小さな日常
ああ。眠い。
疲れた。今日は何月何日だっけ。視界がぐるぐる回る。
くそッ、さっき蹴られた腹がズキズキと痛む。
僕は腕の力だけで起き上がり、ベッドに横になった。
天井が渦巻いている。でも僕は無敵だ。
だってベッドにいるんだからな。
どれだけ目が回っていても、ベッドという絶対動かないところにいれば、ふらつかないし倒れることもない。
目が回ってるとき、どこかに寝っ転がり動きを止めれば最強という感覚に陥る。
でも、痛みからは逃れられない。
殴られた頬も、痛みが増してきた。痛みというより熱い。
頬がとても熱い。顔を思いっきり殴られたせいで視界が歪んでいる。まだめまいはおさまらない。
最悪だ。本当に最悪だ。なんで、僕ばっかり。
「高校生」と言うと、誰もが口を揃えて「まぁ、楽しい時期でしょう?羨ましいわぁ、私も昔は青春とかーーー」
とかなんとか言われてもううんざりだ。
青春?そんなキラキラしたものがどこにある。
金で買えるなら欲しいくらいだ。青春なんて、ごく少数の選ばれた者しか味わえない学生の頂点。
別に髪の毛を金色に染めたり、やたら髪がくるくるした女子と絡みたいわけじゃない。
最最最低限、学生らしい毎日を送らせて欲しい。
ただ普通に、友達とくだらない話をして、普通に授業を受けて、人影に怯えることもなく、平凡な日々を送りたい。
別に贅沢な願いじゃないはずだ。
一緒にいて心から楽しいと思える友達と、ゲームの攻略法だの、漫画の新刊だの、何気ない話をしていられれば充分だ。
それなのに、なんで僕なんだ。
毎日毎日、明日はあいつらからどうやって逃げよう、明日はどうやって生きていこう、明日はどうやって耐え抜こう、そんなことを考えてばかりだ。
いじめっ子の機嫌を損ねないために、ヘラヘラしてばかり。
同じ人間なのに。たかだか僕より背が少し高いだけの人間なのに。逆らうことのできない自分が情けなかった。
気に食わなければ暴力を振るわれる。おまけに先生は見てみぬフリ。生活アンケートとは何のためにあるんだと怒鳴ってやりたかった。
そろそろめまいもおさまったので、立ちあがろうとした時、ふと足のあざが目に入った。
この傷は何日前にできた傷だっけ。傷の上にさらに傷を重ねているせいで、僕の体にはあざが染み付いていた。
まるで、洗ってもとれない油汚れみたいだ。あいつらにやられた傷だと思うと、とても気分が悪くなる。
安全な家にいても、身体に刻み込まれた傷のせいで、あいつらの顔を思い出すことになるなんて、心底最低な気分だ。
ああ、疲れた。休みまであと何日だ。そう思い、壁のカレンダーに視線を滑らせる。
まだ火曜日。たっぷりと余裕を見せつけてくる時の流れに、いらだちが募る。
いつまで続くんだ。いつまでこの地獄は続くんだ。もう嫌だ。考えれば考えるほど息が苦しくなって、どうしようもなく不安になった。
正義の味方でも、現れてくれないかな。
幼少期に夢見たヒーローってのは、所詮は、心が子供のままの大人が、子供の気持ちになって創り出した夢物語だ。
そうやって子供に夢を見させて、信じられなくなってしまった自分達の代わりに楽しんでんでもらうのだ。
つくづく思う。幼い頃にあんな夢を抱かなければ。
高校生にもなって、ヒーローが実在するとかは思ってない。でも頭ではわかっていても、誰かは助けてくれるんじゃないかと、希望を見出してしまう。
誰かが、いじめっ子たちをぶん殴って、いじめという事実をもみ消そうとする先生たちを、こらしめてくれるのではないかと。
我ながら馬鹿みたいな妄想だ。今までだって、そうやって期待して誰も助けてくれなかったのに。
カーテンが風でふわりと膨らんだ。夏だけど、夜風はひんやりしていて涼しい。
