王城での暮らし 2
「サー・ロランは、鑑定術のランクは既に6ですので、検索テクニックの発現は鑑定がどのように出来上がっているかをご理解いただければ条件が整うはずです。これからそれをご説明します。美味くすれば直ぐに発現し、後は経験を積み習熟して頂ければと存じます」
今日は、水の節季はいって最初に闇の日になる。アカデミーが休みの日を利用してロランに検索の説明をする。内容を秘匿しなければならないので、クロエにお願いし、彼女の私室で行っている。ここは防諜において安心だ。また、通常王城の中で鑑定を使用すると警報が出るが、この部屋での鑑定使用の許可も出ている。試しに使うことが出来る状態だ。
長年城に努めているロランも、王女の私室に入るのは初めてでやや緊張しているようだ。メンバーは、ロランの他、クロエ、セリア、護衛のアノックだけに絞っている。
彼は、王女の手前黙って聞いているが、自分よりはるかに年下の少女に教えられるのが面白くないのか、機嫌が悪そうだ。態度の端々にそれが見える。
「その検索とやらのテクニックはそれほど有用なのかね」
鑑定による通信は機密性が高いことから、皇太子アレクシスからは新しい鑑定のテクニックがあるのでそれを身に付けるようにとだけ言われてここにきていた。もともと、鑑定持ちは常人では得られない知識をやすやすと得られるので、他人を上から見る傾向が強い。まして、ギフトによりスキルを得ていると思えば、自分は神に選ばれた者だと言う意識を持ってしまう。そのために傲慢になり周囲との関係が築けず身を滅ぼしたものも多い。ロランは、鑑定術のランクがこの国のトップであるとして、周りから特別な扱いを受け続けてきた。むしろ、意に添わぬことに皮肉で返す程度で収まっているから、ましな方かもしれないが、王城内での評判はすこぶる悪い。
「もちろんです。検索のテクニックを身に着ければ、目も前に対象が無くとも、鑑定を発動させることが出来ます」
「やれやれ、そんなことか。皇太子殿下に命じられて来てみれば・・・。所詮子供の考えることだ。それはテクニックでも何でもない」
「ではサー・ロランは、目の前に対象が無くとも鑑定が出来るのですか?」
「根本を分かっていないから、そのようなことを言うのだ。鑑定の発動は、対象が目の前にあることが条件ではない。対象へのイメージが明確であれば目の前に対象が無くとも鑑定は出来る。ただ人の記憶は完璧ではない。印象や思い込みで実物との差異が出る。目の前で見れば、記憶と現実との差異が補正され鑑定が発動しやすいだけだ」
「仰りたいことは分かりますが、私がお伝えしようとしていることは・・・」
「ええい、もういい。時間を無駄にした。私は失礼する」
ロランは恵の話を遮って、席を立った。
「ちゃんと私の話を聞きなさいよ。鑑定ばかりに頼って、人の話を聞いて自分の頭で考えることも出来なくなったの!」
普段の恵であれば、このような話し方をしなかったであろう。ただこの時、恵はだいぶ参っていた。アカデミーが始まってまだ一週間しかたっていなかったが、辟易していた。さすがに手を出す者はいないが、シャーリーの予想通り女子からの視線や妬みの恨みの言葉が痛い。事情を知っている友達がガードしてくれて何とか過ごしているが、陰に回ってネチネチやられて意外に精神に来ていた。大人の余裕がなくなっていたのだ。
「小娘が分かったような口を叩きおって」
「二人とも止めぬか!」
二人のやり取りを少し離れて聞いていたクロエが一括した。二人がビクンとして口をつぐむ。横で聞いていたセリアも自分も叱られたよう顔を青くしている。クロエの口調はそれほど厳しかった。
「ロラン殿。少し大人げないのではないか。兄上がここに寄こしたことはただの酔狂ではないと貴殿も理解しておろう。メグもアカデミーで嫌なことがあったのは分かるが、ここへ持ち込むのは筋違いだ」
「「申し訳ございません」」
「・・・小娘。アカデミーで何かあったのか?」
