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山の民 5

「今回の交渉の第一関門は、交渉場所にたどり着くことです。場所がドムス・デイの山頂と言うことですが、途中強力な魔獣たちが生息しています。バルタザール殿からの情報では、驚異となるものは以下の魔獣となります」

ルアン領館の会議室では、午前中の第二次調査隊の会合に続き、アトゥルとの交渉に臨むメンバーによる会議が行われている。こちらは恵の護衛部隊が戦力の中心となるため、現地までの作戦立案と現場の戦闘指揮はルシィが行うことになった。

驚異となる魔獣は、登り始めは、地竜、大王サソリ。中腹からはスノー・タイガー、ロック、ワイバーンとなる。幸い、この地域のドラゴンは、古龍が飼育しているもので人は襲わないらしい。とは言っても、先にあげられた魔獣の平均レベルはスノー・タイガーが75、ロックが50、ワイバーンが100と何れも強敵である。特に、ロックやワイバーンは足場の悪い場所で上空から攻撃された場合の対応が問題となる。

「地上戦では、これまでの経験を生かし、足場の悪い状況での対応をしてゆけば突破できると考えている。問題は、ロック、ワイバーンだ。これらに対しては、遠隔攻撃が主体になるが、通常のショット、弓矢、投擲武器ではダメージを与えられない。効果があるとすればメグ様のグレート・ショットぐらいだが、高速で移動するロックには当てること自体が困難と分析している」

今回の作戦としては、次のようになった。

剣士については足回りを中心として体幹を強化する付与のついた防具、アダマンタイトの刀身にレッド・バイソンの刃先を付け、魔力を流すと刃先はアダマンタイトの三倍の硬度を持たせた剣の支給。当然、魔力効率を上げる付与も施され少ない魔力で硬質化が可能だ。これにより、足場が悪い場所でも斬撃の威力を落とさない攻撃を可能とする。剣士はこれに慣れるために、足場を悪くしたフィールドでの訓練をする。

魔術師に対しては、三十ミリ弾をベースとした強化弾を用意する。更に、多用できるよう魔法効率を上げる付与のついた装備を身に着ける。ルシィやジョシュアには、高速で飛行する対手を正確に撃ち抜ける訓練をおこなう。

武器、防具に関しては、ガスパール、バルタザール、リラが担当し、恵とルシィもこれを手伝うことにした。

「強化弾の、構想はリラが考えたんだって?」

「メグと付き合うようなってから、何でもアリになったんや。でも完成度を上げるために、ガスパール師匠に随分駄目出しされたわ」

「リラ君の発想は柔軟で面白いですよ。弾の中に魔石を仕込みその魔力で弾頭の硬質化すると言うのです。発射と同時に発動しても着弾するまでの一秒に満たない時間だけで良いので、ゴブリン程度の魔石でもレッド・バイソンの弾頭をアダマンタイトの五倍まで硬質化できますね。しかも、重さが軽くなった分、本体を鉛にして補いましたが、着弾後は相手の体内で鉛が広がるのでダメージが拡大します。なかなか怖いことを考えてますよ」

「結果えぐいことになっただけで、うちは重さのことしか考えへんかった」

「でももう一つ提案のあった魔石でエクスプロージョンを起こす方も結構危ないですよ。エクスプロージョンの起動から爆発までのわずかな遅延時間を利用し、ショットで飛ばすわけですが、着弾時間のタイミングとはズレがあるので、使い方は限られますが、口や傷口の中に撃ち込めばいいわけで、結構なダメージになりますね」

「あれな、ルシィはんから、メグが聖都で自爆テロを防いだ様子を聞いた時に思いついたんや。スクロールの起動を見てホーリー・シールドが間に合ったって聞いてな。魔法それぞれの起動遅延時間のずれは何かに使えるんやないかって」

「こうして、錬金術師の皆さんの話しを聞くと結構参考になる。付与術でも応用できるかもしれんな。回数の制限は生まれるが、錬金術の魔法陣を組み合わせて、魔石の魔力で付与をブーストして大技が繰り出せると面白そうだ。やはり、武器ってのは人が引くくらいの物を作って何ぼだ」

「いや、毒を使えば一帯を殲滅できますよ。植物由来で即死系のもの結構ありますよ」

「おぉ、メルキオール殿。それはなかなかえぐいな」

「皆、やめてください。交渉に行くだけですからね。お願いしますね。必要以上の殺生を避けるための力ですからね」

(何この人たち。生産職だよね。なんで)

