悪役令嬢に転生して無双しようとしたら婚約者がお子ちゃま過ぎて恋愛対象外だったので、婚約者の父親(職業:皇帝、18歳差イケメン寡夫)を攻略することにしました
「ここに皇太子の廃嫡を宣言する」
高らかな皇帝陛下の宣言に、居並ぶ貴族達は驚愕の表情を見せた。まさか、陛下が一人息子の皇太子を廃嫡するだなんて、誰も想像すらしていなかったのだろう。
「皇太子は婚約者である公女に濡れ衣を着せ一方的に断罪しただけでなく、隣国の間諜であったアイリーンの虚言を信じ込み、洗脳された挙句に皇室の機密を流出させ国の危機を招いた。その罪は重く、皇帝位を継承するには不適確と判断せざるを得ない。これは私にとっても苦渋の決断であるが、この国の未来の為である。」
泣き叫びながら連行された元皇太子を見送り。静まり返った中で、焦った宰相が陛下へ発言の許可を求めた。
「恐れながら陛下、陛下の御子は元皇太子殿下ただお一人のみ……空位となるお世継ぎについてはどうなさるおつもりでしょうか?」
宰相の言葉に、陛下は数秒の沈黙の後、重苦しく口を開いた。
「致し方ない。急ぎ新たな皇后を娶り、世継ぎの誕生を待つしかあるまい。それが叶わぬ場合、血筋の近しい者から養子をとることになるだろう」
会場が俄に騒めき、皇太子に肩入れしてた者達の目の色が変わる。途端に新たな打算を生み出す貴族達の間から、私は靴音を響かせて一歩前に出た。
「恐れながら。皇帝陛下、発言をお許し頂けますでしょうか」
「公女……そなたは此度の被害者だ。発言を許す」
「ありがとうございます。まず、私と元皇太子殿下との婚約は、正式に破棄されたとして宜しいでしょうか」
「ああ、勿論。全面的に彼奴に瑕疵があるため皇室より公爵家に補償もする予定だ。何か要望があれば、でき得る限り聞こう」
「それでしたら、一つだけ。陛下への進言をお聞き届け下さい」
「……申してみよ」
ピクリと片眉を動かした皇帝陛下に、私は緩みそうになる頬を必死に引き締めて丁寧に礼をした。もう少し、もう少しよマリアンジェラ!まだニヤけてはダメ。
「陛下の伴侶となる新たな皇后には、急ぎ世継ぎを授かるべく若く健康な身体と高貴な血筋、相応の身分、諸外国に恥じぬ礼儀作法、教養が必要でございましょう。それもお世継ぎの誕生を考えれば今すぐにでも輿入れの準備を行うべきです。奇しくもこの身は皇太子殿下に嫁ぐ為、本日まで研鑽を重ねた身でございます。謂わば我が身は皇室の為に捧ぐべきもの。お世継ぎのいないこの国を思えばこそ、陛下には私を娶って頂くことが最善であると進言させて頂きます」
つまりは、『世継ぎを作る為に手っ取り早く私を妻にして下さい』と訴えた私に対して、陛下は頭を抱えた。
「公女、それは……」
「我が国のためでございます。どうかご英断を。それに……陛下は覚えてはいらっしゃいませんか?私が幼い頃、陛下と交わしたあのお約束のこと」
目を潤ませてそう問えば、陛下は言葉を詰まらせ、私の胸元に光るエメラルドのペンダントを見た。私達二人にしか分からない秘密の約束。陛下のその態度は、決してあの約束を忘れていないことを示していた。
「本気か、公女。私はそなたの父と同じような歳なのだぞ」
「存じ上げております。しかし、36歳はまだまだ男盛り、実際に私の父もつい数年前に跡継ぎを授かったばかりです。そして大事なのは陛下ではなく私の年齢です。私は成人を迎えたばかりの結婚適齢期、これからお世継ぎを産み育てるのに最も適した年齢でございましょう」
「……そなたはあの痴れ者に酷く傷付けられたはずだ。元婚約者の父である私が、憎くはないのか」
「私が陛下のことをどれほど敬愛し、お慕い申し上げているか、誰よりも陛下ご自身がご存知ではありませんか」
一歩も引かない私に、陛下はとうとう折れた。実際に今すぐ新しい皇后に相応しい令嬢を選ぶとすれば……それも世継ぎを産めるほど若く美しく、教養のある者となると、適合者は私しかいない。陛下は重い息を吐き、広間中に宣言する。
「公女と二人で話がしたい。皆下がれ」
一礼をし、去っていく貴族達の視線が突き刺さる中で。私は陛下に向かい堂々と立ち続けた。やがて私達の他には誰もいなくなると、陛下は玉座を降りて私の元へやって来た。
