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孤児院の暮らし 10

誤字情報ありがとうございました

それから一週間経ち、街も落ち着いてきたとき、孤児院に客の姿があった。領主の紋章のある立派な馬車が護衛の従士二名を伴って孤児院を訪ねてきたのだ。馬車の中からは、令嬢と事務方の役人のような男が降りてきた。ことき、恵は街に買いものに出ていて、戻ったときにこの馬車を見つけた。

来るものが来たと思った。一瞬このまま逃げることを考えた。しかし、考えすぎかもしれないが、恵の実力を直に見ているカミーユやリュカに何かあるかもしれないと思うと逃げることは出来ない。意を決して、孤児院に入る。直ぐにカミーユが来てソフィアの伝言を伝える。

「シスターが、戻ったら直ぐに執務室に来てって。伯爵様のところの人みたい。メグ大丈夫?」

心配顔のカミーユに、努めて明るく返す。

「別に悪いことはしていないし、大丈夫だよ」

恵はその足で、執務室に向かい、ドアをノックする。

「メグです。ただいま戻りました」

「入ってちょうだい」

少し緊張したソフィアの声が返ってくる。

執務室の応接ソファーにはソフィアに向かって二人の客が座っていた。一人は四十半ばで貴族のものではないが上等な服を着た厳格そうな男と貴族の普段着ドレスを着た十七~十八歳の女性だった。恵は女性の顔を見て固まった。

(忍者のお姉さん!しかも貴族の服着てるし)

「メグここにかけて。こちらはジラール男爵令嬢、そして、こちらは伯爵家で副執事を務めていらっしゃるマテオ様。今日はメグにお話があっていらしたの」

「メグと申します」

このとき恵は、相手が貴族と思い、見よう見まねでカーテシーをしたのだが、三人に驚かれてしまった。普通の孤児はそんなことはしない。忍者のお姉さんはアデルと名乗った。

恵はソフィアの横に腰を下ろす。

目の前で、アデルがニコニコ顔で見つめている。

(気まずい)

「では、私からお話しさせていただきます」

恵が座ると、マテオがこの場を仕切るように話し出した。

「実はメグ殿を、ジラール男爵家に養女として迎える用意があります。メグ殿がご承知くだされば直ぐに手続きに入らせていただきます」

ちょっと性急な物言いに戸惑い、恵はソフィアに目を向ける。ソフィアはわずかに頷くと話を引き取る。

「マテオ様が間に入っていらっしゃっているということは、既にご領主様もご存じということでしょうか」

「はい、このことは閣下もご承知で、私に手続きを行うようご命じになりました」

(それって、上の方でもう決定済みってこと?まあ、今回は、やらかしたからねぇ・・・)

「承知しました。ただ、急なお話ですのでお返事に少しお時間をいただいてよろしいでしょうか」

「もちろんですとも」

(ここの仕来りも分からないし、この後、シスターに相談するしかないか)

「あのぅ。よろしいですか」

それまでニコニコ笑っているばかりだったアデルが話すと、マテオとソフィアが頷く。

「この後、お時間をいただいてメグちゃんと二人でお話しすることは出来ますか?怖い小父さまからいきなり言われてもメグちゃんも不安だよね」

「シスターさえ宜しければ」

マテオが話しかけるとソフィアは黙って頷いた。

(私は、あんたと話す方が不安なんだけど)

二人が執務室を後にすると、当然のようにアデルの雰囲気が変わった。

「いやぁ。本当に孤児だったんだ。まいったぁ~。で、ごちゃごちゃ言わないで、あたしの妹になりなさいよ。って、意外だった」

「まあ、あなたが貴族でそれに養女って言うのは意外だった。それと、もっと早く来るかと思ってたわ」

「・・・それ、あんたが悪いんだからね。あのあと三バカが、あんたを逃がした腹いせに飲み屋でくだまいて暴れて・・・どうして監視を外れたって怒られて、あんたのこと言い出せなくなって・・・」

(それ、八つ当たりだし、職場放棄した自分の責任だし。そんな理由・・・あの不安に過ごした私の日々を返せー)

「とにかく、いい返事出しなさいよ。悪いようにしないってのは、悪いようにも出来るってことだからね~」

(うわぁ。やっぱり性格最悪だ。本当に人道的な領主さんの部下なの。行きたくねぇ)

もう話は終わったと、アデルは立ち上がり執務室を出てゆく。再び、お嬢様モードになったアデルの“真摯にお話をさせていただいたので、心を開いてもらえたようでしたわ”と声が聞こえてきた。

(もう、コメントはありません)

