王城での暮らし 5
「きゃっ」
「おっと・・・」
出合い頭にステラはライアンにぶつかってしまった。その拍子にライアンの抱える大量の資料の一部が手元からこぼれる。
「あっ、申し訳ございません」
ステラは、慌てて落ちた資料を拾い上げる。
「いやいや、こちらこそよそ見をしていた。大事ないか?」
「はい、問題ございません」
王宮はどこも広くゆったりと出来ているが、それでも込み合う場所と言うのはいくつかある。ここもその一つで、資料室前の通路だ。ここには、文官たちが引き切り無しに出入りし、今のように出会いがしらでぶつかることも日常茶飯事だ。
「ライアン様自ら資料を求めに見えるのですか?」
ステラは、拾い上げた資料を渡しながら話しかける。
「有難う。・・・君はどこかで」
「昨年末、マルグリット様からご招待いただきましたお茶会でご挨拶させて頂きました」
「あぁ、フレメーヌ子爵令嬢でしたか。これは失礼した」
「ステラとお呼びください」
「今は、人手不足でね。急ぎの案件はこうして足を運ぶ。ステラ嬢も資料をお探しか?」
「はい」
恵たちは、何を進めているのかライアンは気になっていたが、ステラは”はい”との返事以外話を広げるつもりは無いようだ。ライアンは、もう少し押してみようと考えた。
「立ち上げた商会も順調と聞いている。さすが、ミュレー家のご令嬢だ」
商会の立上げは、商業ギルドへの登録も済み順調に滑り出していた。商会の名称はジュエ(遊び)で、クロエが決めた。悲壮感や必死の覚悟で男たちに対するのでなく、軽やかに笑顔で進もうとクロエが命名の理由を話した。ステラから紹介された錬金術工房にはリラが通い、指導を行い、商品サンプルも用意できた。当面の商品は、声の出るぬいぐるみ、精油の噴霧器、アシエ錬金術工房で製作した肉の熟成器と低温調理機になる。始めはミュレー商会の商流を使用し、徐々に拠点を用意する。これに関して、ミュレー商会との間で対等な業務提携の契約が取り交わされた。大手商会が立ち上げたばかりの商会と結べる内容ではないが、娘が直接経営し、王族のクロエが後ろ盾となり、風のショールや光る装飾品など王都でも話題になっている恵のプロデュースした商品が販売されるので、無理からぬことだ。
「いえいえ、女子供の手慰みです」
「そんなことは無いだろう。市場調査に商品の品質管理、利益計画と原価管理どれか一つでも疎かにしていれば、ここまで順調には進まないだろう。きちんと仕事に向き合っている証拠だ」
「皇太子の懐刀といわれる、ライアン様にそこまで言われるとは恐縮です」
「いや、事実を言ったまでだ。そうだ、そんな仕事の出来るあなたに一つご教示願いたい。知っていると思うが、今穀物を集めているのだが、求め方が悪かったのか相場が上がって予算が厳しくなっている。何か手立てはあるかな」
ライアンは、冗談めかしながらも少し試すように話す。
「・・・そうですね。今年はサーン伯爵領を中心とした南東部の米は豊作でしたが、ノックスからの魔獣の出現が多く流通が滞りがちで出荷できていないものがまだあると聞いています」
「そこは、ヴォロンテヂュール侯爵が押さえに掛かっていると聞いたが」
「はい、買い叩こうとする侯爵と交渉してるようです。相手が侯爵なので分が悪いようですが」
「だからと言って、そこへ手を出してヴォロンテヂュール侯爵ともめるのも面倒だぞ」
「大義があればよろしいのではないですか」
「大義?」