「マリア…本気なのか」
「私の気持ちは陛下を初めて拝見したあの日から少しも変わっておりません。ずっとずっと、陛下だけをお慕いしております」
「……」
「お約束しましたよね?私が成人し、夫も婚約者も恋人もおらず、この気持ちが変わっていなければ。私を陛下の妻にして下さると」
「あれは……子供の戯言であろう」
「その子供の戯言を覚えていらっしゃる陛下と、ずっと心に抱き続けてきた私がここに居るのです。あの日お戯れにご署名頂いた証書も残しております。私はもう、子供ではありません。戯れでこんな事は申しませんわ。私のこの一途な想いを、どうか受け止めては頂けませんか」
涙を浮かべて陛下を見ると、陛下の瞳にも隠せない恋情が見て取れた。それだけでなく、親子程に歳の離れた少女へ抱く感情に戸惑い、己を律しようとする切なさ、罪悪感、そして変わらぬ私の一途な想いに歓喜するほんの少しの優越感まで。ずっと彼だけを見てきた私には、手に取るように解った。
「マリアンジェラ……私の負けだ。そなたが、本当にそれを望むのであれば。そなたを私の妻として貰い受けよう」
「陛下!」
やった、勝った……!
ぎゅっと抱き着けば、彼の腕が私を抱き締め返してくれた。
「陛下……愛しています。ずっとずっと、お慕いしておりました」
「……まったくもってそなたは。親子程に歳の離れた私に懸想するなど、どうかしているとしか思えないな」
溜息を吐いた陛下は、私を抱く腕の力を強めると、諦めたように吐露した。
「しかし、認めよう。どうやらおかしいのはそなただけではないようだ。……私もそなたを、愛している」
思いの外強い力で引き寄せられた私は、陛下から熱い口付けをされていた。
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遡ること10年、私は初めて皇帝陛下に出逢った。
その時の私は、一言で言うと荒れていた。人前では大人しくしていたものの、それはそれはもう擦れた子供だった。当時の私は8歳で、勉強もできて健康で何より誰もが羨む絶世の美少女。人々は私の人生が順風満帆だと信じて疑わなかった。
しかし、私はそうじゃなかった。何せ、私には生まれた時から前世の記憶があったのだ。そして私はこの世界が小説の中の世界で、自分が悪役令嬢に転生している事に気付いていた。
更には精神年齢はいい大人だと言うのに、ピラピラのドレスを着せられ、猫撫で声で話しかけられるのが苦痛で仕方なかった。
何よりも嫌だったのが、同年代の子供達。私は前世では子供嫌いで幼い子に苦手意識を持っていた。扱い方も分からないし、すぐ泣くし、話が通じないし、生意気だし。
子供が苦手だった前世の記憶を持ったまま、友達だの婚約者候補だのと、子供まみれの生活を強要された私は日に日にストレスで弱り、どうにかなりそうだった。中でも皇太子はヤンチャなガキ大将タイプで私が最も嫌いな我儘お坊ちゃま。しかし、前世の知識をフル活用して無双しようとすれば、必然的に皇太子の力が必要になる。断罪ルート回避の一番の近道は、皇太子を攻略して私の味方につけ、ヒロインに断罪返しをすること。いや、無理。あんなお子ちゃまと恋愛ごっこなんかできるかっ。私は途方に暮れた。
そんな時に出逢ったのが皇帝陛下。当時26歳の金髪緑目イケメン。権力あり、頭良し、顔良し、性格良し、収入も勿論良し。肉体年齢8歳、精神年齢28歳の私の淡い恋心が燃え上がるのは必然だった。
しかも陛下は皇后を早くに亡くされた独身。小説の中ではこの先後妻を娶る予定もないはず。
私は気付いてしまった。皇太子を攻略するより、皇帝を攻略した方が確実じゃね?皇太子妃より皇后の方が美味しくね?……と。
そこからの私は綿密な計画を立てた。
公爵である父に事業の助言をしたり、物語の展開を先読みして事件を解決したり。転生悪役令嬢としてのポテンシャルを遺憾なく発揮して、無双状態へ真っしぐら。
幼い私の能力に興味を持った陛下に呼び出されては、可愛く陛下への愛をアピールしまくった。
