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森の村 4

「何じゃ、何じゃ。四日ぶりに会ったと思えば、随分沈んでいるではないか」

「アフィア様、ただ今到着いたしました。いえ、ここに来る途中でマンティコアに遭遇したのですが討伐が思うように行きませんでしたので、少し沈んでいるのです」

「なんじゃ、ウンブラから来たのか。初めからこちら側を来れば、魔獣にも遭わなんだものを・・・そうであった。メグたちは訓練で魔獣と戦っていたのだな。ご苦労なことだ」

「たしかに、私どもは訓練で魔獣を狩っておりますが、こちら側には他のフェンリルも住んでいるのではないですか?いきなり我々が踏み込めば、ご不興を買うことになるのではありませんか?」

「なんぞ、悪さでもするのか?」

「いえ、滅相もない」

「なら、何も問題ない。通るだけであれば、手を出すものはおらぬぞ」

「でも、ここに住むエルフの皆さん以外は、誰も入ってはこないと聞きましたが」

「あ奴らが勝手に決めている掟じゃ。妾たちが決めたことではない。その昔興味本位で人を食った奴がおったが、骨と筋ばかりで美味くなかったと言う話は、フェンリル仲間では結構有名でな。人を食うフェンリルなど、妾も聞いたことがない。これでもフェンリルはグルメな奴が多くての」

(人を食べない理由はそれなんだ)

「おいおい、そんな目で見るでない。冗談に決まっておろうが。村の者たちには情もあるし、メグと話をするのも面白いしの」

「冗談・・・でもそうすると、私たちも安心してこちら側を通れるのですね・・・って、もしかして」

「まあ。一言ぐらいは挨拶がいるがの。そりゃあ、外から来て、無断でずかずかと入り込んでくれば、文句の一つも言ってくる者も居るだろうさ」

「それは、そうですね」

(フェンリルのちょっと文句って・・・怖そうなんですけど。って今何かすごく重要なこと思いついたんだけど・・・何だったっけ)

「どうしたメグ。それより、旅装を解いて一息つくがよい」

「あっ、はい。ありがとう存じます」

その後、先日と同じ建物に案内され、持ってきた土産を渡したり、エルフたちとも交流を行う。前回で少し慣れたのか、エルフたちとの会話も増えた。反物やこの辺では取れない果物は大層喜ばれた。


アフィアの村を拠点とした討伐が始まった。今までに手に入れたレベル80クラスの魔石は、地竜が3個、マンティコアが4個で、目標まであと2個であった。狩りの初日は遭遇できなかったが三日目の今日はマンティコアを一頭仕留め、目標は残り1個となった。計画が次の段階に進むのも間近であったが、今日の討伐も恵の助けが必要だった。護衛達は納得していない。特にジョシュアは口数が減って表情が暗い。

マンティコア攻略で上手く行かないのは、始めの足止めだ。リュカはマンティコアを盾で止めることが出来るのだが、マンティコアの柔軟な機動力からすると、もう一方向も抑えたい。ここをジョシュアが受け持ったのだが、抑えきれないでいる。狩りが終わった後のミーティングで、ルシィは自分が変わって盾役をすると提案したが、後ろで聞いていた恵が、異を唱えた。

「確かにルシィさんならばマンティコアの足は止められるでしょう。ですがあなたは、隊長として後方からの指示をしてください。攻略の方針自体は私も同意します。今の状況では、リュカ並みの堅い盾か、カミーユ並みのスピードか、何れか一枚が欠けているように見えます。ジョシュアに盾役を任せたのも決して悪い選択では無かったと思います。ここは、ジョシュアに頑張ってもらいましょう。良いですねジョシュア」

「・・・はい」

ジョシュアの沈んだ返事を背に、恵はミーティングをしている皆の場所から離れた。

「メグちゃん。今の少し厳しかったんじゃないでしょうか」

後を付いてきたセリアは心配そうな表情だ。

「セリア様、メグ様は意識してお話したと思いますよ」

「そうでしたか」

「ジョシュアはさあ。なんか、自分で歩みを止めているように見えるんだよね。ルシィさんは、今でも貪欲に自分の能力を上げようとしてるでしょう。ジョシュアにはそれが弱いように思うの。なんか、教えてくれる、助けてくれるのを待っているような感じで」

「私は、この旅が始まってからしか知りませんが、ちょっと分かります。年上の方に失礼かもしれませんが、優しい姉や兄のいた末っ子みたいなところがありますよね」

「その性格もあってか、これまで素直にアドバイスを聞き、真面目に修行をしてきたんだよ。下地は十分できていると思うんだ。あの子なら答えを掴めるよ」

「なんか、メグちゃんの言葉って凄く年上の人のようですよ」

「メグ様の中身は、おばさんですから」

(・・・否定できない)


