これからのこと 4
恵が王都に着いたのは、地の節季の第七週であり、闇の節季にある帝国皇太子との交渉に向け最後のまとめに城の官吏たちが慌ただしく立ち回っている時期だった。この三週前には、カドー開拓の計画が発表され、その長に第二王子のアクセルが就任した。彼は、年が明け社交シーズンが終わると直ぐに、カドーに向けて出立するとされ王都が騒然となったばかりだった。これまで国の悲願のように語られつつも、カドー開拓は無謀な企てとされてきた。今回大きく違うことは、補給を阻む魔の森ニゲルの魔獣を、婚約者候補の少女がフェンリルを使役して追い払ったことだ。当初、ニゲルの魔獣があふれスタンピードで被害があったと批判もあったが、常日頃から少女の領民への慈悲のエピソードと少女らしい婚約者を思う心が伝えられると、国の悲願を果たせるかもしれないとする期待が合わさり好意的は世論が国中で起こった。
恵は王都に着くとすぐに、ジュリアが提案したエマの心眼を隠蔽する魔道具の作成を上奏し、許可が降りた。異例の速さは、帝国との会談が迫っていることに加え、内々にクロエが根回をしていたからである。これから、ルシィと共にセリアを連れてガスパールの工房を訪ねるところだ。
「いやー、参った。王都に近づくと馬車の紋章を見て騒ぐ人たちが増えるし」
「なんか、拝んでた人もいましたね」
ルシィは馬車から見た光景を思い出しながら話す。
「キケロモ聖獣説も広まってるみたいだよ、まいったね。当人は全然そんな感じじゃないけど」
「そういえば、キケロモへの肉提供に同行したんでしょう」
「うん、問題なさそうだった」
「二回目なのに、サリーさん馴染んでましたね」
「サリーさんマメでいい人だよ。初回も別にから揚げとか用意してて、キケロモも大喜びで」
「キケロモも、ちょっと美味しもの貰うと、直ぐ懐いちゃうし」
「ご不満ですか」
「いや、サリーとうまくいっているのは良いんだよ。でもあいつ、餌をあげたら誰でも尻尾降っちゃいそうで」
「そんな、子犬じゃないんだから」
王都に出発直前の、二度目の肉提供には恵も同行していた。
「流れ出した噂を良い方に解釈するように仕掛けたのセリアちゃんなんだって?」
「発案は私だけど、クロエ様も皆もノリノリだったよ」
「アクセル様ことがあるし、アカデミーに顔出すのがちょっと怖いよ」
「今更何を言っているのよ。もう心を決めたんでしょう」
「でもまたすぐに皇太子妃のお供で聖都に向かうんですよね。ほとんどアカデミーに通わないじゃないですか」
「聖都に行くのは、いわば王命みたいなものだから、アカデミーも配慮してくれて、テストだけで進級させてもらえるらしいけど」
「メグちゃんも私も、毎年そんなことしてるよね」
「来年は、アクセル様のカドー開拓団が出発するけど、一人で行かせるわけにもいかないし・・・」
「いっそのこと、一年休学したら?メグちゃんなら、一年遅れても十分学生で通るよ」
「どうゆう意味よ。背じゃないのよ、背じゃ。この溢れるような大人の女の色香が分からないの」
「あ~、ハイハイ」
恵はセリアたちと話しながら、ガスパールの工房に向かっていた。
「あ、師匠ただ今戻りました」
「お嬢様、お久しぶりでございます」
「魔道具製作の許可をもらい、すぐにここに来ました。暫くはここに籠って例の魔道具を作ります」
「なんでも、今回のスタンピードのことで皇太子妃がメグちゃんにお小言をすると話を聞いて、逃げてきたみたいです」
「セリアちゃん。それを言っちゃぁ・・・」
「相変わらずやな、メグ。お久、セリア様も」
「あぁ。リラお久」
「リラさん、お久しぶり」
恵は早速、鑑定隠蔽の魔道具について相談を始めた。恵は自分が認識する鑑定の構造をガスパールに伝え、既にある鑑定阻害の魔道具の分析を依頼していた。
「確かにお嬢様からのお話を元に、鑑定阻害の魔法陣を紐解くと納得できる構造になっていました。鑑定阻害は、鑑定者に働きかけるのではなく、英知の海に流れ込む情報を乱す方法で出来上がっていました。これまで何故この魔法陣が鑑定阻害になるのか諸説ありましたが、お嬢さまのお話が最もぴったりします。ただし、厄介なのは乱すだけであれば、流れる情報を適当にいじればよいのですが、隠蔽のように意味のあるものに変えると言うのは、情報の意味を正確に理解しなければいけません。それが、最大の難関でしょう」
「そうなのよ。それでね・・・」
そのとき、工房に訪いが入った。
