変化の兆し 3
暮れもだいぶ押し詰まり社交シーズンも前半が終わろうとしている頃、恵は漸く時間を見つけてリラの家を訪れることが出来た。リラの家は、鍛冶屋、家具の木工工房、錬金術工房などが集まる地区にある。各工房の入口は大きく開かれ、物が通りにまで出されて、大掃除に忙しそうだ。この地区の年末の風物詩になっている。
「リラ。久しぶり。ごめんね、忙しい時に。大丈夫かな?」
「メグ、お久。かまへん、かまへん。おとん。メグが来よった。ちょっと抜けるで」
「お前んとこ、まだだいぶ残っとるで。こないなこっちゃ年が明けへんで」
「掃除せんでも、年は明けるって。うちが保証したる」
「なに、アホなこと抜かしとるんや。・・・あっ、お嬢様。ご無沙汰しております」
「お久しぶりです。ノアさん。申し訳ありません。お忙しいときに」
「いえいえ、こいつが日頃から片付けとかなアカンゆうとるのに、ちゃんとしてへんのが悪いんですわ。こないな忙しいのうとこですが、奥へどうぞ」
「お邪魔します」
リラは食堂へ恵を案内しようとしたが、素材のお土産があると言われて、奥の工房へ向かった。奥の工房は、大掃除も終わった様子で、窯の火も落とされて道具が整然と片付けられ、何処か静謐な雰囲気だ。
「ノアさん、リラお久しぶりです。戻ったらすぐに来たかったのですが、社交シーズンが始まりなかなか時間が取れず、こんな時に来てしまいました」
「かまへんて。何時ものこっちゃ」
「おまえ、お嬢様に対して・・・すんませんです」
「いいんでよ。リラにはお願いして気の置けないお付き合いをさせてもらっていますから。今日はお土産を渡すのと、魔道具の生産のお願いに上がりました」
「なんや、危なそうな話やけど、気のせいやろか・・・」
「リラなら大丈夫」
「これ、アカンやつや」
「まず、お土産渡しますね」
控えていたアリスがマジック・バッグから、今回の遠征で取得した魔獣の素材を、綺麗に掃除された作業机の上に並べて行く。
「なんや、見たことのない素材やな。おとん、知っとる?・・・って、おとん大丈夫か」
「こ、これ。ち、ち、地竜の皮ちゃいますか・・・」
「さすがノアさん。分りますか。それと、これが地竜の爪と牙、こっちがマンティコアの皮と爪、レッド・バイソンの角、そして、オーガ・ロードの爪です」
「メグ。あんた何してきたん」
「狩りだよ」
「おとん。固まってもうたで」
「こないな、高価なもの代金払えませんわ」
「いえ、お土産ですから。差し上げます」
「いや、いや、いや。こないなもの頂けません」
「この夏は、私が動けなくなりご迷惑をかけたお詫びと、ショール作りを支えてくれたお礼の意味も含めてのことです、ぜひお納めください」
「おとん。メグの気持ちやで、貰っとこうや」
「おまえ、この素材の価値わかっとんのか・・・」
「とんでもないってことくらい分かるで。でもメグと付き合うってことはこう言うこっちゃ。メグ、おおきに」
「有難くお収めさせてもらいます。お嬢様」
「こないな、お土産がでるちゅうことは、魔道具ってのがヤバイんやないか・・・」
「先程と同じこの素材でわたしの護衛の防具や武器をお願いします」
そういって、また魔獣の素材を出す。
「作って頂きたいものは、こちらの仕様書をご覧ください。お見積りお願いします。あぁ、余った素材は差し上げます」
「・・・八人分やな。知り合いの鍛冶屋に声を掛けて見んと分からしませんが、一節季はかかりそうですわ」
「分かりました」
「お見積りは、年明け早々にお出しします」
「それともう一つお願いがあります。リラ、これちょっと食べてみて」
そう言うと、恵はマジック・バッグから、皿に乗った肉を出した。
「?」
「来る前に、焼いてもらったの。ささ、食べて食べて。ノアさんもどうぞ」
「うま。なんやこれ」
「柔らかく。肉のコクが凄い」
「これ、普通のオーク肉だよ」
「うせや・・・って確かに、オークのような・・・でも全然別もんやで」
「じつは、肉を美味しくする魔道具を試作したんだ。アシエでそれを作ってほしいの。試作しかしてないから、色々改良点が出るとおもうので、それを含めて連名で登録したいんだ」
今度は、試作した肉の熟成魔道具と低温調理魔道具を机に出す。
「これ、絶対売れるで」
「でも、結構手間が掛かるんで、プロ用で料理店向けでしょ。そんなに数は出ないじゃないかな。これも、王都に戻ってから半節季、熟成させたの。結構時間が掛かるんだ。オーク肉は他の肉より少し長めに熟成させた方が美味しいみたい」
「貴族も、大何処の商家も買うで。そいで、何時ものように宣伝もバッチリなんやろ」
