家出 3
キケロモのレベルは182、恵と40以上のレベル差がある。ここまでの高レベルで40のレベル差は相当なものだ。しかも恵とは根本的な基礎体力に違いがある。キケロモの性格のため、攻撃が一本調子なので何とか凌げている。それでも、この数合で、体力、気力、魔力を相当消耗した。
護衛達はレベルアップしたと言ってもさすがにこの戦いに手を出すことが出来ず、立ち尽くすしかない。メルキオールに至っては、先程のキケロモの気当てで意識を失っていた。
手にした短剣を見ると、先端が大きく欠けていた。
(さっき受けた直撃!・・・これ、孝ちゃんに貰った大事な短剣だったのに・・・うわっ、付与された効果も消えてる)
素早くレッド・バイソンのショートソードに持ち替え、魔力を注ぎ込みいっぱいまで硬質化する。瞬時に恵の魔力圧が跳ね上がり、恵は自らの身体を砲弾に見立てショットの魔法の要領で飛び出す。まるでその場から消えるようにキケロモに突撃していた。体全体がきしむように痛みが走るが構っていられない。それでもキケロモは反応し、鋭い牙で恵の頭を喰いちぎろうとしてくる。しかし、恵は身体を空中で回転させ、襲い掛かるキケロモの顔面にショートソードの斬撃を加える。
“ビキン”
大きな金属音を響かせ斬撃は牙で防がれたが、これを狙ったかのように、剣先でスタンが発動する。
「ギャイン」
口の中で発動した電撃に、思わずキケロモの顔が仰け反ると、恵は剣を手放しキケロモの懐に入り右手を上げ。
「グレート・ショット」
手が触れるばかりの至近距離で、砲弾が炸裂する。しかし、驚くことに、掠らせながらもキケロモは砲弾を躱して見せた。
「待て待て待て。何マジになってんだ!・・・分かった分かった、アタイの負けでいいから」
跳びのいたキケロモがわめき出した。
「びっくりした。危ねぇ危ねぇ。うわっ、掠ったところヒリヒリする。・・・これだから、冗談の分からない奴は・・・っとに・・・」
キケロモがぶつぶつと文句を呟く。
(私の事、危ないやつみたいに言ってるけど、あんた、さっき何度も即死級の攻撃してたよね)
「終わったか~」
突然、背後に巨大な魔力が出現していた。恵は思わず全身がビクンとする。全く気付かなかった。
「あんた、起きたんだ」
「あんだけドンパチやってりゃ、寝てられねぇって」
「ははは・・・こいつはマググリイ・・・??」
「メグでいいよ。キケロモさん」
「“さん”はいらねえよ。背中がぞわぞわする。メグは姐御の遣いだ」
「メグ。これがアタイの旦那のオルジ」
「初めまして、オルジさん。メグと申します」
「おお、よろしく。そういえばこの気配は、アフィアさんだったか。懐かしいな。じゃぁ、挨拶も済んだことだし、俺、二度寝するわ。今度は静かにな・・・」
それだけ言うと、オルジはのしのしと森に消えて行った。
「それで、姐御はどうしてる?」
「元気でやってるよ。子育て大変そうだけどね」
「子供出来たのか!」
「ビューレ君って言うの。とってもモフモフでキュートだよ」
「うちら皆モフモフだけどな。そっか、姐御の子か。そりゃ可愛いよな」
「会いに行けばいいじゃん」
「そうだな、行きたいな・・・でも無理かな」
「なんならあたしも一緒に行くよ」
「いや、そうじゃなくて、旦那を一人にはできねぇし・・・」
「何で、亭主なんかほっといて遊びに行きゃいいんだよ」
「・・・あいつ全然生活能力なくてさ、一人じゃ飯とか作れないんだ。アタイがいないと、飢え死にしちまうよ」
「えっ、それって・・・」
「いや、いいところもあるんだぜ。隠形が凄くうまくて狩の達人なんだ。それに優しいとこもあって、ちょっと可愛かったり・・・でも、あの人、アタイが付いてないと駄目でさ・・・」
(キケロモ!それダメ男を掴むパターンだよ。何でそんな照れたような顔してるの。フェンリルの雌の格付けは、雄に家事をやらせることじゃなかったの!)
「それで、メグはアタイに何の用があるんだ。姐御に言われて元気でやってるか確認しに来ただけじゃねぇんだろう」
「そうそう。お願いがあってきたの。ねぇ、引っ越ししてくれない」
「引っ越し?」
「別に、遠くって訳じゃないんだ。ここから東に行ったところに森がくびれているところがあるでしょう。あの辺を住み家にしてくれないかな」
「えぇ~。・・・嫌」
「何で」
「面倒。ってか、何で引っ越しさせたいの」
「ニゲルを通り抜ける道を作りたいんだ。キケロモが住めば魔獣とか来ないじゃん。フェンリルは人を食べないって聞いてるし」
「人間なんて、不味いもんを食うフェンリルはいねえよ・・・って、これ冗談な」
(人間不味いって、フェンリルの鉄板ジョークなの!)
