孤児院の暮らし 3
魔力操作術がカンストし魔術のランクも高い恵は、魔法を覚えることが出来た。
通常、魔法と呼んでいるものは、生活魔法より上位のものを指す。魔法は大きく分け、古典魔法と現代魔法の二つがある。古典魔法は、伝説の魔術師が神から与えられたものとされ、そのままの形で継承されてきた。現代魔法は、その構造を解析し自然科学の知識を元により効率化を図ったものとされる。どちらも、魔力が物理現象・事象に干渉・影響を与えることを利用した技術であることに変わりは無い。
魔法は、次の段階を経て発動に至る。
始めに、魔素から魔力への変換。これは、体内の器官が行う、人の場合はへそから少し上にある器官で少しずつ行われる。変換された魔力は体内に蓄えられるが、その量は、魔法に関係するステータスと練度により変わる。
次は、この蓄えた魔力を圧縮して魔法を発現させる箇所に移動させる。一般に”魔力を練る”と言われる行為である。当然蓄えている魔力量で制限はされるが、体内に多量の魔力を持っていても、この練度が低ければ小さな魔法しか発現できない。通常、掌に魔力を集めて魔法を発現させるが、それ意外でも構わない。
次に、魔力から物理現象への変換がある。例えば古典魔法のストーンで言えば、魔力を放出して、手にした石に運動エネルギーを与える。この変換は、術者のすぐ近くで行う。術者から魔法の発現点まで距離があると急速に変換率は下がるためである。一メートルも離れるとおよそ千分の一に威力が落ちてしまう。スクロールで発動させた“エクスプロージョン”は、離れたところで爆発・・・局所的に高温高圧を作り上げ開放する魔法だが、距離の問題を四十~五十センチメートルの大きな魔石の大量の魔力で補った力技だ。
そして、最後の段階で観察による魔法の確定がある。発動直後の魔法は、術者のイメージが曖昧であると、発動する物理現象も曖昧になる。術者は発動し始めた魔法を観察することで、イメージとのずれの修正と現実の現象に確定させる。この修正と確定にも魔力が消費されるので、修正が多いと魔力が食われ、魔法自体が弱くなる。スクロールによる魔法の場合は、修正はなく術者の観察による確定だけになる。
現代魔法は、自然科学と組み合わせで効率化を行ったものである。例えば、ストーンは、その時の持っている石に運動エネルギーを与えるが、石は大きさも重さも重心も違う。石に合わせて魔法の状態を変えるなどは到底できるはずもなく。命中精度は悪く、威力もまちまちになる。そこで、同じ規格の弾を用意しておいて、それに合わせた魔法を作れば、命中精度も威力も均一化が出来る。それがショットの魔法で、先端を尖らせた細長い金属を”弾”として規格化している。実際のショットの魔法では、弾に回転を付けることで軌道の安定化も図っている。更に規格化された細長い形状は、長くした分質量を上げながら、運動エネルギーを一点に集中させ威力を増す効果も狙っている。物理法則から導き出した答えは、前世の銃と同じ考え方に至っていた。異なるのは火薬で飛ばさないので、薬莢がない。
当初、現代魔法の取り組みは、神から授かった魔法に対する異端とされたこともあったが、今では魔術師にとって一般的な技術になっている。現代魔法を生み出す試みは現在でも、魔法の主要なテーマになっている。ただし、これらの研究は専門性が高く、研究者が試行錯誤を繰り返し、魔法を構築する。一般の魔術師は出来上がったものを魔法として受け取って使っているに過ぎない。そのため、魔術師にとっては、古典魔法を覚えることも、現代魔法を覚えることも同じと言えた。
ただし、ヒールについては事情が異なる。ヒールは怪我の状態、症状に合わせて、千差万別の対応が必要となる。その場で魔法を変えなければならない。実際には、厳密な意味で魔法を改変している訳でなく、予め作成された治療に関する様々なオブジェクトが用意されていて、症状を見て医学的知識のもとに組み合わせて使っている。それでも十分高度な技術であり、治療師が専門職と言われる所以である。彼らは、そのオブジェクトをまとめたものをライブラリーと呼んでいる。なお、“エリア・ヒール”が“やっつけヒール”と呼ばれるのは、症状を見で調整されていないため、効きが悪いことによる。スクロールにもそれは当てはまり、治療師のヒールが上とされる。ただ、スクロールで“あらゆるものがそれなりに治る”というのは凄いことで、その魔法陣が教会の秘匿された技術というのも頷ける。
