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聖都の出来事 3

恵の目の前でエクスプロージョンが起動したとき、咄嗟にホーリー・シールドを発動させた。パワー・レベリングで使った改変型だ。恵は周囲に人がいることを意識してシールドを大きなラッパ状に展開する。エクスプロージョンの全てのエネルギーを抑え込む事は出来ないと判断し上部に力を逃がすことにしたのだ。爆発の瞬間で七割程の魔力を持って行かれた。中心部にいた術者は一瞬で焼かれ吹き飛んで行った。地面が揺れてよろけながらも魔法がブレないよう必死で支える。永遠と思える数秒を耐えるが、力尽きてホーリー・シールドが切れると余熱が一気に広がる。露出した肌に火膨れができ鋭い痛みが全身に広がり、思わず息を吸い込んだら肺が文字通り焼けるように痛い。遠ざかろうとするが足に力が入らない。

カミーユが俊足を生かし熱気の中に飛び込む。しかし、勢いよく飛び込んだものの恵の手を掴んだときには足が止まり膝をついてしまった。遅れてきたルシィも躊躇いなく飛び込もうとしたとき、背後から突進してきたエギルが、“よせ!”叫びながらルシィを留め、そのままの勢いで駆け抜け、恵とカミーユか抱えて退避した。

芝生に横たえられた恵とカミーユの顔や素肌は一面に火脹れを起こしている。肺も焼かれているようだ。二人の症状を見て取ったルシィが全力でヒールを掛けると、淡い光に包まれた恵とカミーユの火傷を負った肌がフィルムを巻き戻すように直ってゆく。

「フゥ~。ルシィさんありがとう。助かったよエギル」

「すみません隊長」

「二人とも無茶ばかりして」

恵とカミーユは、起き上がり大きく息をついて礼を言う。

「すまねえ、ショットを撃った連中を始末していて、来るのが遅れた」

「間に合ったんだからいいって。ルシィさんエギルの火傷も治してあげて」

「はい。よくやりましたね、エギル。ヒール」

「そっちの奴らは」

「三人いた。一人はこちら側からのショットで即死だった。残った二人はアデルさんと俺で挟み撃ちにして、一人は俺が叩き斬った。残りは逃げた、と言うか逃がした。今、アデルさんが後を着けているはずだ。奴らスゲー量のショットのスクロールを持っていやがった」

「そう、あのエクスプロージョンもレベル60の魔石だったし、資金は潤沢って事ね」

(しかし、痛かった~。全身火傷になるところだった。いや、なってたよ。しかし、エギルが来てくれて助かった。カミーユだけじゃなくルシィさんまで飛び込もうとして。ルシィさんが倒れたらヒールかける人が居なくなるところだった。みんな無茶するんだから)

「あぁ・・だる~。魔力切れた」

恵は、ポーチからルアン・ポーションを取り出して飲んでいると、お茶会の参加者が集まってきた。

「メグちゃん」

「メグ」

「お姉さま、クロエお姉さま。皆さんにお怪我はありませんでしたか」

「私たちは大丈夫。またあんな無茶して・・・」

エマは涙で頬を濡らしている。

「メグ、助かった。命を救われた」

「今のは・・・。あなたは、やっぱり・・・」

マチルダが恵を見て言葉を飲み込んだ。今の光景がまだ信じられたいようだ。

「皆さん、まだ何があるか分かりません。どうぞ礼拝堂の中へ」

駆け付けた、シスターが皆を礼拝堂へ誘う。

「ルシィさんは表にいる聖都騎士団に我々の無事を伝え、礼拝堂に避難するので周辺の警護をお願いすると伝えてください。カミーユとエギルは、礼拝堂の入り口を護って」

「「はい」」

「フィオナもルシィ殿と共に、聖都騎士団のもとへ行ってください。帝国、王国双方の護衛が揃っていた方がいいでしょう」

「承知しました」

マチルダも護衛に指示を出し、礼拝堂へと向かう。


かまぼこドーム状の礼拝堂の中は、中央の通路を挟んで長椅子がずらりと並んでいて、その壁面から天井まで一面に極彩色のフレスコ画で飾られていた。堂内は、規則正しく並んだ明り取りの天窓があり思ったより明るい。その光を受けてフレスコ画は浮き上がるように見えている。絵は、慈愛により人々を祝福した女神カリスタの神話が描かれている。今日は貸し切りとあって、人気のない礼拝堂は静謐で、先程の騒ぎと切り離された世界に入り込んだように感じる。

シスターは、恵たちを礼拝堂の奥にある小部屋に案内した。

「皆さんおかけください。ご安心ください、ここは女神カリスタの祝福を受けし礼拝堂です。きっと皆さまをお守りくださいます。今お茶をご用意します」

シスターは恵たちをテーブルに着かせると、用意したお茶を配り始める。ハーブの香りが、部屋を満たし始めると、強張っていた皆の顔がほぐれてくる。シスターは自分のカップにもお茶を注ぎ終わるとポットをテーブルに置き自らも椅子に座る。