「こいさんに、お客様が見えております」
「おっ、助っ人来た。有難う、ジュスティンヌさん」
訪ねてきたのは、ロランだった。
「なぜ前もって連絡をよこさない。私が毎日暇を持て余していると思うなよ、小娘」
「小娘ではありません。ロラン様、開口一番それですか?そんなこと思っていませんよ。では、改めて紹介します・・・」
恵は、検索を習得し鑑定システムの構成を理解している、ロランに協力してもらうようお願いしていた。エマの心眼を帝国に悟らせないことは重要であると許可はすぐに出された。
一通り、鑑定の流れをなぞった後、恵はこれから行うことの説明を始めた。
「英知の海に流れゆく情報を詳らかにするには、膨大な努力と時間が掛かります。今回はピンポイントで、エマ姉の心眼情報だけを特定し、書き換えることを目指します。鑑定すると、その対象で僅かな魔力の流れが観察されます。王城ではこの現象で鑑定が行われたかを判断し警報を出しますが、私はこれが英知の海に情報が流れているときの現象と推測しました。そこで、私の鑑定隠蔽スキルで情報の改変を行います。それを鑑定して頂きその時の魔力の流れを観察してもらいます。さらに、隠蔽内容を変えて魔力の流れの違いを見出していただく。平たく言うと、私が以前鑑定したエマ姉のステータスに偽装し、そこから、心眼のスキルだけを刺繍のスキルに変化させるので、その違いを見届け、その変化を再現する魔道具を作ろうというものです」
「つまり、中身の分析はせずに、表面上で起こった変化を再現する魔道具を作ろうと言う訳か。うまく行くかどうかは何とも言えんが、無い知恵を絞ったな小娘」
「小娘ではありませんが、そのような考えです」
「鑑定阻害の魔道具の基本構成と合致します。お嬢様の推測は恐らく正しいでしょう」
「師匠有難うございます。ロラン様、人に好かれる受け答えとはこのようにするのです」
「余計なお世話だ」
恵が、つぶさに観察できれば良かったが、隠蔽スキルを持っているのが恵だけなので、今回は鑑定を掛けられる側となった。まず、ロランが鑑定を掛け、ルシィとセリアが魔力の観察をする。セリアが主に心眼のあるなしでの全体を見た差異を捉え、ルシィが変化している箇所をピンポイントで観察する。その結果を聞いてガスパールとリラが魔法陣への落とし込みと魔道具化の観点から考察し、観察内容の指示を出す。この繰り返しだ。
ただ鑑定するだけなら、セリアにでもできる。しかし、鑑定のランクが上がると鑑定時の魔力の変化の状況も変わる。帝国から来る鑑定持ちのランクが分からないので、出来るだけ高いランクの鑑定で今回の魔道具を作ることにしたためロランを呼び出したのだ。これによりランク6の魔道具が出来上がるはずだ。
思った以上に作業は難航し何度も繰り返すことになった。
「私、もうへとへとで、頭がくらくらします」
何度目かの休憩で、セリアが弱音を吐く。
「セリア嬢。よく頑張ているな。だいぶ輪郭が掴めた。もう少しだ、集中を切らさず行こう」
「はい。ロラン様」
(ロラン。何で、セリアちゃんには優しい)
このメンバーが集まれる機会がなかなかないとのことで、強行軍で行い、結局深夜までかかって魔道具化の目処がついた。
「皆さんご苦労様です。後は、師匠とリラと私で試作品の製作をします。試作品が出来上がり次第お声掛けします。ご足労ですがまたお集まりいただき、試作評価を行いたいと思います。今夜は、もう遅いので当家で部屋を用意してあります。ゆっくりとお休みください。有難うございました」
恵の言葉で解散となったが、ガスパールとリラは魔道具化に向けて議論を続けている。ルシィがそれを羨ましそうな目で見ていた。
試作品づくりは何と一週間で出来上がった。驚異的な速さだ。結局ルシィは魔法陣製作にガッツリ関わり、四人掛りで作り上げた。試作品が完成したときには皆ボロボロの状態だった。
(皆、自ら好んでブラックしてるよ)
出来上がったのは一端が切れた金属の輪のような魔道具だ。最終的には公式行事用にティアラ型、日常使いようにカチューシャ型として仕上げる予定だ。取り付けられた魔石に、魔力をフル充填すると約八時間稼働する。
「それじゃ、やってみましょう」
「よし、鑑定するぞ、小娘」
「小娘ではありません。よろしくお願いします」
「いくよ、メグちゃん」
セリアとロランが鑑定で確認をする。
「・・・」
「あれ?」
(いやな、反応)
「・・・隠蔽は掛かっているが」
