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作者: CH3COOH

 見慣れた光景、思い出す度、吐き気がする。誰も死なんて見たくない。

 俺の前にはばあちゃんの死体が見える。車に跳ねられまるで糸の切れたマリオネットのようだった。当然、あたりは深紅に染まり、人々が呆然と眺めている。

 視界の右下に見えるのは20年、そうこれは寿命だ。俺の意思で増やしたり、減らしたりできる。他がそれも永遠ではない。たとえどんなに増やそうとも、限界は存在する。肉体の限界と死は同時に迎える。これはどうもならない。そして修正力はとても強かった。寿命を増やすことで死なぬはずだった人が死なない。それを修正するために死ななくていい人が死ぬ。つまり、寿命を増やすことは、誰かを殺すことだ。そもそも、寿命を増やすには誰かのを奪わなければならない。もちろん奪うことでも殺せる。代償は死ぬ光景を見なければならないことぐらいだろう、使い放題だ。俺がどんな悪人だったらこの力を自由にふるえただろうか。この無数の死さえ喜べただろうか。

 俺の最後の家族の死さえ分かっていても何も出来ない。いや決断する勇気がない。人殺しにはなれないのだ。

「ミーンミンミンミーーン」

 ただただ騒がしい。ゴーというクーラーの音と合さりより煩わしいものになっている。そんな現実に引き戻された。あいにく嘘みたいなこの力も現実だ。蝉の声は聞くだけで夏と暑さを感じさせる。昔の人々は文明の利器がないなか、なぜこの声に風情を感じたのだろう。さらにこれで求愛というのだから、迫られる女子もたまったもんじゃないな。2階から隣の木はよく見える。窓越しでも青々と茂る木々からは安らぎが得られる。

 今は昼休み、一日で一番騒がしい時間だ。ゆっくりと過ごす時間を邪魔されたくはない。そのまま俺は机に溶けていた。

「悠」

 一際はでかい声が教室内に響く、一瞬多くの人の意識がこちらに向いた。注目を浴びるのはなれていない、寡黙な高校生だ。

 どうせ、またしょうもないことだろう。放って置いて、そのまま自分の殻の中にいた。

「あれ、気づいてない?唐須 悠、おーい」

 わざとらしく耳元で叫んでくる。こいつは時島 景継。教室を出ても隣にピタッと付いて離れないだろう。この五月蝿いやつがついて来るくらいならとっとと追い払ってしまおう。振り切ろうと歩くペースを早める。

「で、何かようかな?」

 めんどくさいのでできるだけ淡泊に質問した。俺のゆっくりと過ごす時間を返してくれ。日常のささやかな楽しみだったんだぞ。特別成績が優秀なわけでもなく、特別モテるわけでもない。そんなありきたりな無色な生活を送りたいんだよ。

「何か用がなければはなしかけちゃだめなのかい」

「そういうわけじゃねぇけど……」

 そう言いながらも俺は窓の外を気だるそうに見る。曇り空の合間からサンサンと日は降り注いでいた。

「ちょっともう少し、こっちを向いてくれたら嬉しいんだけどなぁ、友達だろ」

「……友達、か」

 友達そういったものを極力作りたくない。コミュ力がないのも確かに理由の一つだが、それより大事な理由がある。俺は生物の死が見える。そして、その寿命を減らしたり増やしたりできる。まぁ、生物と言っても基本、目のある生き物に限られるがな。そこら中にいる、犬や猫、そして人までも。頑張って仲良くなったって死ぬ瞬間が見えてしまっては強く踏み込むことができない。それに人の死を見るのは辛いことだ。目を合わせさえしなければどうってことない。だから俺は一人でいたい。

「悠、そろそろ授業始まるよ」

「あ、おう、分かった、じゃあまた」

 その数秒後チャイムが鳴り響き午後の授業が始まった。




 『またね〜』『バイバイ』そんな言葉で教室は溢れかえっている。外では部活動をしている生徒たちの元気のいい声は太陽が沈みだした空に響いている。

 今日がまた終わる。教室の隅で静かに過ごし、誰に気づかれずに帰る。ひっそりと暮らしたい。それに景継は部活だって言ってたしな。

 俺は突っ伏していた机から顔を上げた。『……あぁやってしまった』そう思った時にはだいたい不幸がやってくる。俺はいつもクラスの中心にいる女子と視線を深く交錯せた。

「あ」

 お互いに声が洩れた。見つめ合った膠着状態。彼女は蝋人形のように不動で、そしてとてもきれいだった。そんな時間も一瞬にして絶望へと変わる。諦め、すべてをゆだねてシャッターを下ろした。そう、見届けなければならない。彼女の死を……。

