孤児院の暮らし 2
地形の説明は、拙い文では分からないので、地図を挿絵として入れました。
ここでの一週間は六日で、十週間の六十日で一節季、そして六節季、三百六十日で一年、二年に一度 “うるう年”で蝕の日があり一日多い。節季・曜日は六精霊の名が充てられている。節季は光に始まり、水、風、火、地、そして闇で一年が終わる。うるう年の蝕の日は光の節季の最終日の次の日になる。一週間も光に始まり、闇で終わる。闇の日は安息日で、精霊に感謝の祈りを捧げ、仕事をせず静かに過ごす。もっとも、そのように過ごすのは年寄りだけで、多くの人々は休日の認識で、繁華街は家族連れや若者たちで賑わう。ただし、孤児院では午前中に教会に行き、司祭の講話を聴き、その後奉仕活動。午後になって自由時間となる。
教会は、アウローラ大陸でそのほとんどの人が信仰しているサクラヴィア教である。多神教で、神々はこの六精霊を使役し様々な御業を行うとされている。教会ごとに祭る神は違うというが、多くは創造神“クロエツィオ”である。創造神を除けば、地域や職業により人気の神様が異なるようだ。
五日間の平日のうち光と風の日の午前中は教会で学校が開かれる。孤児は、それに参加させられる。読み書き、算術、歴史、サクラヴィア教の教義、マナーを学ぶ。こちらの世界の常識がない恵にとっては渡りに船ではあった。教室は十一歳以下の年少組と十二歳から十四歳の年長組がある。
他の平日は、働くか孤児院の手伝いになる。五歳以下は基本的に孤児院での簡単な手伝いを行い、六歳から九歳以下は街の軽作業で、主なものはゴミの回収、清掃、し尿の運搬である。子供には、治安のよい地区の仕事が割り当てられる。街の付近にはさすがに少ないが、城壁の外には魔獣がいる。そのため農民も城壁の中に家を持ち、畑に通う。道具は、畑の脇の東屋にあり、大抵その近くで堆肥が作られる。堆肥は街の住民のし尿、魔獣の死骸から作られ、町からのし尿の運搬、冒険者ギルドからの素材をはぎ取った魔獣の死骸の運搬が子供たちの仕事の一つとなっている。これら仕事は領政府の政策の一つで、公共事業の側面を持つ。
十歳以上は、店や工房の見習い、冒険者見習いとなる。ほとんどの者はこの期間に見習いとして働いた職業になってゆく。
教会の学校で九歳から十三歳のとき、優秀であると認められる、または家が裕福で一定額の寄付を行うと、王都のアカデミーの受験資格を与えられる。合格するとその後三年間を国費で学ぶことができる。そこで、良い成績を収め卒業すると官僚、学者への道が開ける。
また、冒険者見習いで九歳から十三歳の者で、冒険者ギルドの推薦状があると王都のアカデミーの騎士科または魔法科を受験することが出来き、卒業後に騎士の見習いである従騎士、宮廷魔術師見習いの従魔術師へと進むことが出来る。
アカデミーを卒業し、見習いで認められ正式に官僚、騎士、宮廷魔術師になれば、叙爵され一代限り、当人限りの貴族となる。この国では、狭いながらも平民でも貴族になれる道が用意されていた。そのため市民は、九歳から十三歳を人生が決まる五年と呼んでいる。
教会学校で学んだ一般常識によると、このエスポワール王国があるアウローラ大陸は、北半球にある大陸で北極圏から赤道近くまで広がっている。
最北は極寒の地で永久凍土と氷河に覆われている。氷河のある東側のアイテール山脈はドラゴンの生息地で人は近づくことすら出来ない。
最北からやや南下したところに、北西部から東南に向けカエルム山脈が右下がりの“へ”の字に大陸の三分の二を貫いている。ここにもドラゴンが生息し、山脈を通じての南北の行き来は遮断されている。
山脈から南は強い魔獣の住む魔の森が点在している。南端は赤道に近く熱帯となっている。
王国は、大陸の南西部、カエルム山脈から南を領土としている。しかし、西の海岸線にある大きな森林地帯にはエルフの自治領がある。エルフ自治領は国として承認はされていないが事実上独立しており王国との間で不可侵の協定が結ばれている。
また、王国の北、カエルム山脈からやや南下した辺りには、大陸最大の面積を持つ魔の森ニゲルが、北西部の海岸線から次第に南下し、ゆるくカーブしながら東へ続いていて、人の侵入を阻んでいる。このため、山脈と魔の森に挟まれた地域は、領土と謳いながらも人が住んでいない。
恵は、山脈の西よりの南斜面に転生し、無人の地域を南下、魔の森がくびれて狭くなった部分を抜け、ガルドノール領の北にある領都ルアンにたどり着いた。
王国の東、カエルム山脈の端からは、アードランド帝国と接し、その南は、独立した都市国家が集まった南東諸国連合に接する。
