山の民 8
恵のドワーフ国滞在もそろそろ半節季(三十日)になる。
「メグ様からも言ってくださいませんか。エギルとニコラは、また二日酔いで朝の訓練がダメダメです」
ビカスのいる、広場に向かう途中、ルシィが恵に不満をぶつけていた。
「二日酔いの薬を出すの止めても、変わってないんだ」
「ドワーフの皆さんが、二日酔いが怖くて酒が飲めないなど、呑兵衛の風上にも置けないとか」
「なんか、分かったようで分かんない理由だよね」
「私からカルロス殿に話しておこう」
「殿下、申し訳ございません。そのようなつもりで申し上げたわけではございません」
「気にせずとも良いですよ、ルシィ殿。私も、救援で渡した穀物の内、少なからぬ量が酒造りに回ったと聞きましたので。カルロス殿は、民を蔑にされる方とは思いませんが、引き渡した後のこととはいえ、飢えている者がいないかなど確認はしておきたい」
「食事より酒なのかな。まったくドワーフだよね」
「ビカス殿いますね」
一行が広場に来ると、ビカスが広場で食事をしていた。最近では、結構出掛けるようになり、留守にすることもしばしばあるようだ。
「食事中だった。ごめんね」
「メグか。もう終わるところだ。良いぜ」
「どうよ、調子は」
「まぁまぁだな」
とは言っても、ビカスの表情は穏やかだ。
「ああ、親父がお礼を伝えてくれって。腰の調子がすごく良いってよ。張り切りすぎて、ちょっとうざいくらいだぜ」
憎まれ口を言っているが、声が明るい。
「それは良かった。あまり張り切り過ぎると、また痛めるって言っといて」
関係はだいぶ改善されてきたようだ。少しずつドラゴンの調教も行っているようで、自慢げに話している。
(やはり、会話は大事なのよ。黙っていても通じるなんてことは無いんだから。家族の間だって、何でもいいから話をしなくっちゃね。でも、良かった。この調子なら、ここを出て行くのもそんな先の話しじゃないかもね)
「あぁ。そりより聞いたぜ。本当に親父の足斬ったんだな。肉まで届いたって。アリスさんかっけーよ。メグは所詮、古傷の上だったけどな」
「何が言いたいのよ」
「事実を言ったまでだぜ」
(なに、アリス姉をキラキラした目で見てるの。珍しくアリス姉が引いてるし)
「で、どうした」
「落ち着いた見たいだから。そろそろ、私たちは国に帰ろうと思って」
「えっ。行っちゃうのか・・・そうか・・・そうだよな」
「そんな顔しないの。私たちは、ここから南の草原に街を作ろうとしてるの。たぶん街が出来たらそこに住むと思う。すぐそばでしょう。いつでも会えるって」
「俺が、ドラゴンを操っているところを、見せたかったな」
「また、遊びに来るって。そんとき見せて」
「・・・必ず・・・必ず、アリスさんを連れて来いよ」
(そっちか~)
マチルダは、皇城にある離宮で暮らしている。広々とした居間は、昨年までは皇女の部屋らしく華やかな調度品に囲まれていたのだが、今や事務机や大きな文字書き板が置かれた執務室となっている。出入りしているのはコーンブルーム女子会のメンバーだ。
「しかし、あの渡りの被害が、ドラゴン管理のミスによる事故だったとは・・・。全く迷惑な話です」
「起きてしまったことを今更言っても始まりません。古龍の祝福が無くなったと言う訳ではないと分かっただけでも良しとしましょう」
「その祝福も怪しいじゃないですか。フェンリルと競って人気取りをしたって・・・」
「あれは、キケロモ殿の見解で、真実かどうかは分からないとマルグリット様も仰ってました」
「古龍の家庭事情もそうですが、歴史の真実はこんなものだったのかと知らされると、力が抜けると言うか、何と言うか」
「アニカ。決して人に言ってはいけませんよ。我が国には、ドラゴン信仰が深く根ざしています。反感を買うどころでなないですから」
「承知しております」
「さて、始めましょう。まずイェシカ、報告をお願い」