「お忘れですか。四年前の冷害で収穫が落ち、備蓄米が規定量を割り込んだときの国の買取を優先する布告の期限は今年まで有効です。その翌年、翌々年と豊作が続き、備蓄も規定量を超え形骸化しましたが、布告の取り下げはされいませんでしょう。ライアン様のご用意する穀物が古米でも問題ないなら、布告を盾に国の予算で備蓄米として買い上げ、払い下げられた古米を安く手に入れては如何でしょう。布告を示せば優先権は明らかですし、適正価格での買い上げですから、サーン伯爵に恩を売ることもできますよ」
「なるほど、面白い。不要となった布告を取り下げずにいた怠惰な担当官に感謝だな。しかし、何故そこまでご教示頂けた」
「そうですね。私たちの商会を評価して頂いたからでしょうか。他の方たちは、女子供が遊び半分でジュエなどとふざけた名前の商会を立ち上げたと仰るものですから」
「それは、上手くいっている君たちへのやっかみだな」
「ありがとう存じます。気持ちが少し軽くなりました」
「こちらこそ、感謝する。今日は良い話を伺った。このお礼は後日。失礼する」
「失礼いたします」
ライアンは、丁寧なお辞儀をするステラに見送られて、急ぎ足で東宮への廊下を進んだ。
後日、ステラ宛に”皆さんでどうぞ”とメッセージ付で、王都で手に入れ難いとされているパル・ボヌールの高級菓子がライアンから届けられた。
「ステラ。ライアン兄に何したの!」
「メルキオール殿の件で、皆んで食糧政策の資料をあさった成果ですよ」
「???」
ステラは微笑む。
(何この、あざとい可愛さ。ライアン兄やられたのか?でもこんな高級菓子、私には買ってくれたこと無いよ。怪しからん)
「ふぅ。はい、お終い。セリアちゃんも良く続くね」
「メグちゃんのお屋敷で訓練をさせて頂いて、初めは辛かったけど。体力が付いて来ると体の調子はぐっと良くなったよ。おっきな声じゃ言えないけどお通じとかね。それに、一緒に遠征して分かったよ。身体がしっかりしていないと心もしっかりしないって」
恵は王城に来てからも、トレーニングを欠かさず行っている。さすがに剣は持たないが、早朝の走り込みにと寝る前の魔力操作は続けている。これに、セリアも付き合っていた。セリアは、鑑定術取得後は魔術の訓練も行うようになり、とうとう初級魔法のストーン、ショット、シールドを使えるようになった。セリアは、アカデミーで魔法科も受けているが、元々魔法の素養に優れている者ばかり集まっているので、初級魔術が使えるようになった順番としてはやや遅い。だが、散々魔力操作術を恵に叩き込まれてきたので、発現当初より魔法術の精度は抜群で、クラスの中での注目株になっていた。
「さあ、着替えて。朝ごはんに行こう」
「そうだね、今日は朝から女子会やるって、クロエ様言ってたよね。急ごう」
朝食を終えて、クロエの部屋向かうと、既にその他のメンバーは揃っていた。
「おはようございます。クロエお姉さま」
「おはよう」
恵とセリアが例の敷物に座ると、クロエは一つ頷いて話し始めた。
「今日は、夏期休暇も近いことなので、皆と情報の共有と整理をしようと思い集まってもらった。私も、このところお母様とお姉さまとの社交界運営の件やらで時間を取られていたので皆からの話も聞きておきたい」
商会の状況報告は順調、ただ発案された通信板を使用した商会からの情報収集については、まだリスク管理が出来ないとして、一旦保留とされ通常の商会が行う方法で情報収集を行こととなった。ただし、このアイデアは良いので、四人娘がこの夏期休暇で実家に戻ったとき、実家の信用できる者に通信板を預けて、試行することになった。ちなみに、スフォルレアンの屋敷のメイド長イネスに通信板を書かかせても問題なく検索で読み取れた。
