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贈り物を開く 4

珍しく、国王ジャンは王城の庭に出てガゼホでお茶をも飲みながら、アレクシスやライアンたちと語らっている。

「父上、お疲れになりましたら、何時でもお声をお掛け下さい」

「わかっておる。ポーションを飲んで動けるときは、ベッドから出て身体を動かせと医者がうるさいのだ。まあ、こうして庭に出て風に当たるのは気持ちの良いものではあるがの」

初夏の王宮の庭は、様々な花に彩られ、またそれを求めるように小鳥たちも集まり、命の息吹に溢れているようだ。ジャンはその光景をぼんやりと目で捕らえながら、行われていた会議を振り返っていた。先程まで、通信板を用いてルアンと結び、カドー計画の進捗の報告が行われていた。今は、ロランなど事務方は去り、臨時でしつらえたテーブルや椅子も片付けられ、ここには、ジャン、アレクシス、ライアン、ティモテが残っている。護衛や侍従は、少し離れて彼らを見守っている状況だ。

「しかし、便利になったものだ。先ほどのルアンの報告は昨日の事なのだな」

「私も信じられない思いです」

「これで、ニゲルの回廊の道普請が始まるのだな。英雄王の夢も叶いそうだな」

「はい、来週から始まる先遣隊の調査はで、簡易的な拠点も設営します」

「先程の報告では、二十年前の開拓事業の資料が有るので、それ以外の場所の調査もしたいとのことだが、どの辺まで調べるのだ」

「こちらに来ている計画書では、カエルム山脈の麓まで行くとのことです」

「そうか・・・確かめに行くのか・・・」

「何か?」

「お前たち。うかうかしていると、クロエ達に皆持ってゆかれるぞ」

「父上は何かお聞きなのですか?」

「あれとの約束で、今は口に出せぬが・・・思い切ったことに取り組んでおるようじゃ」

「エマも承知しているのだろうな」

「昔も、孤児の救済などでは結構頑固で、官吏たちも困惑していました」

「それに、妹殿の実行力が加わったと言う訳か」

「マルグリット様だけではございません。クロエ王女殿下の下の他の娘たちもなかなかに優秀な者たちです」

ティモテの指摘にライアンも深く頷いている。

「しがらみが無いので、因習にとらわれず、打つ手も大胆で実行も早い」

「カルで起こった不穏な動きを今回はヴォロンテヂュール侯爵様が手早く抑えられました。あれには、マリウス殿が実質的に動かれたようですが、それを仕掛けたのはその娘たちの一人のようです。マリウス殿との間にもパイプを作りつつあります」

「そう言えは、ユリスは正式にマリウス殿を養子として、侯爵家を継がせると宣言したな。それを見越してと言うことか」

「そこまでは、分かり兼ねます」

アレクシス三人が口を閉ざすと、それを機にジャンがゆっくりと席を立つ。すかさず侍従が近づきジャンの手を取り、護衛は脇を固める。

「済まぬな、余はこれで上がらせておらうぞ。今日の会議は有意義であった。お前たちも励めよ」

「「はっ」」

アレクシス達は立ち上がり、深々と礼をする中、侍従に支えられジャンはゆっくりとガゼホを後にした。残されたアレクシス達は、それまでより砕けた姿勢で相談を始めた。

「帝国への働きかけが行き詰まり、次の手が打てていないと言うのに・・・来年の王権移譲に向けて何か施策を打たねばな・・・」

「そう言えば、帝国との窓口開設の打診があったと申していたな」

ライアンがティモテに確認する。

「はい、予想通りミュールエスト辺境伯領経由が希望と言うことです」

「あの工作員を引き込んだルートは如何した?王家の守りが残していたのではなかったか」

「あそこは、暫く前から接触がありません。自作自演でしょうが帝国が反逆者として潰したと言っていましたから」

「まあ、そうだろうな」

「トリグランド経由や聖都経由では時間が掛かる、ミュールエスト領に開設するのは仕方ないことだが・・・そうすると、窓口はマリウスか」

「辺境伯代行を務めておりますのです」

「この件のトップはアレクシス様でしょうが、強硬派にも、下手をするとパイプを作ったクロエ王女殿下にも情報が筒抜けになりそうです」

「やれやれだな。クロエの奴も早く嫁に出さねばな。これ以上かき回されてはたまらない。しかし、父上が話せぬとした件、やはり気になる」


窓から気持ちの良い風が流れ込んでくる。少し汗ばんだ顔に心地よく当たる。初夏は帝都で一番良い季節と言われる。午前中の交渉を終え、リーヌスの屋敷に寄ったヨハネスは、バルコニーから街を眺めながら満足そうにお茶を口に運ぶ。

