孤児院の暮らし 11
連れていかれた先は、広く豪華な応接室といった感じだ。統一感のある上品なアンティーク調の家具と華美にならない落ち着いた装飾品。如何にも伝統ある貴族の住まいといった趣だ。どうやら、今日のところは公式ではない謁見となっているようだ。
奥のソファーには、三人の男女が座っていた。奥にはシルバーアッシュの髪にブルーグレイの瞳の渋い小父様と、その隣にホワイトブロンドにターコイズの瞳で、如何にもやさしいそうな笑顔の婦人。そして手前には、奥の婦人と同じくらいの歳でダークブロンドの髪にブラウンの瞳のシャープな印象の婦人が座っている。ソファーの後ろには、忍者のお姉さんアデルが控えている。それとなく観察すると、手前の婦人の顔つきはアデルと似ている。多分、奥の二人がご領主夫妻で、手前がアデルの母である男爵夫人だろう。
彼らは、入ってきた恵みをみて、“ほぅ”とか“まぁ”とか囁いている。恵はマテオに促され、レッスン通り、数歩近づくとカーテシーをして、自己紹介する。
「私は、メグともう申します。お会いできで光栄です」
そして、その場に控える。
「サイモン・スフォルレアン・ド・ガルドノールだ。隣にいるのが妻のブロンシュ、そして、そちらがジラール男爵夫人だ。この度は、娘を救ってくれたこと感謝する」
(そうでした。あのへばってた聖女様は伯爵令嬢だった。そういえば、シスターには聖女さん助けたこと内緒にしていたんだよね)
「もったいないお言葉です。あのときは、ただ夢中で戦っただけです。多くの冒険者が勇敢に戦いました」
伯爵は、満足したように深く頷いた。
「このような形でしか謝意を示せぬ。許せ。しかし、公にしない方が其方にも都合がよいのだろう」
(きたー。カマかけてる?誤解と警戒がてんこ盛りですか~)
そのとき、突然扉が開き若い女性が入ってきた。
「お父様。あの子が来ていると伺いましたが・・・」
「なんですかエマ。ノックもせずに」
夫人の窘めをスルーして彼女は恵に近づく。
(へばってた聖女さんだ)
「あなたがメグちゃんね。まぁ。こんなにも愛らしかったなんて。決めましたわ。お父様、メグちゃんを私の妹にしましょう」
「待て、待て。エマ・・・」
「まぁ。お母さまからも仰ってくださいな。メグちゃんを我が家に迎えると」
聖女様は、一瞬で謁見のすべての段取りを壊してしまった。
それから、暫くエマとサイモンとの攻防が続いたが、初めに伯爵夫人のブロンシュが“それもいいわね”と賛成し、続いて男爵夫人も苦笑しながら折れ、最後に伯爵様が言葉を詰まらせながら折れた。エマは万遍の笑みで恵を見つめ、控えているアデルは笑い出すのを我慢するように肩を震わせていた。
「聞いての通りだ。スフォルレアン家の養女となってもらう」
「・・・」
(閣下。全然意味がわかりません。腹の探り合いを始めようとした、渋い小父様は何処へ行ったのでしょう)
恵の沈黙を強引に了承と受け取り、以下事務的な話になる。初め男爵家の養女になり、時間をおいて伯爵家の養女になる。伯爵家としては男爵家から養女を迎えたことにするらしい。よくある身分のロンダリングだ。正式には孤児院の院長のサインが必要なのでソフィアを通じて司祭に話が行くようだ。恵はこの時まで院長が司祭であることを知らなかった。司祭が孤児院に来たことがないので当然かもしれないが。
