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引越しの手伝い 1

旅装を解くと早々、恵はサイモンとブロンシュに帰郷の挨拶をした。

「お父様、お母様。ただ今戻りました」

「家出は終わったか」

「あっ、えっ・・・申し訳ございません」

「私も、真っ直ぐ帰ってこなかったメグちゃんに、とても怒っています。分かっていると思いますが、この夏は私と一緒に過ごしてもらいます」

「ブロンシュ。その前に、父として、家長としてしっかり、叱らねばならん。この後、アリスと執務室に来るように。それと、テルニーヌにいるジュリアにも連絡を入れた。明日の午後にはここに来る。私は留守にするが、彼女からも叱ってもらいなさい・・・そのような顔をするなら初めから良く考えて行動しなさい」

「・・・はい」

執務室に移り、応接のソファーに座ると、サイモンは早々に口火を切った。恵の後ろにはアリスが控えている。

「そもそも何故、フレメーヌ領に立ち寄ったのだ」

「それは、レッド・バイソンの肉を手に入れるためです」

「あれか・・・如何して肉がいる」

「それは、家出・・・では無く、先にニゲルに向かったことに繋がるのです。お父様は、アフィア様のことを聞いていらっしゃいますか?」

「うむ。エルフの森のフェンリルの長であろう」

「はい、実はニゲルには、アフィア様が妹のように可愛がっていたフェンリルの娘が暮らしていまして。アフィア様からガルドノールへ戻った時に様子を見てきてほしいと頼まれていました。その手土産にと・・・」

「何故、それを事前に話しておかない」

「さすがに、ニゲルの深層に行くと言うのは、表に出して許可を求めるものでは無いと・・・」

「まるで、常識を弁えている者のようなことを言うではないか」

「恐縮です・・・」

「それで、黙って行ったのか?馬鹿者が」

「申し訳ございません」

「それで、そのフェンリルには会えたのか」

「はい、キケロモさんと言って、元気に暮らしていました」

「ニゲルに入ったことは、ブロンシュには伝えておらん。卒倒しかねんからな。承知しておけ」

「有難うございます」

「それと、もう一つだ。むしろこちらの方が、頭が痛い。プレシールでは派手にやったな。大層な感謝状が届いているぞ」

「あれは、全くの事故です。私は巻き込まれたにすぎません」

「どんな巻き込まれかたをすれば、伯爵家の娘が名付きの魔獣を討伐することになる」

「あのような巻き込まれかたです」

「うるさい」

「申し訳ございません」

「かつて街に甚大な被害を与えた名付きの魔獣を討伐し、討伐で傷ついた戦士をヒールで癒し、おまけにその報奨を孤児院に寄付する。今や、プレシールでは聖母か女神のように崇めている者がいると言うぞ。噂も既に広がり始めている」

「どれも、仕方のないことでして・・・」

「この状況を、分かっておらんのか」

「申し訳ございません」

「ブクリエウエスト辺境伯から、書状を頂いた。プレシールまで来ていて、何故、寄らなかったと書いてあったぞ」

「・・・」

「ロベール殿は、ブロンシュの父君だ。そして、お前の祖父にあたる。エマの結婚の儀に、ロベール殿がお前に会いたがっていたと伝えていたろう。もう私では対処できん、自分で何とかしろ」

「そうでした」

「お前は何時も考え無しに・・・。名付きの討伐隊にロベール殿の従士たちがいたのであろう、お前のことを色々と報告したようだぞ」

「あの中年オヤジめ、余計なことを」

「マルグリット!」

「申し訳ございません」

「この噂、最早留めることは出来ぬぞ」

「アクセル様にも愛想を尽かされますね」

「いや、王家がお前を手放すことは無い。むしろアクセル殿下の婚約候補になっていたことに胸をなでおろすだろう。お前が、王城に上がった際に護衛達を引き離さぬように釘を刺したのは、ルイーズ様だ。どこまで見通されていたかは分からぬがさすがと言う他ない」

「・・・」

「お前は、自分の立場がどうなっているのか、見つめ直すことから始める必要がある。アリスもお前に協力しているようだし、結局、お前の暴走を止められる者はおらぬ。それならば、自覚を持たせ、おかしな行動に出ぬようにするしか無いと言うのがジュリアの考えだ。良く反省するように」


恵は、執務室を出て自室へ戻るとドット疲れた顔をした。

「でも、予想していたよりきつくなかったかな」

「お館様の場合は、諦めたという感じでしたから。自覚がないものに言っても、また繰り返すだけと考えられたのでしょう」

「それって、馬鹿に言っても仕方がないってこと?」

「そうとも言いますね」

「むむむ」

「どちらにしても明日のお母様のお話はこんなものではないでしょう。気を引き締めないとなりません」

(まな板の上のコイって、こんななのかな~)

「もはや、対策も考えていないですね」

遠い所を見るような恵をみてアリスは溜息をついた。

結局、ジュリアに取った恵の対応は、破れかぶれなものだった。サイモンが視察で出かけていることを良いことに、全てぶちまけたのだ。そして、最後に次のように付け加えた。

「この計画は、クロエ王女殿下が差配されていますが、お姉様とルイーズ王妃陛下もご存知です。ただ、お父様とお兄様には伝えていません。お伝えするタイミングは、クロエ王女殿下が判断されると思いますが、少なくとも英雄王の回廊が確保されるまでは伏せられて進めるものと思われます」

