これからのこと 1
セリアは、王都に着いて旅装を解くと、早々にクロエとの面会を申請した。クロエは、恵がまだ帰らぬことを気にしていたためか、翌日にはフルール・ド・リス女子会の事務所に顔を出した。部屋には、既に王都に戻っていたシャーリーとステラも揃っていた。
「クロエ様、ただ今戻りました」
「うむ。で、やはりメグは戻らぬか」
「はい。まだ色々と後処理が残っているようです」
「一昨日、先に戻ったステラから、プレシールの地竜討伐の話は聞いた。その直後だ、急使からルアンのスタンピードの知らせを受けた。まったく我が妹は何をやっているのだ」
「当人も、王都を発つ前は、密かにキケロモに交渉するのだと申しておりましたが・・・」
「フェンリルに乗って魔獣を蹴散らして回ることの何処が密かなのだ。お父様は頭を抱えていた」
「これでは、王妃陛下の計画も見直しが必要になりますね。王妃陛下もさぞや・・・」
「あぁ、大笑いしていた」
「・・・」
セリアは、口を開いたままポカンとした顔だ。
「お母様は、笑いが止まらぬご様子だった。先ほども私の困った顔を見ると思いだし笑いをされていた・・・お前の報告も聞きたがっていたぞ」
「さすが王妃陛下・・・」
「ではセリア、報告を聞こう」
セリアは、資料を渡しプレシールでの地竜討伐、キケロモとの交渉、スタンピードとその顛末、キケロモへの肉の提供結果、メルキオールの農法改善の意見書と一連の報告をしてゆく。
ルアンの審議会は、今回のスタンピードのきっかけは恵が起こしたものだが、予想は困難であったと結論付けた。それでも、因果関係は疑う余地はなく、起こしてしまった責任を免れるものではないとした。しかし、従士・冒険者の死亡については、従士の指示を無視した商人の行為が被害を大きくしたとし、また農民が門に殺到し混乱を助長したことに付いては、避難する人の心理として一定の理解を示した。
最終的に、従士・冒険者の死亡に対して以下の裁定をくだした。
恵:一つ、遺族への公式な謝罪。一つ、遺族への補償額の七十パーセントの負担。一つ、一節季間の謹慎、及びルアン内での奉仕活動。
商人:遺族への補償額の二十パーセントの負担。
農民ギルド:遺族への補償額の十パーセントの負担(その後の個人への対応は、農民ギルドに一任)。
更に、魔獣に踏み荒らされた畑の復旧、作物の被害、損傷した商人たちの馬車、及びその積荷については、スフォルレアン家にその補償を命じた。
「そうか、スタンピードの原因はフェンリルの移住か・・・。それで審議会か?」
この時は、王都にはルアンでスタンピードが発生し、フェンリルに乗った伯爵令嬢が討伐したとする、誰もがデマと思う一報が届いた状態だった。
「この件、他領への被害は無いので、王家が出張ることは無いのだし、領主の裁量一つだろう・・・。なぜ、審議会まで・・・」
「メグちゃんが懺悔しました」
「なぜだ。一般市民の死者もなく、城壁内に魔獣が入り込んだわけでもなかろう」
「従士と冒険者に死者が出たことを気に病んだ様子です」
「切っ掛けはどうあれ、彼らは戦闘職であろう。街を守った英傑として遺族に手厚い補償をするのでは駄目なのか?審議会を開くようなことなのか?領主が開墾事業を命じ、開墾の作業で魔獣に襲われ、護衛に着いた従士が死ぬようなことはよくあることだ。スタンピードを起こした迂闊さは誹りを受けるだろうが、その規模に比べた被害の大きさ、享受できる利益を考えれば・・・そう思う私はおかしいのだろうか」
「僭越ですが、事業を起こせば大なり小なりリスクは発生します。そのリスクを恐れるあまり手をこまねいている方が為政者として失格かと。現状維持は、未来への芽を摘んでいるにすぎません。見えていないだけで損失なのです。前へ出るときの、リスクのコントロールは簡単ではないと考えます。その意味で、利益と損失の秤をどの程度にするかを常に意識することは決して卑しいことでは無いし必要なことと思います」
「有難うシャーリー」
「いえ、出過ぎた発言でした。メグはそんなに完璧主義者だったかしら」
「メグちゃんは、完璧主義者と言うより倫理観が、普通の貴族や為政者が抱いているものと異なっているように思われます」
「確かに、お姉様もそうだ・・・だが、それは理想だ。お姉様のその危うさを私が支えようとしていたが、メグも根底のところで同じものを持っているのか。分かっていたつもりであったが・・・」
「とても、落ち込んでいたしたので喝を入れてきました」
「そうか・・・。しかし、よくここまでまとめてきたな」
「王都に来るまでは、移動ばかりで時間は有りましたから」
「・・・この審議会の結論は、日付からするとセリアが王都に向かった後の話しだな・・・そうか、既に通信板を使っていたのか。ならば、今でもメグの通信板を見れるのか」
