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お嬢様の修行 1

これから向かう先は、同じガルドノール領の町でテルニーヌと言う。ここ領都ルアンから南西に馬車で半日の距離だ。テルニーヌは、養子に入るマルセル・ジラール男爵が代官として治めている。人口は八百人ほどで、町と言うより村の規模だ。おもな産業は農業だという。魔の森からも離れていて、強い魔獣はいないので安心して住める場所らしい。

迎えとしては、テルニーヌから一頭立ての馬車で、御者を兼ねた従僕と護衛としてダチョウの騎馬の従士が二人来た。夜明け前にむこうを出たらしい彼らは、恵を乗せてそのままとんぼ返りするらしい。孤児院の皆に見送られ馬車は出発した。愚図るニナを抑えていたためカミーユと話せなかったが、彼女は恵に微笑みかけ頷いてくれた。

馬車は順調に進み陽が沈む前にはテルニーヌに着いた。半日の間、本格的な馬車の移動をしたが、乗り心地は問題ない。前世で自動車に切り替わらず馬車が進化したらこうなったかもしれない。サスペンションとダンパーもしっかりしていて御者台で強弱の調整もできるらしい。街道で魔獣に出会ったとき馬車の性能が生死を分けるなら、必死に改良するのは当然だ。そして秀逸なのがスレイプニルで、その力は半端ない。あのタイヤみたいなグリップのある車輪でも(なんとスライム製。ファンタジー)ガンガン引くし、頭がいいので通い慣れた道ならほぼ自動運転。更に野営地で放してやると、近場の弱い魔獣を狩って自分の食事とするので、餌代が浮いて周囲の安全確保にもなる。

(これじゃぁ、自動車を作ろうって発想は生まれないよね)

もっとも、ああ見えてスレイプニルは寂しがり屋で飼い主が愛情をもって接しないと思ったように働いてくれない。しかし、この関係の人たちは、わが家のスレイプニルが一番的な感じで問題は無いようだ。ちなみに街にいるときも夜は町の外に出されている。すると、夜畑を荒らしに来る害獣をスレイプニルが追い払うのだそうだ。何と優秀。

(それでいて、鑑定では“獣”とでるし、この世界どうなってるの)

一方、護衛が乗っているダチョウのような鳥は、オルニトミムス(ただし、恐竜じゃない)。一人乗りであまり荷物は運べないが、冒険者も移動手段として良く使う。自家用もあるが、オルニトミムスは主人と言う意識は薄いらしく、まるで前世のレンタカーのようなシステムが街々にある。

テルニーヌの町も壁に囲われているが、石を積み上げた二メートル程のもので外側に五十センチほどの深さの空堀があった。街の周囲は、北側に林が見えるがそれ以外は畑が広がっている。そういえばこの世界では家畜は少ない。卵を採るニワトリと乳製品を作るための乳牛ぐらいだ。鶏舎は壁の中で、牛も魔獣から守るため夜は街に入れなければならず、場所と手間がかかる。それと匂いの問題で近隣住人と揉めることが多い。そのため卵や乳製品は高価な食材だ。肉はもっぱら討伐した魔獣の肉が食べられている。治安の維持からも討伐が推奨されているので、肉は手ごろな食材になっている。

既に、連絡が云っていたらしく、御者の挨拶一つで衛兵に止められることもなく町に入った。

町に並ぶ家は一階建てで木と土で出来ている。二階以上の建物は、代官の屋敷と教会だけだ。ほとんどの町民がまだ畑に出ているのだろう、メインストリートも閑散としている。代官の屋敷もルアンの領館と同じで前半分が役場、奥は代官一家のプライベートスペースになっている。最も規模はルアンの十分の一ほどでこじんまりしたものだ。

代官屋敷で出迎えてくれた、執事のおじいさんに連れられて、部屋まで案内される。二階の角部屋で、窓からは壁の外に広がる畑が見渡せた。少し広めのベッドにシンプルな家具のある落ち着いた部屋だ。年月が経てばヴィンテージとなる良い家具だが、アールヌーボーのアンティーク家具が好みの恵は少し残念だった。旅装を解くと言っても、元々荷物は少ない。荷物らしい荷物といえば、そのまま与えられた、謁見のときに着たドレスくらいだ。すぐにメイドが現れ、用意されていたドレスに着替えさせられ、居間に連れてゆかれる。そこには謁見で顔を合わせた、男爵夫人とアデルによく似た少女が待っていた。