「……は」

またしても口から音がこぼれ出した。いつまでたっても黒い映像から動かない。俺は自分自身を再起動させ、ゆっくりと前を見る。

 彼女は口を開け、突っ立ていた。多分俺も同じ顔なのだろう。時計のネジを巻いたように急に時間は動き出した。思考は加速し、視界はクリアになる。その分、自分がどんな顔をさらしているのかはっきりと理解してしまった。

「ごめんっ」

 『ねぇ!ちょっと待って』その声すら置き去りに俺は教室を後にした。昼とは打って変わった曇天。生暖かい風が頬を掠めていた。

【死が見えない】

 歓喜と共に恐怖を引き起こした。水とお湯を同時に被ったように熱さと冷たさを交互に感じていた。 「……見えなかった」

「は、はは」

 髪をかきあげ、笑う。俯く視線の先にはもう何も見えてない。見えなかったその光景を何度も何度も繰り返し再生している。やっとこれで気兼ねなく仲良くできる人ができるかもしれない。西日が俺の目に射し込んだ。



 俺は昨日の衝動を心に抱えたまま目が覚めた。そのままベットで仰向けになって想いを馳せる。窓から清々しいほどに青い空とゆるりと風が空気を攫っていった。深い深い闇のそこからですらはっきり感じられる光は、確かに存在した。そのまま夢とも感じられる現実を噛みしめ、学校へと向かった。

 耳障りな音を響かせながら教室へと入る。もちろん誰もいない。そしていつものように席に着こうとしたその時だった。

「ねぇ、ちょっと話したいことがあるんだけど」

 例の彼女が後ろから声をかけてきた。跳ね上がるほど驚き、叫ぶのは心のだけにして、はやる気持ちと期待を抑えてなるべく冷静に答えた。

「あっ、ど、どうした、別にいいけど……」

 彼女は俺の隣の席に行き、じっと俺の目をみつめる。深青の瞳に引き込まれる。それは赤子の頃の胎内にいるような温かさ、優しさを感じながらも深海に落ちていくようななんとも言えない寂しさを感じた。

 ドアを開ける音を聞き、初めて時間が動いている事に気づいた。『やっぱり』声とも取れないようなかすかな音を聞いたような気がした。

「続きは放課後にでも」

 笑顔をおいて去る彼女に何一つ声をかけることができなかった。「続き」があることに驚き、死が見えない謎、希望それらが相まってグルグル、グルグルと永遠に考えていた。その結果、放課後などすぐに来てしまった。

「ちょっと来て」

「へ」

 呆気にとられ、情けない声がもれる。周りの目など気にせずに人気のない校舎裏へと引っ張られた。

「俺を引っ張っているとこをみんなに見られても良かったの、これでも嫌われ者って言う自信はあるんだけどな」

「どうでもいい」

 俺の疑問をきっぱりと斬る。清々しい回答だった。そのまま彼女は口を開き、確実にこう言った。

「唐須くん、君は私の何が見えないの」

「へ」

 既視感のある声がもれる。セミのうるさいほどの鳴き声が俺をまくし立てているようだった。

「俺は君の死ぬ瞬間が見えない。他の人なら見えるのに。信じて、くれないかも、しれないけど……」

 彼女の言葉には謎の説得力があり話してしまう。信じてくれるわけもないけど、なぜか話したくなった。風が俺の言葉を遠くへ運んでいく。長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

「信じるよ。私も君の心が見えないの。だから同じだね」

「同じ、なのかな」

「そうだよきっと……、私達は分かり合える」

「……ありがとう」

 救われた気がした、呪いが解けた気がした。誰も理解してくれない悲しみを、痛みを、苦しみを、憎しみを。彼女はわかってくれる。ただそのことが嬉しくて堪らなかった。俺と真逆でなにもまだ知らないけど、これから仲良くしたい、始めてそう思えた。

「それじゃあ、分かり合うためのはじめの一歩として、自己紹介でもしよっか、私は烏崎 うさぎ、よろしくね」

 彼女もとい烏崎さんは若干恥ずかしがりながらそう告げた。よく見ていなかったが、烏崎さんの容姿は整っていて誰が見ても思わず『かわいい』そうにやけてしまいそうな程だった。