アニカがお茶を真剣な顔で見つめると、表情を緩めて頷いた。

(こんなときも、ちゃんと鑑定で毒の確認をするんだ。・・・ってセリアちゃんは)

「ストップ!セリアちゃん。鑑定、鑑定」

お茶に口を付けようとしていたセリアがはっとした表情になり、お茶を見つめる。

「問題なし」

「鑑定持ちが直接飲んで毒見するか!」

小声でやり取りしていたはずが、静かな部屋のため以外に響き、皆の笑いを誘った。

皆がお茶を飲み、雰囲気が和んだところで、シスターが独り言のように話し始めた。

「皆様ご無事で何よりでした。神のご加護に感謝します。悲しいことに、僅かですが神々の教えをはき違えている方がいるのです。教皇猊下もお心を痛めていると聞きます」

(あれ、エマ姉の顔つきが心なしか厳しい・・・狂信者のことを考えているのかな)

「あっ、いけませんね。せっかく皆様のお気持ちが落ち着いたところなのに・・・。お替わりはいりませんか」

シスターが微笑む。

「頂くわ」

マチルダが答えると、シスターはテーブルのポットを取り、マチルダの下に行きお茶を注ぐ。

「注ぎ足すような無作法をお許しください」

「このような時です。構いませんよ」

マチルダが微笑みながら返す。

(これか、エマ姉の厳しい顔つきは)

「皇女殿下。お待ちください」

恵が、お茶に口を付けようとしたマチルダを止める。

「どうなさいました。たった今皆さんと飲んだものですよ」

恵は厳しい目でシスターを見つめる。

「毒!」

アニカが口にすると、シスターは行動に出ようとしたが、それより先に恵が詰め寄りスタンを掛けた。パチパチッとした音と共にシスターは気絶してその場に倒れる。手からは自殺用の毒の魔道具が零れ落ちた。エミーリアが気絶しているシスターを縛り上げる。

「ヴェノムですね」

シスターを縛り終えたエミーリアが、毒の魔道具を拾って確認する。

「ヴェノム?」

「暗部の者が自殺するときに良く使用します。発動させると即死毒が塗られた小さな針が術者に刺さります」

(そういえば、ラ・サンテーヌで捕まえた帝国工作員も毒の魔道具で自殺したよね)

「いま、どうやって毒を盛ったのかしら」

アニカが疑問を口にする。

「気づきませんでしたか?魔法が発動されたのを・・・これです」

恵は、シスターがしていた指輪を外すと、アニカの目の前に持ってきて、魔力を少し流す。

「あっ、これ薬のカップの魔法に似ていますね」

「アクティビティの魔法の応用ですね。多分お茶の成分を変質させて毒に変えたのでしょう。女性のために作った魔法をこんなことに使って・・・」

「やはり、マルグリット様はステータスを隠蔽されているのですね。まあ、無詠唱でショットを撃ち、あれだけの爆発を抑え込んだのです。隠すも何もないですが・・・。遅くなりましたが、何度も皇女殿下のお命をお救いくださりありがとうございます」

「賊はマチルダ皇女殿下を狙っていたように見えましたが、心当たりがおありですか」

「えぇ」

「アニカ・・・」

「マチルダ様。私は、ここにいる方々を信じてよいと思います。お話しするのはこの機を置いてありません」

「・・・分かりました」

「クロエお姉さま。よろしいですか」

「元々、そのつもりだったろう。多分この騒ぎだ、後の予定は全て中止となる。アニカ殿の言われる通りだ、今しかないだろう」

「大きく派手に仕掛けて来て、それを凌いでホッとした油断を突いて毒殺。しかも、一度鑑定させて飲ませておいて仕掛ける。更にこの毒は鑑定してみると遅行性でした。この場では何事もなく宿に戻れますが、寝ても明日の朝は目が覚めない類のもの。証拠はないのですが、このいやらしい手口は、ヨハネス殿下の腹心リーヌスの仕業と思います。この会談で、マチルダ様を亡き者にしようとしているのです」

「何故です」

「それは、ヨハネス殿下が開戦を望んでいるからです。マチルダ様は民から慕われております。マチルダ様に何かあれば、民は悲しみと怒りに駆られるでしょう。しかし、この件が狂信者仕業としても、民は直接教会との対立は嫌います。怨嗟は、呼び出した王国に向くでしょう。今の、帝国の情勢では世論を無視することは出来ません。そして何より、皇帝陛下御自身がマチルダ様をご寵愛されています。冷静な判断を下せなくなる可能性は低くありません。それに、マチルダ様は、日頃からヨハネス殿下の行き過ぎた行為を諫めておられ、殿下はマチルダ様を疎ましく思っておいででした。一石二鳥とでも考えたのでしょう」

