お嬢様の修行 4
光の日の夜、待望の錬金術を学ぶ時間だ。居間で寛ぐ家族と別れ、離れにあるお抱え錬金術師のガスパールの工房へ向かう。それほど広くない工房には、所狭しと道具が並んでいる。今日の作業は終わっているらしく、竈の火は落とされている。工房の中央にはシンプルなテーブルとイスがあり、その一つにガスパールが腰かけていた。ガスパールは立ち上がって恵を迎える。
アリスは、私には関係が無さそうとここへは来ていない。
「初めまして、マルグリットお嬢様。錬金術師をやっておりますガスパールです」
ガスパールは四十半ばの実直そうな男だ。痩せ気味で、茶色の髪は若白髪混じりで、彫りの深い顔立ちをしている。
「初めまして、マルグリットです。すみません、お仕事が済んだ夜にお願いすることになって」
「いえ、構いません。一人で家にいても何をするわけではありません。お嬢様は、ポーションにご興味がおありだとか」
「えぇ。でも私は錬金術については何も知りませんので、基礎から教えていただけると助かります」
「お嬢様の求めていることは存じ上げませんが、基礎を飛ばしてポーションのことをお話しても理解するのは難しいでしょう。しかし、時間に限りがあるお嬢様に、週二回のこの時間だけでは、必要なところにたどり着くのは難しいでしょう。これを、差し上げますのでお時間があるときにお読みください。この時間は疑問点にお答えします。お嬢様のお時間をいただくことになりますがいかがでしょう」
そういって、古く使い込まれた本を渡してきた。彼なりに、中途半端に与えられた時間でも成果を出すために考えてきてくれたようだ。渡された本には、几帳面な字で随所に書き込みがされている。
「これは、大切なものではありませんか?」
「なぁに。私が若い頃に勉強していたテキストです。今はもう本棚の肥やしですわ。お嬢様に使っていただけるならば、本も喜ぶでしょう」
「ありがとう存じます。大切に読まさせて頂きます。ご提案いただいた進め方で構いません」
ガスパールは柔和な笑みを浮かべて頷いた。
「では、今日のところは、テキストの初めのところをお話ししましょう」
その日から、恵は夕食後の寝るまでの時間を使い熱心に錬金術のテキストを読み始めた。みっちり詰まったハードスケジュールの毎日になったが、恵は前世で美咲に拾われたとき、仕事を早く覚えて一人前になるため、西洋アンティークの家具と輸入業の勉強を、孝一を寝かしつけた後に夜更けまでやったことを思い出していた。
実はガスパールとしては、断ることの出来ないジュリアからの依頼についてあれこれと考えていた。もし、ポーションのことだけをつまみ食いのように聞こうとしただけならば、そのまま指示された時間で当たり障りのない話をし、きちんと学ぶつもりがあるならテキストを渡すつもりでいたのだ。
ガスパールは平民ながら優秀で王都アカデミーを卒業するときには、一代貴族への叙爵は間違いないとされ、周囲の誰もが卒業後は王都の錬金術ギルドの研究部門へ就職するものと思っていた。この時、その席を競っていた子爵家の三男がいた。家を継げない彼は、勉強に励み自力で一代貴族になれるよう励んでいて、ガスパールとも良きライバルであり、よき友であった。しかし、父親の子爵家当主は、わが子可愛さにアカデミーの講師を買収して細工させ、ガスパールの卒業論文に不正があったとし、退学させた。後にこのことは発覚したが、貴族間の取引で表沙汰にされなかった。ガスパールには改めて一代貴族への叙爵の話が出されたが、貴族のやり方に嫌気がさし、逆に子爵家三男の友にはこのことを知らせないようにお願いし、叙爵を固辞した。これを耳にした、先代のガルドノール伯爵が彼を是非にと引き取り今に至っていた。
「メグ随分と熱心ね」
馬車になかで、錬金術の本を読みふける恵に対して、アリスが声をかけた。今日は地の日、二人はルアンに向かう馬車の中にいる。二人とも余所行きの服だ。闇の節季にはいった。テルニーヌに来るときは真夏で緑の濃い季節であったが、今の街道沿いはススキのような薄茶色い穂が一面に広がっていた。恵にとって、半日の移動時間は貴重なものであり、錬金術のテキストを読み込んでいた。
