聖都の出来事 1
帝国と会談を行う使節団は、闇の節季の第一光の日に王都を旅立った。五十名の護衛を従えた大型馬車八台は、六日後に聖都に到着した。この使節の団長は皇太子アレクシス、副団長は皇太子妃のエマが務める。団長と副団長は二つのグループに分かれ、帝国からの使節団皇太子ヨハネス、皇女マチルダにそれぞれ応対する。この会談は、帝国工作員による王国貴族襲撃に対し休戦協定違反として王国側が弾劾したことに端を発しているが、同時に二十五年続いた休戦状態についても話し合われる。これには、もう一つの当事国である南東諸国連合の代表も加わる。会談の期間は四日間を予定しているが、初日は顔合わせの歓迎会なので実質的な会談は三日間となる。
「聖都と言っても、この辺りは普通の街と変わらないですね」
「メグは、聖都は初めてだったな。確かにここはあちこちに教会はあるが、ここで暮らす普通の民もいるのだ。暮らしに必要なものが普通の街のようにここにもある。巡礼者も多く、それらを相手にした商売も盛んだ。第一、聖職者と言っても家族や子供もいるのだ。彼らも普通に生活しているのだぞ」
馬車から見える街並みは、王都とさほど変わらないように見えた。ただ一つ違うのは、通りの先にあるものは城や領館ではなく、巨大な教会だった。
「先ずは、供回りを最低限にして、教会に到着の挨拶と滞在の許可を貰いに行く。形式的なものだがな」
恵たちが巨大な中央教会に着くと、二台の馬車と護衛を残し他の者は移動して、聖都にある王国の施設、前世での大使館にあたる館に行く。恵たちは会談の期間中この大使館を拠点に活動するのだ。恵たちは型どおりの挨拶を済ませ、神に祈りをささげ祝福を頂き大使館に入った。
会談は三日後からで帝国側の使節団は五日前に着いているそうだ。この三日間は、教会関係者との会合が続くが、女性陣には孤児院や先の戦争の戦没者の慰霊碑、美術的に優れた教会への訪問予定も組まれており結構多忙だ。
(なんか、バスツアーだよね。次から次へと移動して行事を熟していくんだ)
そして夜には、一節季前から会談に向けて潜り込ませていた王家の守りからの報告を受けた。報告で目新しいものは無かったが、帝国、教会とも今回の会談に注目していて盛んに諜報活動を行っていることをうかがわせた。
会談の仕切りは教会側が行う。このため、初日のパーティーを除き、実際に会談に臨むメンバーは限られた。これは護衛のメンバーも同様だ。会談の警護も基本的に教会側が行うからだ。これには、聖都の治安維持を行っている聖都騎士団が当たる。そのため、恵の護衛隊も全員が随行できない。あぶれたものはその実力を買われライアンの護衛に付いた。
男性陣は、皇太子アレクシス、ライアン。事務官としてティモテ、ロラン。護衛として近衛からエリアス、シモンそれとリュカとジョシュアが着く。他には側仕えとして男女が一名ずつ着くが何れも王家の守りの者だ。
女性陣は、皇太子妃エマ、王女クロエ。事務官として、セリア、シャーリーとステラ。シャーリーとステラはテーマに合わせて交替で参加する。護衛としては、アノック、エステェ、ルシィ、カミーユ、側仕えとして恵とアデルとなっている。
メンバーに鑑定持ちを加えることは、ほぼ常識となっている。当初、恵が同席するので鑑定持ちは不要なので、セリアは王都に残り国王ジャンにリアルタイムで状況を伝えてほしいと要請が有ったが、恵はステータスを隠蔽しているので、鑑定持ちがいないのは返って不自然と言うことでセリアも参加することになった。これに対しセリアは、”ずっと陛下や王妃陛下と一緒に過ごしていたら私の心が持たなかった”と感想を漏らした。
側仕えに恵を付けたことは、妹を同行させたかった皇太子妃の我儘として噂が流されていた。
それと。他意は無いとされながらも、エギルとニコラは見てくれで選ばれたと周囲が思い、ニコラはまたしても落ち込んでいた。当然彼らも、会談の会場には入らない多くの者と一緒に周辺を警護する。
