孤児院の暮らし 9
恵は、この討伐の後に行ったことがある。一つはステータスの調整だ。残念ながら大人数の討伐では経験値はほとんど入らないし、元々レベルが高いので、ゴブリンをあの程度倒したところでレベルアップはしない。予想していたことだが、恵の持つステータス、スキルのポイント数は今後も増えないと考えてよい。すると後はどのように割り振るかとなるが、戦いのスタイルも、これまでの冒険者としての活動から、剣と魔法の組み合わせで行うこと決めて良いだろう。剣のスタイルはスピードを重視してヒットアンドウェイでの戦いになる。これを踏まえステータスを合わせ、伸ばすスキルを決めることとした。
しかし、改めてステータスを見ると、気づかされることも多い。経験を積んだおかげで、取得可能なパッシブスキルが増えたこと、テクニックが付いていたことだ。パッシブスキルは、使用するポイント数が高いので決断が必要なものだが、恵は並々ならぬ決意があった。そのスキルは、魔力消費軽減(大)と魔力回復増(大)である。それぞれスキルポイントが三十必要でハードルは高い。それまではポーションを飲まなくても魔力が枯渇して困った経験はなかった。しかし、今回の討伐ではそうはいかなかった。これからもっと高度な魔法を使うようになれば戦闘中に不足する場面は必ず出てくる。そのとき、あのポーションを飲むことを考えたとき、恵の決意は決まった。
実は、恵も頑張って魔力パターンを変えられないか試してみた。魔力操作術がカンストしているだけあって、放出する魔力パターンを変えることが出来た。変えると言っても人のパターンの範囲程度で魔獣のパターンまでは無理だったのだが。これを応用してポーションの魔力酔いだけでも何とかならないかと試行錯誤したが、ポーションを飲んだ後おなかの中で吸収する魔力パターンを変えることは流石に無理だった。
それともう一つ、錬金術について調べ始めた。
(何とか美味しい・・・いやせめて不味くないポーションは作れないものか?)
あのポーションの“えぐみ”は、もはやトラウマである。魔法をメイン・ウェポンとすると死活問題だ。
(孝ちゃんが、生産職は大事と言っていた意味が身に染みたわ)
何かズレているが、ギルドの資料室で錬金術のことを調べ始めている。
ステータスの件で、おまけがある。状態異常の耐性スキルが取得可能になっていた。これについては、なぜ取得条件が揃ったのか心当たりがなかった。
(まさかあのポーション。いやいや、ただ不味いだけではねぇ)
などと変な想像を巡らせていたが、錬金術を調べる中で、ギルドに置いてあるポーションをつぶさに鑑定していたら、弱毒性があることが分かった。しかも、その内容は恐ろしいものだった。
“多量に摂取すると中毒症状が出る。常用すると依存性になる”
(地獄だ!激マズを飲まずにいられなくなる。ポーション依存症は、まさに悪魔の病だ)
エミリーによると宮廷魔術師は、あのポーションを顔色を変えずに飲むことが出来て、初めて一人前だそうだ。そのため見習いたちは毒耐性を上げたうえで、ポーションを飲み続ける訓練をするという。
(宮廷魔術師、なりたくねぇー)
だが、依存症は怖いので状態異常耐性(中)をスキルポイント二十で取得した。
そして、調整したステータスは、次のようになった。
名前 メグ
種族 人族
性別 女
年齢 10
レベル 140
賞罰 なし
ステータスポイント 3
スキルポイント 42
HP 126/102(+24)
MP 120/120
SP 114/102(+12)
STR 7(+2)
AGI 10(+2)
MND 10
INT 10
DEX 10
VIT 7(+2)
LUK 3
鑑定術 7 検索、鑑定隠蔽
走術 5 ダッシュ、瞬歩
探査術 5 索敵、危険察知
剣術 8 スラッシュ、魔力斬、見切り
魔力操作術 10 魔力感知、魔力分析、魔力操作、詠唱破棄、魔法創造
魔術 8 生活魔法(+グリル)、ストーン、ロック、ショット、ミディアム・ショット、ビッグ・ショット、ヒール、エリア・ヒール、シールド、ホーリー・シールド
