引越しの手伝い 3
先ず着いてみて驚いたのは、孤児院が増築され大きくなっていたことだ。馬車が着くと既に子供たちが迎えに出ている。恵がいた頃に比べ倍の人数になっている。恵が知らない子がずいぶんいる。
馬車を降りるとソフィアが笑顔で迎えてくれた。
「ようこそお出で下さいました。マルグリット様」
「お久しぶりです。シスター。お元気でしたか」
恵は、ソフィアに近づいて行き、手を差し伸べると、ソフィアがその手を取る。
「はい。マルグリット様も、しばらく見ないうちに随分・・・変わらずお元気そうで何よりです」
(シスター。私も少しは背が伸びたんだよ。なんで言葉止めたの)
「受け入れ人数を増やした話は聞いてはいましたが、子供達は倍ぐらいになっていますね。それに建屋も随分と大きくなって」
「全てマルグリット様が、ルアン・ポーションの権利費の一部を寄付してくださったお蔭です。改めてお礼いたします」
「「マルグリットさま。ありがとうございます」」
練習していたらしく、子供達が声を揃えてお礼をした。
「皆さん大変良い子ですね。そんなよい子に、今日はお菓子を持ってきました。夕食後のデザートで一緒に頂きましょうね」
「「はーい」」
その後、子供たちと遊んでいると、恵の孤児院時代を知る子供たちが集まってくる。
「本当に、メグちゃんだ」
「ニナ!元気にしてた」
周りでも、カミーユとリュカが子供たちに囲まれている。彼らこそ、兄や姉のようにこの子たちと暮らしていたのだ。恵の寄付で、隠れてしまっているが、カミーユもリュカも自分の給料から、孤児院に寄付をしていた。
「カミーユ、久しぶり」
「サリー!来てたの。久しぶり」
「何言ってるの、私はお休みには結構ここにきているのよ。私は皆みたいに給料が高くないから、寄付は出来ないけど、替わりに手伝いに来てるんだ」
「サリーお姉ちゃんの料理とっても美味しいの。いつも来るの待ってるんだ」
彼女はお針子として見習いのときに通っていた工房にそのまま就職したが、家事の達人ぶりは健在のようだ。それに、成人して自信がついてきたのか、引っ込み思案で無口だった彼女が、以前より明るくなっている。
「ニナもサリーお姉ちゃんに料理を教わってるんだよ。いま、見習いで“コテ・フォレ”に通ってるんだけど。皿洗いばっかで、まだ料理を教えてもらえないんだ」
ニナが口にした大衆食堂は、ルアンでも安くてうまいと評判の店だ。彼女はそこに見習いに出ていた。以前、恵に料理を作りたいと話していたが、そのまま料理人の道を進むようだ。
「マ、マルグリット様、お久しぶりです」
「以前のようにメグで良いよ、サリー」
その後は、昔の思い出話に花が咲き、近況を伝え合った。相変わらず、サリーとニナの女子力の高い二人は、恵のお嬢様生活を聞きたがった。
「メグ様は普通のお嬢様じゃないから、あんたたちが期待してるような話はないよ」
「何言ってるのカミーユ。孤児院出身の少女が王子様と結ばれる・・・メグは小説を地で行ってるのよ」
「傍から見れば、そう言うことになるんだね。私の情報網によれば、アクセル殿下の一方的な誤解なんだけどな」
(おぉ、カミーユ言い切ったね。私もそう思うけど・・・でも、情報網って何よ)
「なにその。誤解って」
同窓会のような時間が過ぎ、最後に食事に招待された。通常の貴族の視察ではありえないが、恵の希望で子供と夕食を共にする。
「「おいしい」」
食事を始めると、カミーユとリュカが揃って感想を口にした。
「失礼ですが、予想していたよりずっと美味しいです。シスター、私が視察に来ることで無理をさせてしまいましたか」
「御心配には及びません。内証が豊かになった分、マルグリット様がいらしたころに比べ食材は豊富になったこともありますが、これはサリーの料理の腕前のお陰です」
ソフィアはニコニコしながら答えてくれた。
「サリーが作ってくれたんですか」
「うちの子たちも手伝っていますよ。なんでも、彼女の工房でも好評で、賄い料理を作っているのだとか。もちろん本業の針子の方も優秀だそうですよ」
「凄いね、サリーは」
「ねぇ、メグ様。あの話、サリーにお願いしたら」
「えっ、えぇ~。カミーユそれは、ちょっと・・・」
「この料理の腕前ならいけるし、お届け日を闇の日にすれば仕事しながらでも出来る。何より、サリーなら信用できるよ」
「危なくないかな・・・」
「そんなこと言ったら、テオやケヴィンさんだってダメでしょ。あんなの止められるのメグ様ぐらいだよ。それに彼女だって成人してるんだ。きちんと話して判断してもらえばいい」
「そうかな・・・」
(こっちの考え方だと、十七歳は完全に大人なんだな。やっぱりその辺の感覚はまだ慣れないね)
