19話 タナカの仕事
カタカタカタ カタカタカタ
ヒナは物音で目が覚めた。
タナカがパソコンのキーボードを叩く音だった。
「おはよー。朝から何やってるの?」
「仕事だよ」
「そっか、今日は月曜日だもんね。タナカも仕事してたんだね」
「当たり前だろ。家族を養ったりメンズエステに行く為に、働かなければいけないだろ」
「そうだよね。。職場には行かなくていいの?」
「ああ、今日は体調不良という事にして、リモートワークにしたんだよ」
「なるほどね、それで朝から忙しそうにしてるのね」
タナカが忙しそうにしてる中、ヒナは1人で朝食を済ませた。
するとタナカが申し訳なさそうに聞いてきた。
「ヒナちゃんお願いがあるんだけど……」
「なに?」
「明日会社で大事な会議があって……」
「私が行けばいいの?」
「うん、お願いできないかな…?」
そう言って、ヒナの姿をしたタナカは手を合わせて頭を下げた。
「いいよ!」
タナカの姿をしたヒナは即座に返答した。
「え、なんかあっさりオッケーしてくれたけど大丈夫なの?」
「うん、私今までで一度も会社に行った事がないから行ってみたかったんだよね」
笑顔でヒナが言った。
「おい、会社は遊びじゃないんだ!分かってるのか?」
「知ってるよ!タナカに出来るんだから、きっと私にも出来るはず(ピースサイン)」
「いや、絶対分かってない……
けど、ありがとう。
明日の対策は考えておくから、とりあえず出勤頼むわ」
「オッケー♪」
タナカは仕事を片付けて、翌日の作戦を練った。
翌日の朝。
ヒナの姿をしたタナカは、タナカの姿をしたヒナにバックハグの状態で、ネクタイを締めてあげた。
「ねー、これ前からはできないの?」
「普段前からした事ないから、後ろからじゃないと締められないんだよ」
「ふーん、なんか変な感じ」
「今回だけ我慢してくれ。今度から自分でできるように練習してみたら?」
「うん、分かった」
ヒナはバックハグをされた経験があまりなく、不覚にも少しドキドキしてしまった。
そんな事は大嫌いなタナカには決して言えなかった。
会社への道中、ヒナは考えた。
どうしてタナカのバックハグにドキドキしてしまったのかを。
元カレのバックハグでもあまりドキドキした事がないのになんでなんだろう。
タナカの事が気になり出している?
それとも私の身体にドキドキした?
ヒナはきっと私の身体がナイスバディ過ぎてドキドキしたのだと思い込むようにした。
ここかな…
タナカの会社に着いたヒナ。
タナカの指示通りにヒナはタナカの席に着いた。
◆◇◆◇タナカの作戦◆◇◆◇
◎第一条
ビデオ通話にすべし
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
便利な時代になったものだ。
ビデオ通話にすれば常に状況がわかる。
しかもワイヤレスイヤホンを使えば、他人にバレずに常に指示を伝えられる。
タナカの作戦により、スマホのカメラをスーツの胸ポケットから露出させ、ビデオ通話にしながらヒナは出勤したのである。
「おはようございます」
「ハッ、おはようございます」
女子社員が挨拶してきたので、ヒナは挨拶を返した。
「おはようございます!」
「おはようございます」
「おはようございます!」
「おはようございます」
「おはようございます!」
「おはようございます」
………
ダメ、落ち着かない。
トイレに行こう………
「ちょっとタナカ!?
挨拶が多すぎるわ。
しかも知らない人ばかり」
「知らない人なのは当たり前だろ。そんなの適当に返しておけばいいよ」
「えー、だって挨拶は返さなきゃ失礼でしょ?
ところで、あんたって結構お偉い様なの?」
「まあ、部長だからそこの部署では1番偉いかな」
「はぁー?そんなの聞いてないよー!!」
「すまんすまん。だって部長だと言ったら行きたくないって言われるかもしれないから……」
「最悪ー……
ちょっと待って……
誰か来た」
「分かった。お前はなにも喋るなよ」
[トイレに来た人達の会話]
「ねーねー、今日の部長なんか変じゃなかった?」
「うん、なんか挙動不審だったね」
「いつもだったら挨拶してもほとんど無視だけど、今日は全員にしっかり返してたしね」
「まあ、無愛想よりはいいんだけどね」
女子社員が話ししているところをヒナは個室の中で聞いていた。
その声は電話を通してタナカにも聞こえていた。
「おい、お前もしかして女子トイレに入ってる?」
「アッ!」
その反応でタナカは悟った。
「いいか、俺が女子トイレに入ってたのバレたらやばいから、絶対にバレるなよ!」
「ゥン」
ヒナは自分が男の姿だという事を忘れて女子トイレに入ってしまったのだ。
「とりあえず、今日は会議にだけ顔を出せばいいから。なんとか乗り越えて帰ってきてくれ」
「ハーィ」
「昨日の練習通りにやれば大丈夫だから」
「分かった」
会議の時間になりタナカの姿をしたヒナは会議室に向かった。
会議では部下たちがプレゼンテーションを次々としていった。
タナカもビデオ通話越しにプレゼンテーションを見ていた。
「では、最後に部長に総括をしてもらいます。伊藤(タナカの本名)部長よろしくお願い致します」
「はい!
皆さんプレゼンお疲れ様です。
素晴らしいプレゼンの数々に部長として嬉しく思います。
実は……私事で申し訳ないのですが、週末に頭を打ってしまって本調子ではありません。
今日もこの後病院に行かなければなりません。
プレゼンの結果や感想については後日連絡します。
今日は以上とします。
よろしくお願いします」
「よし、完璧だ!」
電話越しにタナカがヒナを褒めた。
部下たちはいつもと違う状況に困惑していた。
いつもならキレッキレの口調でダメ出ししまくっていた部長の姿はどこにもなかったからだ。
「ぶ、部長大丈夫ですか?」
部下の1人が言った。
「おーー、大丈夫大丈夫。迷惑掛けてごめんね」
「いえ、それはいいんですが……お大事にしてください」
2人はタナカの作戦によりなんとか会議を乗り切る事ができたのだった。
◆◇◆◇◆タナカの作戦◆◇◆◇◆
◎第二条
余計な事は言わないべし
◎第三条
頭を打った事にすべし
◎第四条
会議では後日連絡すると伝えるべし
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー」
「おかえり」
「疲れたー」
「お疲れ様」
「てか、めっちゃ怪しまれたんだけど」
「そりゃ、中身が別人だと怪しまれるわな。
様子が変だと思われる事を予測して、頭を打った事にしたのも正解だったと思う」
「そうね。でもみんな心配してたよ。
めっちゃ気まずい雰囲気だったし」
「仕方ないだろ。頭打ったのは本当だし、後からメールで部下たちにはフォローしとくよ……
今日はありがとな」
「うん」
ヒナは笑顔で頷くのだった。
こうして翌日の水、木、金曜日はタナカの必死の部下へのフォローと、リモートワークにより乗り切る事ができたのだった。
閲覧ありがとうございます。
Xのフォローもよろしくお願い致します。
@ino_shousetuka