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帰郷の途 1

早朝から、スフォルレアン家王都邸の玄関前の車止めは騒がしかった。出発するのは大型の六人乗りの馬車が一台なのだが、その見送りに屋敷のほとんどのものが顔を出している。

「マルグリットお嬢様。領地への旅に精霊のご加護があらんことをお祈り申し上げます」

「こいさん。御身体にお気をつけください」

「有難う。イザック、イネス」

「あまりやんちゃをするなよ。マルグリット」

「お兄様、私は子供ではございません。淑女ですよ」

「ああ、分かった分かった。とにかく息災で、問題を起こさず行って来い。セリア殿もお気をつけて」

「ライアン様。お気遣い頂きありがとう存じます」

「ルシィ、二人を頼んだ」

「承知いたしました」

出発に当たり、イネスは、アリスがいないので、ジュスティンヌをお付メイドとして同行するよう強く進言してきたが、ルアンでアリスが待っているとして強引に退けた。イネスは見送る今も納得していない顔つきだ。

馬車は夏の早朝の王都を静かに進みだした。それに合わせて、控えていた八騎のオルニトミムスが従うが、三騎には騎乗者はなく、申し訳程度に荷物が積まれていた。

馬車には、恵、セリア、ルシィ、セリア付きメイドのマドレーヌ、それにメルキオールが乗り、御者はロジェだ。オルニトミムスの護衛隊も、ニコラ、リュカ、カミーユ、エギル、ジョシュアで、いつもの顔ぶれがそろっている。

彼らは、スコールに備えた防水フードを従士の隊服の上に着ているが、よく見ると武具はどれも真新しいものだ。先の遠征で持ち帰った素材を使った武器が出来上がったのだ。さすがに、エギルとニコラの大剣を作る大きさの素材は無かったので、これまでのアダマンタイトの剣だが、その他の盾や剣は、地竜、マンティコア、レッド・バイソン、オーガ・ロードの素材がふんだんに使われている。今は身に着けていないが、戦闘服も新しいものが用意されている。

別れの挨拶の気配が、走る馬車から零れ落ちて、新たな旅の始まりを感じ始めると。メルキオールは頭にかぶっていたターバンを外してホッと一息ついた。上級貴族の馬車に乗り込んでいるので、何時ものタオルでは無く、南東諸国連合の民族衣装のように五色に染め上げられたターバンだった。

「!」

さすがに言葉は控えたが、マドレーヌは目を見開いて、メルキオールの尖った耳を見つめてしまった。

「こら!マドレーヌ」

「申し訳ございません」

「ははは、いいですよ。セリア殿、怒らないであげてください。じろじろ見られるのは勘弁して頂きたいので、こうして被り物をしていますが。やはり窮屈で。ここでは外させて頂きます」

メルキオールは穏やかな笑顔をセリアとマドレーヌに向ける。

「はい、構いません」

「メグちゃん。昨日はどうだったの?あっ、マドレーヌは大丈夫、しっかり言い含めたから」

セリアの横に座るマドレーヌがしっかりと頷く。

「何とかうまく行った。二人とも一日でレベルが4から6に上がったよ」

昨日は、シャーリーとステラのレベル上げを王都の西にある魔の森で行った。

「凄い、私の時より早いんじゃないの」

「狩った魔獣の数はセリアちゃんの時と同じくらいだったけど、人数を絞ったの。人数を減らした分経験値は得やすくなるからね。三人一チームにして別々に討伐したんだ。私とシャーリーとリュカ、ルシィさんとステラとカミーユでね。索敵と支援が得意な私とルシィさんが護り役をして、前へ出て討伐するのをカミーユとリュカがやったの。実は、始める前の人選が大変で、ステラってあんなにお嬢様してたっけ?」

「どうしたの?」

「ニコラとかエギルはあからさまに避けられて。ニコラ凹んでたよ」

「分かる。ステラのあの容姿でやられたら・・・ニコラさんちょっと可哀想」

「そんなに笑って。全然可哀想と思ってないでしょう。ニコラって見かけのよらず純情なのよ」

「知ってる、知ってる。でも可笑しい」

「メグ様、一つ訂正しておきます。ニコラのは純情ではなく、無知で単純なだけです」

「わぁ、ルシィさん厳しい」

「でも、リュカって凄い人気だったのね、フェリックス一筋のシャーリーまで知ってた」

リュカは、また近衛での訓練を再会していた。リュカはエリアスの教えを守って、レベルアップしてもステータスやスキルランクを安易に上げていない。目的の訓練を積んで、身体が慣れたと思うと一つランクアップすると言う地道な対応をしている。まだステータスポイントもスキルポイントも全て振り切ってはいないのだが、それでもレベル30の効果は高く、今彼とまともに訓練に付き合えるのはエリアスと近衛師団団長のアホンだけになった。この変化に、アホンはリュカを近衛に招きたくなったらしく、アカデミーを卒業していないリュカに礼儀作法や教養を身に着けさせようとしており、国王ジャンにも直訴したらしい。

「知らないのメグちゃんくらいだって。近衛の訓練に通う、謎の美少年剣士。腕は立って礼儀も正しいって、王城の先輩メイドのお姉さま方が噂しているよ」

「何その美少年剣士って。リュカも男の子の顔付になってきているけど、美少年って・・・どうなのかな」

「メグちゃんは、アクセル殿下基準だから、評価が厳しいんだよ」

「カミーユもうかうかしてられないわね」

ぼそっと、ルシィが呟く。

「ルシィさん。やっぱり二人はそうなのね。私、リュカさんが地竜の攻撃からカミーユさんを守ったときそうじゃないかと思ったんだ」

「あの二人、孤児院の時は毎日喧嘩してたんだけどなぁ」

「幼馴染って、そんなもんですよ・・・ふふふ」

(まったく、女子学生のトークだわ。マドレーヌさんまで目をキラキラさせているし。植物博士は、明後日の方向いている)

