孤児院の暮らし 8
しかし、ゴブリンたちも黙って見ているわけではない、傾く戦況を戻すため、ゴブリン・メイジを守っていたホブ・ゴブリンたちが動き出した。これは、脅威になる。このホブ・ゴブリンに対抗するには、恵も打って出ないといけないと思った。しかし、恵はここを離れるわけにはいかない。治療の方は、お嬢さんが復活して回り始めているが、ゴブリン・メイジがいる。しかし、同時にチャンスでもある。これまでゴブリン・メイジはホブ・ゴブリンに守られていた。二百メートルの距離でホブ・ゴブリンの厚い筋肉の鎧を打ち抜くのは今の恵には自信がない。だが、その守りが解けた。
ポーチの中身を確認する。八ミリ弾と十五ミリ弾を結構撃ったが、弾はまだある。
― 大喰らいのポーチ 収納量11% 魔力残量82% ―
魔法スクロールS級アブソリュートゼロ×1
食糧ビスケット×5
書籍ゴブリンでも分かる生活魔法×1
貨幣銀貨×3
魔石大サソリ×2、ブラックドッグ×5、ホーン・ラビット×1
武器8ミリ弾×19、15ミリ弾×9
魔道具ポーション×2
その他岩(1m)×1
人目がある中で使えば、どうなるかは理解しているつもりだが、ここを乗り切らなければ後がないと腹を括った。出し惜しみは無しだ。恵はさらに上の魔法も使うことにした。
先ずは、敵の本陣の指揮系統と支援攻撃にダメージを与える。大きな火力を本陣に叩きこんで、混乱したところに十五ミリ弾を浴びせることにした。ゆっくりと呼吸し魔力を練り始める。
ポーチの中の“岩”に意識を向ける。練習に使っている岩は、一メートルまで大きなものになっている。今の練習はタイミングを掴む段階なので、数メートルしか飛ばしていない。本格的にぶっ飛ばすのこれが初めてだ。ロックに使用する岩に比べ二回りほど大きいが、理屈は変わらない。ただ本来中級魔法のところを上級魔法並みの出力で吹っ飛ばす。歪な形状で、力は効率よく伝わらないし命中精度も悪いだろうが、魔力操作術カンストの力技でやる。
右手を前に出して、掌をゴブリン・メイジ集団に向ける。掌の先にポーチから岩を取り出すイメージをして、出てきた瞬間に魔法をかける。
「ロック」
ドンと音がして一メートルの岩が、音速を超えてゴブリン・メイジの集団に向かう。岩は緩くカーブして右に逸れる。着弾音が響き、砂埃が舞う。集団の中心は外したが、それでもゴブリン・メイジ一頭に周囲にいたゴブリン数頭が吹き飛ばされる。ゴブリンたちが騒ぎ始め、集団が乱れる。その頃には、恵は二射目に入っていた。今度は十五ミリ弾だ。
「ミディアム・ショット」
集団の中心にいた、ゴブリン・メイジは右胸を抑えて倒れこむ。
「ミディアム・ショット」
次は、左隣のゴブリン・メイジにヘッドショットが決まる。
「ミディアム・ショット」
三頭目は森に逃げ込もうとして、背中の中央に当たりつんのめるよう倒れる。
次々に狙撃してゆき、八発を撃ったところで魔力が切れた。恵は遠い目をしながら三本目のポーションを口にする。二本飲んで、慣れるかと思ったが、三本目もしっかり不味いし二日酔いになる。
慌てだしたゴブリンたちに対し、ゴブリン・ロードが威嚇して鎮めようとしている。このまま相手の指揮を乱したい恵は、ジリジリしながら魔力回復を待つ。一回の射撃分が回復すると、直ちにゴブリン・ロードに最後の十五ミリ弾を放つ。左腕に当たったが浅手しか与えられなかった。しかし、効果はあった。周囲にはゴブリン・ロードが傷を負ったことが衝撃だったようで、収まりかけた混乱がぶり返す。しかも、ゴブリン・ロードも怒りに冷静さを失ったように見える。
「出ます!」
魔力回復もそこそこに、狙撃台を飛び降りる。既にホブ・ゴブリンの一団と冒険者の戦いが始まっていた。奴らはホブ・ゴブリンの突破力を起点にこちらの前線を崩そうとしている。絶対に抜かれてはならない。ゴブリン・メイジはまだ残っているが、相手の指揮が乱れている間に打って出る。恵は先頭集団に向けて、回り込むように接近する。途中にいるゴブリン兵は容赦なく薙ぎ倒しながら駆け抜ける。冒険者と戦うホブ・ゴブリンの側面から、背の低いことを利用して奴らのアキレス腱を薙いでゆく。それだけでいい。後は相対している冒険者が始末してくれる。恵の動きを察知した冒険者はしっかりと連携を始める。わざと鍔迫り合いをして相手の足を止め、恵が働きやすくしてくれる。さすがルアンの冒険者はDランクとはいえ質が高い。瞬く間に二十頭以上のホブ・ゴブリンが沈黙した。
戦線が有利になると味方の士気は跳ね上がる。はっきりとゴブリンたちが後退を始める。予想通り敵は次の手を打ってこない。指揮系統は回復していないのだ。