「メグよ、何をしておるのじゃ」

「あぁ、アフィア様。ポーションの補充をしようと思いまして、その準備でございます」

「これは、錬金術の道具かえ。そなたは、そのようなこともできるのか。大したものだの。メルキオール、先程より熱心に覗いておるようだが、お前は錬金術に興味があるのかえ」

「面白そうではありますが、良く分かりませんので何とも。エルフは、錬金術を使う者は少ないですし」

「そうかえ」

メルキオールはこの村で一番の知恵者と言われている。実際、植物のことはとても詳しく、研究熱心でもある。恵と初めて会ったその日、ちょっと目を離した隙にビューレが川を渡ったと話していたが、実際には珍しい植物を見つけて、子守りそっちのけで観察し、採取していたらしい。そのことで、アフィアに叱られていたが、彼女も彼の性格を良く知っていて子守りを任せたこともあり、叱るのもほどほどにしたようだ。そんなメルキオールだが、この村の農作業を変えて収穫量を上げたり、自生する薬草で様々な薬を作ったりと彼の功績は大きなものだった。農業に一言のあるエギルが、彼の農法に感心して、色々と聞き出し熱心に話し込んでいる姿が見られた。

「興味がおありなら説明しますよ。そう言えば、メルキオール殿も鑑定術を使えるのですよね。鑑定術があれば錬金術の習得には有利ですし」

「見慣れないものへの興味程度なので、マルグリット殿のお時間を頂いては心苦しいです。ただ、先程より錬金道具を鑑定しているのですが、名前すら出ないものもあって良く分からないです。素材の方は、問題ないのですが・・・」

「?」

(ええ~。鑑定術のクラスが1でも名称は出るよね)

「どれが分からないですか」

「まず、このガラスで出来た複雑に管が組み合わされた丸い瓶のような道具ですね」

(ソックスレーは、錬金術士ならだれでも知っているし、鑑定にもしっかり出るんだけど)

「素材は鑑定できるのですよね」

「はい。これはトレントで作った炭ですね。作りは良くないですね、本来ならもっと白く硬い炭ですね。トレントは白炭に向いた素材なので、何で黒炭の作り方をされたのか?」

「えっ、その情報は、鑑定からですか」

「鑑定にも出てますが、よく知られた話ですよね」

「では、トレントがスライムを退ける話は?」

「あぁ、知っています。ただ、鑑定には“と言われている”と出るので俗説ですね。真実ではないかもしれません」

「もしかすると、メルキオール殿と私では鑑定の結果が異なっていませんか?」

確認すると共通する部分は多いのだが、食い違いがあった。話を詰めてゆくと、人族とエルフで持っている知識の違いのようで、種族により鑑定の内容が異なっていることが分かった。

(エルフは別サーバーなの?)

「話がはずんでいるようだが、メグを待っている者が居るぞ」

「失礼しました。って、ニコラどうしたの」

「お嬢・・・実は・・・もうちょっと・・・」

「なに。はっきりしなさいよ」

「もうちょっと、肉とか力の出る物が食いたいとかないですか・・・」

「・・・あぁ。エルフのご飯は、野菜中心だものね。いいんじゃない。ちゃんと断っておけば私たちは別なものを食べても」

「そうっすよね。ありがとうっす。・・・ほらみろお嬢も食いたいっているぜ。今日はステーキだ」

「まったく。あんたが食べたいだけでしょう」

「のう、メグ。その・・・肉を・・・食べるのか・・・」

「あ、アフィア様すみません。人族の若い男の子は、ガッツリした食事か好きなもので」

「そうか。で、肉を食べるのか・・・」

(えっ、アフィア様、何ですかそのキラキラな目は・・・。まさか)

「よろしければ、アフィア様も一緒にいかがですか」

「おっ、そうか!それもよいな」

(うわぁ。アフィア様が尻尾振ってる。やっぱり狼系は肉が大好きなの)

「ニコラ。今日はあの肉出すよ」

「やったー。みんな今日は熟成肉だぞ」

「「お~」」

(って、カミーユやエステェ姉まで・・・)

「メグよ、ジュクセイ肉とはなんじゃ」

「肉を寝かせて旨味が凝縮するようにしたものです。調理に少し時間がかかりますが、せっかくアフィア様に召し上がっていただくので美味しいものを作りたく存じます」

「おお。そうか。造作を掛けるの」

聞いてみると、やはりフェンリルは雑食だが肉が好物らしい。エルフも肉は食べるがコッテリした物は嫌う。アフィアにとってはここのエルフ達は皆我が子のようなもので、食事も一緒に取るように心がけていた。どうしても我慢できないと狩りをして肉を食べるが、エルフが肉料理を得意なはずはなく、生肉となるが、それもエルフには刺激が強いようで、控えていたと言う。