「って言うか。メグなら魔獣出ても全然平気じゃん。それにお仲間も。あの気当て、結構マジだったんだぜ。ひっくり返らないなんて大したもんだよ。まあ、メルキオールは気絶したけどな。起きたか、お前情けねぇな」
「仕方ないですよ。キケロモ姉さん。この方たちが普通じゃないんです」
「あたしたちじゃ無いんだよ。普通の人が通れるようにしたいんだ」
「え~やっぱ、めんどくさい」
「ねぇ。キケロモは、朝ごはん食べた?」
「そういや、まだだ。起き抜けにいい運動したからな、そろそろ朝飯にするか」
「だったらご馳走するよ。ちょっと待ってて」
「いいのか?悪いな」
「いいって、いいって」
「なら、ごちになるか」
「エギル。ガンガン焼いて」
恵はエギルと見てニヤッと笑う。
「任せろ」
「久しぶりに、メグ様の悪い笑顔を見ました」
恵たちは、手慣れた様子で竈を作り、木々を集め直ぐに料理を始めた。辺りに、肉を焼く良い匂いが漂い始める。
「うん~。いい匂いだ、焼くって言うのもいいな。村を思い出すぜ」
「ささ、食べて食べて」
「サンキューな・・・!何これ何これ。ちっと美味しいんですけど」
「何か、良い匂いしてるな・・・」
「あっ、オルジさんも食べます?」
「良いのか?メグちゃん」
(軽!)
「おっ。コリャうめーな」
二頭は、せっせとエギルの焼いた肉を平らげる。
「引っ越ししたらさぁ。こんな肉がまた食べられるんだけどなぁ~」
「!」
(スゴ。耳と尻尾がビクンと立った)
「引っ越しってなんだ」
「いや、メグがさぁ。東の方に引っ越ししてくれって言うんだ。ちょっと面倒だよね」
「良いんじゃねぇか」
(やっぱ軽!)
「メグ。引っ越ししたら本当にこんな肉が食えるんだよね」
「一節季に一度ぐらいかな。ちょっと違う肉になるけど・・・エギル、レッド・ボアも焼いて」
「了解した」
「レッド・ボア?そんなもんしょっちゅう食ってるぞ」
「まあ食べて見なって」
エギルは、手早くレッド・ボアを取り出し焼き上げる。
「キケロモ、はい。オルジさんもどうぞ」
「おぉ、ありがとな。メグちゃん」
「おい、おい、嘘だろ。これが、レッド・ボアだってか?・・・たしかに、そんな面影があるが・・・でも全然違うよ」
「肉ぽくって。俺こっちの方が好みだ」
「で、どうよ。引っ越し」
「もう一声」
「何よ」
「一節季に二度だ」
(意外とセコイな)
「よし、手を打った」
「でもどうやったんだ。どんな魔法使った」
「肉の熟成と、特殊な調理方法だよ」
「人族、恐るべし」
キケロモとの交渉を終えた恵たちは、ルアンに向かい隊列を組んで街道を東に進んでいる。周囲に広がる草原の緑が濃い。夏の盛りなので当然暑いのだが、王都近郊とは違いこの辺りは湿度が低く、風を受ける騎乗は大変気持ちが良い。
「メグ様、シャンとしてください。じきルアンですよ」
「それが原因なんですけど」
アリスの叱咤に。並走する恵がボソッと答える。ニゲルを出た当初は、交渉の成功にテンションが上がっていた恵だが、ルアンに近づくに従って下がっていた。
しかし、気持ちが沈んでいる者は、恵だけでは無かった。護衛達もだ。実のところ、キケロモとの交渉から三日過ぎてもまだルアンに入っていないのは理由がある。交渉を終えニゲルを出たところで、恵が気を失ったのだ。護衛達は慌てたが、確かめると寝ているだけだった。そこで、森を出た草原でキャンプをすることにした。
「うう~ん」
「起きられましたか」
アリスは心配顔で恵の顔を覗き込む。
「あれ、寝落ちしちゃった?すっきりしたけど、どのくらい寝てた?」
「丸一日です」
「ゲッ」
「無理もないですよ。あの戦いでしたから。あの後よく交渉されたと思います」
「実は、戦い終わった時ふらふらだったんだ。でもいま畳みかけて交渉しないと思って。あのときは戦いが終わったばかりで変なスイッチが入っていたみたいで、凄くテンションあがっちゃって。徹夜明けのハイみたいな」
「メグ様、徹夜されるのですか」
「・・・いや、聞いた話だけど。どうしたの。みんな元気ないみたいだけど。心配させちゃったかな?ごめんなさい」
確かに、恵のことも皆心配をしていたが、それとは別に今回の出来事が彼らには堪えた。
レベルが上がり周囲と力の差を感じ、尾白討伐に参加したものは強敵に対する手応えも実感していた。しかし、恵とキケロモの攻防を目の当たりにして、何もできなかった。キケロモと他の魔獣を比べることはナンセンスではあるのだが、突然上がったレベルに自分たちの技量が追いついていない。自分たちが借り物の力に浮かれていたことをまざまざ見せつけられた。今回は、キケロモだから大事にならなかった。もし、本当の敵であれば、今の自分たちでは恵を守ることが出来ない。あの襲撃の記憶が蘇っていた。恵が目覚めるまでの一日かれらはこのことを考えさせられた。
ルシィは、個の力で及ばない相手に対する集団戦のあり方をアリスと話し合っていた。
ニコラは、リュカの慎重すぎるスキルの持ち上げ方を軽く見ていた自分を反省し、盛んにその方法を聞き出していた。
ジョシュアは、恵が見せた魔法の使い方を考えていた。あの時、恵はキケロモの直撃を避けるためシールドの魔法を奇妙な使い方をしていた。その動きは、恵が剣術で見せていた”いなし”のテクニックだ。魔法に武術のスキルを組み合わせたように見えた。真の意味での魔法改変は、ルシィもジョシュアもまだ使えていない。彼らは様々なパターンのオブジェクトを組み合わせることで行っている。外から見ると同じに見えるが、恵がやっていることとは別物だ。ジョシュアには、魔法の新たな地平を見た思いで、修行への決意を新たにしていた。
カミーユは盛んに剣の素振りを行い、何かを掴みとろうとし、逆にエギルは座り込み目を閉じて何かを考え込んでいた。
そして、漸く恵たちはルアンの西門の前に到着した。それぞれが、それぞれの課題を抱えた帰郷となった。




