孤児院の暮らし 5
ギルドでの一件が有ったせいか、その後はリュカたちも愚図ることなく、採取に励み、昼までに結構な量の薬草が採れた。ニナも初めはぎこちなかったが採取が終わるころには、いつものペースに戻っていた。予想以上の収穫に機嫌をよくし、皆でワイワイと騒ぎながら帰路に就く。
ギルドのある東門まで来ると、カミーユに話しかける。
「カミーユ、ゴメン。私、午後教会の研修に行くの。ギルドへの納品とニナたちのことお願い」
「聞いてる。いいよ行ってきな。いいなぁ、私も魔法が使えたら良かったのに」
「何言っているの。カミーユには剣があるじゃない。じゃあね」
恵は、カミーユたちと別れると、小走りに教会へ向かう。遅れそうだ。近道を行こうと路地に入ったところで、今朝の男たちと出会った。先ほども顔を真っ赤にしていたが、今度は別の理由で赤くなっている。
「さっきのガキじゃねえか。ちょうどいい。ここなら邪魔が入らない。たっぷりとお仕置きしてやろう」
息が酒臭い。
(あれから酒飲んでいたわけ。ったく、ダメな大人の典型ね。でもこんなことに関わっている時間はないのよ。こんなときは・・・)
恵は突然走り出し、手前の路地に入り、そのまま僅かな足場を利用して壁を蹴り、音もたてずに一気に三階建ての屋根まで上って身を伏せる。下を見ると男たちは恵を見失い右往左往している。
「なかなかやるじゃない」
突然背後から声をかけられる。恵はその言葉が終わる前には、立ち上がり短剣を構えていた。声をかけてきたのは、ハニーブラウンの髪に赤みが強いアンバーの瞳のスレンダーな十八くらいの女性で、これでもかというほどニコニコしている。動きやすさ重視の女性冒険者の恰好で武器は手にしていない。傾斜した屋根にいるとは思えない安定した立ち姿だ。
「雑魚相手のつまんない仕事と思っていたら。面白い子見つけちゃった!」
(なにこのステータス。レベル23!ケヴィンさんより高い。隠形術ランク5!忍者!忍者なのね。それに、何でニコニコ顔。この人やばそう。関わりたくないわぁ)
「今、変な奴に会ったと思ったでしょう」
「うっ、心を読まれた」
「あっ、本当に思っていたの!もう、お姉さん怒っちゃうぞ」
(自分で言っておいて。めんどくさ~)
相手の方が、高い位置にいて、リーチも身長も差がある。会話をしながらもジリジリと移動し、少しでも有利な立ち位置を取ろうとするが、そんなに甘い相手ではない。動こうとする先を、最小限の動きで牽制してくる。中には視線だけで止められたときもある。レベルやスキルではない、修羅場を潜った場数が違うようだ。しかし、そんなやり取りをしながらも瓦に立つ二人の足音は立たない。会話以外は屋根を渡る風の音が聞こえるばかりだ。
「ねぇ、あなた何処の所属?」
「・・・孤児院」
「もう、真面目に答えなさいって。ねぇ、私のところへ来ない。悪いようにはしないわよ」
「知らない人に付いて行っちゃイケないって言われてるの。育ちがいいから」
「ったく。ああ言えばこう言う」
(この人、性格は最悪だけど、賞罰には何も出ていない。あのダメ冒険者たちを監視していたみたいだし、どっちかっていうと取り締まる側?しかも裏で。レオさんは、ご領主様は人道的で良い方みたいに言っていたけど、こんなふうに裏でも動いてるって事かな?もし、ご領主様の忍者部隊とかだったら、すぐに私の居場所はバレるだろうな。ダメもとで言っておくか)
「お姉さんさんの雇い主に伝えてよ。私、何も悪いことをするつもりは無いよ。ただちょっと自由でいたいだけなの。見逃してもらえると嬉しいなって・・・」
瞬歩!一瞬で隣の屋根に移動し、更に連続で瞬歩を掛け、五つの屋根を移動したのち、路地へ降り、三つの角を曲がった先で、気安めとは思うがローブを裏地に返しフードまで被り、表通りにゆっくりと出て歩き出す。その後は、何食わぬ顔で教会に行き研修を受けた。
そちらは順調でヒール、シールド、ホーリー・シールドは何とかなりそうだ。ヒールのライブラリィはかなりの量なので残りの研修会にも顔は出すが、あとは夜中に特訓すれば使えるようになると思う。ただし教会には出来なかったことにしておこうと恵は考えていた。