「今回もマリアンジェラのお陰で事件が解決した。褒美は何がいい?」
あれは10歳の頃。とある事件が解決し、陛下が私を私室にお招き下さった時のこと。
「私はご褒美が欲しくてご協力したわけではありません。大好きな陛下のお役に立ちたかっただけですわ」
「まったく。そなたは聡明で優秀な上に途轍もなく愛らしいな。そんなに私が好きか」
「はい!陛下よりかっこいい殿方は、この世におりませんわ!マリアは初めてお会いした時から陛下一筋です!」
あくまでも無邪気に。陛下への想いを伝える私に、陛下は目尻を下げて嬉しさを隠し切れていなかった。
「たまには欲しいものを言ってみよ。何だって用意させよう」
この時の私は、計画の第一段階。とにかく可愛い子供として、陛下のお気に入りになることが目標だった。デレデレの顔で私を膝に乗せ猫可愛がりする陛下に、目標を達成しつつあると確信した私は、今後必要となるであろう布石を用意することにした。
「ん〜……それでは、お約束を頂けませんか?」
「約束?どのような約束だ?」
私は敢えて、言いづらいかのように手をモジモジと動かし、顔を赤く染めた。
「大きくなったら……私を陛下のお嫁さんにして欲しいです」
潤んだ目で上目遣いに見上げれば、完璧。お気に入りの美少女から喰らった特大の"かわいいおねだり"に、陛下は鼻血を出す勢いだった。
「ああ、マリア。そなたは本当にどうしてそんなに愛いのだ。私の心臓を潰す気か?」
「ダメですか?」
「ダメなわけがないだろう。しかし、そなたが成長した頃には色々と問題があるはずだ。制限を設けよう。そなたが成人した際、夫も婚約者も恋人もおらず、私の后になりたいと言うその気持ちが変わっていなければ、喜んでそなたを妻に迎えよう」
「本当ですか!?」
「ああ。皇帝に二言は無い」
「それでしたら、証書を書いて頂けますか?」
「ハハハ、そなたは本当に、子供らしからぬ所がまた愛らしいな。良かろう。しばし待て。特別に玉璽も押してやろう」
自分に懐き、一心に慕う可愛い幼子に対してデレデレの陛下は、こうして私に直筆の証書を渡した。
「ありがとうございます!これからも私、陛下のために勉強も礼儀作法の授業もがんばります。……そしていつか、立派な淑女になって陛下のお嫁さんになりますわ!」
「ふっ、……楽しみにしているぞ」
そう言って陛下は、私の頭を優しく撫でた。
もちろん、この時はまだ陛下は私を"子供"として可愛がっているだけで、そこに恋愛感情は一切なかった。その証書も子供の戯れの延長でしかなく、陛下は私が大人になる頃にはこんな約束は忘れ去っているだろうと思ったはずだ。それでも私は、後に大きく芽吹く事になるであろう種を、こうして少しずつ陛下の心に植え付けていった。
12歳になると、私は第二段階の準備を始めた。
「留学?」
「はい。陛下のお役に立つ為、諸外国で見識を広げたいのです。両親には許しを頂いておりますので、来月には旅立とうと思います」
相変わらず猫可愛がりされていた私は、恒例だった陛下とのティータイムでその話を切り出した。
「……それは良い心掛けだ。が、どのくらいの期間だ?」
「そうですね……4年は帰らないつもりです」
陛下は、目に見えて落ち込んでいた。
「そんなに長くか?もう少し短く……1年、いや3ヶ月、いや2週間、いや5日くらいにしたらどうだ?」
「それではただの観光になってしまいます。私は大好きな陛下のお役に立ちたいのです。もっと知識を身に付けて、他国の文化を学び、交流を広げ、陛下の隣に立っても恥ずかしくないような淑女となり戻って参ります。ですから……あのお約束を、忘れないで下さいね」
目に涙を溜めて見詰めれば、初めて陛下は動揺を見せた。幼子と思っていた私の想いが予想外に真剣だと気付いたからか、はたまた長い別れを受け入れ難かったのか。
「マリアンジェラ……」
「準備もありますので、今日が最後のティータイムになってしまいます。陛下、どうかお元気で」
「待て、マリア。いつかそなたに渡そうと思い用意していた物がある。……受け取ってくれ」
陛下が私にくれたのは、陛下の瞳と同じ色の、エメラルドのペンダントだった。