「やはり、ここが一番いい。年末と言うのにあの暑さ。聖都の気候は耐えられない。南下政策も良し悪しではないか」

「歳を取りますと寒さは堪えます」

「まだ、そのような歳では無かろう」

「いえいえ。お若い殿下と比べれば私などは、棺の上で暮らしているようなものでございます」

「歳を取った嘆くお前をこき使って悪かったが、やってみれば何とかなるものだな」

「そう思われるならば、この老体に優しい言葉の一つもかけてくだされ」

「なに、優しくするとつけ上がる者もおるのでな」

「そのような怪しからん者がおりましたか」

「お前には、口では叶わぬ。だがその口、よく働いたではないか」

「あ奴らなれば、よく踊りましょうぞ」

先程まで、ヨハネスたちは、反乱分子を率いるレヴォルテと密会していた。

「圧政にあえぐ民のためとはよく言ったものだ。所詮は、権力欲に取りつかれただけ者たちだ」

「問題は大公様ですな」

「トリグランドの例を見るまでもなく、皇帝打倒が成るとそれまで結束していた勢力は分裂する。それを糾合するには、ヘルマンを引き込む必要がある」

「そちらが、思わしくありません。この段階では、あからさまなアプローチを掛けられませんが、大公様の周囲はとても慎重に動かれているご様子」

「ヘルマンはヘルマンで、ことを起こそうとしているのか」

「その辺りは、分かりませぬ」

「レヴォルテについては、引き続き調査を行い、接触の機会を探れ」

「御意」

「そう言えば、エーデヒーゲルの開拓を正式に姉上が引き継ぐことになったぞ」

「ほう、よく陛下が決断されましたな。あれほど、政治の表舞台には出さぬようにされておりましたのに」

「大臣たちが引き継ぐことを嫌がったらしい」

「不良債権を大きくされたご本人が何を仰るやら」

「失敗したら失敗したで、口減らしになるのだ。気にすることのほどでもあるまいに。まぁ、私の下で失敗しなければそれでよい」

「皇女殿下はスライムを集めていると聞きましたが、殿下は何かご存知ですか?」

「いや、聞いていない。エーデヒーゲルの開拓と何か関係があるのか?」

「聖都から戻られて直ぐに取り掛かられたようなので、それとは別の事かと思いますが・・・」

「大方、益体もない事業を起こし、民にお金を廻そうとしているのではないか?そういう無駄なことをするのが昔から好きなのだ」

「工房も抑えているようです」

「スライムから作るものと言えば・・・馬車の車輪、クッション、防水のシート・・・」

「あと、ポーションを作る際の薬品にもなると聞いております」

「何か、不足しているとか民から不満でもあったのだろうか?」

「さぁ~」

「捨て置け。姉上の考えていることは何時も分からん」


正面のバジリスク五体だけでなく、右手の草原にも三つの魔力反応がある。こちらは大サソリだがまだ距離がある。

「正面のバジリスク五頭を討つ。ニコラとエギル、リュカのカミーユはペアで前衛を、私とジョシュアが後衛を務めます。前衛、バジリスクの毒に注意。騎士の方々は守りに徹してください。あと右に大サソリの反応が有るので注意ください。戦闘開始」

このところ、恵の護衛隊の実力が認められ、切り込みは彼らが中心となり、指示もルシィが出すようになってきた。

近衛や騎士からこの計画に参加したものは、若手でもそこそこ腕の立つものが集められた。元々、近衛や騎士は従士を下に見ている。若くても鼻っ柱は強い。ニゲルを出るまでは、大した戦闘もなく。秩序は保たれていたが雰囲気は良いものでは無かった。

ニゲルを出ると、突然魔獣の出現が増え、一気に戦闘の回数が上がった。最初は、恵がアクセルのパートナーとして認定されていて、フェンリルを従えていることからの遠慮で、恵の護衛が前へ出たのだが、彼らの戦いを目の当たりにして、彼らは考えを改めていた。恵の噂は、彼女一人では無く護衛達の力も大きかったのだと理解した。近衛のメンバーにしてもリュカの実力は高いと思っていたが、護衛全体がそのレベルでしかも連携しその力を倍増させていることは知らなかった。

今では、毎朝、恵の護衛と訓練をせがむものばかりになった。

先頭のバジリスクが、鎌首を上げて踊るように揺れながらリュカに噛みつき攻撃を掛ける。彼は盾でいなすと、素早く顎下に剣を突き立てる。バジリスクが一瞬硬直したときは、カミーユの二の太刀が首を絶ち落としていた。ニコラは、噛みつく攻撃の瞬間、くるりと身体を回転させ躱しざまに一刀で首を落とし。エギルは、正面からバジリスクの頭を二つに切り裂いた。

