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引越しの手伝い 2

ミュールエスト辺境伯領の領都ベルファーヌの夏は、晴れの日が多く日差しは強いが湿度は低い。日陰に入れは涼を感じることが出来る。冬は雪こそ少ないが底冷えするので、今が一番過ごしやすい季節である。しかし、ここでも街の雰囲気は以前に比べ沈んでいるとシャーリーには見えた。今日は、辺境伯領の代官として赴任してきたマリウスとの面会のため領館に来ていた。彼女がエステェと共にベルファーヌへ来たのは四日前だった。マリウスは多忙と聞いており、会談に時間を取ってほしいと希望したこともあり、面会申請をして二週間は待たされると覚悟していたが、三日目には面会が叶った。

上客をもてなす応接室で待たされていると、ほどなくしてマリウスがマキシムを伴って現れた。シャーリーは、立ち上がりカーテシーをして挨拶する。

「お初にお目にかかります、デュボア男爵様。私、ルフェーブル子爵が娘、シャーリー・ルフェーブルでございます。よろしくお願い申し上げます」

「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。この度、ミュールエスト辺境伯領の代官を仰せつかりましたマリウス・デュボアです。こちらこそ、宜しくお願い申し上げます」

二人が席に着く。メイド姿のエステェはシャーリーの後ろに控える。領館のメイドにより紅茶が配膳されるのを待って、マリウスが口を開く。

「失礼だが、シャーリー嬢はまだお若いが、全権を委任されているとしてよろしいのか?」

「ご不信はごもっともです。こちらが委任状にございます」

マリウスは、渡された手紙の封蝋を確認した後、封を開けて目を通す。

「確かに。して、今日はどのようなご相談ですか?」

「その前にマリウス様は、私の現在の立場をご存知でしょうか?」

「ルフェーブル家の代表ですか」

「それ以外のものは?」

「子爵令嬢でありながら、クロエ王女殿下に請われ王城に上がり王女付きとなっていらっしゃる」

マリウスの、返事を聞くとシャーリーは笑みを深める。

「はい。私は、王女様付きとしてクロエ様のお手伝いもさせて頂いております」

「本日は、そちらのお仕事ですか?」

「そのお仕事もです」

「・・・」

「実はマリウス様に、お願いがございます。次に帝国の工作員とのやり取りで伺って頂きたいことがあるのです」

「・・・そのようなことまでご存じなのですか・・・いや、それならば、そのやりとりは私の意のままには出来ぬこともご存じでは」

「そのことについては、マリウス様にはご迷惑が掛からぬようクロエ様が手を打ってくださいます。お願いしたいことですが、この冬に行われる帝国との会談で、クロエ様は帝国の皇女殿下のお相手をされることになりました。その交渉にために、皇女殿下に関係する情報を集めることです。決して疾しいものではございません」

「それなら、王家の守りに命じればよいだけだったのでは。私は代官の名前を貸したお飾りなのですから」

「いえ、私たちは出来るだけ手の加わっていない情報を必要としています。なにより、現状の強硬派を憂えるマリウス様の目から見たご意見も、是非伺いたいと思っておりました」

「なんと・・・」

シャーリーは一連の調査から、マリウスはその能力の高さと、理に従って公正な対応を取れるものと判断していた。ミュールエスト領に対する、侯爵からの理不尽な注文に応えながらも、全体を破たんさせないための筋道を見出すために相当な苦労をしていると見ていた。そこで、将来強硬派を率いる有力な候補であるマリウスを、大きな変化を遂げるであろう次世代の体制の相手とすることをクロエに進言し協議してきた。

そこで、シャーリーは今回の皇女の情報収集の見返りとして、マリウスが将来強硬派のトップとなることへの支援を約束した。また、ソロンについては、行政を公正に運営でき、マリウスが信頼する者を充てるなら、住民の説得に手を貸し、ルフェーブル家はソロンの代官から降りるとした。行き先はカルでマリウスの後を引き継ぐ形で領主代行となった旧主であるフェリックスの下で働くというものだった。旧主の下で働くために退くということは、街の者を納得させる材料にもなる。なお。新しいソロンの代官が、住民に無体なことをするようであれば、王女の支援は無かったものになると、改めて釘を刺した。

「旧主と言っても、フェリックス殿は男爵に降爵されることが決まっています。その下に子爵が行くと言うのは問題ではないですか?」

「その辺りの調整は、王女殿下がお助け下さることになっています」

「・・・すでにそこまで話を付けていましたか。これは敵いませんね」

最終的にマリウスはこの提案をのみ、ヴォロンテヂュール侯爵を通じて国に申請を出すことを約束したのだった。

シャーリー達が引き上げた後も、マリウスとマキシムは応接室に留まっていた。

「どう思った、マキシム」

「いやはや何とも。あれだけの交渉をしてまだ成人前とは、王女殿下に請われて王城に上がっただけのことはあります」

「感心したのは、下調べが綿密でこちらが飲むような計画を立案していることだ。そのくせ、交渉となると外連味もなく真っ直ぐに切り込んできた。あれが、若さか。一見してこちらに利がある条件に見えているが、視点を変えればきっと違うのであろうよ」