「まったく、あなたと言う子は。仮にもジラール家はスフォルレアン家の寄子なのですよ。それを、サイモン様には黙っていろと」

(ジュリア母様は王妃様に遣わされて、ここにきているのですよね。ふふふ。外部の不安定要因は取り込んでしまえばこちらの管理下です)

「あなた、私の立場が分かっていて私を抱き込む気ですね。ここまで話されたら、私から計画を漏らすわけには行かないじゃないですか。全く癪に障りますね」

「だって、ジュリア母様が味方に付けば勝ったも同然じゃないですか」

「はぁぁ。あなたは何と戦っているのです」

「若者に理不尽なこの社会と・・・申し訳ありません」

ジュリアの眼差しを見て、恵は口をつぐんだ。

「分かりました。あなたの思惑に乗ってあげましょう。その代わり、何か動くときは必ず私に計画を話しなさい。杜撰な計画なら指摘します。私が良いと言うまで計画の見直しをさせますから。私もこの夏は、テルニーヌに戻らないことにします」

「ええ、そんな。私、何か不味いこと言った」

「ひとつ確実なことは、メグ様の夏休みは無くなったということですね」

恵は、思わず頭を抱えてしまう。

「そんな、可笑しな恰好をブロンシュ様の前ではしてはいけませんよ」

「はひ・・・」

(なんで、ジュリア母様は嬉しそうなの。それに作戦通りなはずなのに、何この敗北感)


翌日からは、ブロンシュに付いて回った。ブロンシュが行くお茶会や買い物について行き猫可愛がれされ、恵としても罰を与えられているのか、良く分からない状態だった。ただ、サイモンによると、エマが嫁いで以来、沈み気味だったブロンシュの機嫌がとても良いので助かると言っていた。

そして、夕食後、ブロンシュがサイモンと夫婦で語らっている時間は、ジュリアと計画についての話し合いをする毎日だ。

ルアンでやっておきたい目先のことは、フルール・ド・リス女子会の通信板を誰かに預けることと、ルアンにジュエ商会の拠点を作ること、キケロモに肉を届ける手立てをつくること、ルアンの農業改革の可能性の調査、と結構盛りだくさんだ。

恵はなし崩し的に、ジュリアに通信板を預けようとして拒否された。

「通信板の件で、私を使うことは反則とします」

(いつ決まったルールだ)

「あなたは、私からの情報であれば無条件で使ってしまうでしょう。それではだめです。そもそも情報には、多かれ少なかれ発信者の思惑が乗っています。情報そのものに無くとも、その情報を渡すことに意図があることもあります。あなたにはそれを見極める目を養ってもらいます」

(あれ、いつの間にか訓練になってない?)

通信板の件は、元エマ付きのメイドのアポリンヌにお願いすることになった。

ジュエ商会の拠点は、ケヴィンと仲の良いモハメドと提携する考えを話すが、こちらは調査が甘いとされ、アリスが再調査することになった。こちらは、アリスが里の者を使い調査を進めるOJTとなっていた。

そして、キケロモに肉を届ける役は、ケヴィンのパーティーにお願いするとした。これには、ジュリアも異存は無かった。熟成と低温調理までは、スフォルレアン家で贔屓にしている料理店に頼む。ここは、政治的な密談でも利用し口が堅いことで有名な店だ。しかし、現地へ出向く料理人に困った。エギルのようなものはなかなかいない。ケヴィンに聞いてみるが期待は薄い。肉の調理をどうするかは保留となった。

「そういうところが甘いのです。見切り発車をしなければならないこともあるでしょうが、それでも対応策の候補はいくつか挙げながら進めないといけませんよ。拙速を貴ぶとは、ただ急げばよいというものではありません」

「はひ・・・」

「お返事は、しっかりなさい」

「はい!」

農業改革の調査は、これまで通りメルキオールにまかせる。

(エギル。護衛ご苦労様)

ただこれには、ゆくゆくは政策としてまとめるための事務方を引き受ける専門家が必要と指摘され、現在候補者と接触中と伝えたところ、幾つかの注意点を与えられ良しとされた。

(誰が、見てもあの植物博士は研究者タイプだものね。政策への展開には誰か必要って思うよ。期待しているよパトリシアさん)

計画は目先のことだけでなく全体のこともある。そちらは、王妃ルイーズや王女クロエの思惑もある。ジュリアは、次の社交界に向けて確認しなければならないこと、準備しておかなければならないことを整理しているようだ。彼女は、この晩秋に予定される帝国との交渉を踏まえて大きな動きがあると予測している。そのとき穀物の収穫量は鍵になる。また来年はアクセルが成人を迎える。回廊の準備が出来ていれば、ミュールエスト領を手放したアクセルに、カドー開拓の命が下る流れが自然だと考えた。この辺りを、ルイーズと詰めなければいけない。

「私が、殿下とカドーを開拓ですか?」

「あら、あなたの目論見はそうでは無かったの?」

「食料事情が安定すればいいなあとは思いましたが・・・」

「まったく、あなたと言う人は。周りから見ればあなたがそのように仕向けているように見えますよ」

「えっ・・・」

「殿下と成功を分かち合ってとか、ロマンチックなことを考えていると思っていたわ。私も少しブロンシュ様に影響されていたのかしら。それで、マルグリットは如何したかったの」

「・・・その場その場で、これかなと思うことに手を出していただけで・・・」

ジュリアは、これまでにない大きなため息をついた。


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