恵が到着の挨拶をして控えていると、男爵夫人がゆっくりと話し出した。

「ようこそテルニーヌへ。短い間ですが家族として暮らし、貴族として、そしてジラール家の者として必要なことを身に着けてもらいます」

男爵夫人は挨拶の後、“この子とははじめてね”と隣に座る少女に顔を向ける。

「初めまして、メグです。これからよろしくお願いします」

貴族の普段着ドレスでソファーに座っているので、男爵家の家族だろうと当たりを付け、恵から挨拶をすると、少女は座ったまま簡潔な挨拶を返してきた。

「ジラール男爵家が次女、アリスです。あなたの姉になります。よろしく」

(次女・・・忍者のお姉さんの妹・・・顔は似ている。確かに姉妹。でも雰囲気違うね・・・)

「メグ、お掛けなさい。基本的なことは理解しているようね。旦那様は、まだ執務をされていらっしゃるので、挨拶は晩餐のときになさい」

(そうなのだ、私の立ち位置はちょっと微妙だ、いずれ主家のお嬢様になることが決まっているが、今は平民から上がりたての新参者。だから、私がカーテシーをし、許しが出るまで座らなかった)

前世の仕事からヨーロッパ文化に接する機会があった恵には、そうしたことを耳にする機会があった。前世のヨーロッパの王室でも、例えば皇太子のところに外から嫁いだ皇太子妃は、皇太子の弟つまり王族に一人で会うときは、皇太子妃がカーテシーをして傅くが、皇太子が同じ部屋にいると逆に弟の王族が皇太子妃に傅く。さらに、皇太子妃の出自がよんどころないと複雑怪異になり、場外で有識者の論争になるという。格式(見栄?)と様式美は貴族社会ではとても重要だという。貴族が現役のこの世界では、礼儀も下手打ちすると争いの火種にもなり兼ねない。ただ、エマとアデルの会話を聞くと、もっと開明的な印象ではある。恵の前世の知識と観察からの判断は、今のところ外れを引いていないようだ。

(いや。忍者のお姉さんを参考にしない方がいいか)

「そうね、まず私のことは“母様かあさま”とお呼びなさい。伯爵家の養女となった後はただ“お母様”と呼ぶのは奥様だけになさい。そのときは私のことは名前を付けて呼ぶとよいでしょう。それとあなたのお名前、“メグ”では愛称のようでよくありません。“マルグリット”と名乗りなさい。親しい方とはそのまま“メグ”と呼べるでしょう」

「母様、ステータスを開かれたときに名前が合わなくなりますが大丈夫でしょうか」

「明日にでも、教会に行き登録すれば問題ないでしょう」

(教会で名前を変えられるのね。知らなかった。けどステータスの変更どうするのだろう。こちらのステータスが見られたりしないかしら。まあ、その場で鑑定隠蔽を操作してごまかすしかないか)

「アリス。夕食までの間に、奥向きのところだけでいいのでメグに館を案内して差し上げて。それと、お二人には、お話しすることがありますので夕食の後、私の部屋へ来るように」

「「はい。母様」」

私は、アリスに連れられて居間を出て行った。


男爵のため質素ではあるが、それでも貴族だけあって、しっかりとした食事が出た。まあ、孤児院と比べればなんでもそう見えるのかもしてないが。肉料理は、豊富な食材なだけあり料理方法も工夫されているようで食べやすく大変美味しい。印象だけだか、ここの料理は北の国のものと言う感じだ。孤児院でも感じていたが、男爵家のしっかりした料理からは強く感じた。なんていうのか、冬を乗り越えるための保存食や体を温める料理が発達しているような印象だ。実際には、ここやルアンが雪に閉ざされると言ったことはなさそうなので、この国の成り立ちがもっと北にあったのかもしれない。

晩餐の前に、当主である男爵に挨拶をした。マルセル・ジラール男爵はアラフォーの快活な人物だった。金髪に茶色の瞳で柔和な顔つきだが、身体は大きく、しっかりと鍛え上げられていている。

(なんか、気は優しくて力持ちって言う感じ。そう森のくまさん)