結果から言えば、彼女は了解した。恵も包み隠さず話し、危険性についても説明した。あんなに引っ込み思案だったサリーなのだが、今の彼女には将来独立して自分の服飾工房を持ちたいという大きな目標があった。恵の提示した報酬は彼女には大きな魅力であったし、何より自分の得意なことで昔の仲間の役に立ちたいと思ったのだ。
その日は、帰ってジュリアに報告した後、就寝前にルシィを自室に招いた。
「メグ様、何か御用でしょうか」
「カミーユの事なんだけど・・・何かありました」
「あぁ。お昼のあれですか・・・」
「リュカの態度もちょっと頑ななように見えたけど」
「あれは、昨日のことなんですが、MGと言うことで護衛が集まって食事会をしたんですよ」
「ちょっと待って。MGって何?」
「メグ様ご存じないですか。地の日の仕事明けは、次の日が休日なので、メルシー・グノームと呼ぶんですよ」
(あぁ、華金ってことね)
「了解、続けて」
「その席で、プレシールへ行く前にレッド・バイソンを倒した時、リュカのことをセリア様が“素敵”とか“かっこいい”とか言ったことを、ニコラがからかったんですよ」
「また、あいつは余計なことを」
「それを聞いていたカミーユが不機嫌になって、リュカのことをちょっと詰ったんです。そうしたらリュカが、地竜の攻撃から助けたときの約束も守らない奴に言われたくないとか言って・・・」
「そう言えば、ご飯おごるとか言ってたね」
「それ、孤児院時代にリュカがいつかあんな店でご飯食べられるようになりたいみたいなことを言っていたのをカミーユが覚えていて、ルアンに戻るまで引き延ばしていたんですよ。ルアンに来てすぐに予約したけどいっぱいでようやく来週末に行けることになってたらしく・・・」
(何、カミーユその乙女チックな計画・・・って、十七歳か。こっちじゃ成人だけど青春真っ盛りだよね。しかし間が悪い。特にニコラ)
「状況は分かったけど、ルシィさん何でそんなに詳しいの」
「カミーユから、ずっと聞かされてましたから。リュカと食事に行くときも付いてきてくれって。保護者同伴って訳にはいかないですよね」
(・・・お疲れ様です。知らなかった。カミーユってそんな面があったんだ)
「でも、リュカも満更でもないんでしょう」
「えぇ。ニコラの話では、リュカもカミーユのことを意識してるそうです。お礼と言うことで二人だけで食事をすることを楽しみにしていたみたいです。それを引き延ばされていてイライラしていたようです」
「なんか歯がゆいわね・・・って、ニコラは知っててからかったの!」
「無い知恵絞って、発破をかけようとしたみたいです」
「当てが外れて拗らせたの。やっぱりいらん事しいだ」
「あの子たちは、ああ見えて結構純情ですから」
「メグ様と違って」
「アリス姉、コメント付けるとこ違うでしょう」
(どうせ私の中身は擦れたおばさんですよ)
「こういうことは周りが如何こうすることでもないですし」
「でも、当人同士がしっかり話す場を用意するぐらい、周りがしてもいいんじゃない。すれ違ったままだと増々拗れるよ。予定通り予約した店に二人を放り込んだら。公言していた約束なんだし」
「・・・そうですね」
次の日の早朝訓練に顔を出した恵は、関係者を集めて決定したことと今後の予定について話をした。
「・・・と言う訳で、予定していた交渉はすべてうまくゆき、懸案だった料理人も見つかりました。後は、冒険者ギルドに定期的なレッド・ボアの肉の依頼を出せば準備は完了します」
「しかし、サリーと言う娘は大丈夫でしょうか」
ジョシュアが少し口ごもりながら告げる。
「大丈夫というのは?」
「まぁ、一番は信用ですか、それと料理の腕、・・・あと、フェンリルが住み着いて危険な魔獣は一掃されても、魔の森に全く危険が無いわけではないので、そのサリーと言う若い娘が安全か・・・でしょうか」
「信用については、サリーとの付き合いは長いカミーユが彼女を信頼しているし、私もサリーの人となりを知っている。それを信じてもらうしかないね」
「マルグリット様がご覧なっているのであれば私からは特にありません」
「料理の方は、彼女なら私よりずっと上手いし、大丈夫と思っているけど確かに昨日のあの食事だけと言うのは弱いかな・・・」
「マルグリット様と比べたら誰でも・・・すみません」
「ジョシュアさん。気にしなくていいですよ、それは事実ですから」
「アリス姉、もうちょっと言い方を考えてもらえると・・・」
「メグ様。言い方を変えても事実は変わりません」
「はい・・・」
「エギルにその腕前を確認してもらっては如何でしょう」
「闇の日なら、サリーも時間が取れるだろうからそれが良いかもしれない」