「・・・刺繍じゃなくて掃除になってる」
「・・・いいよ。エマ姉は綺麗好きだから問題なし!」
「一国の皇太子妃が掃除の達人・・・それでいいのか・・・」
「刺繍も裁縫のように家事スキルの一環で、掃除と似たようなコードなのでしょうな。おもしろい」
(師匠、ここで冷静な分析は勘弁してください)
後は、カチューシャはこのままリラが作成し、ティアラは王家お抱えの宝石商に発注すればいい。会談には間に合うだろう。
甲板に出ると、穏やかな風が吹いていた。どうやら昨夜の嵐は納まったようだ。
「姫様、このような所にいては御風邪を召しますよ」
「大丈夫よ。もう結構南下していますから。ほら、この季節なのに風も冷たくないでしょう」
マチルダは、お付のメイドのグレータにそう答えると、風に顔を向けて全身で浴びるようなポーズをとる。聖都への使節団の船は、南東諸国連合の沖合に来ている。この二日悪天候を避けて、小さな無人島の入り江に退避してる。空は晴れ渡り、うねりはまだ少し高いが強風は納まった。今日あたり出港できそうだ。
「イェシカの様子はどう」
「まだ起き上がれそうにありません。直ぐに吐いてしまい水ぐらいしか口にできません」
「酔い止めもあまり効きませんね」
もう一人のメイドは船酔いがきつく出港からずっと寝込んでいた。
「祖父が子供の頃に聖都へ巡礼したときは、このような時は連合の港街で、地の名物を食してゆるりと過ごしたと聞きました。船乗りの病にかかる者もほとんどいなかったと」
「これも戦のせいね。帝国はこの戦争で何を得たのかしら」
「姫様、誰が聞いているとも分かりません。そのようなことは」
「そうね。でも、今回はこの状況を少しでも良いものにする訪問ですから」
「しかしなんですか、こちらには何も伝えず、あのような日程を組んで。尽く姫様を交渉の場から外すなど。あれは、リーヌスの仕業ですよ。殿下の周りから、あのような胡乱な者を排除せねば」
「ヨハネスも分かって使っているのです。陛下からはあの子の暴走を止めるように言いつかっています。あなたの頑張りで、何とか皇太子妃とのお茶会を日程に入れ込むことが出来ました。とにかくご協力をお願いしましょう」
「本当にうまくゆくのでしょうか。王国の皇太子妃様がどれだけ影響力を持っていらっしゃるか。それにお人柄も・・・」
「皇太子妃は聖女と謳われた方です。しかも、城に籠られるだけでなく、国許では孤児救済の政策にも携わったと聞きます。必ずやお力をお貸しいただけると思っています」
「リーヌスがまた何か妨害してこなければよいですが。改めてアニカには警戒するよう伝えておきます」
「彼女の鑑定にはこれまでもずいぶん助けてもらったわね。私からも直接お願いしておきましょう」
「勿体ないお言葉です」
「どう言うことだ。先日の報告では順調な滑り出しと聞いていたぞ」
マリウスはマキシムの報告に、少し強い口調で返した。
「フェリックス様の指示に従わない者が、多数出ているようです」
「なぜだ、どの施策も領民から忌避されるものではないぞ。これまでの施策を見ると、フェリックス殿は信頼に足る人物と思うが」
「どうも、前ミュールエスト辺境伯が盗賊騒ぎの黒幕と言う噂が流れ、フェリクス様がオクシーヌ領主に変わるためだったなどと・・・」
「馬鹿な、彼は辺境伯の嫡男だったのだぞ。なんで男爵領などに。しかも、その情報は、少なくとも帝国との交渉が決着するまでは秘匿すると上級貴族間で取り決めたはず」
「どうやら、ジュブワ子爵様の手の者が暗躍しているようです」
「ジュブワ子爵?あぁ、ブロール伯爵の推薦でソロンの代官にと要望書が来ていたな」
「お断りしたこと、根に持ったのではないですか」
「話にならない男だったではないか。なにより、フェリックス殿を陥れても、返り咲けるわけではないだろう」
「お耳には届いていませんでしたか?ミュールエスト領に流れた下らぬ噂は」
「ルフェーブル子爵がソロンの街の者に反乱を起こさせ、新しい代官には能力が無いとして、旧主のフェリックス殿がソロンの代官になるように画策をしている、そして自らはオクシーヌの領主になると言うあれか。噂の出所はジュブワ子爵なのか?」
「はい。ジュブワ子爵様は、ソロンの官吏に乞われた形でこれに介入し、ルフェーブル子爵様の企みを暴き、更にフェリックス様には統治能力がないと示すつもりのようです」
「その功を持ってソロンの代官にと考えたのか?大層なシナリオじゃないか。しかし、彼にこのような諜報工作が出来たとは」
