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お嬢様の修行 2

翌日の朝、アリスに連れられて教会に行った。司祭とシスターが一人の小さな教会だ。司祭はヒールを使えるので、教会は地域の病院も兼ねている。この人数では大変だろうとアリスに話すと食事や掃除は、近隣の主婦が来て手伝っていると教えてくれた。名前の変更をお願いすると、すぐに司祭が現れ、申請書を渡された。恵が、現在の名前に“メグ”を変更後の名前に“マルグリット”と書くと、“違いますね”といって申請書を取り上げ、“マルグリット・ジラール”と訂正した。アリスは、寄付金箱に銀貨一枚を入れた後に申請を司祭に渡した。

司祭は申請書を受け取ると、恵を伴って祭壇に向かい祈りの言葉を発する。その後、申請書に司祭がサインし、こちらに手渡した。

「これを役場に渡してください」

そのまま、屋敷に戻り役場で申請書提出し登録をお願いして終りだ。

(これで終わりなの・・・ええっ!本当にステータス変わっている。こんなんでいいのぉ)

後でアリスから教えてもらったのだが、戸籍制度が確立する以前は、子供が生まれて名を付けたり、結婚して姓が変わるときは、教会で祈りをささげた後、近所や知人に触れ回ったという。どうやら、人々に認知される行為がステータスに反映されるようだ。戸籍制度が整うと、役所への届けが認知されたものとみなされるらしい。

(そう、この国は戸籍制度が結構しっかりしている。これには、凄く驚いた)

「でも、皆にあだ名で呼ばれたらステータスが変わることは無いの」

「教会に行ってあだ名で祈りを捧げる方は存じ上げませんが・・・でもメグ。あなたはニックネームが名前だったではないですか」

(いや、“メグ”はニックネームじゃなくって歴とした名前だって。元はハンドルネームだけど)


午後からは、専門毎の教師?との顔合わせとなった。

(マナーと言葉使い、基本だよねぇ。歴史と地理、あるよねぇ。算術と科学、あるんだ。ダンス、社交界ねぇ。刺繍、お嬢様だねぇ。剣術、護身用かな?魔術、貴族の嗜み?体術、痴漢除け?投擲術、おいおい。隠形術、はいはい初めから分かってました・・・やっぱり忍者なのね)

五日間の平日は、早朝に基礎体力作りを行い、朝食後、午前中は屋外の五教科(剣術、魔術、体術、投擲術、隠形術)を日替わりで、午後は屋内の五教科(マナーと言葉使い、歴史と地理、算術と科学、ダンス、刺繍)を日替わりで行う。休日である闇の日は、家族と過ごす。と言ってもマルセルとジュリアから領地経営やジラール家、スフォルレアン家についてのお話を聞かされる。

(休みないじゃん)

屋外の授業は、訓練場で行う。街に入る前に見えていた北の林に隠されるように、町の規模に見合わない訓練場があった。

(もうここ、領主公認の“ト〇の穴”に違いない)


テルニーヌの町がガルドノール領の諜報機関の拠点となったのは、サイモンが領主となってからで歴史はまだ浅い。設立には、伯爵夫人であるブロンシュが関わっている。彼女は、ガルドノール領の西にあるブクリエウエスト辺境伯の次女でサイモンの下に嫁いだ。この辺境伯領のさらに西には、エルフの森がある。エルフたちは国家を名乗っているわけではないが、事実上その森はエルフにより統治されている。かつて辺境伯領の地には、伯爵領と子爵領が存在したが、大改革のときこの二つの領主は、世襲権を失い領主が空白になる時期があった。統治が緩んだそのとき、暗黙の了解で不可侵が続けられていたエルフの森に入り貴重な資源を荒らす者が続出した。エルフとの仲は急速に悪化し、戦争への懸念が高まったとき、当時の国王の懐刀といわれた侯爵であったメディーナ家の先々代の当主が辺境伯となり、問題の起きている伯爵領、子爵領を統合して封土された。このメディーナ家は代々国王の諜報機関も統括しており、辺境伯となってもその職を担い続けた。そのため、辺境伯領の南に隣接するように直轄地を設け、諜報機関の拠点とした。その管理には、辺境伯の子飼で王の覚えも良いヴァリーニュ子爵を代官として送り、事実上の世襲体制をとった。

時が移り、現王が皇太子のとき妃選定の中で、辺境伯令嬢であった現在の王妃ルイーズが皇太子側妃として召し上げられた。このときルイーズには心配事があった。可愛がっていた妹のブロンシュのことである。ルイーズはかねがねおっとりとした性格のブロンシュが高級貴族の女の戦いで疲弊することを心配していた。大雑把な辺境伯は”なに、ゆっくりと良い相手を探せば良いのだ”などととぼけた返事しかよこさない。自身も派閥の風当たりが厳しい中で動けずにいたが、正妃オリヴィアの死により、自らが正妃に進むと行動を開始した。それが以前より考えていた、側近として皇太子を支えていたサイモンに妹を嫁がせることだ。サイモンは同じ国王派で、当時は侯爵家の嫡男であった。彼への婚姻の話しは多くあったが、今は皇太子を支えるのみとして決まった相手がいなかった。ルイーズは自分の権力を使い婚姻をまとめてしまった。しかもそれに飽き足らず、見知っていた諜報機関を管轄するヴァリーニュ子爵に頼み込み、彼の娘のジュリアをサイモンの元へ送って、ブロンシュの守りとした。サイモンは、ジュリアが諜報に長けていることを知ると子飼のマルセルに娶らせ、ガルドノールの諜報機関の拠点を築かせた。