「必ず戻るのだぞ」
陛下自ら着けてくれたペンダントを大切に握り締め、私は涙ながらに陛下と別れた。
第二段階、"焦らしプレイ"の始まりである。
12歳から16歳の4年間、私は一度も国に帰らなかった。この時期は少女から女性へと花開く、女にとって重要な時期。それを、敢えて陛下と離れて過ごす事で、次に再会した時、私がもう子供ではないのだと強く印象付けることができる。
勿論、闇雲に離れるのではない。留学の間、私は真剣に諸外国で学び、自分を磨き上げた。周辺諸国を周り、文化や知識を吸収した。何より陛下と再会した時により陛下が驚くよう、美容には細心の注意を払った。各地の美容法を取り入れ、手練手管を学び、とにかく女子力を上げまくった。
中でも特に力を入れたのが、豊胸。私は陛下から"子供"として認識されている。それを"女"に変える為には、これが何より重要なのだ。ぺったんこだった可愛い女の子が、スタイル抜群の"女"になって現れたら。
陛下は戸惑い、幼い頃から可愛がってきた私をそんな目で見てしまった事に対する罪悪感を抱くはずだ。その"戸惑い"と"罪悪感"こそが、その後必ず特大の爆弾となり効いてくるはず。
更には離れている間の陛下へのアピールも忘れない。年に一度だけ、私は陛下へ手紙を送った。陛下が恋しいけれど陛下のために精進しますと言う内容のその手紙には、毎年必ず返事が来た。いつ帰るのだ、早く帰ってきなさいと書かれたその手紙には、敢えて返事をしない。距離を置きつつ私を忘れさせない作戦だ。
と、同時に。私は万が一に備えて、諸外国での人脈作りも念入りに行った。陛下の攻略が失敗し、断罪された時のための保険だ。逃げ込める場所は多いに越した事はない。その為の人脈作りだったのだが、思いの外これが功を奏し、私は未成年にして諸外国から一目置かれる存在になってしまった。
気付けば帝国一の才女と呼ばれ、外交官顔負けの外交力、各国に関する完璧な教養と礼儀作法、そして抜群のスタイルと美貌を身に付けた私は、アカデミーに入学する16歳で帰国した。
私の帰国を聞き付けた陛下は、いち早く私を皇宮に呼んだ。私の努力の成果は、絶大だった。
「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
エメラルドのペンダントが光る、ぷるんぷるんの胸元を強調するようなドレスを身に纏い、優雅に淑女の礼をした私を見て。陛下は固まっていた。
「マ、マリアンジェラ……なのか?」
「はい、陛下。マリアは陛下の元に戻って参りました」
「………………」
「陛下?どうなさったのですか?」
わざと前屈みになり、胸元を強調させると。自分が何をガン見していたのか気付いた陛下は、ハッとして目を逸らした。
「ゴホン……いや、何でもない。留学の間のことを聞かせてくれるか」
「もちろん、ずっと陛下のことを考えておりました」
私は無邪気なふりをして、子供の頃のように陛下に擦り寄った。ムニュッと押し付けた胸の形が変わる。
「わ、私のことを……?」
動くことのできない陛下は、必死に気を逸らそうとしているのか明後日の方向を見ていた。
「当然でございます。私は陛下のお役に立ちたくて国外へ出たのです。陛下のためにできることを学び、身に付けてきました。その間も大好きな陛下のことを毎日想い続けておりましたわ」
大人になった身体に、子供の頃と変わらぬ一途な想いを晒せば、陛下はとてもとても複雑な顔をされた。
「……マリアンジェラ。そなたの留学中、弟が生まれたそうだな」
「はい、我が公爵家は男子がいなかったので、父はとても喜んでおります。これで私が跡取りになることもなくなるでしょう」
「その件でそなたの父が、帰国後にそなたの婚約について考えると言っておった。私もそなたの婚姻について、思うところがある」
「……そんな、婚約だなんて……結婚は、絶対にしないといけないのでしょうか?」
私はとても悲しい顔をして陛下を見た。
「これまでと同じように、陛下のお側にいてはいけませんか?」
「な、何を言っておるのだ。そなたはもう、子供ではないのだ。……いずれ、自分の伴侶を見つけねばならん」