二人が引き取りソフィアとも話したが、やはり、決定事項の通知のようなものらしい。表向き断ることが出来るが、このことは後について回るだろうと。ソフィアの見解では、回状を発行することはないと思われるが、他者が取り込み難くするために噂を流したりはするそうだ。

(あの時は、孤児院の仲間が危なくて仕方なかったけど、派手にやったのは自分だし・・・折れるしかないか)


次の日の朝、恵はこの話を受けることにしたとソフィアに伝え、返事を出してもらうことにした。ソフィアは、恵の意に沿わないことは承知しているが、貴族からの“養女に”との条件は破格であること、その意味では悪いことばかりではないはずと、励ましてくれた。

カミーユ、リュカ、テオには、以前から目を付けられていたこと、あの戦を見られていたらしいことを話した。実際に恵の規格外の実力を知っている彼らは、貴族の勧誘も当たり前ととらえていた。また、孤児院は成人すれば出ていかなければいけない場所なので、居続ける執着心は薄いようだ。

最後まで愚図ったのはニナだった。ソフィアも入ってもらって宥め、何とか収まった。


しかし、この話は異例尽くめのようで、了承の返事に対する指示がご領主様への謁見だった。これにはソフィアも首を傾げていた。詳しい訳ではないとの前置きはあったが、今回は寄子である男爵家への養子なので縁組が整い貴族の身内になってから親貴族への拝謁ではなかったか?とのことだ。この辺の仕来りは分からないが、ソフィアの話は筋が通っていると思った。さらに、未成年にもかかわらず、後見人のソフィアの付き添いは不要とのことだ。これには、ソフィアもかなりマテオにクレームを入れていたが、マテオは領主の指示を盾に受け入れなかった。街に入るときに確認されたステータス情報は伝わっているはずなので、やった内容とあまりにそぐわないので警戒されているのかもしれない。

謁見は一週間後とされたが、二日後にマテオとメイドが訪ねてきた。何だと思っていたら、当日まで毎日謁見のレッスンをするのだそうだ。謁見の手順に始まり言葉遣いに、ご領主様やご家族への応対の仕方、歩き方、挨拶の仕方、姿勢や視線の向け方にいたるまで、それはもうこと細かく。しかも用意されたドレスを着せられてである。なお本番用のドレスは初日に着付けをして丈を確認し引き取っていった。直しをして当日また持ってくるそうだ。子供たちが遠巻きにしている中、レッスンは続けられた。教師役のマテオは毎日やって来た。

(伯爵家の副執事って暇なのかしら)

しかしこのレッスンは、サリーやニナなど女子力の高い子は興味津々で、憧れの目で見ていた。

(やってみ。大変だから)

そして当日は、午後の謁見だというのにマテオたちは夜明けの時間にやってきて、髪を結ったり化粧をされたりされた、前生だったら風呂に入れられて磨かれたに違いない。この世界では、クリーンがあるため風呂の文化が根付いていない。全くない訳ではないが、禊のような宗教的な意味合いがあって、特別な状況でしか入らないらしい。日本人のメンタルとしては残念なばかりだ。そして最後に、“まあ、何とか見れる状態にはなりましたね”との冷たいお言葉をマテオから頂き、もう昼に近い時間になって領館に向けて出発となった。

初めて乗る馬車は、とても乗り心地が良かった。車輪には何かゴムのようなタイヤ?みたいなものがあり、車体には恵の理解を超えたサスペンションやダンパーなど様々な機構が付いていた。そして、八本足では無いけれどスレイプニルと呼ばれる馬とは言えない馬がパワフルに引いている。高い視点から見る街並みは今までと違っていたが、今の恵には街並みを眺めている余裕はなかった。領館は、ルアンの街の北の貴族街の一番奥にある。敷地は広く、ゆったりとしたスペースに、前生のアールデコを思わせる四階建ての建物があった。入り口は街のメインストリートを真直ぐ行った先であり、平民の行き来も多い。領館の前半分は領政府の官庁になっていて、平民を含む多くの役人が働いている。また、各種の申請や手続きに来る平民も多い。官庁と言っても、ホールやちょっとしたイベントか行われる広場もあり公共の施設といった趣だ。

そして、一本の通路で繋がった奥の建物が領主一家のプライベートスペースになる。驚いたことに、恵はプライベートスペースに案内された。

控室に入って、すでに三時間ほど待たされている。今日は着つける前の朝遅い時間に軽く食べた。なんでも上級貴族への謁見では非常に緊張するのでこの方がよいとのことだった。ぼんやりと待っていたが、漸くマテオが現れて声をかけてきた。


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