「錬金術ってなかなか面白いよ。アリス姉は、錬金術習ったことあるの」
「王都のアカデミーで教養として習ったぐらいしかありませんね。でも興味深い技術とは思いました。それより私は、あなたは体を動かすことばかりを好むものだと思っていました」
「確かに身体動かすのは好き。数字だけをこねくり回してるのはだめだけど、現象が目に見えて現れる錬金術は結構いけるの」
そんなことを話していると、ルアンの城壁が見えてきた。閉門の時間が近く門の付近はごった返していたが、馬車は貴族門に向かい恵たちはすんなり街に入った。恵は改めて立場が変わったことを感じていた。
領館に着くと、もう夕食に間もない。荷物をゲストルームにおいて、すぐに挨拶のため居間に向かう。そこには伯爵一家とアデルが待っていた。今日のところは、アリスと恵の両名が男爵令嬢として表敬訪問をする形になっている。ドレスはジュリアが見立てた、前世のゴスロリを思い起こさせる、可愛らしさを前面に押し出したものだ。これを着せられるとき、恵は恥ずかしいと言ってかなり抵抗したが、その望みは叶えられなかった。しかし、その効果はエマとブロンシュの表情に現れている。
恵とアリスがカーテシーをして挨拶すると。直ぐに夕食となり食堂に移動する。
食事中、エマはとても機嫌がよく、恵の近況を聞きたがった。
「・・・それで、刺繍の先生から上手だと褒められました」
「まぁ、それは素晴らしいわ。メグちゃんの刺繍を見てみたいわ」
「はい、今作っているものが出来上がったら、お姉さまに差し上げます」
「あらあら、ちょっと待って。何故、エマはお姉さまで、私は伯爵夫人なのかしら」
(うわぁ、またこのパターンだ。エマ姉の性格は、母親譲りだ)
「・・・お母さま・・・」
ブロンシュは満面の笑みになり、“来週来るときには商会を呼んでメグちゃんのドレスを作らせましょう”などとテンションを上げていた。
(伯爵様は苦笑している。自分で言うのも何だけど、出自が分からない平民だぞ、大丈夫かこの家は。ジラール家は特殊なので参考にはならないと思ったが、伯爵家でも親子で過ごす時間が結構取られているように思う。時代で違うかもだけど、昔のヨーロッパの貴族は、子供を乳母とかに任せっきりみたいなことを聞いた記憶があるけどここは違うみたいね。女子の教育も結構しっかりさせるし。やっぱ、改革の影響で学歴社会になり子供への接し方も変わったのかしら)
夕食後は、エマの部屋でアデル、アリスと四人で歓談となった。ブロンシュが一緒に居たそうな視線を見ないようにするのに苦労した。部屋に入り子供たちだけになると、アデルの言葉遣いが一気に崩れた。アリスは相変わらずだが、エマともよく一緒に遊んでいたようで、昔話に花が咲いた。
恵とアリスはルアンへと通うようになるが、次の週にいきなりアクシデントがあった。領館に到着してみると、エマが寝込んでいるという。始めは濁していたが、エマは生理で寝込んでいた。
(エマ姉は重いんだ。私はこの体になって、まだ始まってないからすっかり忘れていたよ。生前はそれほど重い方ではなかったけど、結構つらかったな。部下の男どもの馬鹿笑いが癇に障って、結構八つ当たり的なこともしたっけ。しかし、この体にも何れ来るんだよね・・・。この世界の生理事情も確認しとかなきゃだね)
結局ドレスを作る話も取りやめになって、恵とアリスはエマの部屋で静かに過ごした。アデルは、エマの生理を知って今日は領館に来ていなかった。エマは何度もベッドの中で謝っていた。
「ヒールは効かないんですか?私掛けますよ」
「こればかりはね。病気やケガでは無いから・・・」
「魔力薬は、飲まれましたか?」
アリスがエマに質問を入れる。
「私、体調の悪いときは、魔力が合わないとダメなの。軽い時は自分で作るのだけど、重くなり始めると。うまく魔力が制御できなくて作れないのよ」
「それは辛いですね」
とエマは力なく微笑んだ。
魔力薬なら、錬金術のテキストにも作り方が載っていた。通常、薬草による薬は漢方薬のようなものだが、薬を作るときに魔力を注ぐことで効果の向上と即効性が得られる。ただ、そこに注がれた魔力は、暫くすると抜け効果が無くなるし、生の魔力で作るので人による質の差がでる。例のポーションと同じだ。あのポーションを飲めるエマも、体調が悪いとダメなのだろう。