陛下は目に見えて動揺していた。内心でニヤリと笑いつつ、私は俯いてしゅんとして見せる。
「……それでは、陛下が私の婚約者をお決め下さい。陛下のお側にいられないのであれば、せめて陛下のお役に立ちたいです。陛下のお言葉であれば、どんな事でも従います」
本当はあなたが好きなの、という空気をバンバンに出しながら、私はしおらしく頭を下げた。陛下の動揺が手に取るように分かったが、それきり顔を上げないでいた。
「マリア……。婚約の件は、公爵と話をするとしよう。今日はもう疲れただろう?下がりなさい」
複雑そうな陛下は、そわそわとしたまま私を見送った。なかなかの好感触。
第三段階、本当はあなたが好きだけれどあなたの為に他の男と婚約します作戦。
物語の都合上、私が皇太子と婚約しなければならないのは避けようがなかった。ならばそれを利用すればいい。
陛下は死別した皇后とは政略結婚。そこに愛は無く、唯一の子である皇太子へは、親子としての情というよりは後継者としての責任感しか持ち合わせていなかった。なので皇太子の実力が著しく乏しく、その性格に難があるのを正確に理解していた。
ダメダメな後継者の為に必要なもの……彼を支える優秀な伴侶。そう理解していたからこそ、陛下は私の父の公爵と話し合い、優秀な私を皇太子の婚約者として選ぶより他なかったのだ。
「マリアンジェラ。そなたには、皇太子と婚約してもらう」
面と向かって陛下にそう告げられた私は、大人しく従った。文句も言わず、敢えて悲しい素振りも見せず。寧ろ陛下とはこれで一線を引くことにしましたという顔をして。
「承知いたしました。精一杯、皇太子殿下のお力になれるよう精進して参りますわ」
そんな私を見る陛下は、何とも言えない顔をしていた。娘を嫁に出すような気分なのか、はたまた男としての何かなのか。今は自覚がないのでしょうけれど、必ずそのモヤモヤの正体を突き付けて差し上げますので覚悟して下さいませ。
そうして私は、小説の中の舞台であるアカデミーに皇太子と共に入学した。表向きは完璧な皇太子の婚約者。皇太子妃教育を完璧にこなし、常に皇太子を立て、皇太子が何か問題を起こせば尻拭いをする。
どこからどう見ても非の打ち所がない私の唯一の欠点と言えば、基本的にチャラチャラしてる皇太子にとっては面白味のない婚約者だという点だけ。
そんな中、アカデミーに転入生が現れる。この小説のヒロイン、アイリーンだ。彼女は男爵家の養子としてアカデミーに編入してきた元平民の娘。明るくてお転婆な彼女に、厳格な婚約者に嫌気の差していた皇太子は一瞬で惹かれていく。
あとはよくあるパターン。型破りのヒロインに惹かれた皇太子と、身分の低いヒロインのロマンスは勝手に始まり盛り上がっていった。
小説のストーリーは、アイリーンが実は隣国のスパイで、自国の為に皇太子を籠絡し情報を盗もうとするが、本当に皇太子と恋に落ちてしまい、愛する彼の為に国を捨てるというものだった。その際、アカデミーでアイリーンを虐めた皇太子の婚約者、悪役令嬢マリアンジェラは断罪され国外追放される。
しかしこのシナリオは、私の介入によって大きく結末が変わっていた。
まず、皇太子は原作の中でここまでダメダメでは無かった。もう少し真面で、頭も良かった。これは原作の中のマリアンジェラが幼少期から皇太子に勉強をするよう諌めてきたから。彼のことを思えばこそのこの行為。しかし原作の中で二人の不仲にも繋がるこの工程を、私は面倒なので無視した。だって子供相手に使う時間は無かったんですもの。
結果、誰にも気に掛けて貰えなかった皇太子はちゃらんぽらんのアホ皇太子へと成長した。それも、私のことを色々と尻拭いしてくれるだけの便利で大人しい女と見下して。
ヒロインであるアイリーンは、原作ではアイリーンの正体に気付いた皇太子がそれでも彼女を愛した事で祖国への裏切りを決意する。しかし、今の皇太子は頭がスカスカのアホ皇太子。アイリーンの正体に気付くはずもなく、アイリーンが好意を寄せる要素もない。つまりは騙したい放題のいいカモでしかなかった。