「じゃあ君の番」

 はいという声とマイクを渡すジェスチャーなのか握った手をこちらへと向けた。

「えぇーっと、唐須 悠です。こちらこそよろしくおねがいします」「うん、よろしく」

 烏崎さんは、弾けるように、感情を表に出していた。

 戸惑いながらもなんとか乗り越えられた。お互い、笑いあった。他愛のない話をした。それもちゃんと目を見て。


 話に花を咲かせている間に日は沈み始めていた。

「もうこんな時間かぁ、じゃあ今日はもう帰るねぇー」

 少しだけ顔を歪めて名残惜しそうにしている。

「そうだね、今日はありがとう、じゃあね」

「と、その前に!連絡先交換しとこ、SNSも」

 烏崎さんがクラスの中心にいる理由を垣間見た感じがする。やり慣れていない俺は烏崎さんに教えてもらいながら、なんとか交換できた。

「じゃあね、悠くん」

「え!あぁ、うんバイバイ」

 軽く手を降ると烏崎さんは大きく振替してくれた。今日はすごい日だった。月並みな言葉しか出てこないが、俺にとっても烏崎さんにとっても人生を変えるような日だった。

 帰路につくと、余計何気ない会話が大切なモノに思えた。こうやって話ができる人はもう烏崎さん以外にはできないだろう。

 ふと風に吹かれて立ち止まる。ふと空を仰ぐと太陽と月が交代していた。街を見るとそこら中の家の明かり、街灯、季節外れなイルミネーション、下を向き続けていた俺にはなにも見えていなかった。俺の生きるこの世界は思っているよりも光にあふれているのかもしれない。

「ただいま!」

 鍵を開け、ドアを開く。久しぶりに家に声を響かせた。




 寝る前、ベットに寝転びスマホを開く。眺めるのは家族以外で唯一追加されている友達。烏崎 うさぎ、俺と同じで能力とでも言おうか、そんなものを持っている。烏崎さんは他人の考えていることが分かる。俺と同じで目を合わせなければ分からない。でも心を読めるということは大きな弊害だと言っていた。表面はいいイメージを作ったとしても、深層心理まで善人などそうそういないだろう。人の悪意、恨み、憎しみ、怒り、負の部分を直進しなければならないそれはどれほど辛いことだろうか。到底俺に図れることではない。それでも烏崎さんは人のそばにいる事を選んだ、クラスの中心で、笑顔で過ごしている。それでも俺は見たくないものが見える、見せられてしまう、その恐怖を知っている。どんなに正反対な性格をしていてもこれだけはたしかに言える。俺は烏崎さんに救われた。だから俺も烏崎さんの助けになりたい。今まで名前すら知らなかったけど、本気でそう思えたんだ。

「スゥー……ハァー」

 一度大きく深呼吸をする。頭の中は整理できた。今日は寝よう。昨日の恐怖と希望の混ざりあった感情はなく。俺の心は幸せへと振り切っていた。大きな幸福感と共にゆっくりと眠りについた。


「おはよう」

 ゆっくりと空に言葉を吐く。昨日、今日と幸福な日々が巡っている。もし、幸運と不幸が交互に来るというのならば、俺の人生のこれまではずっと不幸でその分幸運がやってくるのかもしれない。『物は考えよう』というように、自分の取り方しだいでどちらでも取れる。


 今日は休日だ。普段は誰にも自室という聖域を侵害されないから、正真正銘、休息の時間であった。

「一緒にどっか行こうよ〜」

 スマホを固く握りしめワナワナと揺らす。そう烏崎さんから連絡が来ているのだ。

「いいよ」「分かりました」「どこに行く?」何度も消して打ち直す。そのたびにタッタッタッとタップ音と振動が手に響く。SNSのやり取りに慣れているはずない。そもそも会話に慣れていないのだから。

 自分がどこかで望んでいた青春は、こんな形をしているのかもしれない。

「あぁー、分かんねぇぇ」

 正しい返信も、烏崎さんの真意も。最近こんなことばかりだ。思考を永遠とミキサーにかけているようだった。

「いいですよ、どこにしますか」

 硬いような気もしたが、これが正当だろう。

「じゃあ、取り敢えず学校の正門前に待ち合わせね!d(¯‐¯*)」「了解です、すぐ行きます」

 顕著に現れる文化の差をスルーして、校門へ向かった。


 夏も虫がいなけりゃどうってことない。と言うやつもいるが、当たり前だが夏の怖さは暑さだろう。アスファルトに卵を割れば目玉焼きでも作れるんじゃないか。体はすっかりと夏の匂いに包まれていた。ズルズルと校門へ歩く。

