はじめて
謎の二人組とばっちり目が合った。数秒間、沈黙が流れる。何とも奇妙な光景だ。
頭の中は、空っぽだった。僕は逃げようという気も起こらなかった。
ただそこにいる二人を、一心に見つめた。
「あー!」
突然の大声に、僕はびくりと肩を震わせる。
「見つけたー!」
うん。見つかった。え?僕、探されてた?
「目元にほくろがある男の子!」
そう言われて僕は、思わず目元に手をやった。
「海くん、早く部長に連絡!」
「お、おう」
男の子は慌ててポケットに手を突っ込む。
隣にいた女の子は前屈みになり、しゃがんでいる僕に目線を合わせた。
そして、少し声のトーンを落とす。
「ねぇ、君は、いじめを受けていますか?」
思いもよらない質問に少し動揺したが、嘘をついてもどうしようもないので、「はい」と正直に答えた。
すると、女の子の顔が、ぱっと輝いた。
「やっぱりあなただ!私たち、あなたを探していたんです」
「え‥‥?僕を?」
「そうなんです」
キラキラと輝いた目で僕を見つめる。しっぽを懸命に振る犬みたい。背も低いし、丸っこくて可愛らしい感じの女の子だ。ふんわりとした優しい雰囲気を纏っている。僕に満面の笑みを向けてくれるので、本当に犬のように見えた。
隣の男の子は、日に焼けた肌に、なかなかの高身長。にかっと笑うと白い歯を見せる。体育会系な感じの、明るそうな人という印象だった。
僕がぼうっと二人を眺めていると、女の子が口を開いた。
「驚かせてごめんなさい。私、七草優花といいます。そっちの人は速水海くん」
「はぁ‥‥」
間の抜けた応答しかできない。
「とりあえず、一緒に来てくれませんか?」
そう言って、僕の手を取った。柔らかくて温かい手だった。僕は何も考えずに立ち上がる。男の子も、誰かと電話しながら僕たちについてきた。
結構なハイペースで階段を駆け上がり、三階にたどり着いた。普段あまり運動をしていない僕には、だいぶきつい。
ほとんど息が切れていない二人に対し、僕は息切れをしているのを知られたくなくて、少し息を止めた。
そうすると、余計息が苦しくなった。
三階には会議室があるので、多分たくさんの先生がいたはずだ。二人はそれを知っているのか不安になったが、顔色からして大丈夫だと思った。
そして、七草さんは、会議室の前で僕の手を離すと、ガラッと扉を開けた。
「調月くん、薫ちゃん、この子です!一階にいました〜」
「お」
「あら」
部屋にいる二人の視線が僕に集中する。人に見られるのが苦手な僕は、体が硬直してしまう。なんだか恥ずかしくなって、ペコリと頭を下げた。
「まぁ、ずいぶんと可愛い子をひろったのね、優花ちゃん」
「海くんと見つけたんです」
そう言って嬉しそうに微笑んだ。
「本当に、見つかってよかったですよ。何の目的もなしに、ジャックしちゃったことになるからね」
会議室の椅子に座っていても、何の違和感もない男の子は、そう言った。話しながらも、手元から目線を離さない。
何だか分厚くて難しそうな本を読んでいる。その男の子のかけている大きなメガネは、顔からはみ出ている。サイズが合っていないのなら、無理しなくてもいいのにと思った。
そして、本をパタンと閉じると、椅子から立ち上がった。そこまで身長は高くないけれど、顔が整っていて爽やかイケメンって感じだ。イケメンは何をつけていても似合うのだ。メガネをかけていても、綺麗な顔立ちは隠しきれていない。
僕の前に来ると、手を差し出して、「初めまして。調月透哉です」と言った。手は差し伸べたまま。
ああ。握手か。理解した僕は、「桂花伊織です」と名乗り、手を握り返した。
なんだか堅そうな人だけど、悪い人ではなさそうだ。
そしてもう一人、調月さんのすぐ隣に座っている女の子‥?みたいな人も立ち上がる。僕より頭ひとつ分ほど上背があり、肩幅も広い。でも着ているのはレースのついたトップスに、長いスカート。いかにも女の子って感じの服装だ。
でもやっぱり、女性らしい体つきではない。なんなら、僕より体格がいい。僕は浮かんだ疑問をそのまま彼にぶつけた。
「‥男性‥?の、か、たですよね‥?」
「まぁ、デリカシーのない子ねぇ?優花ちゃん、この子本当にリストにあった子なの?」
「え、はい、そのはずです‥。ごめんさい薫ちゃん」
「全然いいのよ、なんで優花ちゃんが謝るのよ」
そう言った後、僕の方をギロリと見る。ごくんと唾を飲み込んだ。すると、その女の人(仮)は、にこりと笑った。
「そんなに怖がらないでちょうだい、今のは冗談よ。アタシ、綿矢薫。よろしくね」
調月さんよりワントーン声が低い。結構野太い声だなぁと、だいぶ失礼なことを思ってしまった気がするが、まぁいいか。
「それより、部長はまだ来ないの?」
「あ、はい、今星宮くんと職員室を物色してます」