「はい。流している商材は順調に売り上げを伸ばしています。特に、スライム素材を使った生理用品の注文は目を見張るものがあります。スライムが品不足になり土壌改良剤の生産との調整に苦慮しています。スライムの確保と生産ラインの強化をしたいと考えています」
「許可します。イェシカの判断で進めてください」
「承知しました。それと、メルのカップの派生品の二日酔いのカップの売上も予想以上です」
「まぁ、寒くなると飲みたくなるのでしょうが・・・」
「資金はかなり潤沢になってきました」
「あとで詳細を見せて、その資金で救済事業をさらに拡大させたいわ」
「簡単なものですが、余剰資金の運用の企画書を作りました」
「さすがイェシカですね。このあと詰めましょう」
「承知しました」
「次は、グレータお願い」
「はい。エーデヒーゲルの開拓は順調です。成長の速い葉物野菜は既に収穫が始まっており、成果が上がっています。土壌改良もしっかり進み、来年には麦の栽培も初めてみるとのことです。農民たちから更に耕地面積を広げたいので”聖女の恵”を追加で頂きたいと申請が出ています」
「その名称、何とかならないの」
「何を仰っています。開拓民たちの間ではマチルダ様は、今や”帝国の良心”から”帝国の聖女”になられたともっぱらの噂です。イエルクなどは、一番の成果は、開拓民を笑顔にした事だと、教会に申請して聖女認定をさせるべきだと息巻いていました」
「絶対にイエルクを止めてくださいね」
「私には、あの勢いは止められそうもありません」
「分かりました。今度会った時に私からも話はしましょう」
「それ、絶対逆効果ですよ。殿下」
「はぁ・・・」
「次に私から、ご報告します」
「お願いします。アニカ」
「大公様に提供した、農業の教本についてですが。試験運用の状況はよく、大公様より感謝状が届いています。順調にゆけば、フルフトバールの収穫量は本当に一割程度上がるとのことです」
「それは、良かった。エーデヒーゲルは本格的に成果がでるには時間が掛かりますが、フルフトバールは来年にでも結果が出るでしょう。これは、民にとり大きな光となります」
「大公様とは、一度非公式に会見をなさっては如何でしょう。皇太子殿下も盛んに大公様と接触を図っています。こちらも大公様とのパイプを強くしておくのがよろしかろうと」
「そうね、もはやヘルマン様しか、ヨハネスを抑える事は出来ないのかもしれないわね。いいわ、進めてください」
「ただ、油断はせぬようにお願いします。大公様ご自身も野心が無いわけではございません」
「えぇ、分かっているわ」
「ヨハネスさま。よろしいですか」
「構わぬぞ」
リーヌスは、ヨハネスの執務室に入るなり人払いをする。護衛も扉の表に立たせると早々に話を切り出した。
「マチルダ様との繋がりがあったか、改めて王国の様子を探っていたのですが、面白い話を拾えまして」
「姉上の尻尾を捕まえたか?」
「いや、そのような訳ではございませんが。マチルダ様との関係を真っ先に疑うとしたら、皇太子妃と王女になりますが、調べていると例の少女の話しが色々と出てきまして」
「あの小娘か・・・」
「どうも、煮え湯を飲まされているのは、我らだけではなさそうなのです」
「???」
「件の少女は第二王子と婚約したのですが、その王子がカエルム山脈の南に広がる地を開拓すべく動いています。それが、順調に進んでいると言うのです」
「確か、カドーとか呼び、その開拓は王国にとって悲願のような扱いだったな」
「そうなのです。開拓がうまく進んでいるのは件の少女の働きが大きいようです。そのため、次期国王と決まった皇太子の影が薄く、国民の期待は第二王子に向いているようです」
「何やら、身につまされる話だな」
「如何でしょう。昨日の敵はなんとやら。ここは、手を取る相手を変えてみては如何でしょう」
「ほう。久しぶりに、そなたの悪い顔が見えた。どうせ、手を取るとか申して、不満を抱えた皇太子を良いように利用するのであろう。詳しく話してみよ」
ヨハネスとリーヌスは、他に人のいない執務室で、顔を寄せ合い小声で話し合いを始めた。