懸案として、上がったのは農政面での担当がいないことだ。メルキオールはその後もエギルを供に王都農民たちの下に訪れ、農業談義からアドバイスしたことが、農家の間で話題となってきている。これで、成果が出始めると、役所の耳にも入るだろう。その前に、女子会としても動きたいのだが、農政を任せられる人材がいない。女子会のメンバーでも農政関係の資料を読み漁り勉強したが、農業の技術的な知見を持たないと地に足の着いた政策は打ち出せないだろうとなった。現場と密接に連携できる人材が必要だ。アカデミーの友達をあたっているが、アカデミーからその方面の人材を求めるのは難しそうだった。恵の領地帰郷にメルキオールも同行してもらうので、その前にメルキオールの意見も確認するとなって、この件は一旦保留とされた。
肝心のニゲルの回廊の開放は、恵が帰郷している期間でキケロモとの接触を図り、交渉する。これには、恵が護衛隊とガルドノールで合流するアリスを伴って担う。セリアの実家はガルドノール領の隣であり、行動を共にしたいと言ってきたが、帰郷の道中で寄り道して、キケロモとの交渉に使うレッド・バイソンを狩らねばならない。セリアの家人にそのことが知られるので断ったが、セリアは信頼できるメイドのマドレーヌを連れるだけなので問題ないと主張する。
もともと、男爵家では従士団の人員が少なく領主以外が移動するときは冒険者に護衛を依頼している。セリアが王都へ来たときも同行者はマドレーヌだけだ。しかも、彼女は、これまでセリアの専属としてついていたが、セリアが王城に上がったので、領地に戻ることになっていた。セリアは、例の領地での通信板を彼女に任せるつもりであり、限定した情報開示は織り込み済みだとした。
恵もクロエも、お披露目会の一件で、目にしていたマドレーヌを思い浮かべたようで、忠誠心は確かだろうと判断し、了承の返事が出た。これには、ちょっとステラが羨ましそうな顔をしていた。
ステラが、ちょっと唇を突き出すようにして恵を見つめた。恵同様に小柄で黒髪おかっぱ風のショートボブのステラがすると妙に可愛い。
「ステラ、どうしたの」
「私も、メグと遠征したい・・・。って言うか、少しでもいいから私とシャーリーもレベル上げ出来ない?出来れば、とんでもない方法はなしで」
「えっ。私も・・・魔獣狩りは勘弁してよ」
「だめよ、シャーリーもやらなきゃ。魔法科を取ってる私の友達から聞いたけど、セリア凄く実力付けたって。やっぱりレベルアップの効果は凄いんだよ」
「私、強くならなくてもいいもん」
「何言ってるの、街の経営とかするのに一つでもINT上げたいって言ってじゃない」
「それは、そうだけど。・・・魔獣はちょっと」
「そのまえに、二人は何日も遠征いけないでしょう。セリアちゃんは家の事情あったし・・・」
「そこを、なんとか・・・ねぇ」
「ねぇって言われても・・・ねぇ」
夏期休暇に入った。恵は、領地への帰郷するため自分の屋敷に戻って、出かける準備をしている。ジュスティンヌが朝から、旅に必要な荷物をまとめてくれている。
「戻ってこられたと思うとすぐに領地へ行かはるんですね。エマ様も嫁がれ、こいさんも城へ上がられ、なんや、急にお屋敷も寂しゅうなりました」
「ごめんね」
「いえいえ、こいさんを責めているわけではあらしまへん。思えば、少し前までは、ライアン様お一人がお屋敷にいらしたのが当たり前でしたのに・・・さあ、これで荷物は全てですか」
「えぇ。これで全部。ありがとう」
「明日は、お友達と一緒に過ごされて、明後日ご出発されるのですね。今日の午後は如何されますか」
「メルキオール殿と出掛けます」
「承知しました。今日と明日の夕食はこいさんのお好きなものをたんと用意させて頂きます」
「ありがとう。それは楽しみ」
