家出 1
「あぁ~。これは逃げたわね」
ステラは自室で手紙を見ながらぼそりと呟いた。
「お嬢様、なにか?」
「何でもないわ」
「それで、ガルドノール伯爵令嬢はなんと」
側に控えていたメイドは、好奇心いっぱいと言う顔で、ステラを見る。子供のころからステラに付いているメイドで、ステラとは気安い関係だ。
「後はよろしくって・・・まったくあの子は」
「はぁ・・・」
「それでどうです。メグの街での評判は」
「それは凄い人気です。初めは、皇太子妃の妹でやはり聖女だとの話もあったようですが、今や聖女では無く女神だと。子爵でありながらお嬢様が王城に召されたのもガルドノール伯爵令嬢がどうしてもと王女殿下にお願いされたとか、お嬢様との仲の良さもあわせて噂になっています」
「何で、そんな話になっているのかしら」
「・・・ご頭首様が、それは自慢げに・・・」
「分かりました。お父様とは、一週間口をきかないことにします」
「それは、あまりにおかわいそうかと。それに、お館様が落ち込むと周りに者たちが・・・」
「分かったわ、必要最小限はお話しします」
「ありがとう存じます」
「他には何か聞いていない?」
「護衛の方たちも、凄腕ばかりだと。一番の人気は女隊長のルシィ様、クールビューティーなのに、ヒールで怪我人を癒すときは慈愛に満ちた表情で、そのギャップが殿方には溜まらないのだそうです」
「あぁ、分かるわそれ」
「それと、鋼の守りのリュカ様。物静かで戦うときは洗礼された動きをされ、こちらは女性冒険者から圧倒的な支持があるとか」
「納得だわ。王城のメイドのお姉さま方と同じノリね」
「後は、ジョシュア様。伯爵令嬢とルシィ様の陰に隠れがちですが、同行した宮廷魔術師の方々から惜しみない賛辞があり。魔法の達人と言われてました」
「分かる人には分かる、玄人受けってやつね」
「・・・」
「もう一人いなかったかしら?」
「・・・えぇっと。ニコラ様は・・・最強のならず者と言われてました」
「・・・私も、レベル上げの時に遠慮したけど、はたから聞くとちょっとかわいそうね」
ここで、ステラは大きなため息をついた。
「お嬢様、どうされました」
「この騒ぎを鎮めてくれって・・・まったく無茶振りね」
「伯爵令嬢からですか・・・。なんと奥ゆかしい」
「やはりそんな反応になりますね。抑えたらかえって逆効果。お父様も、私が止める前に感謝状を出しているし」
「何か問題でも・・・」
「もともと、大叔父様が頼んだことが始まりなので、何とかしてあげたいのだけれど、私の手におえないわ。メグ、ゴメン。後で何かで埋め合わせをする。今は、私がやらねばならない事をしなければ・・・あっ。ねぇ、先程の私とメグが仲良しの噂、”そんなことを吹聴するものではない”と私が怒っていたって、お父様にそれとなく伝えておいて」
「えっ、それは・・・」
「お父様に、お願いしたいことがあってね。その布石よ」
「・・・はい」
その後、ステラはエリックに取引のあるトリグランドの商会に皇女殿下に関する情報を得てもらうようお願いした。言うまでもなくエリックは結構な意気込みで娘の頼みに取り組んだのである。
シャーリーは、ソロンの雰囲気に以前の活気がなく、街の人々の顔色も悪いように感じた。これは自分の思い込みかも知れないと祈るように考えていたが、屋敷で出向かえた使用人の表情も暗く、父親の疲れた表情をみて確信した。
早々に旅装を解いて、エステェを連れて居間に挨拶に行く。
「お父様、お母様、ただ今戻りました」
「無事着いたのだね、よかった。疲れたろう、今日はゆるりと過ごしなさい・・・ん、その者は?見ない顔だが」
エステェは、メイドの姿をしていた。
「後ほど紹介いたします。モリス、少しの間下がっていてもらえますか」
シャーリーは居間にいた、執事のモリスと控えていたメイドを下がらせると。改めで両親に向かいあう。
「お父様、お時間を頂けるならば、今からでも当家の現状をお話しいただければと」
シャーリーは、これまでにない強い眼差しで、ファブリスを見つめた。
「あなたは、まだ未成年なのですよ。家のことは心配せず学業にお励みなさい」
「お母様。ここで動かなければ、私は一生後悔するでしょう。たとえ、それがお父様やお母様の意に沿わない結果となったとしても、流されるのではなく、自らの判断で進みたいのです」
「・・・」
「お父様、お母様、この方なら大丈夫です。すべて承知されています」
シャーリーのエステェに対する丁寧な対応を見て何かを察したようすで。
「どこまで聞いている」
「それなりには。叱らないで上げて欲しいのですが、モリスから手紙を受け取りました。その後、私の方でも調べています」
「・・・わかった。私も手を貸すが、お前の未来を切り開くためなら、この家を使い潰してしまってもいいのだよ。お前の好きになさい」
「お父様、有難うございます。でも、遣りようはあると思っています。そのために、クロエ殿下からもお力添えを頂いています。ご紹介します。こちらは、エステェ様です」
「お初に、お目にかかります。騎士団所属のエステェ・ヴァリーニュと申します」
ファブリスは、何かを思い出したような顔になり。