 烏崎さんは優しいそよ風にふかれて、待っていた。

「ごめん、遅れた」「私こそ、急に誘ってごめんね」

 なぜか、夏の蒸し暑さはなくなり、上ってくる別の暑さを感じた。

「その、か、可愛いね」「へ!?」

 どこかで読んだ漫画で同じような光景を見た気がする。烏崎さんは呆気にとられながらも、ハジけた笑顔で「ありがとう、悠もかっこいいよ」と不意をついてきた。お互い、顔を赤くしている。きっと夏のせいだ。

「そんなこと初めて言われたよ」

 笑い声が空に溶ける。これほど幸せな時間を過ごしていいのだろうか。かすかに黒く心を染めた。気づかないふりをして、そっと箱を閉じた。



 カランカランとレトロな入店音が響く。烏崎さんに連れられてきた喫茶店はとても静かでレコードの音だけがゆったりと店内を包み込んでいた。

「マスター、いつものちょうだいっ」

 悪戯をする子供のように口角をつり上げた。「はい、すぐに」

 マスターと呼ばれた初老の男性は、丁寧な返事をして、なれた動きでメロンソーダを出した。

「私の行きつけなんだぁー、いいでしょー」

 見ているこっちが恥ずかしくなるような純粋さをぶつけてきた。

「そうだね、俺も好きかな……こういう場所」

 木製で統一されていて、時代を感じる音楽。いつもより、ゆっくりと時がながれていた。

「じゃあ、このおすすめコーヒーで」「畏まりました、砂糖とミルクはどうされますか」「いえ、大丈夫です」

 しばらくして「今日のオススメのトルココーヒーです」と小ぶりなデミタスカップがスッと差し出された。

「ありがとうございます」

 ゆっくりと口に運ぶ。深いコクとコーヒー独特の苦味が口の中一杯の広がった。

 カウンター席に座る俺たち以外には誰もいない。静寂でそれでもって雑音も気にならない、最高の空間だった。

「ねぇ、悠はいつ、見えるようになったの」

 コースターに緑に輝くグラスを置く。お互いの瞳はお互いを真っすぐに貫く。烏崎さんは俺を理解しようとしていた。固く閉められた口とかすかに動かす。俺の過去は、空想。嘘と言われれば納得してしまうようなことの連続。それでも初めて、話したいと思った。そうだ、話そう。きっと大丈夫。逸れた視線をもとに戻す、俺も見つめ返す。そして大きく息を吸う。

「俺の過去は、嘘のようなことばかりだ、聞いていて楽しいものじゃない。それでもいいなら」

 頭を右肩に寄せ、後ろ頭を掻く。

「いいよ、どんなものでも」

「……ありがとう」

 烏崎さんはいつもより少しだけ真面目な顔をしていた。

「俺がこの力を使えるようになったのは10歳の頃、母さんが死んだ日だ──」


 その日は、最近みたいによく晴れてカラッとしていた。柔らかいお日様の匂いに包まれ、母の手を握って散歩をしていた。父は俺が生まれた頃にはすでに空から見守ってくれていた。それを不幸だと思ったことは一度もない、慎ましく、幸せに過ごしていてはずだ。

「そろそろ、お弁当食べましょう、ゆう」

「うん!わかったー」

 無邪気に公園のベンチにいる母に駆け寄った。しかし、俺が母に抱きつくことはなかった。

 母は倒れた。当時、10歳だった。賢明な判断などできるはずはなく慌てふためき、泣く、泣く、泣く。周りの人が救急車を読んでくれたが遅すぎた。死因は働きすぎによる急性クモ膜下出血。俺のために、体を酷使していた。それさえも俺には気取らせることはなかった。でもそれが悔しかった。

「どうして、どうして、死んでしまったの、別れるって分かってたら、もっと『ありがとう』って言えたのに、手伝いだってもっとした。勉強ももっと頑張った。死ぬことが分かっていたら……」