(去年は、屋敷に籠ってろくな夏休みじゃなかったけど、今年は忙しそうだ。エマ姉の結婚式でブクリエウエスト辺境伯がお父様になぜ新しい孫を見せに来ないってねじ込まれたらしい。血も繋がってないのになんでだろう。夏休みにブクリエウエスト領に行けないかとお父様から伝言があったけど、キケロモのこととかあるし日程厳しいよね)
メルキオールを先頭に、恵はルシィとエギルを連れて王都西の田んぼのあぜ道を進んで行く。午前中に降ったスコールが上がり、夏の強い日ざしに照らされ蒸し暑さが肌にまとわりついた。
「マルグリット殿、この先です」
メルキールの指さす先には、あぜ道で一息入れている男女が見えた。二人とも野良着に麦わら帽子をかぶっている。一人は壮年のがっちりた男で、もう一人は若い女性だ、顔つきから親子のようだ。二人とも良く日に焼けている。
「おう、学者先生。うちのを嫁にする決心はつきよったか」
「いやいや、その件は・・・ははは」
「おとん、ええ加減なことをいつまで抜かしとるんや。まったく」
娘とみられる女性は、嫌そうなことを言っているが、声と表情に明るさがあった。
「今日は、連れが多いやないか。・・・そちらお嬢さんは?」
「私が、面倒を見て頂いているお屋敷のお嬢さんです」
「マルグリットと申します」
「これはご丁寧ねいに。わてはモルガンいいます。こっちは娘のパトリシアです」
恵の軽い挨拶に、二人は立上り深々とお辞儀を返す。貴族相手に二人は少し恐縮している。
「今日は、どないしはりました」
「メルキオール殿から、米作りの名人のご家庭に、農業に詳しく学問も修められたお嬢さんがいらっしゃると伺いまして。お会いしに来ました」
「娘にですか・・・」
「はい」
「勉強が出来る子で、アカデミーに通わさせて頂きましたが、学問をさせてもこの通り農家の娘っ子で、今は家の手伝いをさせております」
「このメルキオール殿が農業に詳しいと話したとすると、かなりのものだと思います。少しお話をさせて頂きたいのですが」
「かましまへんが・・・」
メルキオールから彼女の話を聞いて調べたところ、三年前にアカデミーを卒業していた。エマと同じ学年で、クラスはBであった。家庭で学業のサポートを受けられない平民でBクラスは立派なものだ。Aクラスになれば間違いなく国の関係各所から誘われ官僚となる。そこで実績を上げ認められれば叙爵される。調べると彼女の成績は、Aクラスのものと遜色が無かったが、人数制限の中で男を優先してAクラスに上げたらしい。
年齢的には遅いくらいだが、パトリシアの結婚話は途絶えている。学があり、受け答えが理路整然として否には否と言う彼女に、周囲の若い男たちが引け目を感じ、気が強い娘だと噂を流したこと。また、近隣の親から、女に学問など学ばせるからだと批判めいた話も聞こえてきて、モルガンが頑なになり、たまに来る、後妻や高齢者からの結婚話も突っ撥ねていた。そんなところに、学者との触れ込みで、自分にも引けを取らない農業の知識を持ったメルキオールが現れたもので、結婚の話を持ちかけたのも無理からぬことであった。
実際、恵がパトリシアと話してみたところ、彼女は気が強いと感じることは無く、受け答えも丁寧で知性を感じさせ、好印象を持った。
「パトリシアさん。私のところで、その農業の知識を生かして、色々と手伝ってほしいのだけれど、その気は無い?確かに、ここで農業を続けるのも悪い事ではないけれど、別の可能性も試してみない。ちゃんとお給料もだします」
「えっ・・・」
「いきなりでごめんなさいね。戸惑うのは当たり前ですよね」
「良いお話なんでしょうが、急なもので・・・」
「私、夏期休暇で領地に帰るので、戻ったらまた来ます。その時まで考えておいてください。これ、雇用条件です」
「はい・・・えっ。こんなに」
「では、失礼します」




