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孤児院の暮らし 6

漸く孤児院の手伝いから解放され、今日は冒険者の仕事だ。男子の順番なので当然のように狩りになる。目当ては、東の森辺縁の草原にいるホーン・ラビットだ。メンバーは恵にカミーユ、リュカ、テオ、それと十歳になったリコの五人だ。リコにとってリュカはヒーローで、よくリュカを真似ている。実際リュカも年下の面倒を見ているので、慕う者がいてもおかしくない。ただ、リコは、リュカの悪いところばかり真似るのがいけない。リュカもその辺は分かっているようだが、慕われることが嬉しいようで、叱られているリコをよくかばっている。

この草原は、ギルドからの情報で、弱い魔獣しか出ない場所とされていた。恵としては少し首を傾げていたが、狩ってみて分かった。恵が魔の森ニゲルの反対側で倒したホーン・ラビットに比べ、体長は一周り小さく力も弱い、レベルも一つ少なく2だ。だが、今日はどうもツキがないようで、一匹もホーン・ラビットを発見できていない。こんなん日もあるさと、一旦引き上げようとしたとき、恵の危険察知が反応した。索敵すると三体の中型の魔獣が森の入り口にいるのを見つけた。まだこちらに気づいていないようでゆっくりとした足取りだが、その方向はこちらに向いている。恵は、そのことを仲間に小声で知らせる。

「リュカ。やばい!あっちからなんか来る。いったん引こう」

カミーユは言うまでもなくリュカもテオも、これまで一緒にパーティーを組んできた恵の言葉を信頼して頷くと回避行動に移り始めた。しかし、リコは逆に魔獣を迎え撃つようにそちらに向かおうとした。リコから見ると、恵はカミーユの陰に隠れながらリュカに対立する小賢しいやつとの認識であり。日頃から反感を持っていた。

「リコ。行くぞ」

リュカがリコの行動に気付き、彼に近づきそっと声をかける。

「リュカ兄ちゃん!何でこんな臆病者の言うことを聞くんだ」

リコは声を荒げてこれに反応した。この声は魔獣にも届き状況は一気に変わる。魔獣は普段は森の中層にいるフォレスト・ウルフだった。濃い灰色の毛並みに、赤く濁った眼、ナイフのような歯を持つ大型の狼。足も速く気づかれてしまえば、子供に逃げるすべはない。魔獣たちは動きを速め、三方向に分かれてこちらを囲むように移動しはじめた。

この時には、子供たちにも相手の正体が分かった。他の二匹より一回り大きく、体高は恵の背丈と変わらない一頭が正面から襲い掛かってきた。前にいたリコは、驚愕した顔を張り付けたまま硬直してしまった、その牙がリコを襲う瞬間、リュカが強引に身体を割り込ませ斬撃を放つ。だが、無理な姿勢からの剣には腰が入ってなく、浅手しか与えられない。逆にフォレスト・ウルフの爪を受け、防具ごと胸を切り裂かれ地面に叩きつけられた。フォレスト・ウルフは勢いのままリュカを乗り越え、今度こそリコの喉元に喰らいつこうと大きく口を開けた。

「ショット」

恵の放った小さな弾は、凄まじいスピードでフォレスト・ウルフの口に吸い込まれると後頭部から血飛沫と共に抜けていった。フォレスト・ウルフは勢い余って、リコともつれ合うように倒れこみ、動かなくなった。即死だった。習いたての魔術師ではありえない威力と正確さである。

恵は、最後まで見届けず振り返りざまに“テオ、踏ん張って!”と声を掛け、自らはカミーユの方に襲い掛かろうとしていた一頭の前へ瞬歩で飛び出した。突然目前に現れた恵に怯んだフォレスト・ウルフの喉元に、下から伸び上がるように短剣で凪ぐと、一太刀で首が飛んだ。このとき恵は、意識して短剣から魔力を放出するようにしていた。短剣の刃渡りでは到底できないような、大きな斬撃が放てる。ルアンにたどり着く前は、恐怖から無意識に行っていたが、意識して効率よく魔力を制御しながら出来るようになっていた。

恵は休むことなく、直ぐにテオを確認する。テオは長身を生かし、低い姿勢から突き上げるように襲い掛かるフォレスト・ウルフの鼻先を、盾で叩くように巧みにいなしながら耐えていた。恵が、テオの支援に向かおうとしたが、仲間の二頭が立て続けに倒されたことを知ったフォレスト・ウルフは、踵を返しその場を離れていった。

