者が詰めていた息を吐いた。アリスは顔を火照らせやや息が弾んでいるが、アデルにはまだ余裕があるようだ。アリスは悔しそうにしている。今の攻防でアデルに一本入れられていた。

「ジラール家、聞きしに勝る剣技」

思わずエリアスが声に出していた。

「次は、私ですかアデル姉様」

「いや~、ちょっと待って。さすがにアリスの後にメグちゃん相手はキツイわ。アリスも思った以上だったし。メグちゃん先にルシィちゃんの魔法見てあげて」

「お姉さま。メグ様の剣ばかりでなく魔法まで次々に明かされるのは如何なものかと。スタンピードのおりに多くも冒険者に見られましたが、箝口令を敷いている中です。初対面の者がいるこの場で軽々しく行って良いものではございません」

(アリス姉、それ言ってるのと同じだって。いつもは冷静なのにアデル姉が絡むと熱くなるんだよね)

アデルは、それまでの笑顔を納めアリスを正面に見据えて話し出す。

「アリスお聞きなさい。エマ様の皇太子殿下とのご婚約の話しは、既に多くの貴族の口の端に上っています。いつ胡乱な者たちが動き出してもおかしくありません。私はエマ様に付きますが、エマ様には皇太子殿下の婚約者としての大義があり、守りをいくら厚くしても自然で、また伯爵家としてそれを見せつけなければなりません。しかし、マルグリットはそうではないのです。今回の御役目からここにいる者以外の助けは無いと思いなさい。確かにマルグリットは強い。しかし相手は多勢で、卑劣な手段も躊躇わず使ってきます。私にも劣るあなた一人で、マルグリットを守り御役目を果たせるのですか。目立つ猛者を付けられない中で、お館様が自らこの者たちを選んだのです。あなた達には時間が無いのです。今はお館様を信じ、躊躇わず前にお進みなさい」

アデルは、叱咤の言葉を終えると、打って変わり穏やかな眼差しでアリスを見る。

「アデル姉が・・・まともなことを言ってる・・・」

「メグちゃん~。ここでそれを言う・・・」

「あぁ、アデル姉。ゴメンゴメン」

「メグ様、お言葉が乱れてます」

「・・・」

「メグちゃんは、エマ様に負けないくらいのクラッシャーだねぇ。みんな分かったぁ。メグちゃんの素はこんなもんだよ。あぁ、孤児院組は知ってたか」

「お姉さま・・・」

「アリス姉。私、腹括ったよ。アデル姉の一生に一度のまともな言葉なんだから」

「・・・そうですねメグ。一生に一度ですものね」

普段は表情の少ないアリスが、笑いながら言葉を返した。

「まったく。ふたりとも」

この後、アデルは皆に対し、恵が孤児院出身であること。エマの婚約でスフォルレアン家に妬みや敵意を持つ者に、恵を弱点に見せかけ囮となること。仕掛けてきた敵をこのメンバーだけで撃退し、陰に隠れて操った者を突き止める役割を担っていることを話した。

顔を強張らせるもの、決意を見せるもの、涙を見せるものとまちまちだが場の雰囲気は引き締まった。


恵がルシィに声を掛けると、ルシィは恵のところに進み出て一礼する。

「ルシィさん。どんな魔法が使えますか」

「初級魔法のストーン、ショット、シールドが使えます」

「ではショットをここからあの的に当ててみてください」

恵たちから二十メートルほど先に人のシルエットの形をした的が三体、城壁を背に並んでいる。的は五センチくらいの厚みの樫の板で出来ている。

「はい。マルグリット様」

「メグで良いよ」

彼女は微笑んで頷くと、ポーチから八ミリ弾を取り出し、掌に載せながら、的の一つ向けて詠唱を始めた。

「我は賢き魔法神マギアを敬い感謝を捧げるものなり、わが敵を打ち砕く御身の力を授け給え、ショット」

発射音と共に弾が飛び出す。的を見るとほぼ中央に弾痕が見える。

「いかがですか」

「うん。基本は出来てるんじゃない。魔力の流れはスムーズで、精度もいいし無駄も少ないように見えた。けどね、ルシィさんには、これぐらい出来るようになってもらうよ。ショット、ショットそして最後は」

左手をポーチに添えただけで構えも何もなく、連続で魔法を放つ。発射音が二度聞こえた。しかし、的を見ると、ルシィの当てた弾痕を囲うように孔が三つ空いていた。ルシィには、どうやったのか想像がつかなかった。

