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お嬢様の暮らし 1

誤字情報ありがとうございました

水の節季の第一光の日の早朝、恵たちはテルニーヌを発った。春の気配を冷え込む土が覆う街道を馬車はひた走り、昼食も移動中に簡単に済ませる。その辺りジラール家は他の貴族と違い慣れたものだ。昼過ぎにはルアンの領館には着いた。到着早々、執務室へ案内される。執務室にはサイモンが一人で、既に応接セットに腰を下ろしていた。予想外なことにエマは不在だった。なんでも今回の社交シーズンで、皇太子の婚約者となることが決まったとのことで忙しくなり、今日もその準備でブロンシュと出かけているという。恵が来るということで一悶着あったようだが、晩餐は皆で祝うとして押し切ったそうだ。サイモン曰く。

「ことマルグリットの話は、エマがいるとこじれる」

挨拶も早々に、促されソファーに座る。

サイモンに相対して恵、マルセル、ジュリアが座りアリスはソファーの後ろに立って控えている。メイドが手早く紅茶を用意し部屋を出ると彼は口を開いた。

「マルグリット・ジラール男爵令嬢のスフォルレアン家への養子縁組を進める。マルセル、ジュリア異存はないな」

「ございません」

(当然のように、私には聞かない)

「書類は、ここ揃えてある。これが終わったらサインをしてくれ。そのまま、表の係に渡す」

領館の表は、役場なので手続きはすぐだ。本来なら、審査などが入るはずだが、領主直々に進めているので、すべて形式的なものだろう。

「さて、これからのことだが」

これからが、本番と言いたげにサイモンが口を開いたが、ジュリアが発言を求めた。

「サイモン様。そのことですが、マルグリットには包み隠さず話すべきかと・・・」

「ほぅ・・・」

「マルグリットは十歳ですが、物事を冷静に把握し、自分の立場を踏まえたうえで判断が出来ます。下手に隠すのは得策とは思えません」

「ジュリアにそこまで言わせるか・・・」

(おぉ・・・母様の評価は高かった)

「いぇ。限られた情報で、誤った判断をして暴走されると厄介ですので」

(ぬぐぐ・・・)

「ジュリアにも、手に余るか・・・これは愉快」

「サイモン様」

「すまぬ。では、率直に話そうマルグリット。知っての通り、皇太子殿下とエマの婚約が決まった。今度の社交シーズンで正式に発表される。このことは、国にとって大きな意味を持つ。殿下は、これまで派閥の去就を明確にお示しにならなかった。だが、だれもがこの婚約で殿下が我ら国王派となったと見るだろう。アルデュール公爵がお隠れになり、力は削がれたと言っても、まだまだ強硬派は多数派だ。この婚約に色々と横槍を入れてくるだろう。これよりお前には、陰に日向にエマの盾となってもらう」

(まあ、男爵家に養女と呼ばれた時点で路線は決まっていたのだろうが、えらく率直に話してくれる)

「お姉さまをお守りすること自体は、異存はございません。ただ、閣下が設定される、ことが完了したとする成功のラインはどのあたりにあるのでしょう」

「マルグリットはどう考える」

(狸親父め、先ずこちらに目標ラインを提案させるつもりか。まあ無難な線で答えるか)

「・・・ライアン兄さまが、宰相に就任され、当家が侯爵に戻るあたりでしょうか」

「まぁ、そんな所だろうか」

(ここは言質を取っておくか)

「それが達成されれば、私は解放されると考えてよろしいでしょうか」

「自由に生きたいと申しておったな・・・スフォルレアン家から離れるわけには行かぬが、則を超えぬ範囲であれば約束しよう」

「有難うございます。横槍とは、どのようなことがあるのでしょうか」

「それは、私からの方が良さそうね」

恵の言葉をジュリアが引き取る。

「この件では直接的なものは少ないでしょうね。主に醜聞やゴシップ」

「・・・この時期に私のような者を引き入れるのは・・・あっ、私は餌なのですね」

「察しが良くて、助かるわ。ですから、あなたが孤児院出身ということも、ほどほどに隠蔽しておく程度にします」

「来る場所が分かっていれば、対処はしやすいですか。何かあっても私を切り捨てれば済むと」

「仮にも、我がスフォルレアンの家名を名乗らせるのだ、滅多なことでは処断はせんよ」

「滅多なことがあれば処断すると言うことですね」

「メグ、言葉が過ぎるぞ」

はじめてマルセルが口を開いた。

「よい、マルセル。この子狸は分かっていて言っておるのだ。十分牽制になり、私も慎重に動くだろう。もし、そのような事態に直面したときは、エマに助けを求めるか?」

「そこまでの事態となれば、お姉さまの口添えでも閣下のご判断は覆らないでしょう」

「判断は覆さずとも、心は痛む。黙っていてもらえれば助かる」

「期待以上のお言葉をいただきました」

「メグ・・・」

「マルセル。そちよりもよほどしっかりしておる。頼むぞマルグリット。将来の王妃となる娘のことは、この国にとって大事ではあるが、娘を思う父親としての気持ちでもある」

「そういえば母様、横槍のお話のとき“この件は”と仰いましたが、直接仕掛けてくるものもあるのですか」

ジュリアが、サイモンに目を向けると、彼は黙って頷いた。

「まぁ、あなたも関係しているのでお話ししましょう。半年前のゴブリン・スタンピードは人為的に引き起こされた可能性があります。二年に一度の周辺調査に不備があったことは聞いているわね」