「小娘ではありません。私が婚約したことで、周りの方々から色々と言われているだけです・・・」
「・・・スフォルレアン・・・そうか、先に発表にあったアクセル殿下のお相手だったか・・・それは、やっかみだな」
「親に泣きつくようなまねは貴族のとしての矜持に欠けると。まあ、私は着飾っていても平民の出ですから、初めから貴族の矜持などの持ち合わせはありませんが・・・」
「泣きついたと言うのは偽りなのです。普段は親の言いなりで、自分では何も考えもしないくせに。メグちゃんを責めるときばかり、そのようなことを言うのです」
セリアは、如何にも腹に据えかねると言いった表情だ。
「妬みや嫉みの言葉は、聞き流したつもりでも滓はたまるものだ。ため込むと障りがでるものだ。何処か人気のないところで、大きな声で叫ぶとかは、シンプルだが効果はあるぞ」
「それ、分かります」
「マルグリット殿。先ほどは失礼した」
「こちらこそ口が過ぎました。ロラン様もアカデミーで何かございましたか?」
ロランは、恵が敬称を変えたことに気付いたが、とくに咎めなかった。
「何、昔のことだ」
ロランは平民出身であったが、子供の頃に鑑定術が発現したのが知られ、平民の選考試験が免除された形でアカデミーの入学が許された。しかも、卒業すれば王家に仕えることが決まっていた。これに、叙爵されないと平民の落ちる貴族の次三男が反発した。身分差もあり苛めは酷かった。平民の友も相手が貴族のため助けることが出来ない。逆に、関わらないように離れていった。その中で、己の鑑定術だけが支えとなった。ロランの性格はこのアカデミー時代に決まったと言ってよい。
「ロラン様の、対象にイメージを正確に頭に浮かべることが鑑定の条件との洞察は大変優れたものと存じます。しかし、検索のテクニックは少し趣が異なります。検索の本質は言葉・・・いえ名称により鑑定するものです」
「名称?」
「はい、例えばここにありますティーカップ。このティーカップを、その名称を使わずに説明しようとすると、多くの言葉を費やすことになりますが、それでも正確に伝えられるか怪しいものです。ですがティーカップと言えば、一言で伝えることが出来ます」
「しかし、私の思い浮かべるティーカップと、マルグリット殿の思い浮かべるティーカップには違いがあるだろう」
「確かに、ティーカップと聞いて思いうかべるものは人それぞれ異なるかもしれません。でも、ロラン様も柄や色、大きさが異なっていてもティーカップと認識されますよね。それに、ちょっとこれをご覧ください」
恵は手元にある羊皮紙に、上向きの正三角形と下向きの正三角形を重ねた星形の絵をかき、上向きの正三角形にはその線に沿って黒丸を並べて描き、下向きの正三角形には白抜きの丸を書きこんだ。
「この絵で、黒丸しか見えない方がいると、これは上向きの三角と答えます。そして白丸しか見えない方が・・・」
「つまり、多くの人の主観が集まると客観になると言いたいのか。そして名称は客観を束ねる。ならば名称で鑑定を引き出せると・・・いや待て、それでは鑑定の仕組みとは・・・」
「そうです。鑑定術は、人々の積み上げた英知を読み取る術なのです。ロラン様も、鑑定で定説として現れることに疑問を感じたことはございませんか?」
「ある。神々にしては杜撰な回答であると・・・そうか、それならこれまでもことも話が通るな」
「ただ、何でもかんでも人々の考えが鑑定として出て来るわけでは無いようです。ある程度知られている、若しくは公的に発表される必要があります」
「なるほど、独りよがりの考えではダメなのだな。ただそれであると英知と言うより、周知と言う印象だが」
「そうですね。ただ、誤りに気付けば内容も修正されてゆきますので、最後に残るものは英知となりうると存じます」
「うむ、そうであるな」
「そして、検索テクニックの発現は、ランクが5以上で、この鑑定の仕組みを理解しているか否かのようなのです。今の仕組みを意識して、名称で何か鑑定をお試しください」