「そう言えば、メルキオール殿パトリシアさんとはどうなのですか」

「どうと言いますと?」

「お二人がお話している様子はとても親しげでした」

「とても、聡明で、素敵なお嬢さんですね」

「モルガンさんが言うほどではないと思いますが、パトリシアさんはメルキオール殿に好意を持っているように見えましたが」

「あぁ、好意らしきものを感じることはありますね」

「でしたら」

「そう言うことですか。マルグリット殿はご存じないのですか。エルフと人族が、なぜ不可侵でいるか。確かにエルフの里の者は古い因習に縛られ、頑なな者は多いですが、私のように人族と関わることを忌避しないものもたくさんいます。それでも、条約など無くとも交わることは殆ど無いと思います」

「分かりません。何故ですか」

「一つは、エルフと人族が交わっても、子を生せないからです」

「そうだったんですか」

(ハーフエルフいないのか!)

「エルフは妖精族です。生物学的に言えば、人族とは”種”では無く”属(族)”が違うのですよ」

「でも意思の疎通は出来るので、子を生せなくともお互いの気持ちが通じれば、恋愛感情も生まれるのではないでしょうか」

「確かに、そうですね。それで、もう一つの理由ですが寿命です。私たちの寿命は五百年ほどです。愛する者同士の寿命の差は悲劇です。愛する者の容姿が変わらず自分だけが老いる、また、愛するものを必ず先に失う。これは大きな枷です」

「それでも、感情というものは抑えられないこともあるのでは」

「その通りです。特に人族の方は、短い寿命を懸命に生きる方が多く、その情念を受け入れたエルフもいました。十歳で里を離れたので、しっかりと見ていた訳ではありませんが、私の生まれた里にも一人いました。彼は、不可侵条約が結ばれる前に人と交流・・・恋愛したようです。何時も寂しげな表情をしていたと子供心にも思ったものです」

「そうでしたか・・・」

「それに、混血が生まれないのは救いでもあるのです。遺伝は、優性や劣性があるので実現してもどのようになるかは分かりませんが、仮に両者の平均的な寿命となると、混血児は三百歳を切ることになります。生まれる子の寿命が自分の半分くらい、悪くすると、必ず自分より子供が先に逝くと決まっている。これは、親として耐えられません」

(それは確かにキツイわ)

「それに、ドワーフのことで、母が人は忘れっぽいと言っていましたが、恋愛感情に限らず時間に対する尺度が違うので、話が合わない時があるのは今も感じています。まぁ、気の長さで言えば、人は我々にかないませんよ。十年ぐらいはついこの前といって普通に話しますからね」

最後は、態と明るく締めくくってくれたのはメルキオールの優しさだろうか。

(もしかして、ここまで言い募るのは、植物博士もパトリシアさんに引かれていて、自分に言い聞かせているのかな)

馬車は、王都を出て街道を北に進んでいる。陽が陰り、気温が急に下がり出す。雨の匂いがする。スコールが近いと恵は感じた。


王都を出て最初の休憩地点に近いところで一行は馬車を止めた。辺りを見回し、人目が無いのを確認すると、女子は馬車で、男子は表に出て、一斉に着替えを始める。さらに、扉に書かれたスフォルレアン家のエンブレムを、用意していた薄い板を貼付けて隠した。

ニゲルに行きキケロモとの交渉では、アフィアのアドバイスに従いレッド・バイソンの熟成肉を用意する。ルアンに戻る前に狩りに行く計画だ。しかし、明らかに貴族が乗るような馬車で討伐に行くわけには行かない。また、マドレーヌやメルキオールなど戦闘に不慣れな者を連れてゆくもの憚られる。そこで、彼らにはカルで待機していてもらい、恵たちはレッド・バイソンを狩り、肉を得てカルで合流し何食わぬ顔でガルドノールへ入る計画だ。レッド・バイソンの生息域はルーベル山の周辺だが、今回は前回より東のフレメーヌ子爵領の草原でおこなう。

挿絵(By みてみん)

「お嬢様、本当に行くのですか」

「何度も説明したでしょう。レッド・バイソンは去年の暮れの討伐にも同行しているし。メグちゃんの護衛隊なら安心だって」

「ロジェ、手筈通りカルで待っていて。エギル、カミーユ、メルキオール殿とマドレーヌさんをしっかりお守りして。それと、全員くれぐれも目立たないように」

エギルはカルでの待機に難色を示した。カルではエギルの顔を覚えている者もいるからだ。だが、年長者で王都ではメルキオールと行動を共にしていたので、安心して過ごせるだろう。エギルには認識阻害のペンダントを渡して同行してもらうことにした。また、マドレーヌが見知らぬ男たちに囲まれて待つのは不安だろうと、同性のカミーユを付けた。今の二人なら、大抵のことは切り抜けられるだろう。

「承知しました。お嬢様もお気をつけて」

「ありがとう。さあ、孝二おいで」

「クエッ」

「ほんとによく馴れているよね」

「そうでもないの。城に上がって暫く会ってなかったら、この子私のこと忘れてて。薄情なのよ。あんなにいいコンビだったのに」

「でも、その感じだとコウジちゃんも思い出したんでしょう」

「ご飯あげないって言ったら思い出したみたい」

「それ、忘れたんじゃなくて、忘れたかったんじゃないの?」

(なにそれ・・・。おばさんは、細かいことは気にしない。よし、気分を切り替えて)

「さあ皆、ここからは飛ばすよ」

「おう」

「出発!」

六騎のオルニトミムスは、隊列を組んで進んでいった。


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