 後悔、絶望、失意、何もできなかった自分が悔しくて、情けなくて、神に願ってしまった。

「もし死ぬことが分かっていたら、僕はもっと大切にできたのに、この日々を」

 火葬場の外、差し込んだ光は、期待外れな冷たさを持っていた。


 そう、この馬鹿な神が願いを叶え、俺には死が見えるようになった。以上が理由」

 いつの間にか、グラスの中の氷はきれいになくなっていた。

「……話してくれてありがとう」「もう、泣くほどの悲しさは残ってないから」

 ドロッとした粉が残るマグカップのソコを見つめる。粉は三日月のようにこびり付いていた。

「重たかったよね」

 静かにかすれた声を出す。烏崎さんにこれを伝えて良かったのか疑問に思う。でも過去を話したのは初めてだ。「これからは前に進んでいける」声にこそ出さないが、一つ悪縁を断ち切ったような気がした。

「なんて言っていいかわかんないや……悠は凄い頑張ったんだね」

 暗い洞窟の中、ポツンと咲く一輪の花のようなとても幻想的で、それでもって儚げな表情だった。

 頑張ったなんて思ったことはなかった。この力も呪いで、苦しみ生きることが償いだと思っていた。俺は初めて『頑張っていた』んだと自覚した。

「ハハハ、頑張ってたのか、頑張ってたんだな、ハハハ」

 何度も何度も繰り返す。嬉しかった。ただただ嬉しかった。そうやって呟いて、落ち着いた頃、俺は烏崎さんに聞いた。

「じゃあ、烏崎さんはどうしてその力を持っているの」

「それは──」




 夏の夜、寒さが肌に刺さる。そんな中温かさに触れ、心はポカポカとしている。しかし肉体的にはどうしようもない。

「ハクシュン」

 大きなくしゃみをする。こんな夜中までいることは想定していなかったため、ひどく薄着だ。

「悠、大丈夫、上着貸そうか?」

心配そうに見つめられ、なんとも言えない。立場が逆なら格好がつくのだが。

「そんなに寒くないから、大丈夫」

 強がって笑っているが正直寒い。まぁ、風邪を引かなければいい話だ。

「今日はありがとう、楽しかったよ、烏崎さん……」「私も──った─、ゆ─あり──う」

 不意に歪む視界。なぜ、今になって。俺は知っている。何度も体験したこの感覚。あぁ引きずり込まれる。彼女の死に。


 見覚えのある道路、既視感のある天気、一度見た服装。烏崎さんの頭からはドクドクと血が流れ出し、死に至らしめる。

 俺はすぐに残り時間を見る。

「書かれていない……」

 呆然と立ち尽くす。俺はすぐに感づいた。このデジャヴ、これは今だ。

 景色も、天気も、服装も、全てが今と一致する。全身の毛を逆撫でられたように一気に寒気が襲う。『助けないと』焦燥感に追われる。どうやったら助けられる、どうすればいい、何が正解か、どうしたら死なない。思いっきり頭を掻きむしる。取り敢えずここから離れよう。

「烏崎さん!行こうッ」「えッ」

 踵を返し、手を引く。死んでほしくない。隣りにいてほしい。あぁ、俺は気づいた。烏崎さんが好きなんだと。

 手当り次第、角を曲がり、駆け回り、離れようとする。そしてついに立ち止まる。息は上がりきって、シャツは体に張り付いている。

「俺は見たんだ、君が死ぬのを。だから、止めたい」

 切れる息の合間に断片的に説明する。手を膝につき、肩は激しく上下に動いていた。

「ありがとう、悠、でも──」

 ニッコリと笑う顔が目に残る。その言葉は最期まで言い切られることはなかった。俺はいつの間にか星を見ていた。


 何が壊れた音がこだまする。烏崎さんの元へ、何かが降り注いだ。ドサッと全身が崩れ落ちる。烏崎さんは頭から血を流していた。

「あ、ぁあぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 周りも見渡す。そこが俺が見た場所と同じことを理解するのに1秒すらかからなかった。

 まだ、まだ生きれる。

『俺が誰かを犠牲にするなら』

 俺の本来の力、寿命を動かす。たとえ、この行為が殺人だとしても、代わりに誰かが死ぬとしても、俺は君を助ける。塀の間にいる猫、空を飛ぶ鳥、通行人、窓から覗く人、俺は見えたものすべての寿命を奪う。そして、烏崎さんに捧げた。

「……」

「なんで、なんでッ」

 捧げる時間と裏腹に烏崎さんの体はどんどん冷たくなっていく。生きてほしい。その一心で周りのすべての生物の寿命を奪った。

「……」

 彼女は冷たかった。ずっしりと重くなっていた。目に光がなくなっていた。

「……もう、嫌なんだ。目の前で大切な人が死ぬのは。それを防ぐためにこの力があるんじゃないのか。なのに、なのにッ……烏崎さん、一人さえも守れないのなら、無意味だ。また俺は失うのか」