「ヴァリーニュ子爵のご令嬢か・・・。ご挨拶が遅れた。私はファブリス・ルフェーブル。この街の代官を務めている。横にいるのは妻のイヴォンヌだ」
「私は、クロエ殿下の下で特別な仕事をしています。今回、殿下の命によりシャーリー殿に同行させて頂きました。殿下からは、命じられた件の他は、シャーリー殿をお助けするよう仰せつかっております。暫くの間、シャーリー殿付きの下女として滞在をお許し頂けると幸いです」
「それは・・・。承知した。早々に手配させる」
その後、三人は執務室にこもり、情報の共有と今後の方針について、夕食も取らず深夜まで打合せを続けた。
恵は急いでカルに行き、そこで待たせていたエギル達と合流した。と言っても、恵はカルには入らない。リュカを伝令に走らせ、城壁の外で合流したのだ。恵はカルではちょっとした有名人になっているからだ。合流した後は、馬車の中の恵とセリアはお嬢様モードだ。
「メグちゃんって。だんだん行けなくなる街が増えていってない」
「そんなこととないよ」
「お嬢様、ご無事でなりよりです」
「私は、全然大丈夫。メグちゃんがちょっとね」
「何言ってるの、セリアちゃん。レッド・バイソンの肉も手に入れたし。怖いくらい順調よ」
「マドレーヌの方はどうだった?」
「えぇ、まぁ・・・カミーユさんが大変そうでした・・・」
「何があったの。マドレーヌさん」
「いえ、メルキオール様のお食事で・・・」
「はっはっは。ご迷惑をお掛けしました」
「なになに」
「私が肉料理はダメだと伝えたところ、宿のコックの方が、俺の肉料理にケチをつけるかとか言われまして。結局、色々あってエギル殿に作って頂くことになりました。いやー助かりました。わっはっはっは」
「それで、なんでカミーユが苦労するの」
「実は、エギルさんの料理の腕が良いと言うことで厨房の方が、エギルさんをなかなか放さなくて・・・それで、メルキオール様がお出かけになる護衛をカミーユさんが引き受けられて。・・・あっ、私は宿で過ごすから大丈夫と、私からお願いしたのです」
「メルキオール殿、出掛けられていたのですか」
「王都と植生が違い、麦中心の畑ですが、色々と面白くて。ついつい農家の方々に話しを聞きに回ってしまいましてね。カミーユ殿には、糸の切れた凧のような人だと言われてしまいました。わっはっはっは」
(後で、カミーユとエギルをフォローしておこう)
「いやー、旅の途中なので残念です。やりようを変えれば一割ぐらい収穫量を上げられると思いますよ」
「王都の時と同じように、また報告書をお願いします」
「えぇ、もちろん」
(まあ、やってることは凄いんだけど。やっぱりパトリシアさんを口説き落として、お目付け役にしないとだね)
ガルドノール領に入り、街道脇にある初めの休憩場所に立ち寄る。伯爵家の紋章を見つけると、駐留する従士たちが集まってきて整列して騎士の礼を取る。以前、ガルドノールを出るときとメンバーは入れ替わっていたが、従士たちは皆明るい顔で出迎えてくれた。恵は、降車して微笑みながら従士たちをねぎらう。
「何時も旅の方々の無事を守ってくださり感謝いたします。これからも皆が安心して旅路に着けるよう宜しくお願い存じます」
「お任せください。お嬢様。それで、お嬢様のご到着を待たれている方がいらっしゃいます」
「?」
現れたのは、アリスだった。
「メグ様。お久しゅうございます」
「どうしてここに?」
「それは、あちらで」
馬車の横にしつらえた休憩場所に戻り、アリスの話を聞くことにした。一通り、護衛の皆と旧交を温めると、アリスはここに来た理由を話しだした。
「フレメーヌ子爵より急使が届きまして」
「えつ」
どうやら、恵と入れ違いで、ミュレー商会の商隊がステラを連れてプレシールに到着したらしい。商隊の指揮を取っていたステラの父エリックは、尾白討伐の報告を受けると、直ちに感謝状を携えた急使をサイモンへ送った。ジュリアと共にサイモンに呼ばれそのことを聞いたアリスは、真っ直ぐここへ来たのだった。状況は、尾ひれがついてサイモンに伝わっているらしい。
「どうされます」
「どうするって」
「お館様は、夏期休暇中外出禁止にすると仰ってましたよ」
「それは、困る。キケロモに会えなくなる。何か口実考えなきゃ」
「お母様も、そのままルアンでメグ様の帰りを待つと言っていました」
「ジュリア母様が・・・それを先に言って。どうしよう、どうしよう」
「メグちゃんはジュリア様の方が問題なのね・・・いっそのこと、先に私の家に行っちゃう?」
「えっ、いいの」
「いよいよ家出ですか」
「いや違うよ。大切なお友達のルアール男爵令嬢を領地に送り届けるだけだよ」
「でも、そのままニゲルに入るのですよね」
「当たり前じゃない」
「やっぱり家出ですね」
「でも、セリアちゃんまでなんか言われない?」
「私は、メグちゃんに送ってもらっただけって言うよ。メグちゃん伯爵家のご令嬢で、うち男爵家だし、上級貴族のご令嬢に言われたら・・・」
「えっ、それって・・・」
「私、命じられたともいないとも話さないわよ。両親が勝手に想像するかもだけど。ね」
(ね、じゃねえだろ)
「メグ様、選択肢はあまり無いようですね」
「分かった。このままルアール領に行く!」