カエルム山脈を越えた北には、西にトリグランド共和国があり、東はアードランド帝国の領地が広がる。
エスポワール王国の王都ベノワは、王国を南北に縦断する大河ロアーヌの河口近くにある。更に、王都の南西の海沿いには、独立自治が認められた都市、サクラウィア教の聖都サクラポルタがある。
カミーユは、十四歳の最年長で女子のリーダーである。ソフィアの信頼も厚いようで、不在時はカミーユが皆の面倒を見る。一方、男子のリーダーはリュカで同じく十四歳。リュカも年少者の面倒はよく見ているが、弟たちというより子分をかわいがっているように見えるときがある。一つ年下のテオとツルむと羽目を外すことがよくあり、カミーユとぶつかる。カミーユと同い年の女子にサリーがいるが、引っ込み思案な性格で争いごとは苦手で、年長として顔は出すもののカミーユ後ろで黙っているだけだ。年長の男子二人が組むとカミーユ一人では分が悪い。先日、ベッドの割り振りでリュカたちが理不尽なことを言い出した。幼い子供の言うような理由を振りかざしカミーユを押し切ろうとしたとき、恵はつい見かねて前へ出て、リュカたちを理詰めでへこましてしまった。それ以来、カミーユ、サリーとより親しくなり、年少組の少女たちから頼られるようになった。特に一緒に寝ているニナは、「メグちゃん、メグちゃん」と言って孤児院の中ではいつも恵に付いて回るようになった。
結局、恵は冒険者見習いになることにした。商会の見習いは少し惹かれたが、前世で小さいながら経営者をやっていた恵は、経営方針が納得できないと我慢できなくなると考えた。それにステータスに恵まれたこともあり、自由に生きてみたいと思った。ソフィアにはかなり心配されたが、ここは押し切らせてもらった。既に冒険者見習いとなっていたカミーユには喜ばれた。サリーは、針子の見習いになっているし、そもそも冒険者は女子の人数が少ない。やはり、冒険者や騎士は男の子の憧れの職業なのだ。
冒険者見習いの登録には、カミーユが付いてきてくれた。冒険者ギルドは、東門のすぐ横にあった。魔獣や素材の持ち込みの利便性や、土地が少ない城壁内に訓練場が設けられないなどの理由で、門の隣というのがこの世界の冒険者ギルドの定番だった。冒険者ギルドはお約束通りの間取りで、入り口から入ると、ホールがあり奥に受付が見える。入り口から見てホールの右手には壁一面に依頼票が張り出されていて、左手は椅子とテーブルが並び、ラウンジのようになっていて飲食しながら冒険者が談笑していた。受け付けと登録はすぐに終わる。正式には十五歳を過ぎて成人になって登録される。十四歳以下はみな見習い冒険者で、ランクも成人するまでFランク固定だからだ。それと、領政府、市民からの軽作業は冒険者ギルドを通じて行われるので、子供が冒険者見習いに登録することが多く、ギルドで子供を見かけるのは珍しいことではない。ただこれは、魔の森が近く冒険者ギルドの規模が大きいルアンに限られたことで、他の都市では人材斡旋のギルドがこれを行っていた。ケヴィンを始め多くの冒険者がそんな子供時代を経験しているので、見習い冒険者を気にかけてくれる者が多い。
恵は、午前中に孤児院の手伝い、午後は無償で行われる、冒険者ギルドの初心者研修に通い始めた。他に、教会にも治療研修があると聞いたので、冒険者ギルドの研修が一段落したら、そちらにも顔を出すつもりだ。
冒険者ギルドの研修は、薬草の知識と採取方法、魔獣の知識と対処方法、武器の取り扱いと訓練、初級魔法の講習がある。教会の研修は、怪我人、病人への応急処置、ヒール、シールドとその上位のエリア・ヒール、ホーリー・シールドの魔法講習がある。ただ、魔法は生活魔法までの者がほとんどで、それから先はできるものが少ない。初級でさえ使えるのは、四十人に一人、中級になるとに二百人に一人と言われる。さらにヒールは、通常の魔法より複雑で、使える者が絞られ、治療師と呼ばれ魔術師とは分けられている。このため、ヒールが出来るとなると教会はすぐに囲い込みにかかると教えられた。教会は地域の病院も兼ねていて、無償で研修会を開く目的も人材確保にあるらしい。
ちなみに武器の取り扱いと訓練には講師としてケヴィンも参加していた。当然剣術担当。彼は、Aランク昇格間近のBランクで、“講師なんて柄じゃない”と言っていたが、このような奉仕活動もランク昇格の条件の一つだそうだ。自分では柄じゃないとは言いていたが、実践的なケヴィンの指導で、恵は“見切り”のテクニックを得た。当然内緒なのだが。