 真夏の集中豪雨。全身を濡し、真っ赤に染め、去っていった。あぁ、やっと大切な人ができたのに。好きだと気づいたのに。俺はまた一人、隣りに立つ人を失った。

 彼女を貫いたのは、警察が威嚇射撃で空に撃った弾丸だった。不運としか言いようがない。海外では珍しくないらしい。だからといって、あぁそうですかと悲しさが和らぐわけでもない、悔しさが薄れるわけでもない。

 奪った寿命は使えず、全てがもとに戻った。結局死んだのは烏崎さんだけだった。

 もう誰とも関わらない。そう固く固く誓った。




「ミーンミンミンミーーン」

 君と初めて視線を交わした日もこんな感じだったな。母と祖母が残した遺産を食いつぶし、生活している。はや、一ヶ月。俺は他人との接点をなくした。部屋に閉じこもり、買い物もすべてネットですませる。

「宅配でーす」

 今日の分が届いたらしい。ゴロゴロと重たいドアを開け、ズルズルと重い体を引きずる。

「ここにサインお願いします」

 習慣と化したサインを書く作業。荷物を受け取った。

 いつものように過剰包装されたダンボールを開ける。受け取った荷物の中に見慣れない真っ白な封筒があった。

 ビリビリと破く。何に入っていたのは、小型のボイスレコーダー。不気味に感じながらもおずおずと再生ボタンへと手を伸ばした。


「どうも、烏崎 うさぎです」

 蘇ってくるあの笑顔、幸福な4日間。泣き出してしまいそうだった。

「まず君に謝らないといけないことがあります。私は心が読めるんじゃなくて、未来が見えます。だから自分が死ぬこともわかってました。」

「は、え……」

 口をパクパクとうごかす。思いがけない再会だった。烏崎さんの肉声が聞こえることが嬉しくて涙が溢れてきた。それと同時、彼女が死を知っていたことに驚いていた。

「それと、一度話したと思うけどもう一度だけ、私は10歳の頃、誘拐にあった。何も危害は加えられることなく救出されたし、犯人も繋がった。でも誘拐が原因で家族は崩壊した。そのとき、未来が見えていれば、誘拐を回避できた。そうしたらこんなことにはならなかったと、願ってしまった。それが原因。」

 知っている。俺と同じように力を手にした。願いの強さや怖さもお互いわかっている。

「君は俺に何を伝えたいんだ」

 淡々と過去を話す烏崎さんに問いかけるが、返事はない。俺のすすり泣く声が鬱陶しかった。

「最後に伝えたいのは、自分の道は自分で『決断』して。その決断が正しいか間違いか、善か悪かなんてどうでもいい。そんなものはすべて見方によって変わる。変わらないのは決断をした自分だから。自分にだけは嘘をついてほしくない。ごめん、こんな力が無くったって、必ず決断を迫られる場面はある。それに向き合わないと、だから私はいつも明るく生きている。その事を悠だけは覚えておいてほしい、以上じゃあね」

「決断、か」

 空に息を吐く。涙は枯れたのは溢れなくなった。この力を望んだのは紛れもない自分だ。今回のことの責任の一端は俺にある。償う、いや向き合う。そうすることが弔いだ。それが俺の選択だ。

 彼女の明るさは決断だった。自分で招いたことに絶望した俺とは違って、やったことに向き合っていた。

 人の死は二回あるとよく言う。一回目は生物として命が終わった時。二回目は誰の記憶にもいなくなった時。俺は死と向き合っていただろうか、表面だけ上っ面だけしか見ていない。大切な人を失ってやっと気づいた。心の中に生きるという意味を。

「俺も向き合ってみようか」

 まずは俺の今までと向き合おう。初めて見た死から。




 見慣れた光景、思い出す度、吐き気がする。誰も死なんて見たくない。でも向き合わなければ何も解決しない。これは俺の『選択』なのだから。俺が背負わなければいけない。彼女がそうしたように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)彼にしか見えない未来がある。それは良くも悪くも。そんな物語を丁寧に書かれている印象でした。 [気になる点] ∀・)妙にリアルだなと感じました。 [一言] ∀・)なかなか読了感のある作…
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