「初めから、勝負がついていたようなものですか・・・」

「不思議なものだ。派閥としては敵であるのに、信頼してしまっている」

「私もです。普段侯爵閣下に群がる者どもを見過ぎたせいでしょうか」

「気づいたか。彼女の後ろに控えていたメイド」

「武を修めている者の所作に見えました」

「隠していたが、剣ダコが見えた。騎士並みの使い手と見た。おいそれと子爵家が抱えられるように見えない。恐らく王女殿下が使わしたのだろう」

「フレメーヌ子爵令嬢は、それほどまでに王女殿下に信頼されているのですか」

「考えようによっては、あの父娘が我らの手元に残らないことが最大の損失かもしないな」

マリウスは、大きなものを失ったような気持を抑えられずにいた。


暫くは、ブロンシュとべったりの毎日であったが、今日は領主夫妻で対応する応接があり恵は久しぶりに別行動となった。昔お世話になった方に挨拶をしたいと許可を得て、午前はモハメドとケヴィンに会い、午後は領主お嬢様の視察との名目でサン・シャルル孤児院に行く。孤児院の視察は別だが、ルアンでやっておかなければいけない案件を片付ける。今日は、アリスとルシィの他、リュカとカミーユも同行している。

モハメドはアリスの行った信用調査に無事合格しジュリアもOKを出していた。

(なんか、いつの間にかジュリア母様が上司のようになっているんだけど)

恵は始めにモハメドの店に出向いた。店は、メインの通りからだいぶ奥に入った路地にあった。小さな雑貨店だが、良心的な値段で商売をしているためか周囲の店にくらべ客足は良いようだ。

「ごめんください」

リュカとカミーユを外に待たせ、アリスとルシィの三人で、店に入る。中は棚が並び整然と商品が置いてあり、奥にあるカウンターには笑顔の店番がいる。

恵が店に入ると、客も店番もぎょっとした顔を向けた。路地に構える店に貴族が来ることは無いからだ。そもそも上級貴族であれば店側が商品を屋敷に持ち込んで販売するので、店に行くことすら稀だ。

(ここか。いいんじゃないの。古い建物で店も決して洒落た感じは無いけど、掃除が行き届いていて清潔で、何より商品を売るために配置を工夫しているのが覗える。店員も私を見て黙っちゃたけど、笑顔で接客していたよ)

「あの、どのようなご用でしょうか・・・」

店番の女性も困惑気味だ。

「私は、マルグリット・スフォルレアンと申します。モハメド様はいらっしゃいますでしょうか」

「ご領主様のお嬢様!・・・あんた、あんた、すぐ来て」

店番の女性は、モハメドの妻のようだ。

(奥さん。素が出ちゃってるよ。そんなに焦らなくても大丈夫だから)

「なんだ。騒々しい・・・」

店の奥から現れたモハメドも恵を見て言葉を失った。

「ご領主様のお嬢様がいらっしゃってる。あんたに用があるって。何やったの」

「このような場所に、ようこそお出でくださいました。私が店主のモハメドです」

流石商人。直ぐに切換え丁寧にお辞儀をすると、柔らかい声で挨拶をよこした。

「マルグリット・スフォルレアンと申します。以前、モハメド様のお話をケヴィン様から伺ったことがあり、是非取引をさせて頂きたいと参りました」

(嘘は、ついていないよ)

「冒険者のケヴィンからですか・・・あっ!・・・商談と言うことでよろしいのでしょうか」

「はい」

「分かりました。汚いところですがこちらにお願いいたします」

小さいながら、商談用の部屋に案内される。恵が席に着くと、このようなもので恐縮ですがと、彼の妻が紅茶を入れ下がっていった。

「私を覚えておいでですか」

「馬車についてこられたお嬢様ですか?」

「はい。あの時は、助けて頂きありがとうございました」

「いえいえ、ケヴィンが助けるよう私に言ってきただけです。尤も、彼がそのような気性なので付き合っているのですが。あの時のお嬢様が領主様の養女になったと、ケヴィンにさんざん聞かされました」

「私も、こんなことになるとは夢にも思っていませんでした」

話し始めるとモハメドの緊張もほぐれてくる。

「先にお断りしますが、これからお話することは、父や領政府とは関係が無いものです。実は、此度私の友人と商会を立ち上げたのですが、そこで扱う商品のルアンでの委託販売先を探していました。それで、以前モハメド様に助けて頂いたことを思い出し、これも何かの縁とお伺いした次第です」

「それは有難うございます。領政府の仕事でない件は承知しました。是非お話を伺わせてください」

「良いのですか」

「はい。既にお嬢様のお名前を冠した商品が出回っているのを存じ上げております。信用としてはこれ以上のものはありません。それより、私のように小さな店で良かったのですか」