「諜報などと呼べるやり方ではありません。素人の私が少し調べただけで絡繰りが分かるのですから。ただこの件、ブロール伯爵様が黙認していたのでなないかと疑っています。あのような寄子の稚拙な遣りよう、親貴族であれば掴んでいるはずです。何でもご令嬢のお相手としてジュブワ子爵様の名前が上がっているとか、そのあたりの判断ではないかと」
「こんなことをしていては、本当にソロンで反乱が起こるぞ。シャーリー殿から得た信用が失墜する。直ぐに叔父上に手紙を出す。マキシム、手配を頼む」
「承知しました」
「クロエ様、何か聞き及んでございませんか」
いまや定例となったフルール・ド・リス女子会の報告会が終わると、個人的な件ですがと断りを入れ、シャーリーがクロエにカルでの不穏な噂が出ている件を聞いた。
「あぁ、私もセリアからその報告を受け、すぐに確認を取った。エステェ、王家の守りで掴んでいることを話してやってくれ」
フルール・ド・リス女子会の情報網は順調に機能を始め、情報が入り始めていた。今回はアポリンヌからガルドノール隣領のオクシーヌ男爵領の領都カルで、領主と領民との間で諍いの噂が有るとの情報だった。シャーリーの下にはフェリックスからの支援の感謝と領地経営が順調な旨を綴った手紙を受け取ったばかりであった。
「はい、オクシーヌ領ではフェリックス殿が領主代行となってからも領地経営は順調だったのですが、領民の一部から盗賊騒ぎの黒幕は前のミュールエスト辺境伯でフェリックス殿はその子息。そのような者を領主に抱く事は出来ないと、反発が起こり始めまして。官吏の中にも表立って反発しないまでも仕事をサボタージュするなど行政も回らなくなったとのことです」
「ノエ様が帝国と関わって騒動を起こしたことは、秘匿されていたのでは無かったのですか」
「そのはずだったのですが、どうやらジュブワ子爵様が裏で動いたようです」
「なぜ、ジュブワ子爵様が?」
「彼は、ソロンの代官候補から落とされたのですよ。シャーリー殿」
「カルに騒動を起こし、フェリックス様を陥れても、ソロンの代官にはなれないでしょうに」
「マリウス殿はジュブワ子爵をブロール伯爵の推薦があっても、ソロンの代官としなかったのであろう。何か功績が必要と考えたのかもしれぬが・・・」
「そんな・・・」
「これは、ちょっとまずいのだ。領主代行の時期に統治に問題が出たことが広がってしまった。理由はどうあれ、そのままとは行かないだろう。他領の干渉を防ぐのも領主の力量だ」
「それでは、フェリックス様と父は・・・」
「ただ、この件では思わぬところから援軍が現れてな。まだ未成年のフェリックスへの不当な行為を行ったジュブワ子爵と、それを監督できなかった頼親のブロール伯爵に対してヴォロンテヂュール侯爵から叱責の声が上がった。どうやら、マリウス殿がシャーリーとの約束を果たそうと裏で動いたようだ」
「すると、こちらの計画通りに行きますか」
「いや、ルフェーブル子爵のオクシーヌ入りは問題ないだろうが、領主の力量を問われたフェリックスはそのままと言う訳に行かぬだろう。まだ未熟。領主には時期尚早となるであろうな」
「すると、子爵の父との関係が計画通りには・・・」
シャーリーはフェリックスを助けることだけを考えていたと言っても過言ではない。その意味では、今回の事は肝心な部分が上手く行かなかったことになる。
「クロエお姉様、一つ提案がございます」
「何だメグ」
「カルに赴任されてからのフェリックス様の施政は確かと聞きます。フェリックス様ご自身に行政の心得があるならば、その力をカドーの開拓に使って頂くというのは」
「なるほど・・・良いかもしれぬな。どうだ、シャーリー」
「ひとつお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ」
クロエは、シャーリーの腹を括った顔を見て、ニヤリと笑った。
「私も、カドー現地入りのメンバーにお加えください」
「ははは。さすがシャーリーだ。許す」
「では、一時的にフェリックス様をガルドノール預かりとし、アクセル様が遠征するとき合流すると言うことでお兄様にお願いします。旧主を慕う中立派に恩を売れると、売り込みましょう」
「私もマリウス殿に嫌味の一つもぶつけてやります」
「根回しは、しておいてやる。二人ともしっかりやってこい」
(うわぁ、姫様悪い顔してる)