「・・・おお、出来るぞ。・・・確かに、検索がテクニックとして現れた」
「直ぐにものにされるとは、さすがロラン様です。後は、習熟を積んで頂ければ、自在に使えるようになるでしょう」
「承知した」
「ですが、この検索を多用すると、何か分からないことがあるとすぐに検索して分かった気になってしまう。自分で考えることが、疎かになり。それが進むと、検索しなければ不安になるという、依存症になることもございます」
「私が、依存症になりかけてメグちゃんに助けてもらったんです」
「誰に物を言っている。そのようなこと既に乗り越えてきたわ」
「御見それしました」
「セリア殿。そなたは果報者だ。よき友が傍に居てよかったな」
「はい」
「ロラン様。このお話、実は次の段階があります。むしろ、そちらが本番です。準備が整い次第、お声を掛けいたします。その時まで、検索の習熟をお願いします」
「何時ごろになる」
「二週間ほど後になるものと」
「問題ない」
「メグちゃん、時間」
「あぁ、もうこんな。クロエお姉さま、ロラン様。お付メイドの研修がございますので、私たちはこれで失礼いたします」
「メグ、ご苦労だったな」
「小娘。今日のこと感謝する」
「小娘ではありません。失礼します」
恵とセリアは、慌ただしくクロエの部屋を出て行った。
「どうであった、ロラン殿。卿の言う小娘は。あれが、聖女と謳われたお姉様の妹だ」
「聖女ですか・・・。やはり単なる小娘ですな。いや、単なる小娘にしておかないといけないのだ。大人が色々なものを子供に背負わせるものではない」
「耳が痛いな」
「これは、クロエ殿下にも言える事ですぞ。急いで大人になる必要などないのです。私も、これで失礼します」
そう言うとロランは、一礼して立ち去った。
「アノック。どうであった」
「人となりの噂とは、如何に当てにならぬものかと思いました」
「そうだな」
ミュールエスト辺境伯領の領都ベルファーヌにある領館は、質実剛健を建物にしたかと言う威容だった。行政の建物と言うより要塞と言った方がぴったりする。現に要塞としての機能も果たすように設計されている。初代ミュールエスト辺境伯は、国境を守る領主として常在戦場の気持ちでこの領館を立てたと言う。その執務室ではマリウスが難しい顔をして書類を見つめている。
「また叔父上は、このような事を。机の上でばかり仕事をしていたせいか、現場の勘が鈍っているのではないか」
「お館様からの督促状ですか」
近くにいる側近のマキシムは、主人の険しい顔を見て何処か気の毒そうに声を掛ける。
「あぁ、早く役立たず共に役職を与えろと」
「状況はお伝えしているのですよね」
「もちろんだ。ここの領民は辺境伯領に住むことに誇りを持っている。あれだけのことをしながらも、いまだに前辺境伯を慕うものばかりだ。ここはカルと違う。人心の掌握は容易ではない。いや、それよりここの者たちの信を得られれば、強力な力となる。そうなれば。叔父上に群がる有象無象共など切り捨てても痛くもかゆくもないぞ」
「お気持ちは分かりますが、そのようなことをあまり口に出されては、障りがございます」
「分かっている。だが、思わずにはいられぬ。お前、先日会ったルフェーブル子爵をどう見る」
「一見、穏やかに見えますが、なかなかの傑物ですね。かの一族が、嘗ての帝国との戦で本陣に迫る敵軍を一歩も引かず守り切った話を聞きました。血筋のせいでしょうか、肝の座り方も大したものでした」
「あぁ、当代もよくソロンをまとめている。あの男は我がもとに欲しいのだが・・・」
「ソロンはミュールエスト領第二の街。侯爵閣下に群がる者どもには、蜂蜜を満たした器としか見ていません。強硬派の者に明け渡せねば納まりは付かぬでしょう」
「あの街を治めるのは生半には行かない。蜂蜜と思った中身は、マスタードなのだがな」




