終章
「このような僻地へようこそお出で下さいました。ベニート枢機卿殿」
「公爵様自らが出迎えてくださるとは、恐縮です。何を僻地などと、いまやカドー公爵領は帝国との接点で、最も発展が期待されている地ではないですか」
「聖都でのメグへの支援など、日頃からベニート枢機卿にはお世話になっております。出迎えぐらいは何でもありません」
「あの一件では、こちらも助かりました。教義を履き違えた過激派ばかりでなく、教会に巣食っていた胡乱な連中も排除できました。こちらこそ感謝しております。しかし、ここファヴールは、もう立派な街ですな。なにより、民の顔が明るいのが良い。これも、ご領主夫妻のお人柄です」
「そう言って頂けるとは、嬉しい限りです」
「ファヴールに派遣された司祭が申しております。住民は敬虔な信徒ばかりだと」
「・・・あぁ。それは、公共の禊の場の事ですね・・・帝国と同じですよ。寒い帝国では、暖かい湯で禊を行うのが習慣となっていて、祈りより禊で体を温めることが目的になっているという。メグがマチルダ陛下にその事を聞き、ファヴールにも導入するのだと、凄い意気込みで私費を投じてまで公共の禊場を作りまして」
「あはは、そうでしたか」
「以前から、教会の方々に帝国の民は敬虔な信徒が多い、王国でももっと信仰を深めてほしいと聞かされていましたが・・・。枢機卿を前にしてこのような事をお話しするのは失礼なのですが、絡繰りが分かった思いです」
「いや、面目ないです。確かに分かっていて煽るようなことを言う司祭もおりましてな」
「しかし、湯につかる禊はリラックスが出来てとても良いですね。私も禊が習慣になってしまいました」
「それは、それは。形ばかりでもお祈りの方もお願いいたします」
帝都の変より三年が経っていた。先の社交シーズン後に、恵とアクセルの婚儀がおこなわれると、アクセルはカドー開拓の功績により、新たにフォンテーヌ家を興し公爵に叙せられ、正式にカドー領を封土された。これに先立ち、今年の光の節季の晦日には、エマも無事男子を出産しており、アクセルのスペアとしての役割も一段落していた。拠点として設営された街は、ファヴールと名付けられ、カドー領の領都となった。
ファヴールは、開かれた街として日々成長しており、多くの帝国民やドワーフも受け入れている。帝国は、王国の経済支援もありマチルダの治世の下に危機を脱出した。もともと、国力はあるので今後の発展が期待され、盛んに商人たちが王国と帝国を行き来するようになっている。そのため、ファヴールが帝国へのもう一つのルートの拠点ともなり、発展に拍車が掛かっている。
ドワーフの国イエロ・ブリジャールは、そこに住むビカスがマチルダの騎士と公言したこともあり、今は帝国の独立自治領となったが、頭首を継いだカルロスを始め多くのドワーフが、苦しいときに手を差し伸べてくれた王国に対し恩義を感じており良好な関係が続いている。
「ところで、公爵夫人はご在宅ではございませんか」
「あぁ、先程、遊びに来られていたキケロモ殿とビカス殿が言い合いを始めたとかで、あの二人がじゃれ合うと周りが迷惑だから叱り飛ばしてくると出て行きました」
「それは、また・・・」
「いや、彼らだからまだよいのです。昨年はウンブラからフェンリルの長であるアフィア様がキケロモ殿の下に遊びに来られた折り、メグに会いにここまで足を延ばされたのですが、その気配を感じてアトゥル様までがお越しになり・・・。何やら過去に因縁があったとかで、すこし険悪な雰囲気になりまして。メグもさすがにお二人を叱り飛ばすわけにもゆかず、必至で仲裁していたのですが、最後にはメグが切れると、お二人してメグを宥める側となり事なきを得ました。さすがにあの時は胆が冷えました」
「もはや、言葉が無いですな。エルフやドワーフから神に等しいとされる聖獣様方を相手に・・・」
「お二人とも、それぞれに話すと、思慮深く穏やかな方なのですか」
「いやはや、公爵様も尋常では無いですな」
「いえ、私はただメグの隣に立っているだけです」
「公爵夫人のなさったことは、大変なことです。いま、王国と帝国が手を取りあって互いに発展出来るようになったのは、公爵夫人のお蔭と言っても過言ではございません」
「彼女は、皆が助けてくれたから上手く行ったと申しておりますが、常に先頭に立って進んでいたのは確かですね」
「それで私としては、マルグリット・フォンテーヌ公爵夫人を教会として聖女に認定したいと考えております。公爵様、お聞き届けいただけないでしょうか。これは、以前話しのあった教会の人気取りや、教会へ取り込もうなどと考えているものではありません。私ベニートが創造神クロエツィオの御名に懸けてお誓いします。公爵夫人が聖女と思う気持ちは私の偽りない心なのです」
「清廉を謳われるベニート枢機卿にそこまで言って頂けることは、大変名誉なことと存じます。しかしながら、そのお申し出はご辞退させて頂きます。それは、彼女の望むところではないでしょう・・・」
「そうですか。公爵夫人は、華々しいご活躍されるときの印象ばかりありますが、奥ゆかしい方なのですね」
「確かに、あまり目立つことは好みませんが、奥ゆかしい聖女とは違います。マルグリットは、ごく普通の優しい女性で、そしてなにより、私の愛しい妻なのです」
これをもって、”おばさんは聖女じゃない”を完結とさせていただきます。
最後までお読みくださり、大変ありがとうございました。
誤字情報をくださりました方。
ありがとうございます。大変助かりました。改めて感謝申し上げます。
ブックマークを付けて頂いた方、評価をくださった方、いいねを付けて頂いた方。
ありがとうございます。大変励みになりました。
ここまで、書き続けられたのは皆さまのお陰です。
次回作については、プロットの構想段階でまだ時間がかかりそうですが、
アップできるようになりましたときは、またお読みいただけると幸いです。