「見ることは出来ますが、メグちゃんがこちらの通信板を検索するまで応答はもらえません。私たちは、夜寝る前に時間を決めてやりとりしています。クロエ様、日時を指定して頂ければ、その時に筆談するよう伝えます」
「それはいい。次に闇の日の午後ではどうだ」
「あぁ・・・申し訳ございません。闇の日は、教会で治療の奉仕やっていると思います」
「償いの活動か。よし来週のどこかで調整する。決まったら伝えるので、その旨だけ連絡しておいてくれ」
「承知しました。それで、クロエ様。この部屋と、私たちの私室で鑑定を行う許可を頂きたいのですが」
「そうであったな。担当官に伝えておく。許可が下り次第連絡する」
「有難う存じます」
その後、恵に対する領民の評判を、ガルドノール伯爵領、ルアール男爵領と比較しながら、考察した結果を話す。そして、カドー開拓に疑義が出ぬように、広がってゆくこの情報に、恵の印象を良くする噂を流すよう進言した。
「なるほど、良く調べている・・・。セリア、お前を疑う訳ではないが、このような市井の評判はどのように得た?メグは謹慎中であるし、自分の評判をこと細かく伝えるとは思えぬが・・・」
「そうなのです。メグちゃんは自分の事は報告してきません。審議会の話しもほんの結論だけです。まして、街での自分の評判などは決して連絡してきません。その辺りは、通信板を預けたご結婚前の皇太子妃に付いていましたメイドのアポリンヌさんからの情報です」
「そうであったか。しかし、メグは嫌がっているのではないか?それと、よくアポリンヌも協力しているな」
「メグちゃんは知らないと思います。同じルアンの領館にいるアポリンヌさんに聞きたいことがあれば直接話しますよね。彼女の通信板をわざわざ鑑定しません。アポリンヌさんは、皇太子妃のその後のご様子を気にかけていますし、メグちゃんとアクセル殿下の馴れ初めとかも興味があるようで・・・男爵家の身としては、このような対価しか出せませんので。ああ、皇太子妃様のお話は、貴族に公開された情報に限っていますよ」
「公開されたお姉様の情報はともかく、メグの件は友人を売っていることにならないか?」
「クロエ様。それは、見解の相違です。私は、メグちゃんの味方を増やしたいだけです」
「そうなのか・・・」
「そうです。メグちゃんの言葉を借りると布教活動です」
セリアは力強く頷く。
「布教・・・言い得て妙だな。あいつはたまにおかしな言葉を使う・・・。セリア、程々にするのだぞ」
「畏まりました」
「フェンリルがニゲルの魔獣を追い払い、そのフェンリルをメグが使役したとなれば、回廊が安全に往来できると皆が気付くのは時間の問題だ。計画を早めアクセルからカドー開拓の申請を出させてはどうかと考えている。どうせ、遠征隊を準備するには時間がかかる。アカデミーを卒業し、成人して直ぐに出発できるよう準備を始めるためとすればよい。ただ、初めに考えていたように、無謀な計画に見せかけてやりたいならやってみろと許可を得るようには行かなくなった」
「やはり、そのような手立てとなりますか。実は、ジラール男爵夫人と相談させて頂いたのですが、メグちゃんの一連の行動のことでカドー開拓はあえて隠さず、動機の方に手を加えようと・・・。つまり、フェンリルに魔獣排除の依頼をした理由を、現在は表向き魔獣被害を憂いてとしていますが、実際は”カドー開拓計画を進めているアクセル殿下に手柄を取らせようと考えたメグちゃんが、暴走して回廊を通れるようにした”とします。一度流した表向きの理由を否定させることでその情報を信じやすくさせます。ただその時の批判を和らげるためにも、好印象となる噂は欠かせません。そして、アクセル殿下のカドー開拓を既成事実のように印象付けます。先日の皇太子殿下が広げたメグんちゃんがアクセル殿下にのぼせあげているとした噂が有りますので、信憑性は高くなります。帝国の民の苦難までも救いたいと言う、皇太子妃やメグちゃんの思いは尊いものですが、それを出せば混乱は必定です。帝国の件、ドワーフの件を秘匿するためにもこのような方法が最善かと」
「計画は既に動いていて、既得権があるように印象付けるのだな。ふむ、そのメグに対する噂は、我々が忌み嫌ったことを同じようにすることにはならないか?」
「それなんですが、あの時もあらぬ噂を流したことは怒っていましたが、アクセル殿下の婚約候補になったことは自体は、仕方ないなどと言いつつも嫌がっている訳でなくむしろ好ましく思っているようです。だからと言って、それを利用するようなやり方は良くないのですが、私にはメグちゃんが男の方と一緒になることに大きな躊躇いがあるように感じています。過去に何があったかは分かりませんが、それを引きずっているような感じです。ならば友として背中を押してあげられないかと」
「わかった、メグの気持ちを来週の筆談会議で尋ねてからとしよう。だが、好印象を与える件は早々に動くか」