「そうね、そろそろ肉も揃ってきたので、陛下やクロエお姉様に献上する」
「おとん、年明けからきばらなアカンで」
「おお。来年も地獄の行進や」
(なんか、不安な単語が出てるけど・・・)
「それと、リラ。今度うちの工房で一緒に作ってほしいものがあるんだ」
「なんや。ここじゃダメなんか」
「うん。商売になる話じゃないんだ。それとリラ。以前、何れ独立するって言ったとき、私のところに来る気ないかって聞いたでしょう」
「あの、お抱えの話やな」
「リラ、ええ話しちゃうか。お嬢様なら錬金術に理解がある方や、働きやすいんとちゃうか。下世話な話やけど。独立して店開くちゅうても資金やら大変やで」
「ええんか。おとん」
「ええも何も、お前が決めることや」
「でも、それメグが家を離れるときで・・・って、王子さんと結婚決めたんやな。そらめでたいわ。おめでとう」
「まぁ、そんなところかな・・・」
「おっ。顔を赤こうして」
「いや、逃げきれなかっただけだよ・・・」
「照れんなって。あのアクセル殿下とかぁ・・・アカデミーの女子をすべて敵に回したようなもんやで」
(それ、冗談に聞こえないんですけど)
「よっしゃ、メグに付きおうたるで」
「リラ、おまえの御寮さんになる方に、その口のきき方はなんや」
「良いんですよ。ノアさん。リラは仲間ですから」
「すんまへんな、こんな娘に育ててしもうて」
「なんやおとん。その言いぐさ」
「それで、作りたいものがあるのと、少しずつ、うちの師匠とも仕事をしてもらって」
「ガスパールはんから、直接教わることが出来るんかい。そらリラ、わいもお願いしたいくらいや」
このあと、肉の魔道具の概要の説明を行い、社交シーズンの終わるころ、試作機の本格改良を行うことにした。また、リラは定期的にスフォルレアン家に通うことになった。帰り際に、ローストビーフ風に仕上げたレッド・ボアの肉を一塊渡して、恵たちはアシエ錬金術工房を後にした。
「これ、食うたら地獄行きや・・・でも我慢できへん!」
馬車に乗り込む恵の耳にリラの声が聞こえてきた。
大みそかの夜、社交シーズンで家族がそろって過ごせる貴重な一日でもある。例年通り昼間は教会のミサに出席し、一年を振り返りながら、ゆったりと過ごした。夕餉の席に家族が揃うと、サイモンが、今年は色々なことがあったが、こうして家族が欠けることなく晩餐を取ることが出来たと、しみじみと皆に語り神に感謝した。そして、年が明けてからのことに触れる。
「まず、エマとアレクシス殿下との婚儀は、来年の風の節季第一風の日と決まった。年明けの議会で、殿下の再来年の王権移譲と合わせて正式に発表される。エマ、おめでとう」
「おめでとう」
「有難う存じます。お父様、お母様」
「陛下のお加減は優れないのですか」
「病の方は、お前のポーションで小康状態なのだが、横になる時間が長いと体力が落ちる。これは、如何ともし難いようだ。公務から離れると、体力作りにも時間を十分に割けるようになるのだよ」
「そうでしたか」
「そして、ライアンは、男爵に叙爵され正式に宰相補佐を拝命される。しっかりやるように」
「はい」
「そして、殿下の王位継承に合わせて宰相となるが、その時はスフォルレアン家をお前に任せる」
「・・・承知しました。お任せください」
「マルグリット。お前は、クロエ王女殿下の付き人として水の節季より王城で過ごすことになる。アクセル殿下の婚約者選定については、殿下のあの発言で他の候補は上がらないと見られている。王妃陛下は早くも花嫁修業をさせるとの仰せだ・・・なんだ、そんな嫌そうな顔をするな」
「少しは、お淑やかになれよ」
「お兄様。一言余計です」
「子供たちがみな、それぞれの人生を歩み始めるのね・・・。いえ、まだライアンのお嫁さんが決まっていなかったわ。メグちゃんが落ち着いたとはいえ、私もまだまだ頑張らないとね」
「母上、お手柔らかに願います」
「ライアン。王権移譲は決まったのだ。これまでのように殿下を盾にした言い逃れは出来んぞ。お前への釣書が山のように来ておるのを知っておろう。覚悟を決めろ」
「お兄様も、これで落ち着かれますね」
「マルグリット。一言余計だ」
このあと、それに合わせて配置が換わる使用人たちの報告となる。
アデルは、そのままエマの付き人として城に上がり、ゆくゆくは王妃付きとしてのメイドの筆頭となってゆくそうだ。そして、待たせていた相手との婚儀を勧めると言う。お相手は、王家も守りの分家筋のものらしい。
(アデル姉にメイド長が務まるとは思えないのですが?)