ジラール家は先々代の貴族体制の改革のとき、領土を返上したが、爵位はそのままで世襲が許された。その後はテルニーヌの代官を続けている。粛清の嵐が吹きすさぶ改革当時にあっては、幸運な結果と言えたが、伯爵の後押しがあればこそできた。今でこそ伯爵となっているが当時のスフォルレアン家は侯爵で強い権力を持っていた。ジラール家はスフォルレアン家とは深い繋がりがある。

「我が家に、こんな可愛らしい娘が加わるとは嬉しい限りだ。メグ。父さんと呼んで、何でも言いってくるといいぞ」

恵は“マルグリット”と自己紹介したが、帰ってきた言葉は、愛称の“メグ”になっていて、手放しで歓迎してくれる。

「あなた、いけませんわ。マルグリットは、サイモン様の養女になるのですよ」

「あはは。そうか・・・」

(くまさんパパ、父親の威厳どこに忘れてきました。どうやらこの家は母様で回っているようね。伯爵様の忍者部隊の元締めは母様に思えてきたわ。なんて所に来たのかね。いや、元々クラッシャーのエマ姉がいなければ、ここの家の養女ってことだったのだから、私も忍者部隊の一員ってことは既定路線か。・・・そうか!伯爵家の身分を使って防諜活動をさせれば、母様にはもっと都合がいい?エマ姉の暴走のとき、母様が折れて伯爵家への養女行きに賛成したのは、その辺りが理由かしら・・・)

現在、食事をとっているのは、家長のマルセル、妻のジュリア、次女のアリスと恵である。ジラール家にはあともう一人ルアンにいる長女アデルがいる。この国では、原則として嫡男が世襲するが、ジラール家では娘のうち誰かが婿取りをしなければならない。順当に行けば長女のアデルが婿を迎える。年齢も十七歳で、本来であれば既に結婚していてもおかしくない。実は現在、エマが皇太子の婚約候補の筆頭にいるそうで、実現した場合アデルが待女として仕えるため、話を断っているとのことだ。

食後のジュリアの話は、これからの恵の予定とアリスとのことだった。

恵は、これから来年の光の節季末までの半年間をこのテルニーヌで過ごし、貴族令嬢の嗜みを学ぶ。そしてルアンに戻り伯爵家の養女になる。さらに半年後の来年の地の節季の初めには王都に移り、スフォルレアン家の次女としてお披露目をして、再来年の水の節季から王都のアカデミーに通うことになるらしい。

アリスは、ここでは専門以外の生活全般で恵の指導を行い、伯爵家に行くときに付き人となり、少なくともアカデミーに通う前までは一緒にいる。その後については、恵の去就次第らしい。そのため、しっかりと関係を築くように言い含められた。何かアリスの人生を縛るみたいに思うのだが、当人は当たり前のように捉えている様子だった。

「最後に、一つ注意をしておきます。マルグリット、あなた鑑定を使えるのね」

「・・・はい」

「人には、知られぬようになさい」

「・・・はぁ」

「スキル保護法のことは知らないのですか」

「存じません」

「そうだったの・・・。この国には鑑定術など特殊なスキルを持つ者は、国に登録する義務があります。それがスキル保護法です。保護と謳っていますが、実態は危険なスキルを保持する者を管理するための法律です。鑑定術を持っていると通常は王家か上位貴族に取り込まれることになりますよ」

「えっ・・・知りませんでした」

「ステータスの石板でも分からなかったと言うではないですか。そうなると、証明書の発行が出来ませんのでスキル保護法の申請書が作れません。そうすると未登録の鑑定持ちとなるので知られればあなたを取り込もうと誘拐まがいのことが起こるでしょう。まあ、その件はサイモン様にお任せしていますが。とにかく、人に知られないように注意なさい」

「はい」

ジュリアの部屋を退出した後、アリスから恵がここへ来ることになった経緯を聞かれたので、アデルに目を付けられた話をした。すると彼女は。

「そう。お姉さまが・・・。それは、とても同情すべき出来事でしたね」

何やら実感の籠った返事をよこしたが、さらに。

「メグはそのままでいてくださいね」

アリスが微笑んだ。

「・・・」

恵が要領を得ない顔つきをしたのが分かったアリスは。

「お姉さまの興味がメグに向いていると、私は助かりますから」

(この姉妹、正反対と思っていたが、根っこは同じだよ)

それから始まった生活は、これが貴族令嬢の嗜みか?と疑問の思う毎日となった。


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