「詠唱破棄。しかも発射音より弾数が多い?」

「マジックポーチの中に弾を入れておいて取り出した瞬間に魔法掛けたの。これは聞いたことがあるでしょう」

「宮廷魔術師が良く使う技術と聞いています」

「詠唱破棄は?」

「極稀に、特別なギフトとしてマギア神から与えられる者がいると」

「訓練すれば出来るようになると思うよ。弾数が合わなかったのは分かる?」

「分かりません。心の中で詠唱しても魔法は使えますのでそれはいいのですが、音が聞こえませんでした」

「側にいたら聞こえたと思うけど、初速を下げてみました」

「???」

「聞いたことはない?私あんまり科学が得意じゃないだけど、遅くすると静かになるって」

「音速の壁ですね」

「威力も射程も下がるけど、使い道はあると思うの。師匠・・・錬金術の先生からその音速とかの話聞いてやってみたの」

「メグ様。魔法の改変は研究者たちが試行錯誤して作り上げるって習いました」

「改変なんてしてないわよ。出力を少し下げただけ」

「少し下げた?ショットは規格弾を飛ばすよう調整して作られた魔法で、術者はそのまま使うのでは?」

「何を言ってるの?むしろ、毎回判で押したように変わらずに魔法を出すことの方が難しいじゃない。調子良かったり悪かったりで、狙いが外れたりとか色々あるでしょう」

「・・・それとこれとは・・・」

「何が違うの?」

「ハハハ。ルシィよ、私もだが先ず意識の改革から掛からねばならんな」

二人のやりとりを見ていたエリアスがルシィの肩をたたきながら愉快そうに話しかけた。

その後、恵は、ルシィにいくつかのアドバイスと課題を与え、自らはアデルと模擬選を行う。

恵は、フェイントを織り交ぜながら”瞬歩”と”見切り”を使い果敢に懐に飛び込むが、アデルを捉えることが出来なかった。そればかりか逆に三本も打ち込まれてしまった。最後は、でたらめな恵の体力に押されてアデルが降参したが、実質的には三姉妹の模擬戦はアデルの完勝となった。

若いころサッカーでストライカーをやっていただけあり、恵は負けず嫌いで悔しそうにしていた。これを見てアデルが感想を述べだした。

「地力ではメグちゃんはアリスより強いと思うよ。アリスとの差は、性格だね。アリスは厭らしい攻撃が得意だから。でもでもメグちゃんはああなってはダメよ」

「お姉さま!」

恵も、アリスをなだめながら感想を話す。

「アリス姉の言っていたことが良く分かった。アリス姉に打ち込まれたときは”そうか、その手があったか”だけど、アデル姉は”何故そこで、そうする”なのよ」

「お姉さまは、野生の感で動くので、何も考えていないのですよ」

三人がガヤガヤやりだしたのを、周りが少しあきれ顔になり始めたとき、ニコラが恵の前ままできて片膝をつき頭を下げた。

「お嬢。俺を強くしてくれ。俺は必ずお嬢の剣になって見せる」

ニコラは、鼻をすすり、涙目を瞬かせながら恵に言い募った。

(お嬢って!・・・そういえばこいつアデル姉がお役目の説明していたときも泣いていたっけ。実は純情なヤンキーなの!私あんたの中でどんな設定なの)

「ニコラよさないか」

 戸惑っている恵をみて、エリアスが諫めるが、アデルが割って入る。

「いいぞニコラ。その心意気しっかりと届いた。お嬢呼び、私が許す」

「お姉さま、そんな無茶苦茶な」

アリスがたしなめるが、もはや止めることは出来そうもない。

「お嬢。俺はやるぞ」

(ハイハイ。もうどうにでもして)


その後は、残りのメンバーの実力を確認してゆく。

エリアスは、アカデミーの騎士科出身で騎士に叙任された。片手剣と盾で基礎のしっかりした正統な剣技を披露し、その実力も確かなものだった。

騎士に代表される戦士職の身分は複雑で王国独自のものがある。アカデミーの騎士科を卒業し、従騎士の身分で騎士団に入りその中で認められて、国によりアコレードと呼ばれる叙任の儀式を受けると騎士となる。騎士は一代貴族で、世襲は出来ないが身分は貴族だ。騎士に叙任された後は、騎士団に正式に所属する者、地方領主の寄子となる者、中には傭兵団の経営、幹部となる者もいる。騎士団で出世してゆけば制度上は騎士団長になることもできる。地方領主の寄子になると領地の従士団の隊長、団長になる。領地経営の才があれば代官として町や村を任せられることもある。

一方、地方領地で見習い従士に採り立てられ認められると、領主によるアコレードで従士になる。従士からも従士団の隊長や団長に昇進することもあるが、身分は貴族ではなく平民である。

ニコラは、ここガルドノールで見習い従士になり、その後正式に従士になった。剣はロングソードを使う。剣の才能をうかがわせるが、一本気(単純?)な性格が禍し駆け引きが下手で、勝負となると格下に負けることがしばしばあるようだ。

驚いたのは孤児院組だ。カミーユもリュカも相当鍛えたらしく、見違えるほど強くなっていた。カミーユは双剣でスピードを重視したスタイル。リュカは片手剣に盾とオーソドックスなスタイルである。

エリアスと対戦したカミーユは、硬いエリアスの守りを抜くことは出来なかったが、素早い身のこなしと正確な剣捌きでエリアスに肉薄し力量の高さを示した。

リュカは、ニコラと対戦した。堅実な動きでよくニコラの攻撃を凌ぎ、カウンターを仕掛ける。何度かニコラを危うくする場面があった。

「二人とも、今年入った新人とは思えねぇ。こりゃうかうかしてられねぇや」

ニコラはご機嫌で話し、優秀な後輩に嬉しそうにアドバイスを始めた。

聞けば、恵が養女となることを聞いたときから、二人はここに来ることを決めたらしい。そのため、スタンピードで得たお金を全て使いケヴィンに剣の指導をしてもらっていた。べったりでは無いだろうが半年間の指導料には届かないはずだが、ケヴィンは快く受けたようだ。何にせよ、二人はハードな訓練を積み、新人とは思えない実力を身に付けていた。なお、ケヴィンはAランク、リアムはBランクに無事昇級したそうだ。

実力が把握できたところで、後は恵、アリス、エリアスの三人で方針を打ち合わせることとして朝の訓練は解散となった。


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