“うぐわぁー”と獣のような叫び声に目を向けると、いつの間にか起き上がっていたリコが、横たわるリュカに縋り付いていた。リュカは、胸を大きく切り裂かれ、肋骨も砕かれ露出していた。息はあるようだが、浅く早くゴボゴボと異音が混じっている。

「テオ。リコをお願い」

テオは頷くと、錯乱しているリコを羽交い締めしてリュカから離す。リコに怪我はないようだ。恵はすぐにリュカの傍らに立ちクリーンをかける。そして、顔を上げ、目を瞑り、大きく息を吸い込む。そして目を見開き、両手を開いてリュカに向け・・・。

「ヒール」

リュカの身体を白銀の光が包むと、みるみる傷口が塞がり、呼吸が落ち着いて行く。カミーユとリコを抑えているテオが驚きの表情でそれを見つめている。光が収まって来ると、恵の身体がふらりと揺れ、カミーユが慌てて支える。

「メグ。あんた・・・」

「魔力を一気に放出してちょっとクラッとしただけ。もう大丈夫だよ」

リュカが、ゆっくり目を開け、大きく息を吐く。

「助けてくれたんだよな。ありがとうメグ」

リュカは、起き上がると戸惑いながらも、しっかりと恵に感謝の気持ちを伝えた。

「血は戻らないって聞いたから、無理しないで」

「おう」

「お前、凄いな」

今は放心状態のリコを、まだ羽交い締めにしながら、テオが声をかける。

「このこと、皆には黙っていてほしいんだ」

恵の言葉に、テオは“えっ”という顔をするが、すかさずリュカが言葉をかける。

「もちろんだ。こんな事が教会に知れたら一生籠の鳥だ」

「まかせてメグ。こいつらが何か言いそうになったら、あたしがとっちめる」

「俺だって、言わないよ。でもこれどうする」

テオが、フォレスト・ウルフの死体に目を向ける。

「こんなところに、フォレスト・ウルフが出たんだもの。ギルドに報告しない訳に行かないよね」

「一頭だけ討伐部位を持っていく。弱っていたとか言ってごまかす」

三人は頷きあって、足元に横たわる正面から襲ってきた一頭の右耳を切り落とした。最後に、擦傷や打撲を体のいたるところに受けていたカミーユとテオにヒールを掛けると、子供たちは草原を後にした。

東門に戻ると、恵がみなに宣言する。

「私が、ギルドに行ってくるよ」

あとの三人はちょっと見つめ合う。リコはまだ放心状態でテオに支えられているので除外だ。

「リコはこの通りだし、リュカも本調子じゃない。もしリュカまで倒れたら、私じゃ支えられないよ。それにリュカが仕留めたってことにするけど、あんたじゃ絶対ウソがばれる。まあ、エミリーさんには、魔獣に襲われて気が動転している仲間を、リュカが面倒を見ながら孤児院に戻ったと言っておく。後で話を合わせて」

「いや、それは・・・」

リュカが言い淀むが、すかさずカミーユが冷静に返す。

「その方が、あたしもいいと思う。リュカが仕留めたことにする方が自然だし、土壇場の肝の座り方はメグが一番だよ」

テオも黙って頷く。

「じゃぁ。任せるか」

リュカが、フォレスト・ウルフの耳を恵に渡すと、四人は孤児院へ向かい、恵はギルドに入った。


「ギルマス。何でしょう」

まだ、ノックの返事も聞いていないのに、扉を開いてクレモンは声をかける。せっかちな彼のいつもの行動パターンだ。そんな彼の態度を気にした風もなく、ルアンの冒険者ギルドの支部長であるダニエルは、“先ず、そこに座れ”と副支部長のクレモンを応接セットへと誘い、自分もデスクから応接セットへ向かう。

ルアンの冒険者ギルドの支部長室はゆったりとした広さで、大きなデスクとその前に大きな応接セットが置かれている。応接セットは、高ランク魔獣の革張りの高級品である。ただ、大きなデスクにも横の棚にも書類が山積みになっていて、ダニエルが仕事に追われていることが見て取れた。彼の眼の下にははっきりとした隈がある。