恵は一気に勝負に出る。戦いの流れを読み、自らも勝負に出る。この辺はキャプテン兼エースストライカーであった頃の感覚と同じだった。敵の本陣へと駆け上がる、同調して二人の冒険者が後に続く。雑兵を薙ぎ払いながら駆けると、彼らに恐れが伝搬して道が開かれる。本陣間近に残っていたホブ・ゴブリン三頭が襲ってくる。真ん中の一頭に八ミリ弾でショットを放つと、右腰に当たり足があらぬ方向に曲がり倒れこむ。この時あがくように回された手に掴まれて右で並走していたもう一頭が巻き込まれる。至近距離であれば、ショットでもホブ・ゴブリン相手にも有効打を与えられる。この二頭は後続の冒険者に任せ、自分は左にいるホブ・ゴブリンにスピードを緩めず突っ込む。相手の棍棒を“見切り”で躱し、たっぷりと魔力を流し込んだ短剣で胴を薙ぐ。ホブ・ゴブリンは、上半身と下半身が分かれて転がってゆく。
敵陣に近づきながら、まだ残っているゴブリン・メイジを見つけては走りながらショットを打ち込んでゆく。数体は、森に逃げ込んだようだ、そちらも気にしつつも真直ぐゴブリン・ロードに向かう。
“ゴブリン・ロード、魔人族、雄、成体、レベル22”ホブ・ゴブリンが子供に見えるような威容だ。
(結構レベルが高いじゃない。どこから持ってきたの?立派なメイスね。けど力任せの打撃系だよね。テクも“剛腕”とか。それならこっちはスピードで勝負)
恵はためらいなく、ゴブリン・ロードに突っ込む。うなりを上げてメイスが振られる。“見切り”で躱すが風圧で体がぶれるのが分かる。恵はかまわずメイスを振り下ろした相手の手首を狙い短剣を振るが、ゴブリン・ロードは巧みにメイスの柄で防ぐ。弾かれた勢いで体を回転させ、今度は短剣を横に薙ぐ。ゴブリン・ロードは一歩下がり躱しざま、メイスを叩きこんでくる。恵は、危険察知の感覚に従って今度は大きく躱す。メイスが地面に触れると爆発したように一メートルほどのクレーターができる。この風圧で、目深にかっぶっていたフードはずれ、銀髪がふわりと広がる。顔を晒すことになったが今は構っていられない。距離が離れて睨みあう。
追従した二名の冒険者は、集まろうとするゴブリンたちを討ち、一対一の状況を確保してくれていたが、フードが外れた恵の顔の幼さを見て目を見開いた。
再度恵が飛び込もうとしたとき、森に逃げ込み隠れていたゴブリン・メイジの動く気配が感じられ、それに合わせるようにゴブリン・ロードがメイスをバックハンドで振り下ろす。よけた先でゴブリン・メイジの攻撃とゴブリン・ロードの追撃があるはず。恵はここが勝負と、ゴブリン・ロードの攻撃をその場を動かず、スウェイバックですり抜けるように躱しざま前へ出て、今度こそゴブリン・ロードの右手首を“スラッシュ”で切り落とす。ゴブリン・ロードは次のゴブリン・メイジと合わせた攻撃で決めると考えていたらしく、牽制とした一撃に甘さが出ていたのが敗因となった。
この後は、一方的に恵が責め立て、最後に首を薙いで決着をつけた。ゴブリン・メイジは手を出してこなかった。というより、あの攻防のとき同時に気配が消えた。
ゴブリン・ロードが倒れると、それが伝わるのかゴブリンたちは一気に瓦解し戦闘は終結した。戦場全体に冒険者の雄叫びが上がる。
戦場が落ち着くのを待って、恵は気になっていたゴブリン・メイジの気配がしていた森の入り口に向かった。見るとゴブリン・メイジは喉を切られ絶命していた。
(やなこと思い出しちゃった。これきっと忍者のお姉さんたちだよね。助けてくれたのは有難いけど、たぶん顔を見られた。黙ってられなくてしゃしゃり出たけど、やらかしちゃったかな・・・)
恵は再び、フードを目深にかぶると、隠形を使ってカミーユのところへ行く。
「ゴメン。あたし先に帰る」
一言を残して返事も聞かず走っていった。カミーユの“あっ、逃げた”の言葉は恵に届かなかった。
その頃には、主力の戦闘も終結していた。後方に多数のゴブリンが現れた報告は、彼らをかなり動揺させたが、ゴブリン・キングとゴブリン・ロード五頭に数百頭のホブ・ゴブリンに苦戦していて戦力を割けなかった。後方を信じて戦ったのが結果的には良かったのかもしれない。ただ、後方に五百頭を超えるゴブリンにゴブリン・ロードまで現れたと知っていたら、このときの判断は変わっていたかもしれない。
多数のゴブリンが後方に現れたのは、発見できなかった別の出入り口が在ったからだ。後に、このことでギルド支部長のダニエルは、後方を指揮し戦死した従士達の遺族に正式に謝罪し、ギルド支部長の辞意を表明したが、領主がこれを押し止め、自分が総責任者であるとして遺族に謝罪し、彼らを英雄として手厚い補償をした。
戦闘の翌日から、領政府の役人やギルドの事務方を中心に調査が行われ、最終的に、この巣穴には二千頭を超えるゴブリンがいて、ゴブリン・キングと六頭のゴブリン・ロードに率いられ、そのうち七百頭弱が後方へ行ったと結論付けられた。