会談初日の歓迎会は、中央教会のホールを使い立食形式で行われた。サクラウィア教では痛飲や暴食は禁ずるものの、酒や食事のタブーは無い。ただ、さすが教会の主催とあって、料理には贅沢品が控えられ庶民が口にするものと変わらないものだった。
教皇の挨拶と講和、大司祭による祝福が済むと歓迎会は、通常の立食パーティーと変わらないものになった。参加者はまだ様子見と言った感じで、表面上は穏やかに進んでいる。
「あら、可愛い側仕えさんだこと」
参加者同士の一通りの挨拶が済むと、マチルダは恵を見つけて言葉を掛けた。恵は、側仕えとして参加しているが、待女と言うよりは接客メイドが着るようなヒラヒラのついたメイド服で可愛らしい恰好をさせられていた。
「お初にお目にかかります。皇女殿下様。ガルドノール伯爵が次女、マルグリット・スフォルレアンに御座います。どうぞマルグリットとお呼びください」
「やっぱり。あなたが噂の妹様ですね。マチルダと申します。仲良くしてくださいね」
マチルダは皇族としての公式な挨拶はせず、親しい友達に紹介されたような挨拶をかえした。そして、これを機に、彼女はエマやクロエに対しても型通りの会話から、親しげな対応へと変えた。
(皇女様は、積極的に私たちに接近しようとしているのかな。私を切っ掛けに使うことも考えていたんだろうね。やっぱり単に物見遊山に来たわけではなさそうね)
帝国の皇太子は、上手く自分を隠しているように見えた。ここでは幾人もの鑑定持ちがいるし、魔力の検知に卓越している者もいるだろうから、鑑定は控えている。
(アデル姉やエステェ姉なら態度から読み取っているかな。後で聞いてみよう。だけど皇太子の隣にいる爺は、きっと嫌な奴だよ。皇太子はさりげなくだけど、あの爺は露骨に私を見てるし。おまえらロリコンか)
「おやおや、こんなところに聖女様姉妹がいるかと思えば、よく見るとお花畑の姉に、猛獣使いの妹ではないですか」
(なんだか、エラそうな奴が来た。この帽子は枢機卿?なによ、お花畑の姉に、猛獣使いの妹って)
「あら、ベニート枢機卿様。お久しぶりでございます。新婚旅行の時はお世話になりました。本当にお花畑のような国になれば素敵ですね」
エマはニッコリ笑って、ベニートに応じる。
「いやはや、皇太子妃にはかないませんな。だが妹殿は、まだまだですな。お初にお目にかかる、がめつい坊主のベニートです」
(なに、こいつ)
「お初にお目にかかります。ガルドノール伯爵が次女、マルグリット・スフォルレアンに御座います。ベニート枢機卿様、お目に掛かれて光栄です」
「王女殿下と何やら面白そうなことをされているようですな。カドーへの出立が決まりましたら、お声掛けくだされ、適当な者を付けましょう」
「教会を作るのは、もう少し落ち着いてからになると思いますが」
「ヒールが出来るものが一人でも多い方が良いのではないか?聖都騎士団から選ぶので自分のことは自分で守れる。それに開拓初めの苦しい時期には、日頃の愚痴を聞いてやれる聖職者がいると便利だぞ。金、金と煩いばかりが坊主では無いぞ」
そう言って、ベニートは恵たちから去って行った。
「お姉様、ベニート枢機卿様とはどのようなお方ですか?」
「私も、新婚旅行の時にお会いしただけだけれど、お魚がとてもお好きで、楽しいお話をする方でしたよ」
「・・・はい」
(この辺りは、エマ姉に聞いても良く分からん。でも、嫌っていないようなのできっと心眼ではOKなんだよな)
「今、こちらにベニート枢機卿がいらしていましたか?」
ステラが、恵の側に来て話しかける。ステラは、事務官として参加で、法服のようなモノトーンのスッキリした服装をして大人っぽく見える。
(背も私とあんまり変わらないのに、何この違い)
「ステラは、ベニート枢機卿と面識があるの?」
「ええ。父の商会からも結構寄付をしてますよ。先ほども挨拶に来られて寄付のお礼と今後もよろしくだって」
「結構、有名人?」