「それは、私の方で手配します」
「良い方法があるのか、ステラ」
「はい、報告した通り地竜討伐の件でプレシールでは、メグは聖女どころでは無く女神様扱いです。既に吟遊詩人たちは勝手に歌を作り流し始めていますが、それにこれまでの善行の話を加え、ミュレー商会で積極的に流すようにします」
「確かに、討伐後は街を上げてお祭り騒ぎだったけど、そんなに凄いことになっているの?」
「そうよ、あなた達とすれ違いで帰郷したのだけれど、私は女神様の友人と言うことになって、大変だったのよ。手紙でその騒ぎを鎮めておいてくれなんて言われても」
「どうどう、落ち着いてステラ」
「そうじゃないのよ、事の初めは大叔父様が討伐を依頼したことだし、お父様もメグは私の友人だと領民を煽ったのよ。手立てが無くて沈静化は出来なかったので、その埋め合わせね」
「ねえステラ、過去の善行だけでなく、その話にフェンリルと一騎打ちをして命がけで従わせた話を追加しない。愛する人のために命を懸ける・・・受けるわ」
「フェンリルと一騎打ちなんて誰も信じないんじゃないの。それに男と女が逆転してるし」
「でも、一対一で戦ったのはほんと見たいよ」
「何やってんのよあの子は」
「ステラ、ブクリエウエスト辺境伯領に流せば、勝手に広げてくれんじゃない。ガルドノール伯爵様に、ブクリエウエスト辺境伯様から何故孫の顔を見せに来ないとお手紙が届いたみたい。地竜討伐に参加されたブクリエウエストの隊長さんがメグちゃんの活躍を報告したんだって」
「ブクリエウエスト領でもメグの噂が広がり始めている話は、私も耳にしている。西はそれで広められるな。あとは東か・・・」
「私の方でやらせてください。父に連絡を取ってミュールエスト領内に噂を広げてもらいます」
「エステェ、シャーリーを助けてやれ。ミュールエスト領の事情は知っているだろうし、情報の操作はお手の物だろう」
「心得ました」
「お心遣い、有難うございます」
「まかせたぞ・・・。それと、このメルキオール殿の報告書だが、本当に収穫量は一割以上も上がるのか」
「それは、私たち素人には判断が出来ません。ですが、ルアンでの彼の活動が農家の古老から大変支持されていました」
「???」
「実は、ルアンでは昨年の麦の収穫量が落ちていました。メルキオール殿はその原因は肥料のやり過ぎだと言いっています。二年前のゴブリン・スタンピードで大量のゴブリンの死体が得られ、肥料も大量に生産されたのです。農民たちは沢山肥料を与えれば、良く成長するだろうと簡易に考えてしまったようですが、それが良くなかったと。嘗てのルアンでは定期的にゴブリン・スタンピードがあり、古老たちはこのことを知っていたのですが、三十年間スタンピードが無かったため、現在の現役の農民たちはそれを知らなかったのです。一部の古老から指摘があったそうですが、軽んじて聞き入れなかったようです。今回、領政府から派遣された学者と言う触れ込みで収穫量の下がった調査活動をしたのですが、初めは胡散臭がっていた農民も、若い相手にも丁寧な説明をして理解を得ながら進め、古老と同じ結論がだされると、彼らはメルキオールを信頼し、その支持を背景に農民たちに受け入れられてゆきました。そうなると彼の示す他の改善手法も抵抗なく取り入れられ、現在は土壌の管理体制を変えて行く動きになっています。来年の収穫量でその結果が出れば、大きな動きになるでしょう」
「それは、凄いな。カドーの開拓では結果が出るまでに五年、十年と長い目で見る必要があるが、メルキオール殿の改革では次の年には効果が得られるということか」
「大きな成果を上げるまでには数年掛かるとのことですが、手応えは得られるだろうとのことです。もっとも私は、判断できず聞いているだけだったのですが」
「王都ではその兆候が出始めていますよ」
「なんだ、シャーリー」
「はい、メグの戻りが遅くなると言うので、彼女が王都を発つ直前に農政方面の人材として勧誘に行ったパトリシアさんを訪ねました。そこで、聞いたのですがメルキオール殿の提言に従って行った三期作目の稲の育成状況が良いとのことです。それに、雑草取りの作業改善方法も好評だと。メルキオール殿はいつ王都に戻るのだと大変な人気で」
「役人の耳に入るのも時間の問題だな。農政方面の人員補充を急がねば。それで、メグの誘った者はどうであった」
「私も、良い人材と思いました。農業に明るく、アカデミー出身で論理的思考も出来る人材です。彼女もメグの誘いに乗り気です」
「では、早々にフルール・ド・リス女子会のメンバーに加えよう。表向きジュエに所属させるのであったな。ステラ、手続きを行ってくれぬか」
「承知しました。明日にでも向かいます」
「ジュエの拠点のほうはどうだ」
「滞りなく。サンプルで出した商品の評判も上々との報告が来ております」
「みな優秀で助かる」




