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転生

「駅前へお願い。ロータリーのほう。急いでね」

息を切らしてタクシーに駆け込むと早々に声をかける。

「北口だね。奥さんどうしたね」

息を整えている恵に向けて、温厚そうな初老の運転手は車を出しながら声をかけてくる。

「一人息子の就職祝いなんだけど、仕事が長引いちゃって」

「そりゃ大変だ」

運転手は微笑みながら納得したようにうなずく。

片腕である専務の田口が海外に買い付けに行っているため、些細な判断も社長の恵に上がってくる。今日もそれで予想外に時間を食った。まあ小さな会社ではあるのだけれど、人が育っていないとつくづく恵は思った。

幸いなことに車の流れはスムーズで、これなら十五分程度の遅れで済みそうだ。恵は黄昏に染まる街並みからスマホに視線を移し、ラインで息子に遅刻を詫びるメッセージを打ち込む。信号が変わり、車は右折して幹線道路入ろうとしていた。その時、うつむいた恵の左頬に強い光が当った。

「わっ」

運転手が短く叫んだ瞬間、強い衝撃を受け、恵の意識は途絶えた。


気が付くと白い空間に横たわっていた。ぼんやりと光る靄のようなものに覆われ、目の届く範囲には何もない。ただ白いだけ。何が起こっているのか理解出なかったが、すぐに事故の記憶がよみがえる。

「まともに追突されたな・・・って。ここどこ」

痛みはない。しかし、起き上がれなかった。なんだろう、手足の感覚もあるし、体に異常は無さそうなのに。いや、その前にあの状況なら大怪我をしないはずはない。

「こりゃ死んだかな」

声は周囲に吸い込まれるばかりで答えはない。案外冷静だなと恵は思いながらも、やはり気持ちは息子の孝一へと向かう。女手一人で育て上げたが、真直ぐに成長してくれて、名の通った会社に就職が決まった。まあ、一段落かもしれないが、恵も四十六歳で老け込む歳でもない。まだまだ孝一の行く末を見守っていたかった。

刺激のないこの空間で、じっとしていると自然にこれまでのことが思い浮かんでくる。恵は都会の大学を卒業すると、家に戻らず直ぐに結婚した。田舎の両親は反対したが、強引に結婚してしまった。しかし、夫はクズだった。少し働いては会社でトラブルを起こし転職を繰り返す。それも大抵は女がらみ。恵のパートの稼ぎで食いつなぐ毎日。そして子供ができたと告げた翌日に姿を消した。ご丁寧に、両親からお祝いとして受け取り、手を付けないでいた三百万円の預金をきれいに持っていかれた。まあ、変な借金をしていなかっただけましだったかもしれない。しかし、身重でお金がない状況はどうしようもなく、目の前は真っ暗だった。

両親のもとに戻ろうと何度も考えたが、反対を押し切って結婚したこともあり意地があった。まあ、クズと分かってからもグズグズして別れなかったのもその辺りが原因でもある。かといって別の男を探すつもりもない。もう男はこりごりだった。暫くして落ち着いてからだが、勤め先の同僚が結婚を前提に付き合ってほしいと言ってきた。ちゃんとしたなかなか良さそうは人ではあったが、結局は断った。孝一さえいればいいと思っていた。

恵は子供のころから、負けず嫌いで突っ走るところがあった。中学、高校ではそれが良い方向に向かい女子サッカー部のエースストライカーとなり、高校二年の時はキャプテンとしてチームを引っ張り県大会の準優勝まで進めた。

一人で途方に暮れていた恵だが、運よく輸入家具を扱う小さな会社を経営する美咲に拾われた。恵は我武者羅に働いた。きついことの連続も孝一のためにと頑張ってきたが、同時に成長する孝一を感じることで救われてもいた。やがて認められ独立。それまでのノウハウが生かせ、恩のある美咲と、コラボできるよう小物やインテリアを輸入する会社を立ち上げた。美咲の会社の販路も使えたこともあり、少しずつ会社を成長させ二十名ほどの社員を抱えられるようになり、経済的にも余裕が持てるようになった。

恵は、そんな多忙の中でも孝一との時間を大切にしてきた。限られた時間のなか、子供ながらも恵の気持ちを察して付き合う孝一のことを考えた方法は、当時彼が夢中になっていたゲームを一緒にやることだった。小学生三年生から六年生にかけてである。普通の男の子であれば小学生も高学年になれば、親よりも友達を優先する。小言が多いわりにベタベタする母親を煩く思うものだが、孝一は、なかなか上達しない恵とよくゲームをした。嫌々な様子はない。それどころか、ゲーム中は普段よりよく話をした。孝一にしても普段は頭の上がらない母親に、ゲームでなら教え、ダメだしできるのを面白がっていたようだった。

剣と魔法のファンタジー世界の中で、ある時は冒険者に、ある時は騎士に、またある時は宮廷魔術士になり、二人して魔獣や盗賊の討伐、ダンジョン攻略、敵国との合戦に出かけたものだ。

その頃は、経済的にも苦しくて余裕もなかったはずだが、今思うと・・・。

「一緒にゲームをやり、一喜一憂していたときが一番幸せだったかもしれないわね」

そう呟いたとき、恵は再び意識を失った。


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