「・・・何とか成るかも。お姉さま、ちょっと手を繋いでくださいませ」
エマは要領を得ない顔をしたが、手を差し出してきた。恵はその手を取ると目を瞑り、エマの魔力を再現して流す。
「確か、お姉さまの魔力は・・・いかがですか」
「メグちゃん凄いわ」
「お姉さまがヒールするのを何度も見ていましたから。今から薬を作ってきます」
お付メイドのアポリンヌに頼んで、薬草を提供してもらい、台所も貸してもらう。はじめ、来客のお嬢様にやらせるわけにはいかないと、アポリンヌは拒んだ。魔力薬は、薬草を煎じて魔力を注ぐだけなので、生活魔法が使えれば誰でもでき、家庭でよく作られる。魔力を注ぐのだけを恵が行えば、アポリンヌも作れるのだろう。アリスが丁寧に説得してくれて、横で見ていることを条件に了解を得た。後でアリスが言っていたが、このやり取りは言葉通りでなく、主人の口に入るものに対する警戒であったと。身元の分かっている恵たちにも拒否したり条件を付けたことが、ここのメイドがきちんと教育されているからなのだそうだ。
(さて鑑定さんフル出動でいくよ)
「いつも使う薬草は、この三種ですね・・・鎮痛、解熱、精神安定。それに少しですが炎症止めかな」
「お薬のことお詳しいのですね」
アポリンヌの問いかけに、恵は静かにうなずく。
(鑑定さんがね)
まずクリーンを掛ける。
「このクマツヅラはいいのですが、このシャクラクは水で洗うと薬効が流れ出ます・・・、これは根と茎を、こちらは根皮だけを使いましょう・・・量はこんなものですね」
アポリンヌに説明しながら作業を進める。
そして、綺麗な鍋にも改めてクリーンをかけ殺菌、ウォーターで混じりけの無い水を灌ぐ。
「丁寧ですね。家では薬草をまとめて水洗いしていただけでした。それと葉も入れていました」
「葉を入れても薬効は大して上がりませんが、苦みはまして飲み難くなります。それと、魔力に余裕があれば、殺菌の効果があるので処理前にクリーンを掛けた方がいいですよ」
竈の火を小さくして鍋を掛けゆっくりと温める。
「これは沸騰させてはいけません。低温でゆっくりと煮だします」
暫く温度と抽出成分を鑑定しながら待つ。
「成分が出てきたので、魔力を注ぎます」
「ここの見極めが下手なんです。なかなか母のように出来なくて」
「私も何回も失敗しました。やはり経験でしょうか。ホホホ・・・」
(鑑定さんが見極めてるとは言えないよね)
右手で鍋を持ちながら、左手で魔力を注ぐ。
二十分ほどで作業をやめ、粗熱を取った後、綺麗な布で濾して完成である。
(鑑定さんの結果も上々、これならエマ姉に出して大丈夫ね)
「よし!」
「確認させていただけますか」
恵が頷くと、アポリンヌは出来上がった魔力薬を少しだけ口に含む。
「問題ありません。苦みは少ないですね」
魔力パターンが違ったので少量でも軽い魔力酔いを起こしたようで、彼女は深呼吸をして落ち着かせている。
(エマ姉のために、アポリンヌさん体を張っている。健気!)
「薬師のお勉強をされているのですか?」
アポリンヌが感心したように話しかけてきた。
「錬金術です。習い始めたばかりですが」
「いえいえ。手慣れていらっしゃいました」
アリスは、恵とアポリンヌのやり取りを面白そうに見つめていた。
エマに薬を飲ますと十分ほどで効果が出始め、楽になったと喜んだ。
その後は少し話しをしただけで、明日も薬を作ることを約束して部屋に下がった。ゲストルームに着くと、この世界の生理用品についてアリスを質問攻めにした。
脱脂綿があるのは助かった。市販品の薬は気休め程度らしい。
(このところ何でもヒールで直してしまうので、脱脂綿があるの気づかなかったよ。薬は何とかしないと。私が生理で死んでるとき作ってくれる人いないよな)
しかし、アリスの示した最大の問題点は。
「男どもの理解の無さでしょう」
(こっちも一緒なのね)
翌朝、もう一度薬を作りエマに飲ませると、体調はかなり改善し、午後に恵たちが帰宅するときには、ベッドから起き出して見送りをしてくれた。