恵は、謁見後も直ぐに解放されなかった。エマの部屋に連れて行かれた。サイモンとの話が終わり緊張の解けた恵は、部屋の様子を見る余裕が出来てきた。エマに部屋は、まさに伯爵家ご令嬢の部屋で、部屋の家具は何れも上級貴族に相応しいものばかりだった。前世の仕事で西洋家具やインテリアを扱っていた恵にとって、ここは正に宝の山であった。
(いい色。この世界にもマホガニーあるのかしら。ピアスドカービングも繊細で素敵!あぁ、だめだめ、これから第二ラウンドが始まるのに。気合い入れ直さないと)
ちょっと挙動不審になった、恵をエマとアデルは互いに目を向けながら首を傾げあった。
それから三人で急遽お茶会となった。お茶会は、アフタヌーン・ティーに近いような印象。この世界のマナーは分からないので、ホストのエマに倣うようにしながら、それ以外は生前の知識で補填する方針で臨んだ。先ほどの謁見では、始まろうとしていた伯爵との腹の探り合いは、エマお嬢様が粉砕したが、生前の知識からすると、ここでは女性の戦いとしてマウントを取ってくるのだろうかと身構えてしまう。
そもそも、この世界と前世は変なところでリンクしている。もっとも、ルアンの街ですら一部しか知らないし、まして貴族に接したのは今日が初めてで判断材料は少ない。このお茶会は英国っぽい感じだが、全体的には近世フランスの印象だ。
(近世ヨーロッパが近いようだけど、色々なところでもっと・・・そう開明的なのよね)
なにせ、底辺である孤児院も十全かは別として、社会的にも守られている。街に出てもスラムはあるが奴隷などがいるような感じはなかった。まあ、魔獣とかがいて、魔法がある時点で比べても仕方ないことだが。
しかし、またしても予想は覆された。恵がエマをガルドノール伯爵令嬢と言ったら、エマは横を向てしまい。
「お姉さまよ」
「・・・」
「お姉さまと呼ばないと、お返事しません」
(このパターンですか・・・)
困った顔でアデルを見ると、彼女は楽しそうに言った。
「諦めなって。私はお姉ちゃんね」
(もう。おばさんのメンタルでも敵わない)
「・・・お姉さま」
「ハイ。何でしょう。メグちゃん」
「宜しかったのでしょうか、私が養女になること・・・」
「なぜ?」
「閣下がご心配されていることとか」
「エマ様と話してもらちが明かないだろ。あたしから話すよ」
アデルがそう切り出すと、エマは“私がお話ししていたのに”と不満を述べながらも、アデルに任せた。
「正直、ここに来る前のキミの足取りはさっぱりわからなかった。それほど念入りに隠蔽していたのに、仲間を助けるとなると平気で目立ったこともする。凄いチグハグなんだよね。けどね、エマ様がああ言ったらもう決まり。鑑定できるんだろ。エマ様をみてみな。大丈夫だから」
エマは恵を見て頷く。
「・・・心眼・・・」
「やっぱ見えるんだ。でも勝手に覗かなかったんだね。えらい、えらい」
(うわっ、カマかけられたの!)