恵がこの話を聞いたとき、ルイーズの行動力、調整能力に驚くと共に、まるで男のような物事の進め方に抵抗を覚えた。ジュリアにそのことを話すと、ルイーズの場合は、結果的に政局に関わる、または利用することがあっても、その発端となる目的は政治的なことではないこと。それと動く前に女性視線で観察し細やかな配慮がされていること。そしていざ行動するときは、男より大胆に動くと諭され、ルイーズへの評価はすこぶる高かった。

「でも母様は、ご領主様に婚姻を強要されたのでは・・・」

「王妃様は、私の好みをサイモン様に伝えていたようで、だから・・・ねぇ」

(母様、惚気てるの?・・・ほら、若い子たちが言う・・・デレってやつね。誰もが相手に満足してるみたいだし、私が文句を言う筋合いではないんだけどね。でも、妹可愛さにここまでやっちゃう王妃様ってどうよ)

ちなみに辺境伯の管理のおかげで森が荒らされることが無くなると、エルフとの関係は改善され。正式に不可侵条約を結ぶに至った。このため辺境伯としての意味合いは薄れたが、称号はそのままとなっているのだそうだ。


一節季が過ぎ収穫祭も終わった。収穫祭は子供に菓子を与え、大人は酒を飲んで騒ぐ日と理解した。すっかり秋は深くなり、朝晩は冷え込むようになってきた。恵は休みなく授業を受けている。まあ、休みがあってもどこにも遊びに行くところがない町ではあるのだけれど。午前の、授業は難なくこなせている。すぐに、体術と投擲術のスキルが発現した。剣術と隠形術は、初めのうちこそ、この子は才能がある、覚えがいいなどと言っていたが、すぐに教えることが無くなったらしく、今は実戦形式の訓練ばかりになった。

(今の私は月面宙返りも楽々こなせるのだ)

屋外で行う授業(という訓練)だが、天候に関係なく行われる。雨天中止はない。先週強く雨の降る日があったときアリスに“今日も授業あるんだ”と聞いたら、首を傾げながら“戦いが、晴れの日ばかりと言う訳ではないでしょう”と普通に返された。

午後の授業は苦戦している。

(マナーにしても、貴族になると実に細かい暗黙のルールがあって覚えること多すぎ・・・。地図と歴史は前世の知識は役に立たないし・・・それに、なんといっても驚いたのは、算術と科学、結構難しい。はっきり言って文系の私では厳しい。アリス姉に言わせると、魔法の効率化を狙った現代魔法の創造には、自然の法則を理解する必要があるとかで、昔から研究が盛んなんだって。ファンタジー世界だと思っていた西から上り一晩で満ち欠けして大きさも変わって見える月も、月軌道が低く、地球?の自転より月の公転が早いために起こる現象と科学的に説明されていた。脳も若くなり覚えがいいのと、鑑定さんがいなかったら逃げ出していたかも)


アリスとは、午後の授業以外は一緒にいる。午前中の訓練も一緒で相手になってもらうこともある。もっとも午前中の訓練は恵だけでなく、町の住民も交代で訓練にきている。

(ホント、ここって忍者の隠れ里だよね。そうそう、ここの人は町のことを里って呼んでた)

ちなみに、この世界の訓練用の剣は、平たくした鉄棒にスライム由来の弾力のあるゴムのような樹脂でコーティングされたもので、重さは真剣と変わらない。切れはしないが当たると結構痛い。

アリスは、飛びぬけて上手なものは無いけれど、どれも平均以上にこなす。彼女の持ち味は、それらを組み合わせて基本を押さえながらもトリッキーな動きで駆け引きをするクレバーな戦い方だ。体術と剣術を組み合わせたアクロバティックな剣捌きや、剣術のフェイントに隠形術で気配の濃淡を付ける方法は、恵にも大変参考になった。最近では付いて行けるようになってきたが、最初はステータスもスキルランクも断然恵が勝っているのに勝てる気がしなかった。アリスは、母様の本気はこんなものでないと言う。アリスでさえ何をされたのか分からないで負けることがあるらしい。

(怒らせてはいけない人だ)

ちなみに、アデルは父親譲りの天才肌で、本能で戦っているのだそうだ。

(サッカーやってた時もいたよ、私とツートップやってた明美がそう。後輩の面倒見させたら、後輩たちが“明美先輩の指導は、擬音ばっかで理解できません”と直訴してきたっけ)

剣術は片手剣が基本ということでそれで始めたが、剣術の先生とも相談して、小さい身体とスピードを生かすため、小回りの利く短剣を使った戦い方に戻った。短剣を使っても魔力で刃渡り以上の効果を出せる(魔力斬のテクニックだった)ので攻撃力も何とかなる。ただ魔力斬は、リーチが伸びる訳ではない、実態の刃が相手に届いている必要があるので、懐に飛び込むのはマストだ。だからアリスの指導による体術との組み合わせは非常にありがたかった。

ただ、魔力斬は刃先を当てた相手の魔力の通り方により効果が変わった。先生はファンタジー金属のアダマンタイトとミスリルの棒を持ってきてくれた。高価なもので慎重に使うようにと注意を促しておきながら、魔力斬で切ってみなさいと刃引きをした短剣を渡しながら反対の指示を出された。魔力斬を使うと刃引きをしていても関係なく鉄でも切れるのだが、やってみると切れなかった。アダマンタイトは弾き返された感じで、ミスリルは力が抜けた感じだった。聞いてみると、アダマンタイトは魔力を通さないで、逆にミスリルは魔力を抵抗なく通すのだそうだ。魔力斬を万能だと思って使っていると落とし穴があるようだ。

(それと、剣術に“いなし”のテクニックが付いた。基本の身体能力が非力な私には向いているし、こういうのが揃ってくるのは、コレクションみたいで何か嬉しい)


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