「個性が強い方で、供応も平気で受けるし、寄付の要求もストレートですね」
「生臭坊主?」
「それがね、寄付してもこちらの融通を聞いてもらえないことで有名なの」
「何それ」
「教会の管理の制度を改革したのはベニート枢機卿なのよ。窓口担当に任期を設けて、取引業者との癒着や寄付金の入金帳簿の不正をし難くして、更には、定期監査は担当と別の派閥の者にして牽制しあうようにしたり。少なくとも寄付については、寄付側が伝票に記入した金額がきちんと教会に入るようになったわ。そのことに敬意を表して、ベニート枢機卿経由で寄付をする方が結構いるの」
「凄い人なんだ」
「何か言われた?」
「私を見て、猛獣使いだって」
「うまいこと言うわね。さすがベニート枢機卿」
「そこは友達として怒ってよ。幼気な少女に対し・・・ごめんなさい。事実です」
ステラが呆れた目を向け始めたので、恵は言葉を引っ込めた。
「他に何か言っていた?からかうだけのためにわざわざ挨拶に来る方じゃないはずだけど」
「カドーに向かうときには、教会からもヒールが使える者を出すようなことを言っていた」
「気に入られたわね、メグ。それって結構すごいことよ。とんでもな司祭がいるのは事実だけど、教会全体から見ればほんの一部よ。権力者にすり寄ってくるのがそんな奴らばかりなので目に付いちゃうけど、真面目な聖職者はその何十倍もいるの」
「まあ、そうじゃなきゃこれだけの組織は維持できないよね」
「そう、その筆頭がベニート枢機卿よ。・・・シャーリーに話して教会の力も計画に組み入れてもらいましょう・・・」
(さすが、大手商会のお嬢さん。期を見て敏と言ったところね。前世でも経営者できるかも)
歓迎会の後、大使館に戻った女性陣は、早速情報の共有を行う。その結果、エマの心眼ではマチルダは問題ないとの判断がくだされ、方針は確定した。ただ、マチルダの随行者の中に皇太子ヨハネスの手の者もいる可能性があるので、様子を見ながら機会を探すことになった。幸いなことに、マチルダも積極的に交流を持とうとしているようで、機会は訪れるだろうとされた。
前半戦の休戦条約違反の交渉は、案の定、帝国側は国の関与を否定したが、そればかりでなかった。
「こちらの調査では、あの三人は国家転覆を狙う反逆者の一味と判明しました。どうやら活動資金に困り、件の辺境伯に雇われたらしいのです。国に弓引く者の資金源になっていたことは我が国としては大変遺憾に思っております。国の重責を担う辺境伯が反逆者に資金を提供したのですよ、王国こそ休戦協定違反をしたわけです。幸い反逆者の組織は我々の手で潰しましたし、今回は互いの政府が与り知らぬところで起こった問題のようですので、ここはお互い自重するといたしませんか。王国の皆さんが引いていただけるなら、このリーヌス、アレクシス皇太子殿下の赤心を皇帝陛下にお伝えいたします。そのうえで、今後このような事の無きように、政府間で情報のやり取りと行う正式な窓口を設けるとしては如何でしょう」
聞きようによっては、王国側が悪く、帝国は我慢していると言わんばかりのリーヌスの発言にライアンは苛立ちを覚えながらも、当初からこれにはこだわらないとした方針から、帝国の提案をのむ形で合意がなされた。
明日からの後半戦は、現在の休戦協定を如何して行くかを協議するもので、そこからは南東諸国連合の代表者を含めて行う。
一方、二日目の恵たちは視察が中心で、皇女一行と行動を共にした。結果からいうと、マチルダの連れている側仕えの待女二人と、鑑定持ちの事務官と護衛騎士二人は信用していいだろうとの結論となった。また、帝国の鑑定持ちはランクが6で、検索の発動条件を満たせるとして通信板を渡すことも問題はなかった。
明日の予定は、聖都の観光名所の一つである慈愛の女神カリタスの庭園を女性陣が借り切って茶会だ。このお茶会には、両国の女性陣の代表だけで余人を交えずに行うことになっている。話を切り出す絶好の機会と言える。恵たちは初日の懇親会のマチルダの対応から、皇女側も当初から、王国と密な話し合いを持つことを想定していたと予想した。
