王城での暮らし 3
クロエの私室からほど近い場所に用意された恵たちが集まる室は、今やフルール・ド・リス女子会の執務室と化していた。事務を行うための机と、数名の小会議が出来るテーブルの脇には黒板も用意されている。そのなかで、四人の娘たちがワイワイと騒いでいた。実のところ、初めの形ばかりのメイドの研修が終わると、四人には、お付のメイドの仕事をほとんど振られていない。クロエのお世話は、これまでのメイドがしっかり行っていた。
「メグ、そういえば、今年はエマ様の誕生日に何を差し上げたの?」
「フェンリルの縫いぐるみだよ。ビューレ君って言う、フェンリルの子供がモデル」
「ビューレちゃん、また会いたいな。キュートでモフモフなの」
「そっか、セリアは直接見てるんだよね。いいなぁ」
「でもエマ様って十八歳になるじゃないの、縫いぐるみでよかったの」
「お母さまにも渡したけど、二人ととても喜んでいたよ」
「でもメグ、ただの縫いぐるみじゃないんでしょう」
「まあね、中にフェンリルの毛玉を入れて魔獣除けにしてある。それと、仕掛けとしてちょっと魔力流すと“ワンワン”って鳴くの。ステラも欲しいの?」
「・・・それ売れないかなって。去年、精油を霧状に出して心を落ち着けるものを作ったとき、売るつもりは無いかって聞いたじゃない。あの時は例のショールを進めていて、リラのところでは作り切れないって言って、発明品なのにギルド登録もしなかったって」
「まあ、メグは十分儲けているからね」
「ねぇ、メグ。リラにはちゃんと許可貰うから、フェンリルの毛玉は無理でも声が出る縫いぐるみに精油の噴霧器、私の伝手で作らせるから売らせてくれないかな」
「いいけど。どうするの」
「それは、私から話すね。聞かされた計画をきいてロードマップとそれぞれの段階のタスクの案を考えていたの。でも色々と実行するには、公に出来ないこともあるし、私たちが自由に出来る資金が欲しいの。ステラに相談したら、この提案が出たの。何時までもメグの個人資産を頼りにするわけにもいかないし、これだけのことをするのだから資金は多いに越したことはないわ。尤もそのネタもメグ頼りだけど」
「わかった。権利ごと任せるよ」
「いいの」
「どうせ放っておいたものだもの」
「ならさぁ。クロエ様に相談してフルール・ド・リス女子会で商会を立ち上げない?資金管理もそこでやらせればいいわ」
「ステラ、それいいね。その商会をフロントにして情報収集も出来るんじゃない」
「さすがセリア。分かってるじゃない。商売の成否を決めるのは情報だものね」
「目的は商売じゃないんだよ。ステラ」
「冷静な突っ込みを有難う、シャーリー。でもさ、この前の通信板の実験で思ったんだけど、私たち以外の人が書いても読めるのかな」
「あの実験、面白かったね。離れたところで、メグとセリアが通信板で会話できるのだもの」
通信板の実験は上手く行った。識別の通信板番号が、はめ込みだけではだめで、しっかりと固定する必要があり、その場で修正した以外は特に問題なく、折り畳まれた状態でも読み取れることが分かり結果は上々だった。
実験は王城で秘密裏に行われた。実験には国王ジャンもお忍びで参列していた。錬金術技師担当として参加していたリラが、それを知って緊張のあまり失神しそうになったが、通信板の調整になると、表情が変わり手際よく修正を施し参加者を感心させていた。リラ曰く、あんな状態で仕事をするのは、もう金輪際嫌だと恵に抗議していた。
その後は、早速フルール・ド・リス女子会のメンバーだけのものでも試し問題なく動作することを確認できたのだ。
「立ち上げた商会を大きくした後、あの通信板を店長に渡して、そこに報告として書かせたらこっちで読めないかなって。向こうでは受け取れないけど、それでも情報の伝達は半分の時間に出来るよ」
「通信板の機密を教えなくても、こちらで読めるのか?読めたとしても書かせている店長はこちらが見ていることは分かるから、機密を守らせるラインをどう設定するかか・・・でも情報収集網としては凄く魅力的な案だよ。是非検討すべき」
「これも、クロエ様との検討案件だね」
「良い案だと思うけど、丸投げはダメだよ。ちゃんと企画書作るんだよ。クロエお姉さま今忙しいから」
「分かってるって、具体的な方法と手順、得られるメリットとリスクの検討、その回避策、それと、人手と予算と日程・・・だっけ」
「だいたいそんなところ。プレゼン前には私もチェックするから」
「プレ・・・あぁ、説明会ね」
