帰郷の途 3
冒険者ギルドに着くと、ギルドの方針は決まっていた。緊急招集が出されて、Bランク以上の冒険者の討伐参加と従士も増員することになった。また、Cランク以下の冒険者は、街に待機して防衛と街の治安維持に当たることになっていた。討伐隊はこれで七十八名、通常の地竜討伐の二倍の戦力になる。
「メグちゃん。私たち、待機組になっちゃうの?」
「冒険者身分で街に来てるし。緊急招集だからね・・・」
冒険者ギルドのロビーの隅で、今後の行動を思案していた恵たちに声が掛かる。
「いました。あの方です」
「あなたは、副支配人の・・・」
「ジョルジュです。先ほどはありがとうございました。この方です」
ジョルジュは、後ろにいた身なりのいい老人を引き合わせた。
「初めてお目にかかります。私は、ミュレー商会で総支配人をしておりますパトリックと申します」
「初めまして、メグと申します」
「後ろにいるのがお仲間ですかな?」
「はい」
「全員お揃いですか?」
「・・・えぇ」
「お若い方ばかりなので少し驚きました」
「何か私共に御用がございますか」
「緊急招集となったので地竜討伐に参加されることになさったのですね」
「いえ、私どものメンバーの最高ランクはCですので。討伐隊への参加資格は有りません」
「レッド・バイソンを討伐されたのは、皆様ですよね」
「・・・そうですが」
「・・・少し、お話をしたいのですが、お時間を頂けませんでしょうか?」
「・・・構いませんが」
パトリックは頷くと、ギルドの受付の横に立つここのギルドマスターと思われる男に話しかける。
「セドリック殿。済まぬが一部屋貸していただけるか?こちらの方々と話をしたいのだ」
パトリックは、冒険者ギルドにも顔が利くようで、すぐに許可が下りた。
「すみませんがこちらに」
少人数の会議に使われているらしい、機能一辺倒の部屋に案内される。それぞれが席に着くと、パトリックが静かに話しだした。
「私は平民ですがミュレー家の分家の者で、ステラお嬢様の大叔父にあたります。実は、ジュエ商会の立上げもお手伝いしております。お二人は、ガルドノール伯爵令嬢とルアール男爵令嬢でいらっしゃいますね」
「メグちゃん、バレてるみたいね」
(セリアちゃん!カマかけてるだけかもしれないのに)
「ははは、正直なお嬢さんだ」
「それでパトリック様は、何をお望みなのですが」
「護衛の方々に、尾白の討伐に加わって頂くことは出来ませんか。討伐の間は、責任をもって当商会がお嬢様方の安全をお守りします」
「討伐メンバーは、既に通常の地竜討伐の二倍の戦力になっていると聞きましたが」
「正直不安なのです。私はまだ子供でしたが、この目で尾白を見ています。当時は私も貴族の身分でしたが、冒険者に憧れていて討伐隊の出陣式も間近で目にしました。そこには街一番の槍使いやその怪力で名を轟かせた者など、憧れていた冒険者が討伐に参加していました。しかし討伐は失敗し、誰も戻らず街は襲われました。街を襲った時の奴の力は凄まじく、城壁は積み木のように崩され、領主であった私の父も最前線で街を防衛する中で命を落としました。しかも奴は通常の地竜とは違いました。山側の城壁の守りが堅そうなのを見て取ると、手薄な西側に回り込むような知恵も働きます。また地竜の悪食は有名ですが、奴はそうではありませんでした。人をいたぶるように殺し、食べもせず、飽きると去ってゆきました。人の力で退けたのではないのです」
「そのお話を皆様には?」
「しました。しかし、地竜に知恵があり、愉悦で人を殺すなど信じてもらえません。当時の目撃者の証言も様々で一致していないこともあり、俄かには信じ難いと」
「記録などは残っていないのでしょうか」
「古い記録なもので、領館内から町はずれの倉庫に移されていたのですが、三年前の火事で焼失してしまいました。元々五十年以上前の記録とあって管理もお座成りだったようです」
(実際にその地竜を見てみないと分からないわね)
「ところで何故私たちに?」
「トマ・・・当商会の解体技師ですが、態度や言葉遣いは悪いのですが、解体の腕と査定と申しますか、解体対象がどのように討伐されたかを見極める目は確かです。レッド・バイソンはレベル50クラスの魔獣で、ただ討伐するだけでも困難な魔獣です。ところが、彼の言葉からすると、その突進を受け止め一撃で急所を突いたと。しかも、その受け止め方、止めを刺した武器が二頭とも違い、それだけの実力を持ったものがパーティーに複数いると申しておりました。近衛騎士団の精鋭に匹敵する力量をそろえたパーティー。普通はありえないことです。それでいて、冒険者のランクは低い。しかも、若いお嬢様がパーティーに加わっている。ここまでくれば、冒険者に身分を偽った貴族のご令嬢と、その護衛と察しが付きます」
「それで、私の護衛を討伐に参加させろと」
「ギルドの方には、私が話を付けます。討伐報償の他に、商会から相応の謝礼は致します。また、ステラお嬢様が現在進められている事業に全面的に協力させていただきます」
フレメーヌ子爵領はルーベル山の麓にあり、土地が痩せている。この辺りは荒れ地ばかりで、農作物の収量は乏しい。そのため、この地に封土された初代フレメーヌ子爵は、商会を立ち上げ自領の経済を回してきた。ミュレー家は伊達や酔狂で商会を運営しているのではない。商会が子爵領の生命線を支えていると言っても過言ではない。そのため、はぐれ地竜が跋扈し商隊の移動が制限されると直接的なダメージが出る。親の敵と言う感情もあるだろうが、パトリックはどうしても討伐を成功させなければならないと、その意気込みは強かった。
「条件が二つあります。一つ目は私たちの身分を明かさないこと」
「もちろんです。お約束します」
「もう一つは、私も参加します」
「それは、いくら何でも。第二王子の婚約者を討伐に参加させるなどは・・・。さすがにご勘弁ください」
「まだ、候補者です」
「メグちゃん往生際が悪いよ。私も参加します」
「セリアちゃんは。お留守番です。脅威度が分からないのですよ。絶対にダメです」
「それは、伯爵令嬢も同じことです。その条件はご勘弁ください」
「条件に変更はありません」
「護衛の皆さんも、お嬢様を説得してください。こんなバカな条件は飲めません。それとも、護衛を参加させるつもりがなく、そのような条件を付けるのですか」
「爺さん。お嬢のことは、俺たちが命に替えても守るつもりでいる。だが、相手の脅威度が分からねえ状況なら、お嬢がいねえと始まらねぇんだ」
「何を言っているんだ。君は」
「お嬢は、単なる護衛対象じゃねえ。俺たちの司令塔であり要なんだ」
護衛達が皆頷く。
「・・・わかりました」
口ではそう言っているがパトリックの顔は納得した顔ではない。
「パトリック様。ルアール男爵令嬢のこと、お願いしますね」
「承知しました」
「やっぱり同行はダメですか・・・」
「ダメです」
「でもメグちゃんどうするの?認識阻害のペンダント、エギルさんに渡してしまったでしょう?」
「そうだった!」
「メグちゃん。アリスさんとか突っ込む人がいないと抜けるよね」
「・・・」
「もうここは、派手にやっちゃう」
「いや、セリアちゃんそれは・・・」