「メグちゃん、なんか失礼なこと考えた?」
「いえ・・・別に。アポリンヌさんはお姉様付きを外れるのかと思って」
「アポリンヌが辞退してきてね。エマ様は連れて行きたかったみたいだけど、将来の王妃様だから、流石に平民出身だと色々周りからあるからね。彼女のことを考えると仕方ないかな・・・」
一方、アリスは一旦ガルドノールに戻りジュリアの下にゆく。ジュリアは、アクセルが恵と結ばれミュールエスト領を治めるのであれば、恵の下でミュールエストの諜報を纏めさせるつもりだった。ガルドノールは、本家に頼んで一族から養子をとり自分の後を継がせようとしていた。しかし、アクセルが封土されずガルドノールが引き受けるなら、そのままアリスに後を継がせることも視野に入れている。もし、アクセルが恵と一緒になり何処かに封土されれば、アリスはそこで諜報を取りまとめるだろう。いずれにしても、アリスはその手の技量をジュリアから叩き込まれる必要があった。
恵の護衛隊は、このまま王都のスフォルレアン家の従士団に組込まれるが、恵の去就にあわせて従わせるとされた。これには、未だにライアンから自分の手元に置きたいとの希望が出されている。何と言っても恵の護衛隊は今や王国最強といっても過言でなかった。当然、将来の王の元に付けるべきと主張している。しかし、サイモンは首を縦に振らなかった。これには、王妃ルイーズの強い意向が働いていた。もっとも、サイモンは恵以外に彼女の護衛隊を使いこなせないことを知っているからこそ、王妃の意向に従っていたのだ。
話が一通りおわり食事が進み始めたが、メインディッシュの肉料理が出て雰囲気が変わった。
「これが、フェンリルを釣り上げた肉か・・・。確かに、極上だ」
(お父様、その表現はよそうよ)
今日は、エギルにお願いしてレッド・バイソンの肉をステーキにしてもらった。まず、家族に試食してもらい、その後王族に献上する予定だ。家族の評判は上々だった。
(侯爵家並のうちの家族が、満足するんだから間違いないよね。まあ、姫様付きのエステェ様からOKもらってるんで心配してなかったけどね)
「マルグリット。これを当家で行うサロンで出せるか」
「レッド・バイソンは無理ですが、レッド・ボアは出せますよ。手持ちはそれほど多くないので、メインディッシュは難しいと思います。オードブルでは如何でしょうか」
「仕方ないか・・・。で、魔道具の方は?」
「一昨日、アシエに行って打合せしてきました。製品版の試作に掛かるのは社交シーズンが終わってからになります。それと、お話していたリラの件ですが、本人が了承してくれました。親御さんの許可も頂きました。毎週、闇の日には当家の工房に顔を出しますので宜しくお願いします」
「わかった。例のもの作るのだな」
「はい」
その後、新年の挨拶のおりに献上した肉は、王家でも評価が高く、その後の社交界で”美味しい肉”の噂話として流れ始めた。