「こう言っては何ですが、小さな店の方が私どもの主旨を理解し、熱心に扱ってくれるものと思っています。“小さく生んで大きく育てる”の精神です」

「分かりました。産んだ卵がドラゴンに育つよう努力いたします」

商談はスムーズに纏まり、ジュエの特約店として契約することになった。


昼近くになり、恵たちはこの街で一二を争う高級レストラン“ラ・ベル・リュンヌ”にいた。ここは、領主一家が良く利用し、サイモンが政治的な密談をするときにも利用していて機密を守ることには定評がある。ここに魔道具を提供して、肉の熟成と低温調理までをお願いした。元々領主一族の依頼を断るつもりもなかったようだが、肉のサンプルを食べてもらい、此方に提供する肉を作る時以外は自由に魔道具を使ってよいと伝えると、喜んで引き受けてもらえた。今は店の個室で客を待っている。

「お連れの方が見えました」

店員の訪いがあり、呼び出した客が個室に入ってきた。

「久しぶりだな、メグ。すっかりお嬢様になってるじゃないか」

「お久しぶりですケヴィンさん。遅くなりましたがAランク昇格おめでとうございます」

「まあ大したことは無いって。でも有難うな」

「うわ個室、俺こんな高そうな店に入るの初めてだ。メグ!相変わらずちっこいな」

(会って第一声がそれか)

「怒るよ、テオ」

「悪ぃ悪ぃ・・・おっ、リュカ、カミーユも久しぶり」

次に入ってきたのはテオだった。テオは、リュカが王都へ行ったため従士になるのを断念した後、ケヴィンのパーティーに加わっている。

「二人とも、言葉遣い・・・」

続いて入ってきたのはリアムだったが、二人を咎めるようにぼっそとつぶやいたのが聞こえた。

(もしかしてリアムさんの声初めて聞いた)

「俺たち相手だ、メグだって分かっているよ」

「ええ、構いませんよ」

今日は、アリスを始めとする同行者も同じテーブルの席についてもらっている。遠征中に冒険者の格好でみんなで食事に行くときの雰囲気だ。今は貴族の服装をしているが、この個室なら問題ない。

「王都じゃ、平民も昼を食べるだってな」

「そうなんですよ。だんだん広がるんじゃないでしょうか」

「このくらいの時間に何か食べると、午後の仕事も力が出るけど、一食増えると食費が嵩むぜ」

「何言ってるんだ。テオは今でもこのくらいの時間にいろんなもん食ってるじゃねえか」

リアムが黙って頷く。

「腹が減るんだからしょうがねえじゃん」

「あたしは、昼を食べるのがもう当たり前になったかな」

「ちょっと王都に行ったからって、もうかぶれてやがる」

「相変わらずテオは生意気だよね。あたしの方が一つ年上なんだからね」

「偉そうなこと言うまえに、年上らしいことしてみろってんだ」

「カミーユとテオの会話、なんか懐かしね」

「何だ、リュカは静かじゃねえか」

「近衛で訓練してるからって気取ってんのよ」

「そんなんじゃねえよ。教えていただいている、エリアス様が近衛だってだけだ」

「あ~ら、王城のメイドさんに美少年剣士とか噂させて浮かれているんじゃないの」

「知らねえよ。そんなこと」

「カミーユ、およしなさい。今日はそんな話をしに来たわけじゃないでしょう」

「だって隊長・・・こいつが」

(あれ、ちょっとカミーユおかしくない?リュカの態度も・・・後でルシィさん話を聞いておこう)

ウェイターが頼んでいた料理を運び込むと、テオが雰囲気を感じ取ったように話題を変えた。

「おっ、美味そうだな。パンが白いよ」

「先ずは、お昼を頂きましょう」

恵が促し、食事が始まる。

「それで、依頼ってのはなんだ。こんな店に呼び出したんだ。訳ありなんだろ」

食事を終えると、ケヴィンが早々に切り出した。

「その前に変なことを聞きますが、ケヴィンさんのパーティーの皆さんは、料理は得意ですか?」

「?・・・まあ、冒険者の野営で簡単に用意する程度だ。腕は三人とも自慢できるほどじゃねえな」

「では、別で料理人は必要ですね。お願いしたいのは、一節季に二度、定期的にこの店から肉を預かって、あるところに運び込み肉料理を提供することです。今のお話ですと、別に料理人を同行させますので、その方の護衛も兼ねていただきます」

「運搬と護衛か?」

「マジック・バッグをお貸ししますので荷物にはならないと思いますし、日帰りできる場所なんですが、行き先がちょっと特殊でして・・・」

「訳ありの貴族様かなんかのところか?口は堅いつもりだし、メグのことは信じている。話してくれ」

「分かりました。お話しします。行ってもらう場所はニゲルです」

それから、今回キケロモへの肉の提供の話をした。

「俄かには信じられねえが、その提示金額の半分は口止め料って事か。・・・こんな話でメグが俺を担ぐ理由もねえしな・・・初回のフェンリルとの顔合わせは、お前も同行するんだろう。なら、最悪はその時に判断させてくれ」

「それで構いません。それと、話が公になれば領政府に仕事が引き継がれるかもしれません」

「回廊の開放か・・・。飛んでもねえことを始めたもんだ」


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