机の上に置きっぱなしにしていたプリントが、乱暴に飛び散った。
その瞬間、僕の中で、何かがプツンと切れた。
近所迷惑になるのもかまわず、星一つ見えない真っ暗な空に向かって叫んだ。
「なんで僕ばっかり!もう嫌だ、明日もそのまた明日も、あいつらに殴られる!なんで、なんでだよ!」
僕はまるで、幼い子供のように喚き散らした。
紺色に渦巻く夜空は、僕の叫びを受け止めても、形を変えたりしない。
思う存分声を上げた。喉がヒリヒリしてきても、叫ぶのをやめなかった。
ようやく落ち着いた頃には、声が掠れ、喉がイガイガして気持ち悪かった。肩で息をしながら、窓ぎわにへたりと座り込む。
耳や首が、燃えるように熱いのに、夜風にあたっていた手は、少し湿っていて、冷たかった。
手を首元にやると、温度が急激に下がって、血管が吃驚している。すると、体の力が抜けて、さっきまでの眠気が戻ってきた。
夜の街は、生活音が一切無い。
今日一日の、たくさんの音を思い出した。
うるさく鳴り響くアラーム。朝、学校へ行く道で鳴いていた子猫の声。せわしなく通り過ぎる車のエンジン音。
教室の扉を開けた時になる、少し古くさい音。教室に足を踏み入れた時の、ざわぁとクラスメイトたちが揺らぐ音。
顔を床に叩きつけられた時の、心臓を叩くような音。殴られた時に聞こえる耳鳴り。石ころを蹴って帰る夕方の風の声。のんきなおばちゃんたちの会話。ひとりぼっちで食べる夕食の咀嚼音。僕の叫び声。
頬が冷たかった。頬に手をあてると、もともと湿っていた手がもっと濡れた。
目元を触る。なめらかに進んだ指が、膨らみを感じる。僕の最大の特徴である目元のほくろ。ほくろもびちゃびちゃに濡れていた。
学校に行きたくなくて、学校のことを考えると、胃がキリキリして、胸がざわついて、恐怖心に殺されそうになる。
明日なんか来なけりゃいい。このまま眠って、一生目覚めなくていい。時間なんか進まなくていい。朝なんか来なくていい。
今すぐ隕石でも降ってくれれば。竜巻かなんかで、学校が吹き飛んでしまえばいいのに。
僕はそう願うことしかできなかった。
地球という大きな世界に住む以上、僕はちっぽけな生命に過ぎないんだ。空から見たら、僕はきっとアリ以下だ。だから、僕一人のために、世界が変わったりしない。僕があいつらにいじめられる運命は変わらない。
僕は小さい。とても小さい。宇宙からすれば、地球からすれば、世界からすれば、日本からすれば、東京からすれば、僕の住む家からすれば、本当に詰まらない存在だ。
だって、家の机の下に、すっぽり収まってしまうんだ。たかだか冷蔵庫よりも背が低いんだ。こんなちっぽけな僕を、神様は見つけてくれない。
でも、祈るだけなら。願うだけなら許してください。
つらい。つらい。今日もつらかった。一日ずっとつらかった。目の奥が痛くて、それを紛らわすために腕をつねった。そのままゆっくり瞼を閉じる。
僕は、夜勤明けの母さんに起こされるまで、窓ぎわで眠ってしまっていた。
初めまして。笹団子と申します。この度はこんな駄作を読んでいただきありがとうございます。
正直こんなぐちゃっとした文章はとても読みにくいと思いますが、3行だけでも読んでやってください。
そうすれば私がとても喜びます。
この小説は、いじめや人間関係に悩む人たちに、少しでも勇気を与えられたらいいなと思って書きました。
ありきたりな理由でスミマセン。
この後書きも、できたら毎回書いていこうと思うので、楽しみにしていてくれると嬉しいです。
新学期や新生活が始まり、ストレスを抱えている方も多いのではないでしょうか。
そんな時は、少し小説でも読んで、逃げ場を作りましょう。頭の中に、夢中になれるような何かがあると、気持ちが楽になるかもしれません。