「血を分けた姉弟なのに・・・」

「メグよ、悲しいことだが、骨肉の争いとなったときの方が凄惨になることは、歴史が証明している」

「私たちの願いは、ヨハネスが戦を画策している事実をエマ様に知らせ、開戦にならないように働きかけて頂くことです。戦はただ両国に不幸をもたらすだけです」

マチルダは、エマの目を真直ぐに見つめて語る。

「マチルダ様、そのお言葉をお待ちしていました。その大役お受けいたしましょう」

エマはクロエを見て大きく頷く。それを受けてクロエが話を引き取る。

「マチルダ様。私たちはここで起こったような理不尽な出来事に抗うためフルール・ド・リス女子会という会を作っております。女子会では、この会談が決まったときから、あなたと盟約を結ぶべく準備してきました。この中には、私たちなりに考えた、マチルダ様をご支援する品々をご用意させていただきました。どうぞお納めください」

クロエは、用意していたマジック・ポーチをマチルダに渡す。

「我々を信じ、同士となって頂きたい」

「お申し出、お受けいたします。お気遣い感謝いたします」

「それでは、マチルダ様とここにいる皆さんは、ただいまからフルール・ド・リス女子会の一員となったことを宣言します。女子会の証の指輪もこのポーチに収めてあります」

そういうと、クロエは右手を上げマチルダたちに指輪を見せる。それに倣うように、王国側のメンバー全員が右手を上げ指輪を見せた。


大方の予想通り、その後会談はすべてキャンセルとなった。もう一度、会談を設けるとはなったが、今回の事件が解決され危険が去ったと確認されてからとなり、明確な時期は示されなかった。

アレクシス、ライアン、ティモテは朝食後、大使館の執務室で今回の会談を振り返っている。周りは、今日の午後に聖都を発つための準備に忙しい。

「結局のところ、何も得るものは無かったということか」

「連絡窓口を開くことは決まりましたが、具体的なことはこれからでしょう。場所は恐らく領地の接するミュールエスト辺境伯領になりますから、今思うと、あの地を強硬派に抑えられたのは痛いですね」

「だがその前に、今回の事件をどう見るかだ。狂信者どもの仕業らしいとはなっているが額面通り信じて良いものか」

「聖都騎士団に調査を一任するのは仕方ないことと思いますが、掴んだ事実を何処までこちらに開示するか怪しい限りです。教会は、その情報を高く売りつけるか、交渉材料に使うのでしょうね」

「そもそも、警護を担当していたのは聖都側で、我々はゲストのはずだ。テロリストの襲撃を防いだのはマルグリットと護衛達だと言うのに、坊主共はゲストに被害が無かったのは神の加護と抜かした。今日ほど奴らの面の皮が厚いと思ったことは無いぞ」

「しかし、マルグリットたちへの関心がまた高まってしまいました。聖都にも流れたフェンリルを従えた噂は、誰もが半信半疑だったようですが、今回のことで、噂は本当だったとなっているとか」

「目の前で起動したエクスプロージョンを止めるとか、妹殿は何でもアリだな。しかし、教会に関心を持たれるのは頂けない」

「とりあえず、カドーに行かせて、帝国と教会から遠ざけておくのは都合がよいかもしれません」

「うむ、エマにも確認し父上と相談しておこう。それと対帝国政策だが、今回我々は何もできなかったが、もしこの襲撃を帝国が裏で操っていたとすると、その計画はついえたことになり、奴らも仕切り直しをするはずだ。それを前提に、窓口開設を視野に入れて方針を練り直す。ティモテ、引き続き情報の収集をたのむ」

「御意」

「ライアン。押さえてしまった穀物だが、上手く捌けそうか・・・買い叩かれるのも癪だ」

「今回の会談如何と言うこともあり、大半は確定までさせていませでした、そちらは問題なく解約できます。それでも結構な量が残るのですが、そちらは、カドー開拓団に引き取らせます。開拓が軌道に乗るまでは食料は必要ですので」

「済まぬな、それで進めてくれ」


「またも、あの小娘か・・・」

帝国大使館のヨハネスの機嫌はすこぶる悪い。

「いやはや参りました。力技ばかりでなく、毒の仕掛けも見破るとは。歓迎会で見かけたときは本当にこの少女がと驚きましたが」

「私も目にした。容姿とやっていることの差が大きすぎる」

「いっそのこと妃にでも迎えてはいかがですか」

「第二王子の婚約者になったと聞くぞ。王家も必死に取り込んだのであろうな。とにかく、開戦に繋げる事は出来なかった。引き続きこの方針で進めるか、別の手立てを取るべきか考えどころと言うことだな」

「王国のガードは案外固いですし、目先を変えた方が楽かもしれませんなぁ。少しお時間をください。まあ、王国が投げてきた難癖は撥ねつけたので、全て失敗と言うことはありませんでしょう」

「今回の襲撃、われらが裏で仕掛けたこと、気取られることは無いだろうな」

「そこはご安心ください」

「最近その言葉が、信じられぬのだが・・・」

部屋に訪いが入る。

「殿下、出立の準備が整いました」

「うむ、行こう」


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