「まぁ気長に待ちましょう」
「え〜暇だよ〜。調月ーなんか面白いこと言ってー」
「布団が吹っ飛んだ」
まとわりつく速水さんを、調月さんは適当にあしらった。自己紹介が終わると、みんなは僕に見向きもしなくなった。それぞれが談笑を楽しんでいる。硬直していた体の力が一気に抜けて、暴れていた心臓が少し落ち着きを取り戻した。
冷静になって考えると、この人たちは一体何者なんだろう。悪の犯罪組織って感じじゃなさそうだし。とりあえず、僕は調月さんの隣の席に座った。チラリと目だけを動かして横を見ると、速水さんは調月さんによりかかって、かまってほしいアピールを全力でかましていた。それを見て、いつものことだと呆れる七草さんと綿矢さん。
ごく普通の学生の会話に見えた。でも、彼らは普通じゃない。間違いなく普通じゃない。何か聞きたいけど、この空気を壊したくないので、おとなしく座っていた。
ところで、部長って誰なんだろう。こんなヘンテコな人たちの長なのだから、相当おかしな人に違いない。
少し怖くなってきた。そうして僕は一言も発さないまま、数分が経った。誰かの走っている足音が、少しずつ近づいてきて、扉が勢いよく開いた。全員が一斉に振り向く。みんなの顔が、ぱっと明るくなる。
「ぶちょー!おかえりー!」
速水さんが、最初に声を上げた。
「おう!たでーま!」
男まさりな喋り方をするこの人が、部長。
「僕もいますよ」
後ろから男の子がひょっこりと顔を出す。そして、部長と呼ばれるその人は、僕に目線を向けた。
「アンタかー!ずいぶん辛気くせー顔してんなぁオイ!」
そう言われ、バシバシ背中を叩かれた。声も大きいし、距離も近い。ふわっと柑橘系の匂いが、鼻腔をくすぐった。
「あたし、桐生桃彩。ここの部長やってっけど、敬語とかそんな堅苦しいの求めてねーから、仲良くしてくれよな!」
そう言うと、親指をぐっと立てた。部長さんが挨拶をしたのなら、僕も挨拶しなくちゃ、と思い「桂花伊織です」と自己紹介をした。
キリッとした美形の顔に、少しつり目なので、怖そうかな?と思ったけど、フレンドリーな人だ。やっぱり人は見かけにはよらない。サラサラの髪を二つに結って、少し幼さもある。この人が「部長」なんだ。
桐生さんは、笑顔から真面目な顔になる。僕を真剣な瞳で見据え、話を切り出した。
「なァ、アンタいじめを受けてたんだよな?」
本日二度目の質問に、今度は「はい」とはっきり言った。
「そうか。ならひとつ、提案だ」
「高校を、辞める気はねぇか?」
目をきらりと光らせて、僕の顔を覗き込んだ。僕は迷った。学校なんて行きたくない。滅んでしまえばいいと思うほど、学校が嫌いだ。
でも、女手ひとつで僕をここまで育ててくれた母さんに、申し訳ない気持ちがあった。僕の父さんは、僕が小学三年生の時に病気で亡くなった。父さんがいないと、家計を保つのも一苦労だ。母さんは、毎日遅くまで働いて、高校のお金を払ってくれている。お金に余裕はないはずなのに、毎年誕生日には欲しいものを買ってくれた。小学五年生の時に買ってもらったゲーム機は、今も大切に使っている。僕の大切な暇つぶし。いや、暇つぶしというと、なくてもいいような言い方になってしまう。
僕にとってあれは、宝物だ。たかがゲームが宝物だなんて、笑われるかもしれない。でも、あれは本当に大切なものなんだ。学校を辞めるということは、ここまで僕に尽くしてくれている母さんを、裏切ってしまうような気がしたのだ。でも、母さんに伝えたらきっと、「伊織の好きなようにしなさい」と言ってくれる。
僕は頭の中の母さんに後押しされ、口を開いた。
「あります」
部長の後ろで祈るように見守っていた速水さんたちは、飛び跳ねた。にかりと勝ち誇ったように部長が笑う。
「じゃ、あたしらに加わる気はねぇか?」
何だかよく分からないけど、直感でわかる。何か変化が起きている。僕の運命が変わってきている。変えたい。
もう笠原たちから逃げ惑う生活はやめたい。妙に僕の目の前にいるこの人たちが輝いて見える。
この人たちについて行っても大丈夫だ。僕は一呼吸おいて、言った。
自分で口角が上がってしまっているのがわかった。
「あります」
どうも。笹団子です。前回の投稿の遅さを反省して、今回は少し頑張りました。
これからどんどん「部活」をしていく伊織が書けたらいいなぁと思っております。
部活内での絆とか、何気ない会話も、青春ですよね。そういうのとは無縁に生きてきた私でも、小説の中ぐらいでは青春に触れていたいです。この小説を読んでくれた皆さんが、少しでも青春を感じてくれたら嬉しいです。
そういえば今日、お昼ご飯にキュウリを丸かじりしました。夏野菜がおいしくなってきていて感激です。
トマトの丸かじりもおすすめですよ〜。
ではでは皆様、体調にお気をつけて。