「メグ様が、周りの人の暴走を抑えている。普段とは逆ですね」

「アリス姉も、のんきなこと言ってないで、皆を止めてよ。またく男どもはこういう事になると悪乗りして・・・あれ、リラも一緒だった」

「何やメグ?」

「何でもない」


帝都ゼーシュタットのこの季節は、日が長くなるのを実感する。夕餉の時間でもだいぶ外が明るくなったている。さすがに朝晩は肌寒さを感じるが、昼間はそれなりの気温になる。この穏やかな陽気に、心労が溜まっている皇帝のヘンリーは、午後の執務の休憩についうとうととしてしまう。人の気配を感じ、目を開けると宰相のアントンが傍らに控えていた。

「ご休憩のところ申し訳ございません」

「良い。さて続けようか・・・次は」

「マチルダ皇女殿下にお任せした、エーデヒーゲル開拓の報告が届いております」

「状況はどうじゃ」

「今迄、上手くいかなかったことが嘘のように順調に進んでいます。視察官の現地報告では、葉物と芋ですが開拓地の八割以上で順調な育成が見られ、葉物は間もなく収穫が出来るだろうとのことです」

「確か、荒れ地に向いた作物と農法に切替えると申していたな、そこまで違うものか」

「それだけでは無く、特別な薬のようなものを持ち込んだようです。これを続けると土が豊かになり、ゆくゆくは四期連作体制で麦の生産を始めると聞きました」

「ほう」

「視察官は、その特別な薬は土地の保水力を上げる”土壌改良剤”と申しておりましたが、開拓民は皆”聖女の恵”と言っています。いまや開拓民の間ではマチルダ皇女殿下は聖女と呼ばれております」

「そう言えば、聖都より戻ってから何やら行っておったな・・・」

「はい、”土壌改良剤”は、集めたスライムから作られたようです。それだけではございません。荒れ地に適した農法の指示も的確でして、農業政策に詳しいとイエルクを補助に付けたのですが、驚くばかりと申しております。この命が下る以前から、ことを憂いて準備を進めていたようです」

「そうであったか・・・」

「もはや慧眼などの言葉で済まされませぬ。この成果を広く民に伝え、苦しむ飢饉に光明が差したとしては如何でしょう。反感を持つ民の感情も落ち着きます」

「それを行えば、民の心はマチルダに大きく傾くぞ」

「はい。私はマチルダ皇女殿下に皇位継承権を戻すべきと愚考しております」

「しかし、それは・・・」

「戯れで申している訳ではございません。実は、聖都襲撃に関してですが、会談の詳細日程が帝国側より、かなり早い時期に教会に渡ったとの情報がございます。それが過激派まで流された可能性も・・・」

「そちは、ヨハネスを疑っておるのか?確かに会談の段取りを決めたのはヨハネスだ。だが、未遂とはいえ、あ奴も襲われたのだぞ」

「専門家の意見では、会談が行われた建物は堅牢で、押収された魔石の魔力量から算出すると、たとえエントランスホールでエクスプロージョンが発動しても会議室にいらしたヨハネス皇太子殿下は安全であったろうと。一方、マチルダ皇女殿下は屋外のお茶会でした。少々離れていても被害に遭われていたと申しております」

「だが、ヨハネスがマチルダを害しても奴が得るものは無かろう」

「お忘れですか、あの会談はそもそも王国との休戦協定を揺るがす出来事が始まりです。しかも、それを仕掛けたのはヨハネス皇太子殿下です。民に慕われるマチルダ皇女殿下に万に一つがあれば、世論が大きく動きます。しかも、世論の怨嗟は教会でなく呼び付けた王国に向くでしょう」

「つまり、開戦を望んでか」

「私は、そのように見ています。開戦の計画はあれで一旦は納まったようですが、今度は、下級貴族たちと頻繁に会っておられるご様子です。その顔触れを見ると、何れも主流をはずれ今の体制に不満を口にしている者ばかりです。ヨハネス皇太子殿下は、動乱をお望みのようです」

「・・・」

「陛下。ご再考を」

「考えておこう・・・」

これまでは、マチルダの皇位継承の話しは、即座に否定していが、ヘンリーは堅い表情のまま呟くように再考を認めた。アントンは潮時と思い、これ以上の進言を控えることにした。


キケロモが先導したので、魔獣に逢わずドワーフの国イエロ・ブリジャールについた。ドワーフはキケロモの登場に警戒したが、恵からの説明とキケロモとの関係が見えてくると警戒を解いた。

さらに、恵から支援の穀物が渡されると、カルロスがアクセルの手を取り感謝の念を伝えた。ドワーフも既に八名の戦士を選んでおり、次の日の朝にはドムス・デイの頂を目指した。山は、道なき道を進み山頂付近は雪に覆われているため、オルニトミムスはドワーフに預かってもらい、徒歩の行軍となる。

(そう言えば、アクセル様は、カドー行が決まってから騎士たちに交じってしっかり訓練をしてたな。しっかりとした足取りで私の横を歩いている。何気に努力家だよね。改めて見ると身体つきもがっしりしてきたわね)