現在クロエは、王妃ルイーズとエマとともに、今後の社交界をどう運営して行くかの検討を重ねている。クロエが成人を迎え本格的に参加し始めた格好だ。方針が決まれば、クロエが同じ派閥の婦人や娘たちという実働部隊を動かす司令塔になるようで結構忙しい。恵は花嫁修業と言う名目で、これにも時々参加し、王妃ルイーズの指導を受けているが、他のメンバーはこれには加わっていない。彼女たちには、カドー開拓計画をメインに置きながら、国の議会で検討した法案や行政案に対する分析や我々からの視点での対案を考えさせようとしているようだ。
(圧倒的に人材が不足しているけど、姫様はシャドーキャビネットでも作るつもりなのかな?一度じっくり話してみるか。でもシャーリーもステラの前世のビジネス手法を教えるとすぐ吸収するし優秀だよね。前世で、彼女たちがいたら会社もっと大きく出来たかな・・・でも、データベースまでとは言わないけれど、ワープロ、表計算ソフト、プレゼンソフトの三種の神器がこれほど欲しいと思ったことはいままで無かったよ)
ステラの伝手で商品を生産する話を、リラにしたところ快く応じてくれたばかりでなく、恵のお抱えとして製造の指導と品質のチェックを引き受けてくれた。そればかりでなく、例のアシエで進めている熟成肉と低温調理の魔道具の販売はフルール・ド・リス女子会で任せたいと言って来た。
「試作やってるんやけど、なんや手ぇかかってな。販売の方とか全然なんや」
「そんな問題になるとこあったっけ?」
「工房の若いもんがな、試作だ試作だと騒いで、あの肉も試さなあかん、この肉もやってみよかとか言って、進まへん」
「・・・それって」
「分かっとるから、何も言わんといてや」
『シャーリーお嬢様、大変ご無沙汰をしております。モリスでございます。突然このようにお手紙を差し上げる無礼をお許しください。実は、お嬢様が王城に召されるのと合わせるように、新しいお代官様が赴任されました。お代官様は、有能な方のご様子で、騎士団から行政を引継ぐと矢継ぎ早に、滞っていた政務を熟されています。しかし、強硬派の先兵であることは変わりなく、ソロンに対しても様々な要求を出され、ノエ閣下に頂いていた特権の返上も行われております。確かに公平な行政ではあるのですが、これまでの当家代々の貢献を無かったものにされた思いで、大変悔しく思っております。いえ、それはまだよいのです。この様な地均しの先には、領内各地の代官を、強硬派の者に変えて行くことが透けて見えております。旦那様の心労は筆舌に尽くせず、街の者たちの不安や不満も募っております。旦那様は皆を宥め、お代官様と交渉を続けておりますが、思うに任せないご様子です。情けないことに、お仕えする私どもには如何にもできない状況です。社交シーズンが終わり、旦那様がソロンにお戻りになった時に、お嬢様が王族付きになられた知らせで、街中がお祭り騒ぎになったことが嘘のようでございます。この手紙は、旦那様には伏せてお届けしております。お嬢様がお仕えする王女殿下に、こちらの窮状を伝え、保護を求める事は出来ませんでしょうか。私の浅知恵でこんなお願いしかできません。勝手な判断でのお願いですがどうか、旦那様と街のためにご尽力いただきたく、平にお願い申し上げます。お嬢様が、王族の付き人に選ばれたこと使用人一同の誇りでございます。王城でのご活躍をお祈りいたします』
就寝前に室でベッドに腰掛け、手紙を読んでいたシャーリーの頬に一筋の涙が流れた。
「なにやってるのよ。私・・・」
「シャーリーどうしたの!」
同室のステラが、シャーリーの声で目を向けると、握りしめるように手紙を持って涙を流す彼女がいた。
「大丈夫。何でもないわ」
「何でもないわけがないでしょう」
ステラは、自分のベッドから出て、硬い表情でシャーリーの下へ行く。
「どうしたの」
「何でもない・・・」
「領地の事ね」
「・・・」
「見せなさいよ、その手紙。私たち何でも助け合うって話し合ったじゃない」
「でも」
「でもじゃない。クロエ様の話を聞いたでしょう。私たちの知らないところで勝手に決められたことに貴方の街も巻き込まれている。それに抗うためにここに来たんじゃなかったの」
「・・・先日、メグにあんな啖呵を吐いたばかりなのに・・・」
「そんな見栄を張っていられるの?しっかりしなさいよ」
「・・・わかった」
渡された、手紙を睨むようにステラは読む。ベッドに腰掛け肩を落とすシャーリーの前に立つ小柄なステラが大きく見えた。
「この手紙を出したモリスと言うのは?」
「うちの執事。普段はこんなことするような者じゃないの。きっと追いつめられている。たぶん、ここに書かれていない色々なことがあったんだと思う」
「厳しい状況ってことね。ここの仕事もあるし、シャーリーが動けるのは夏期休暇よね・・・。とにかく、明日の朝、メグとセリアに相談しましょう」