聖都大使館の皇太子に用意された執務室には、アレクシスの不機嫌な声が響いていた。同席している、ライアンとティモテの表情も硬い。
「何なのだ。あのリーヌスと言う男は。仕掛けて来たのは帝国であるのに、こちらに非があると言わんばかりに・・・」
「落ち着いてください。アレクシス様」
アレクシスは宥めるライアンに険しい視線を向けるが、その表情を見て、ふっと息を吐く。
「すまぬ。苛立っているのは、お前も同じだったな」
「しかし、休戦条約を維持する提案までするとは意外でした」
「やはり、皇太子自身からは開戦するわけには行かぬと言うことか。本番は明日以降だが、少なくともこれで、帝国側は休戦を維持する意向を示したことが公式な記録に残ったわけだ」
「そのうえで、開戦に運ばざるを得ない手を打ってくるのでしょうか」
「ティモテ、その後何か情報は入ったか?」
「帝国側に目立った動きはありません。ただ、ヴァレリオ枢機卿経由で原理主義者の過激派が何やら動いているらしいとの情報がありました」
「原理主義者の過激派・・・」
「原点である精霊信仰の経典に帰れと言う者で、精霊による統治を謳い国家を否定しています。そして一部の過激派は、国家の体制を悪とし実力でこれを排除しようという輩です」
「誇大妄想もいいところだな」
「俗にいう狂信者ですね。近年、鳴りを潜めていると聞いていましたが、ここへ来てなにやら動き出しているらしいと・・・」
「裏で、帝国と繋がっていると?」
「探らせてはいますが、そこまでは何とも」
「しかし、その狂信者の妨害が入ったとして、それが開戦につながるものなのか?一応、警戒だけをするとしよう」
「それで、どうでしたアニカ」
滞在先の帝国大使館の部屋に戻ると、早速マチルダは同行している仲間を集めて、歓迎会と視察で得た情報の確認と共有を図った。
「まず驚いたのは、護衛のレベルです。四名の護衛騎士のうち三人はレベルが30を超え、スキルも非常に高い状態でした。事務官の一人は予想通り鑑定持ちでランクは5。なかなかのものです。そして、彼女も未成年なのにレベルは29で、初級ですが魔法まで使えます。常識ではありえません。どんなレベル上げを行ったのでしょう」
「噂になっていたフェンリルを従えたと言う妹君は」
「私の見た限りでは、ごく普通の子供です。もし鑑定を欺いたとすれば、レアなスキルと言われる鑑定隠蔽を持っていることになりますが、私のランク6より高くなければ効果はありません。でもそれでは、鑑定ランクが高いうえにフェンリルを従えるだけの戦闘力もあると言うことになります。そんなことは、たとえレベルが30でも到底できない芸当です」
「エルフの森はフェンリルが守っていると聞くわ。フェンリルに気に入られて彼女を護っていると言うことはないかしら」
「それでは、もう一つの名付きの地竜を討伐したと言う噂と合わなくなります」
「人違いなのかしら。私には帝都を出発する前に聞いていた噂通りの女の子に見えましたが」
「皇太子妃があの子を可愛がりすぎて、このような席まで連れてきてしまったというあれですか」
「えぇ、本当にお人形のようにかわいくて、私も妹に欲しいくらいでした」
「最前線といえる聖都に詰める者たちは、皆各分野のエキスパートばかりです。そんな単純なミスを犯すはずはありません」
「困ったわね、こちらに着いて聞いた情報と出発前の情報がこうも違っていると・・・」
「論拠があって言う訳ではないのですが、肝心の皇太子妃と王女殿下には好感が持てました。マチルダ様が積極的交流を図ろうとすると、それに答えるように対応されました。あの少女も決して悪い印象ではありません」
「そうね。私もそう感じたわ。時間もありませんし、他の選択肢はないようです。計画通り皇太子妃と厚誼を結び、そちらからも戦端を開かむよう働きかけ頂くようお願いしましょう」
「明日ですね」
「えぇ」