そうしてアイリーンに良いように操られた皇太子は、皇室の機密をアイリーンに教え、何の罪も無い私に濡れ衣を着せて断罪しようとした。
諸外国との人脈と原作の知識、そのほか様々な情報を利用して証拠を集めた私は、断罪の場でアイリーンの正体と皇太子の無能さを明らかにした。これを聞いた皇帝陛下は大激怒。皇太子の無能さと、陛下が可愛がっていた私という婚約者がありながら堂々と浮気したことに堪忍袋の緒が切れ、皇太子の廃嫡を宣言したと言うわけだ。
長年の計画通り、皇帝を味方に付けて皇太子とヒロインを断罪返しし、一人息子の皇太子を廃嫡した事で世継ぎが必要になった陛下へ、子作りのために皇后として自分を売り込む作戦は大成功を収めた。
もちろんこの間、私は皇太子がやらかすまでただ耐え忍んでいただけではない。例えば夜会の際、皇太子のエスコートで陛下の前に出る時は切ない目を向けてみたり、目が合えば逸らしてみたり。細かいところで"本当はあなたが好き"な態度をチラ見せさせ続けた。
その度に陛下はこちらを気にする素振りを見せ、私が皇太子と触れ合っている時は嫉妬に似た怒りの視線も感じた。しかし私は陛下の息子の婚約者。互いにそんな気持ちを肯定するわけにはいかない。陛下の中でイケナイ気持ちが弾けつつあるのを充分に確認した上での、第四段階。"情に訴えかける大作戦"で昔の約束を引き合いに結婚を迫り、これまで陛下に植え付けてきた恋の火種を一気に着火して爆発させた。
こうして私は見事、皇帝陛下の攻略に成功し勝利を収めたのだった。
プロポーズの後、色々と煽り倒した反動で陛下がちょこっとだけ暴走して貴族たちを長時間待たせたのはご愛嬌ということで……
数年後のこと。
「マリアンジェラ!」
バタバタと音がしたかと思えば、息を切らした陛下が私の部屋へ突撃してきた。
「大事はないか?」
執務の途中だったのだろう。陛下の後ろからは、決裁書を山ほど抱えた宰相が追いかけて来ていた。
「少し吐き気がしただけですわ。侍医が診てくれております」
「どうなのだ、皇后は無事か?」
陛下は私の脈を測っていた侍医に詰め寄った。
「大事ありません。それどころかお目出度いことにございます。ご懐妊です」
侍医の言葉に、陛下は胸を撫で下ろした。
「そうか、ただの懐妊か。病ではなくて良かった」
「陛下はいつも、心配しすぎですわ」
「何を言う。私の可愛いマリアに何かあれば、私は正気ではいられない。心配して当然であろう」
「もう、陛下ったら」
イチャつく私達の後ろで、宰相が書類を取り落とした。
「陛下!いい加減になさいませ!いったい何人目の御子だとお思いですか!?」
「あー、……5人目だったか?」
「前回のご出産は双子の皇子と皇女でしたので、これで6人目です!皇后陛下のお身体のこともお考え下さいと、前回あれほど申し上げましたのに」
「仕方なかろう。私も気を付けようと思うのだが、皇后が魅力的すぎるのだ」
「そこを何とか自重なさいませっ!ご自分の年齢をお忘れですか!」
「まあまあ、宰相。陛下を責めないであげて頂戴。これも陛下がご健勝な証拠です。それに、世継ぎは多ければ多いほど国も安泰するでしょう?」
「皇后陛下も皇后陛下です。輿入れ直後から皇后陛下がご懐妊続きで滞っている職務もあるのです!陛下を誘惑するのはお控え下さいと申し上げましたのに……」
「それは無理な話ですわ。愛する陛下と愛を交わす時間を減らすなど、私には到底できませんもの。ねえ?私のエヴァンドロ」
私が呼ぶと、陛下はいそいそと私の元に来てキスをした。
「当然だ。私のマリア……マリアンジェラ」
「あん、陛下……」
計画通り攻略には成功したけれど、誤算だったのはずっと独身だった歳上陛下の性欲を甘く見ていたことだ。
だんだん深まる私達のキスを見て、宰相や侍医や侍女達は溜息を吐いた。
悪役令嬢に転生して無双しようとしたら婚約者がお子ちゃま過ぎて恋愛対象外だったので、婚約者の父親(職業:皇帝、18歳差イケメン寡夫)を攻略することにしました 完
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