恵は、ジュリアの目を真直ぐ見つめて、ゆっくりと頷く。

「逃げていた冒険者パーティーのリーダーだったマンティールは死体で見つかりました。減刑を条件に、不正を白状したコンプリスは強制労働中に事故死。他のパーティーメンバー二人も行方不明。調査時期に仕事を依頼した商人も不明のまま。確定的な証拠は何一つありませんが、状況証拠を見れば黒ですね。ゴブリンは少数では弱く増えにくいので、初めにたっぷりと餌を与えてやれば、それこそ、三年程度で千体は確実に増やせるわ。実際この方法は、少ない労力で大きな成果を出せる作戦と言えます」

「やはり、強硬派なのですか」

「まだ、予断せず、他の可能性も考えなければならない段階です」

(なにやら、母様も忙しいようだ)


一通りの話が済んで、漸く雰囲気が穏やかになり、ルアンでの恵の行動指針が示された。

まず伯爵令嬢として領民へ接触の機会を設け、領地での認知度を上げる活動がメインとなる。これは公式行事へ領主一族としての参加、ブロンシュやエマが行う貴族の付き合い(主に寄子貴族とのお茶会)、ボランティア活動への同席などだ。今後は、奥向きを統括するブロンシュの指示で動くことになる。アリスは表向きには、恵専属のメイドとなるが、実際の関係はこれまで通りのようだ。恵の指導兼監視だろう。

それと、領館内にある使用人の託児施設に時々顔を出して、子供たちの面倒を見ることになった。この施設は、ブロンシュの考案で始められたものだ。幼児期のライアンとエマを乳母やメイドが世話をしているのを間近で見て、育児が重労働であることを知った彼女は、使用人たちに状況を確認して回った。その結果、家庭環境で子供を預けられない女性は、働きたくとも働けない状況を知り、せめてここだけでもと領館内に使用人の子を預かる託児所を作った。子供の面倒は交代でメイドが見ている。

(確かに、エマ姉専属のアポリンヌさんがいないときあったよ。子供の世話してたんだ)

この制度は、副次的な効果として、使用人の結束が強まりロイヤリティーが上がった。領政府はこの結果を受けて、商家や組合に託児所を設けることを推奨し、補助金を出す政策を行っている。もっとも、恵に対しては、大人ばかりの中にいることになるので、ブロンシュが年齢の近い子供と接触する機会与えようとしたためらしい。

(子供の世話をする仕事として命じられているんだけど。行くと当番のメイドさんから子供たちと一緒に遊んでいてくださいって言われる。意外なのは、貴族は貴族どうしでって言われると思ってたけど、ここだけかな?)

普通の令嬢と違うことは武の訓練があることだ。ただし、恵の実力は隠す方針なので、アリスと限られた者としか訓練を行わない。この先、領地外での活動があるときも、基本的にそのメンバーと行動を共にする。

ルアンでもそれなりにやることはあるが、これまでのような忙しさからは解放されるらしい。


この後、恵の作ったポーションの話へ移る。ジュリアは、バッグから掌に余るくらいの琥珀の瓶を取り出す。

「サイモン様、このポーションは、魔術師にとって福音となります。大きな反響があるものかと」

「報告書は見た。よかろう。事業化を進めよう」

「発明者をマルグリットとガスパールで登録しようと思います」

「なるほど、箔付けに私が手をまわしたと見せるのだな」

(それで母様は師匠を含めることに賛成したのね)

「登録すると、どの程度発明者に還元されるのですか?」

「売り上げの五パーセントが相場ではあるな」

「私の取り分からサン・シャルル孤児院へ回すことは可能ですか」

「貴族らしくて良いではないか。それでは、マルグリットとガスパールに二パーセント、孤児院に一パーセントではどうだ」

「もともとガスパールは受け取りを辞退していましたので、マルグリットさえ承知していれば問題はないかと」

「私の分も閣下にお渡ししますので、講師となる錬金術士を探しその方の工房へ通うことをお許しください。

「あなたまだ何か作るつもりなの」

「このポーションの魔力を使って魔法薬を作れないものかと思いまして」

「それは、エマ様に差し上げた巡りものの薬のことね」

「魔力薬は、どの家庭でも作っていますので、売り物にはならないと思いますが、私が離れているときは、お姉さまはお困りになるだろうと思いまして」

「薬の話なら聞いている。エマのためでもある。それくらいならば気にするな。ポーションの権利は、マルグリットが受け取るがよい。それよりポーションの開発では、鑑定術を使ったのであろう。術を使えることを知るものは少ない方が良い。外の工房へ向かわせるわけには行かぬ。・・・ここに工房を用意しガスパールを呼び寄せるというのではどうだ」

「畏まりました」

「師匠が来るのは嬉しいけど、大丈夫ですか」

「テルニーヌにはガスパールの弟子もいますし、彼も独り身ですから問題ないでしょう」


一通りの話が終わり、恵とアリスは退室した。残った大人たちは三者三様でため息をついた。

「いかがでしたか、サイモン様」

「確かに普通ではない。あれで戦闘力も高いのだろう。正直、まだ心から信用したとは言えないが、エマが問題ないと言ってくれてよかったよ。あの才能と力が他所に囲われていれば厄介なことになっていただろう」

「あの子も、エマ様のことを大事に思っているようです。魔力薬もポーションも自分で使うことを前提にはしていますが、きっかけはエマ様がスタンピードのとき、ポーションを飲みながらヒールを使っているのを目の当たりにしたことです。あの子なりに思うところはあったのでしょう」

「良い話を聞いた。しかし、ジュリアもかなり気に入ったようではないか。先ほどのスタンピードの件、マルグリットに聞かせたくてあのように言ったのであろう」

「サイモン様にはかないませんね」

「サイモン様。私もジュリアの判断で間違いないと思っています。きちんと知らせておくべきかと」

「まいったな、マルセルもか」

「あの子は、新しい夜明けを告げに現れたような気がしています」


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