「東の草原にこいつが出た」

と言って、ダニエルは手にしていたものをテーブルに置いた。

「あそこにフォレスト・ウルフが出たのですか!それにこの個体、結構大きいですね」

クレモンは、討伐部位の右耳からダニエルに視線を戻す。

「たった今、エミリーが報告してきた。ソフィアのところの子供たちが遭遇したらしい」

「子供たちは!」

「心配するな無事だ。なんでも弱っていたようで、何とかリュカが仕留めたらしい」

「良かった。あいつもやるようになりましたね。これから煩くなるかもしれませんよ」

安堵から、クレモンは少し微笑む。ダニエルも表情を緩めたが、再び顔を引き締めて続けた。

「で、どう思う」

「夕方までには、調査に出たケヴィンたちが戻るので、判断はその報告を待ってからになりますが、多分間違いないでしょう」

ダニエルが、重々しく頷く。

ノックの音が響く。

「おう。いいぞ」

「ギルマス。ケヴィンさんが戻りました」

受付のエミリーが報告してきた。噂をすれば、である。

「すぐにここへ通してくれ」


ケヴィンとリアムが入ってくると部屋の雰囲気が変わった。何時にない厳しい表情で、挨拶も早々にケヴィンが告げる。

「間違いない。ゴブリン・スタンピードだ。巣穴も見つけた。千は下らないだろう」

隣のリアムも厳しい表情で頷く。

「巣穴は?」

「東の草原から魔の森に一キロほど入った辺りだ」

「そうか。かなり広がっているみたいだぞ。先ほど、東の草原にフォレスト・ウルフが出たと報告があった。多分追い立てられたのだろう」

「フォレスト・ウルフの生息域から考えると、群れの規模は俺の見積もりより大きいそうだな。二千に届くかもしれない」

「スタンピード発生までどのくらいかかると思う」

「いつ起こっても可笑しくないと見たが、どうしてこんなことに」

「それは、私の方から・・・」

それまで、黙っていたクレモンが口を開く。

「あそこは、マンティールが受け持っている地区ですが、どうやら昨年の一斉調査は行ってなく、問題なしとした報告書だけを上げていたようです。パーティーメンバーのコンプリスが減刑を条件に吐きました。なんでも調査実施期間に商人から急ぎで割のいい仕事の依頼がギルドを通さずに来たそうです。さらに不味いことに三年前の調査でも同じことを行っていたようです。都合五年間、未調査の地区があったことになります。マンティールを探していますが、雲隠れしたようで見つかっていません」

ゴブリンは急速に数を増やすが、上位種が生まれ群れを形成するまでは五~六年かかると言われ、七年を過ぎるとスタンピードを起こす。一種の巣分けではあるが、巣の中の密度が上がりすぎると彼らは異常な興奮状態となり、一割ほど残しすべて巣穴を出る。

昔からルアンでもゴブリン・スタンピードは起こっていた。それこそ、七~八年に一度の割合で千~二千頭程度のゴブリンが一斉現れる。領の騎士団と冒険者は協力し、または競ってこれを討伐するのがまるで恒例行事のように捉えられていたときもあった。しかし、三十一年前、十年ほどの間を置いて発生したスタンピードは三千頭を超えていた。不幸な偶然が重なり発見が遅れたことに加え、社交シーズンで領主が不在のため従士団の初動が遅れた。スタンピードは今回と同じ東の森で起こった。そこから近い東門は、閉門間近で混雑していた。発生したスタンピードに、民衆は門に集中した。東門の隣のギルドに詰めていた冒険者は、何とか外に出たが、従士団が着いた頃には、門にあふれかえる人で出られない。仕方なく、南の門まで回り込むことにした。冒険者たちは戦力がそろわぬままに戦闘を始め、後方に抜けるゴブリンが出始める。まだ街に入れずにいる民衆がパニックになった。誰もが冷静さを欠いた中で、荷馬車が門の中で立ち往生し、大門が閉められなくなってしまった。最終的に五百頭近いゴブリンが城壁内に入り、七百人を超える市民に死傷者がでた。

領主はこれを重く受け止め、予算を組んで二年に一度大々的な周辺調査を実施することを決め、兆候を見つけると直ちに殲滅した。それ以後、ルアンではゴブリン・スタンピードは発生していない。調査は、いつしかその地区に詳しい冒険者パーティーが行うようになり、担当地区の固定化が起こっていた。今回それが悪い方に働いた。

ただ調査結果からの群れの規模は、五年にしては大きなものだ。そんなこともあると言われればそれまでだが、引っかかるものはある。

「とにかく、急ぎ緊急招集をかけてくれ。俺は、館に行って領主様に従士団の出動を要請してくる」


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