(いくら子供のためだからと言っても、食生活まで我慢しなくてもよくない。ここのエルフ達は理解してくれていると思うけど・・・。初めに育てた子に苦労したって言ってたけど、トラウマになっているのかな。どっちにしてもアフィア様は優しすぎるよ)

アフィアとメルキオールに断りを入れて、低温調理に掛かることにした。彼には、夕食後にポーションを作ると伝え、その時に中断した鑑定の続きを話すことにした。

熟成肉のステーキは、アフィアとビューレにはとても好評だった。いつもは食事の間べったりとくっついているビューレが夢中で肉を食べている。

「なんじゃ。この肉は」

「レッド・ボアでございます」

「レッド・ボアはこれほど芳醇ではなかったぞ」

「それが熟成と、調理方法の工夫です」

「素晴らしい。人族の知恵は大したものだ」

アフィアの態度から予測してかなり多めに肉を準備したが、みるみる消費されてゆく。

「なんだ、久しぶりに戻ってみると、何やら良い匂いがするんだが。おっ、人族ではないか。珍しいの」

見ると、アフィアにも劣らぬ大きなフェンリルが恵たちの食事を眺めていた。アフィアの銀の毛並みより、やや青み掛かった色をしている。

「今頃帰って来たのかえ。全くどこをほっつき歩いていたのやら」

「おぉ。済まぬ」

「何が済まぬですか、主が子守を放り出していた間にビューレが性悪猫に襲われ大騒ぎしていましたのに」

「ビューレは!おぉ、無事のようだな」

「ビューレの隣におる人族のメグが通りかかり助けてくれたのじゃ。メグ。妾の番であるアサジュじゃ」

「お初にお目にかかります。アサジュ様。人族のマルグリットと申します」

「マルグリット殿。此度は息子ビューレをお助け下さり感謝いたす。アサジュと申す」

「そのことでしたら、既にアフィア様から感謝のお言葉を頂いております。お気遣いありがとうございます。今は、ここに寄せていただき、ウンブラで狩りをしております」

「そうか。・・・して、先程より大変良い匂いがして・・・」

「これは気づきませんでした。アサジュ様もお召し上がりになりますか」

「おお。かたじけない」

「あ・な・た」

「な、なんだ。マルグリット殿も、勧めてくださっておるし・・・」

「食事が終わったら、じっくりとお話いたしましょう」

「おっ、おぉ。お手柔らかにな」

アサジュにも熟成肉は好評だったが、予定外だったため量が足りなく、恵に要求したそうにしていたが、アフィアに睨まれて我慢していた。

フェンリルの社会は雌が動かしていた。というよりは、ぐうたら、お気楽な雄達を見かねて、私たちがやらねばと雌たちが動いているように恵には見えた。アフィアは、近隣に住むフェンリルの番のまとめ役をやっており、定例の連絡会を一節季に一度行っている。そこに出てくるのも全て番の雌だと言う。連絡会と言っても、井戸端会議のようなもので、話題の中心は子育てと番の雄の話しだそうだ。フェンリルの雌たちにとっては、どれほど雄たちに家事をやらせるかで格が決まるようで、アサジュがビューレの子守りを良くすると言われ、近隣の雌たちにアフィアは尊敬されていると言う。

(なんだろう。この力の抜ける展開は。でも最強種なんだよね)

夕食後、メルキオールにポーション作りを見せるときには、鑑定の話が出るだろうとルシィとセリアにも入ってもらった。ポーションを作りながら一通り説明すると、それで納得したのかそれ以上の興味を引かなかったが様子だが、メルのカップの薬の活性の話しは興味を持った様子で、活性化の魔法を薬草栽培にも使うことで効能や成長に影響でないだろうかと話が広がった。基本的にメルキオールの興味は植物のことがベースにあるようだった。そのため、鑑定の話しになると鑑定のシステムより、植物を鑑定したときの違い、人族とエルフで集積した植物に対する知識の差異に興味を示した。

「メグ様、それぞれの種族で蓄積した知恵で鑑定が異なるというのは、ほぼ確定ですね。ガスパール様に良いお土産が出来ました」

「メグちゃん。メルキオール様の植物に対する知識は相当なものだと思います。もしかしたら、その知識で農法を改革したら、作付け面積当たりの収穫量を上げることが出来るかもしれませんね」

(ルシィさんが師匠基準なのに、セリアちゃんは領地経営の感覚だよ。でも、確かにこの“植物博士”の知識は、食糧問題に一石を投じることが出来るかもしれない)


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