「なんだいメグ」

「いえ、何でもありません」

アクセルが微笑んでいる。

(やだ、顔が赤くなってきた。何照れてるの私。アリス姉ニマニマしないで)

中腹までは、地竜と大王サソリの生息域になる。カルロス率いるドワーフの戦士達の緊張が伝わるが、これまでの経験から地竜と大王サソリなら討伐できると恵は考えていた。問題は岩場に変わり登りがきつくなる中腹以後だ。そこを縄張りとする、スノー・タイガー、ロック、ワイバーンを脅威と見ている。

スノー・タイガーはマンティコアの経験をベースに討伐法を検討した。違いはマンティコアに比べ体が大きくスピードは劣るが、力は強く、筋肉が固く斬撃が通り難いことだ。レベルアップした護衛達なら討伐できるだろうが手こずりそうだ。時間を掛けると他の魔獣が来るので如何に手早く片付けるかが課題となる。

ロックとワイバーンのような飛行する大型魔獣の討伐は今回が初めてになる。ロックはレベルが50と他の魔獣より低いが高速で不規則に飛行するので遠隔攻撃がなかなか当たらない。そこで、剣士たちにも魔法スクロールのショットを撃ってもらい手数で行動を制限させ、魔術師が強化弾のビッグ・ショットでダメージを与えることにした。ワイバーンについては、飛行速度はそこまでではないが、耐久力がある。そのため、逆に魔術師がビッグ・ショットで羽を攻撃して、落ちたところを剣士が仕留める作戦で臨んでいる。

(ここまで来たんだ。とにかく突破するしかない。・・・あっ早速地竜のおでましだね)

「左前方八十メートルに地竜。数一。総員戦闘配・・・」

ルシィの声が終わる前に、キケロモが飛び出した。

「あはは、久しぶりの地竜だ」

キケロモは、身軽に地竜に駆け寄り、フェンリルの出現に慌てる地竜の後ろに素早く回り込み、その尾に噛みつく。キケロモが四肢に力を入れぐっと尾を引くと、体長が二十五メートルはある地竜が引きずられる。それどころでは無く、そのまま勢いをつけ回転させ始めると、地竜の身体が浮いた。

(うわっ、ジャイアントスイングか)

キケロモはそのまま数回振り回して放り出すと、地竜の巨体が百メートル近く吹っ飛ぶ。頭から地面につ込んだ地竜は、それでも起き上がるが、慌てて逃げ出していった。

「アッハハ。あいつ結構逃げ足早いな」

「フェンリルというものは凄まじいものですな。奥方」

「久々に、思いっきり体動かすと気持ちいいなー」

「そうだね」

「ノリ悪いなメグ。アタイとやった時見たいにガッツリ行こうぜ」

「奥方は、本当にキケロモ殿と手合せされたのですな。感服しました」

「いや、それは・・・成り行きで・・・」

その後も、地竜と大王サソリが現れるが、キケロモが瞬殺して終わる。

(あっ、また地竜。この辺結構多いな。・・・あれ、キケロモ飛び出さない)

「飽きた」

(え~。勝手な奴)

「・・・総員戦闘配置。・・・お前ら気合い入れろ」

「「おっ、おう」」

(まあ、分かるけどね。あんなの見せられたから)

だが、今の恵の護衛隊は、地竜なら難なく討伐できた。レベルアップと武装強化の結果、柔らかい腹以外も切り裂くことが出来、痛みで叫び声をあげた口にジョシュアがエクスプロージョンの強化弾を撃ち込むとそれで討伐は終了した。

「おぉ、さすがメグの仲間だな。メグの出番がないじゃないか」

キケロモもその手際に感心している。

「キケロモ殿も凄まじかったが、王国の戦士の皆さんも引けを取らぬ強さですな」

「えぇ。メグが鍛え上げましたから」

中腹以後も、同じような展開となった。初見の敵はキケロモが面白がって手を出す。戦いは直ぐに終わるが、相手の動きが見れるので参考になり、恵たちの討伐のリスクは随分と下がった。

(ロックやワイバーンもだいたい作戦通りには行ったね。しかし、さっきのキケロモは何。飛んでるワイバーンに噛り付いたけど、あの時は跳んだっていうより飛んだよね)

「我ら戦士八名は、死を覚悟して今回の任務に参加しましたが・・・なんというか」

「まあ、一人も欠けることなく来れたのは何よりです。カルロス殿。これからが本番です。気合を入れ直しましょう」

「そうであったな。アクセル殿」

そして、一行は三日目にして、山頂付近の開けた場所にたどり着いた。時間はまだ早いが、ここで一泊して体制を整え、明日山頂にアタックすることにした。


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