語学 10 日本語、英語、フランス語、ドイツ語、アウローラ共通語
隠形術 5 消音、気配遮断
経験値増(大)
スキルポイント取得増(大)
魔力消費軽減(大)
魔力回復増(大)
状態異常耐性(中)
魔道具 堅牢なる胸当て(VIT+2)、俊足のサンダル(AGI+2)、剛力の短剣(STR+2)、大喰らいのポーチ
一週間後、冒険者への報償の支給が行われることになった。今回は、領主から報奨金の追加支給もあるとのことだった。孤児院からは、代表してリュカとカミーユが出席する。恵は目立ったから欠席すると言い留守番である。
人数が多いため、報償はギルドのある東門から出てすぐそばにある、ギルドの演習場で行われる。二人が演習場に着くと、そこは明るい騒めきに包まれていた。今回の件で命を落とした仲間も結構いたが、いつも危険の中に身を置き、自己責任を貫く彼らのメンタルは、前向きで楽観的である。
順番に報奨金が渡され、結構な金額に明るい声が上がる中、孤児院メンバーへの報償が回ってきた。リュカが受け取りに行くと手渡された麻の袋はズシリと重かった。思わずリュカが小さなガッツポーズをしてカミーユのところに戻ってきたとき、冒険者の一人が声を上げた。
「なんで、後ろに突っ立てただけの見習いにそんなに報奨がでるんだ。必死に戦った俺たちにもっとよこせってんだ」
リュカがその冒険者を睨み、口を開きかけたとき。先に別の冒険者が話し出した。
「俺はこいつが、ちっこい戦乙女に向かっていこうとするゴブリンを何頭も切り伏せていたのを見た。後方支援以上の働きをしてたぜ」
「俺は前線で負傷したとき、そこのお嬢ちゃんにちっこい戦乙女のところに連れてってもらって治療してもらった。あんときゃ、見習いの撤退指示が出た後だった。それでも踏ん張ってたぜ。ありがとな、助かったぜ」
「なんだ、ちっこい戦乙女って」
不満を漏らした男は要領を得ない様子だ。実は、この一週間ちっこい戦乙女の噂は、かなり出回っていたが、フュイートは敵前逃亡した負い目から部屋に籠っていて耳にしていなかった。
「何言ってんだ、聖女様とちっこい戦乙女が揃い踏みだったろう」
「あそこにいたのなら、絶対見ていたはずだ。お前本当にいたのか?」
「俺は、戦いに夢中で分からなかっただけだ・・・」
「あっフュイートおまえ、逃げてたじゃねえか、治療テントから見たぞ」
「俺は、あそこにいたんだ」
フュイートは大声で叫ぶと、演習場から立ち去って行った。
それからは、聖女様とちっこい戦乙女の話で持切りになった。後方組の誰もが話したかったし、突入組は見ていなかったので聞きたがった。一部に銀髪の戦乙女との声もあったが、圧倒的にちっこい戦乙女の声が多く、やがて、その名が定着した。
聖女様は、あの女性治療師のことでなんと伯爵令嬢。つまりここのご領主のお嬢様だった。ヒールが得意で、王都のアカデミー時代から聖女と呼ばれていたらしい。護衛を付けていたとはいっても上級貴族のご令嬢が前線に出て平民を治療する。まして混戦になっても引かずに治療を続けるのだから聖女の名は伊達ではない。更に彼女は孤児院の支援をはじめとする公共事業の充実に尽力しており、市民から敬愛されていた。
「しかし、ちっこい方も治療してたよな。何でちっこい聖女じゃないんだ?」
リュカが、近くの冒険者に尋ねると。
「そりゃ、聖女様は魔獣をズバズバ叩き切ったりはしねぇべ」
「・・・そうなんだ」
「そうだよ」
リュカとカミーユは、ちっこい戦乙女と知り合いじゃないのかと冒険者たちに詰め寄られたが、二人とも最後までとぼけていた。
「メグのやつ来なくて正解だな」
「これだけ“ちっこい”言われたら多分切れてたと思う」
「そっちじゃなくて・・・いや、そっちか」
リュカとカミーユは頷きあうのだった。
この後、ほぼ全ての冒険者が意気揚々と街に繰り出し飲み明かしたため、ルアンの街は時ならぬお祭り騒ぎとなった。領主もこの騒ぎには目こぼしをしたらしい。