「心眼はね、何でも見えるとか、そんなのではないのよ。私にとって良いことなのか悪いことなのかが漠然と感じられるだけなの」
「それ、考えようによっては最強かも」
「あ~。その辺は、エマ様は天然だから」
「ひどいでしょう。アディーは何時もそうなの。私と一つしか違わないのに」
「そんな訳で、キミのことは良く分からない。けど、悪いものではない。と結論付けられたと言うこと」
「なら、取り込んでしまえと」
「分かってるじゃない」
「私はね、本当にメグちゃんが妹になってほしいだけだから」
「ハイハイ。分かってるから。ほらメグ。遠慮せず食べなって」
「あら。紅茶も冷めてしまったわね。入れ直させましょう」
(そうです。一番上のペイストリーが気になって仕方ないです。この世界にきて初めてのスイーツです)
恵がマテオに連れられて、退出した後も、二人はまだ話していた。
「エマ様は、何であの子を妹にしたいと思ったの?」
「何となく、その方がいいのかなと思ったのよ」
「心眼?」
「いつもの心眼と少し違うのよ。メグちゃんにとっても伯爵家の方がいいのかなと・・・」
「そうなんだ。でも、本当に不思議な子だよね。何者なんだろう」
「えぇ。メグちゃんのカトラリーの置き方は、トリグランドが王制を引いていた時代のマナーのようね。昔お婆様から伺ったことがあるの。このティーの習慣がトリグランドから入って来たときは、あのように真直ぐに置いていたそうよ。紅茶もソーサーを持って胸元まで近づけていた。そして、言葉遣いもしっかりしている」
「エマ様が入ってこなければ、お館様との間で腹の探り合いに付き合ってたね」
「やはり貴族出身なのかしら」
「こんな真似、あの歳では貴族だって出来ないって。実際の歳はもっと高い・・・耳がとがってないエルフとか」
「エルフも二十歳くらいまでは人と同じように歳を取るのよ。それに、ペイストリーを頬張っているところは、歳相応でとても可愛かったわ」
「あの様子なら餌付けできそうだね」
「だめよ。もう私の妹ですから。アディーもメグちゃんを助けてあげてね」
「・・・いったんお母様の所へ行くのだから、その役目はあの子になるんじゃない。案外面白い組み合わせかも」
「アリーともしばらく会っていないわね。メグちゃんと一緒に来るのかしら。そうしたら楽しくなるわね」
孤児院に戻り、ソフィアに伯爵家の養女になることになったと報告したら、ソフィアに“何を言っているのこの子は”という顔をされてしまった。
(シスター。分かります。私も何が起こっているのか理解できていません)
それでもソフィアは、司祭への手紙を書き、退院の準備を始めてくれた。
カミーユ達にもこのことを告げたら。カミーユとリュカが何やら頷きあっていた。
(お前たち、いつからそんな仲良くなった)
それからの流れは、早かった。恵の知らない間に手続きはどんどん進み当日となる。昨日までに挨拶は終えていた。ギルドのエミリーは恵を抱きしめて、“寂しくなるわ”と呟いていた。ソフィアから聞いていたのだろうケヴィンやレオは既に承知していて、別れを惜しんでくれた。別れの挨拶をするとケヴィンにやっと笑った。
「ご令嬢ってのは、お淑やかなもんだぞ。大丈夫かぁ。なにせちっこい戦乙女・・・おっと、これは口にしちゃいけなかったんだ」
リアムは黙って頷いた。
「何それ」
「メグは知らなかったか。ご領主さまが、戦乙女の噂に緘口令を出した」
そう言えば、その噂は急速に鎮静化していた。
「あたしも聞いたよ。ほら、何時もギルドのラウンジで飲んだくれてる髭のおっちゃん・・・」
「エルヴェさん?」
「そうそう。そのエルヴェのおっちゃんも言ってた。”あのちっこいのには借りがある。俺たちルアンの冒険者はちゃんと口をつぐむぜ”ってさ」
だみ声のエルヴェの声色を真似たカミーユがその時の話を伝える。
「省略するなら、なんで”戦乙女”を残さないのよ」
「そっちかよ。いいか、緘口令を敷くってことはだな・・・」
「やっぱり、メグはそっちよね」
「カミーユまで、まったくお前らは・・・緘口令を敷いたのは、お前の実力が変な輩に知られて、ちょっかいを出されないようにしているともとれるが、ご領主様がメグを隠し玉として使う気満々ってことも考えられるってことだ。だから気を付けろ。まぁ、とにかく元気でな」
昨晩はベッドでニナが恵に抱き着いて泣き、泣き疲れて寝た。
(ここにきて、まだ二節季(四か月)しかたっていないけど、なんだかんだ、しがらみが出来たな)
始めは、“ゲームの世界”を意識していたが、出会った人々は、この世界で根を張った生活をしていて、しっかりとそれぞれの人格を持って恵と向き合ってくれた。ゲームのNPCではない。誰もが生きていると強く感じている。
春先だった季節は、夏の盛りになった。緑が濃く色づく中、恵の新しい生活が始まろうとしていた。