「俺はいいが、あの学者先生の面倒は誰が見る?」
いま、エギルはメルキオールの専属護衛のようになっている。
「メルキオール殿か・・・。食事は作りおいてもらえばいいけど、護衛はいるよね」
(わっ、今速攻でカミーユが目を逸らした・・・。そうね・・・)
「ニコラ。エギルに替わって暫くメルキオール殿の護衛をして」
「えっ、俺っすか・・・なんで」
「少しは、周囲に気を使う仕事をしてみなさい」
「???」
ニコラはピンと来ていないようだが、横でルシィが何度も頷く。
「あの、私の護衛が、皆さんの罰になっているですか?」
(ここにも、自覚の無い人がいた)
「あと安全については、ケヴィンさんはAランク冒険者だし、ジュリア母様の了解の頂いたので問題ないじゃない」
「なんか、完全にジュリア様が上司になっているよね。メグ様も違和感が無いみたいだし」
「俺は、半年間テルニーヌで訓練させられたが、お嬢様と一緒で、あの母ちゃんがうんと言ったら問題ねえってのは良く分かるぜ」
カミーユの感想に、エギルが腕を組んで頷きながら答えた。
「キケロモの引っ越しは、何時ごろ終わるんだろう」
「キケロモ姉さんのあの様子だと、すぐにも引越ししそうでしたが・・・・合図ありました」
「たぶんないと思う。引っ越ししたら、分かるように合図するって言ってたけど、あのときはもうイッパイ、イッパイで具体的な方法を聞いてないんだよね・・・皆も、何か合図らしいもの気付いたことある」
「ありません」
「でも、引っ越しって何するんだろう」
「家とか家具があるわけではないですよね。寝床になる場所くらい用意するでしょうが・・・」
皆が頭の中に?マークを持ったまま、ミーティングは終った。
次の闇の日もサリーは、孤児院へ手伝いに行くと言うので、エギルはリュカとカミーユを共に孤児院に出向き、サリーの料理の腕前を確認することになった。孤児院なので、リュカとカミーユにも同行するように指示したが、そのギクシャクした雰囲気に恵が理由を知らないふりをして”何かあったの?二人とも、ちゃんと連携取れるようにしておいてよ”と軽い口調で促した。その後、ルシィがカミーユの背中を押して、リュカを食事に誘うことになった。
闇の日の朝、エギル達が孤児院に出向くのを見送った恵は、二人の関係が良好になったことに気付いた。
「何か、うまく行ったみたいだね。前よりも、二人の仲は進展したんじゃない?いいねぇ若い子たちが青春してるのって」
「メグ様の方が年下じゃないですか」
見ると、ルシィの目元が腫れぼったい。
「あれ、ルシィさん寝不足?」
「昨夜は、カミーユに捕まって、明け方近くまで話を聞く羽目になりました・・・砂糖、吐きそうです。何にせようまくいって良かったのですが」
(お疲れ様です)
確認の結果、サリーの腕前であれば問題ないとエギルは判断した。この時、エギルの料理の腕前をみたサリーとニナが料理の指導をしてほしい希望が出され、ルアンにいる間だけとして恵が許可を出した。
これにより、闇の日に孤児院でエギルによる料理教室が開かれることになった。その余波で、ニコラのメルキオールの護衛期間が伸びたが、替わる者が現れず凹んでいた。この時唯一同情的に接したのが、メルキオールだった。
(いやいや、あなたが原因だから)
余談だが、孤児院で大人数の料理を作っているとはいえ、フェンリルの食欲は相当なものなので、料理も体力がいる。そこで軽いフライパンを用意しようとなり、軽いミスリル製のフライパンを注文した。そんな高価な金属でフライパンを作ろうとする者は皆無だし、生活用品を扱う鍛冶屋では技術的にも手を出せない。仕方なく、武器を製作する鍛冶師に個人依頼を出した。
「ほう、女性冒険者ってのは俺らと視点が違うもんだな。フライパンを武器にするなんて発想は出ねえ。打撃系の武器として、ときによっては盾として使おうって魂胆か。なるほど面白れぇ。ひとつ強力な物を作ってやろうじゃねぇか」
後日恵は、結構な攻撃力のあるフライパンを受け取ることになった。
それともう一つ、日課になってしまったことがある。それは、夜寝る前の時間に通信板を使ってセリアと連絡を取り合うことだ。重要な通信ばかりではない。チャット状態で、くだらないやり取りをしている。彼女の今のホットな話題はリュカとカミーユのその後だ。
『セリアちゃんが余計なこと言ったから、二人は揉めたんだよ』
『雨が降った後は、青空が広がると言うでしょう。私のことは慈愛の女神カリタスと呼んで(^^)/』
恵が何気に絵文字を入れたら、セリアは直ぐに覚え、彼女からの通信は、JKのラインのようになってきた。
(まぁ、セリアちゃんの歳を考えたら、こう言うのにハマるよね。スタンプ作るか)