魔法の内容は、恵がゲームでやっていたものとは大きく異なっていた。ゲームの中では、風の刃を飛ばして敵を切り刻んだり、火炎を飛ばして敵を焼いたり、光の槍で敵を貫いたりと実に多彩であった。恵も初級魔法の基本は“ファイヤ・ボール”と思っていたがかなり違っていた。魔法で熱を発生させることは可能だが、一リットルの水を沸騰させるのは、宮廷魔術師が魔力を出し切って何とか出来るぐらいだった。しかし、その魔力を使えば四百グラムの鉄の弾を音速の三倍で吹っ飛ばすことが出来た。魔法は、物を動かしたり、物を熱したり、電気を流したり出来るが、発現した後は物理法則に従う。しかも術者の手元でしか発現できない。そのため効果のある有用な魔法は限られてくる。そして、現代魔法でやっているように自然科学、物理法則を知ることが、魔法の有効性を高める良い手立てであった。
恵は現在、初級魔法とされるランク2のストーンとショットが使えるようになった。普通は、こんなに簡単に魔法は覚えられない。魔力操作術のランクの高さと、自然科学の知識によるところが大きい。生活魔法が出来る者が、魔法を使いたくてスキルポイントで魔術のランクを上げてもテクニックが発現せず、貴重なスキルポイントを無駄にした話を聞く。スキルのランクは訓練によっても上がるので、通常は訓練を積んで魔術レベルが上がったらそれを強化するようにスキルポイントを振る。
初級とはいえ四十人に一人の才能として、孤児院ではちょっとした羨望の的となり、子供たちから魔法指導をせがまれた。そこで年長組の希望者に早朝に指導をしたが、恵の体験に基づいた地味な魔力操作の訓練で、すぐに人がいなくなった。ただ、冒険者志望のカミーユとリュカは魔法習得の必要性を強く感じていて、ついてきた。ほどなくして二人は生活魔法が使えるようになった。
恵のやり方は、体の中で魔力を練り上げ放出する工程を分解し、それぞれの工程の目的、意味を明確にしながら反復練習を行う方法だ。その中で、各自の弱い部分を認識しトレーニングにより強化させる。各自の状況把握には鑑定と魔力分析を使いアドバイスも行った。そして勘を掴むにあたっては、相手の魔力を動かしてやり体感させる方法を使った。あのマジックバッグのポーチに魔力を引っ張られて実感した体験を、精緻に体験させたのである。こんな事は魔力操作術カンストの恵にしかできない。
この方法は、恵がサッカー選手時代に行っていた方法の応用だった。高校時代の顧問だった高田は、サッカーは出来なかったが妙なところで張り切って、練習方法に口出ししてきた。最初は半信半疑で、顧問の言うことだからと従っていたが、部員たちの実感として身体のキレが良くなると感じられるようになると熱心に従った。一つ一つの動きを分解し、速く走るためには、強く蹴るためには、このように動く、その時にはこの筋肉を使う。その動きを覚える訓練と、必要な種類の筋肉を必要な場所に付けるトレーニング。さらにそれらを安定に効率よく動かすための体幹と柔軟性を身に付ける。その内容を個人別に指導する。後で分かったことだが高田は大学でスポーツ科学を専攻していて、教師になったらそれを使って指導してみたかったとのことだった。
(当時は人体改造するマッドサイエンティストとか陰口を言っていたけど、今考えると、強豪でもなかったうちの高校が、県大会二位になれた基礎を顧問が作っていたんだよ。それを魔力操作の訓練に応用してみたんだ)
恵としてはもっと魔法を覚えることが出来るが、冒険者ギルドでも魔法が使える者が少なく、講師となってもらえる人がいない。覚えた魔術を改良したり、組み合わせたりしようと考えている。ただ、専門家が研究を重ねて作り上げる現代魔法をあっさりとやってしまうわけにも行かず、こっそり練習するしかない。ちなみに、深夜に魔法の訓練のため、孤児院を抜け出していたら、隠形術のランクが2に上がった。
恵は、魔法を覚えると、ギルドの物販コーナーに行ってショットの規格弾を求めた。規格弾は、直径が八ミリメートルで長さが二十ミリメートル。先端は丸くなっている。呼び名は八ミリ弾。まさに拳銃の弾だ。切なかったのは、一つ小銀貨一枚で大量には使えないことだ。見ていたら、別の形状もあった。直径は十五ミリメートル、長さが三十ミリメートルあり先端は細くとがっていて小さな砲弾のようだ。十五ミリ弾と言った。こちらは、中級魔法のミディアム・ショットに使われる。魔力は喰うが長距離の狙撃に使えそうだが、こちらは一つ小銀貨二枚で更にお財布に優しくない。もっと他の弾もあるようだがここにはこれしか置いていなかった。
(イメージ沸いた。多分ミディアム・ショットも使える。でもショットしか使えないことにしているから、後で街の魔道具屋に行きましょう。しかし、ファンタジーの世界に来てもお金の苦労はついて回るのね)
ちなみに、銃に相当する物がギルドに売られていた。八ミリ弾を飛ばす魔法スクロールで、八ミリ弾が入った長さ十センチの筒に、スクロールが巻き付いていて、筒の根元にピンポン玉くらいの魔石が付いている。見た目は銃に見えない。一射に一つ魔石を使うので使い捨てで、魔石を見ると、オーク、ホブ・ゴブリン、フォレスト・ウルフなので高価だ。魔法が出来ない者でも使えるが、価格からして常用することは難しい。