心配していた忍者さんは、二日経っても現れなかった。まだ油断は出来ないけれど、ちょっとホッとしている。実は、昨日、今日と外へ出かけず、孤児院の中の仕事を手伝っている。あの忍者さんを警戒していたこともあるが、他にも理由がある。このところ冒険者の仕事が面白くなってきていて、孤児院の手伝いをやっていなかったら、ソフィアからお小言をもらってしまったのだ。そこで、カミーユと二人で孤児院の仕事をしていた。そして、今から夕食の準備に掛かろうとしている。
(はっきり言って憂鬱だ。意識して調理の手伝いを避けてきたが、逃げられない)
カミーユは、自分でも冒険者向きと宣言するくらい活発で、ノリも体育会系だが、子供たちを指導してまとめてきただけあって家事もこなすオールラウンドプレーヤーだ。このところ、恵と組んだことが楽しかったのか、一緒に飛び回っていたが、孤児院に戻れば戻ったで、しっかり内向きの仕事もこなしている。更に、カミーユも寄せ付けない仕事ぶりを見せているのはサリーだ。針子の見習いに出ていて話す機会が減り知らなかったが、見習い先の工房で丁寧な仕事ぶりと無駄口をたたかないサリーのことを、工房のおかみさんが気に入ったようで、ぜひうちに来てくれと誘われているとのことだ。そんなサリーは、家事全般に凄腕で女子力が高い。カミーユに言わせると、これまでは男子たちの対応に疲れていたが、恵が加わり自分が外れることが出来たので、伸び伸びと好きな家事をこなせるようになり、一層腕に磨きがかかったとのこと。
(それに比べ、私は・・・)
あれは、孝一が中学に入ったばかりのことだった。突然孝一から“食事は自分が作るから母さんは、仕事を頑張って”と言われた。その頃は、美咲に認められ独立の話が出始めていて、非常に忙しかった。それでも子供の食事にはと、休みくらいはお惣菜ではなく手料理をと頑張っていた。自分でも無理をしている自覚があり、その言葉を聞いたとき、母親のことを気遣う孝一の言葉に涙が出た。ところが、後になって分かったことだが、なんと孝一は恵の手料理の不味さに我慢できずに言い出したのであった。それを知ったとき恵は一週間ほどへこんでいて、美咲に“この大事なときに、何腑抜けているの”と叱られたが、理由を話すと逆に大笑いされてしまった。とても情けなく、悔しさもあったが、厳然とした事実として孝一の料理の方が断然おいしかった。
ソフィアは、恵の料理のヘッポコぶりをみて、優しく微笑んで声をかけてくれた。
「メグ。大丈夫よ。今は気持ちが入らないかもしれませんが、大きくなってあなたに大切な人が出来て、美味しいものを食べさせたいと思うようになると、自然に料理も上手になるものです」
(シスター!私は、大切な人のために料理したのに不味いものしか作れませんでした・・・そんな慰めは空しいです・・・)
「いえシスター。私は、冒険者を極めて、美味しいものを作ってくれる相手を探します」
「ぇ・・・そうですか」
(シスター。私の血を吐くような決意に何故目を逸らすのですか・・・)
唯一の癒しは、この後ニナが“一所懸命料理を覚えてメグちゃんのお嫁さんになる”と言ってくれたことだった。
しかたなく、恵はサポート側に回ることになった。竈に“イグニッション”で火をつけたり、洗い物へのクリーンでの片付けなどだ。実は孤児院では、年齢的に生活魔法を使える人数が少ないので重宝されている。もちろん、詠唱はきちんと行い短縮していない。
すると、ソフィアがそれを見て・・・
「メグは、ゴブリンなのね。東の方の出身なの?私は、宮廷魔術師だったわ」
「ゴブリン??宮廷魔術師??」
「その詠唱よ。“今日の安寧を与えし”は、“ゴブリンでも分かる”よね。“今日からあなたも宮廷魔術師”では、“今日の糧を与えし”なのよ」
「違うんですか!」
「ええ。聞いた話だけど、帝国では創造神クロエツィオ様の聖名を軽々しく口にしてはいけないとして、魔法神マギア様の聖名を唱えるそうよ。不思議ね」
(なんかアバウト。それでいいのか神様)
「でね、長年使い続けた詠唱を変えると、ほとんどの人が上手く発動できなくなるのよ。極稀にどの詠唱でも支障なく使える人もいるらしいけど、そんな人はよほど魔法神マギア様に愛されているのね」
(つまり“詠唱”は、習うための型ではあっても、絶対的なものではないってこと?もしそうなら、“詠唱破棄”を一般的な技術に出来るかもしれない)
そうして、出来上がった夕食は、恵が切った不揃いな野菜の煮物だった。味は他のメンバーがフォローしたので問題ない。