その頃には、後方の二頭はルシィとジョシュアのビックショットで頭が吹き飛ばされている。

「バジリスク五頭が瞬殺!何度見ても凄まじい」

「メグが動いていないから、まだ大したことないんじゃないですか」

「そうですね」

「アリス殿もシャーリーも感覚はおかしいぞ。バジリスク五頭の群れなど十名の精鋭近衛でも命がけの戦いになるものだ」

「しかし、ここは本当に魔獣が多いですね。過去の記録ではこんなにエンカウントすることは無かったようです」

「ニゲルから、キケロモ殿が追い払った魔獣が、まだこの辺に屯しているというやつだな」

「メグ様が何か見つけましたね」

恵は、馬車の御者台にたって、右手を凝視している。

「アクセル様、私ちょっと行ってきます」

「あぁ、無理はしないようにね」

「はい。アリス姉、アクセル様をお願い」

気軽な会話を交わして、恵はすたすたと周囲を守る騎士たちの囲みを抜けて行く。

「マルグリット様、どちらに」

「右手が、ちょっと騒がしいよ」

「先程、ルシィ殿が言われていた、大サソリでしょうか?」

その時、討伐を終えた恵の護衛達が戻ってくる。

「メグ様、大きな群れを引き寄せてしまいましたね。あれは、フォレスト・ウルフとブラックドッグですね。混成とは珍しいです」

「大サソリ、狩られたね。こっち来るよ」

「如何します」

「全部で五十頭くらいかな・・・気当てするからみんなでやっちゃおう」

ルシィは頷くと、護衛と騎士たちに顔を向ける。

「総員傾注。まもなく五十頭程度の魔獣がここを襲う。魔獣はフォレスト・ウルフとブラックドッグだ。アクセル殿下と非戦闘員を護る近衛の方五名を残し、総員でこれを討つ。マルグリット様が気当てで魔獣の足を止める。横陣で待ち受け、そのタイミングで一気に包み込むように討伐する。よいか!」

「「おおー」」

「状況を開始する。総員位置につけ」

恵の護衛と騎士が配置に着くと、それを見ていたかのように魔獣の群れが現れる。群れは、大サソリを狩った興奮のままに、狂乱して襲い掛かってくる。先頭の一群が二十メートルに迫った時、陣の中央にいた恵が一歩前へ出る。

「クズ男、滅びろ~」

雷に打たれたように、魔獣が棒立ちになる。先頭を走っていたフォレスト・ウルフは泡を吹いて気絶している。

「掛かれ―」

ルシィの掛け声で、全員が魔獣に向かうが、心なしか勢いがない。

それでも、怯んだ魔獣たちは難なく斬り伏せられ、無事討伐は終了した。

「どうしたの皆」

「お嬢様よ・・・」

「何よ、エギル」

「その気当てなんだが・・・」

「五十頭ぐらいなら、問題ないでしょう」

「いや、そうじゃなくて・・・」

「はっきりしないわね」

「その掛け声、何とかならないのか」

「えっ、私の一番殺気を放てる言葉だよ」

「でもよ、男にとってはなぁ」

「心に疾しいことがあるからでしょう」

「・・・」

恵は、黙り込んだエギルを残して、アクセルの下に向かう。

「アクセル様、終わりました」

「ご苦労だったね、メグ。騎士たちが魔獣を片付けている間、ここで一息しなさい」

「はい」

恵が、アクセルの傍らに座る。そんな、二人を見ていた騎士たちが、魔獣の片付けをしながら。

「さすがはアクセル様だ」

「あの余裕の表情。あれは本物だ」

「あぁ、間違いない」

騎士たちがてきぱきと討伐した魔獣の魔石を抜き、死骸を片付けてゆく。

「ねぇ、シャーリー皆が囁いているのは何」

「メグ、知らないの。アクセル殿下の噂」

「えっ、何か噂になってるの」

「王国一の強者ってなってるよ。理由は、あんたを婚約者にしながら余裕の態度でニコニコしてるからみたい。まぁ、猛獣使い?かな」

「何それ」

「なんでも、ルアンの冒険者から広がったみたい。フェンリルもビックリ、戦乙女を余裕で嫁に出来る男って」

「そう言えばルアンを出るとき、冒険者からアクセル様への声援が多かったよね。人気あるんだ~とか思ってたけど・・・」

「メグ、さっきの掛け声も何としなさいよ。クズ男は無いわ~。殿下の噂が変な方向に行くわよ」

「メグ様らしくて、よろしいのではないですか」

「アリスさん、それ駄目だからね。分かった?メグ」

「ううう・・・分かった」

「残念です。折角面白くなってきたのに」

「アリス姉・・・」

その後、恵は気当ての掛け声を、”魔獣、滅びろ~”に変えた。

(殺気は、二割減と言ったところね。でも、騎士たちの勢いがそれ以上に良くなったよ)


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