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師匠

「魔力を身に纏う際、服や髪といった細部にまで行き渡るのは、人がそれらを自身の一部と認識しているからです」


 そう言ってカーラが持って来たのは何の変哲もない木の棒だった。

 広い学園の中には木々が生い茂った森林も存在し、おそらくはそこから拾ってきたのだろう。

 ある程度の太さと長さのある棒は、一般的な剣と同等で見立てるのに申し分はない。


「故にこういった武器にも魔力を宿らせることはできます」


 身体から発された青い焔が持っていた木の棒を伝い、包み込むように全体へと行き渡る。

 完全に覆われた棒は青白い光華を放ち、不安定な粘膜のように留まっていた。


「おぉ……」


 それを見てゼクスとセラの二人は感嘆の息を漏らす。

 教わった魔力の形状変化の簡単な応用となるが、こんな発想は思いもしなかった。


 ゼクスも剣の扱いには多少の慣れはある。

 いくら魔女がいるからと言っても、人の数よりも遥かに多いモンスター全てに僅か人口の数分にしか満たない魔女が対応するなど不可能であるため、弱小のモンスターなどは民間が対処することが多い。

 総数が多い分、子供でも倒せるモンスターもまた存在している。

 そのため何度か最低級のモンスターを狩ったことがあるゼクスにとっては、武器の扱いは魔力の扱いよりも経歴は長い。


 カーラが少し移動して身長よりも何倍もの背を持つ大木の近くに立ち、


「練り上げた魔力を込めて、指向性を持たせてあげれば――」


 ザンッ!と刃もないのに魔力を乗せただけで大木を根本から斬り伏せてしまった。

 見るとそれはゼクスの身体よりも二回り以上太く、対してカーラの木の棒は握りやすいくらいに細身だ。


「と、まあこのように身体に纏わせる以上のことが容易くできます」


 二人のリアクションなどこれっぽっちも待たず、次はお前の番だと言うように木の棒を差し出す。

 受け取ったゼクスだが、内心には不安がある。


「でも、剣に魔力を纏わせただけで勝てるんですか? アリスだってこれくらいのことは出来るんですよね」


 すぐにでも身に付きそうな技術であるが故に、アリスが習得していないはずもなかった。

 魔法を使っている時点で自身より何歩も先を行っている相手だ。小手先一夜漬けの技術でどうにかなるとは思えない。


「目的は攻撃手段を増やすことではありませんよ」

「え?」

「効率良く効果範囲(リーチ)を伸ばすことで、魔法を打ち消すんです。おそらくあなたの魔力は触れるだけで魔法式を解いてしまう」


 つまり触れさえすればそれでいい。

 切っ先に掠るだけでも、放たれた魔法は効力を失う。

 魔力操作だけでも効果範囲を広げることは可能だが、それに集中して動けないのでは本末転倒。

 物に魔力を宿すのは比較的持続が簡単で、剣であれば最終目的である相手の守護石を破壊することにも繋がる。魔力で剣の切れ味を上げるのはオマケ程度だ。


「それなら、弓とかじゃダメなんですか?」


 おずおずと質問を投げたのはセラだった。

 魔法を解除する性質であれば遠距離から使えるに越したことはない。


 それは(アリス)の魔法を目にしたことのあるゼクスも同感だった。


 遠距離から攻撃が可能な魔法に対して、わざわざ近距離の戦いになる剣を選択するよりも、遠くから攻撃できるほうが遥かに賢明ではないか。


「魔力を飛ばせるなら一考の価値ありですが、飛ばしたことありますか?」

「な、ないです……」


 思い返してもみても、魔力の形を変えるのは出来るが、魔力を飛ばすなどやったこともない。

 カーラはそれを見越して剣という選択肢を与えていた。


「飛ばすのは応用の中でも少し難しいので、今は範囲の拡張だけを意識したほうがいいでしょうね。あとは具体的な戦術ですが――」


 そう言いかけて、ゼクスが神妙な顔つきで口を挟んだ。


「カーラさんはどうして俺に肩入れしてくれるんです? この勝敗ってあんまりカーラさんには関係ないじゃないですか」


 もちろん迷惑というわけではない、と補足して。

 いきなり入寮した男を贔屓するなど、もしかして俺のこと好きか?とも思ったが、恋愛的な意味を持って擦り寄る素振りなど一切ない。まあ、元よりそこまで軽薄な人間とも思ってはいないが。

 彼女は純粋にゼクスの足りない知識を、経験を適切に補って、『勝てない現実』を『勝てる現実』へと近付けようとしている。


 その言葉を聞いて、カーラは少し黙り込んだ。一瞬不快になったのかとも思ったが、


「……(ひとえ)に勿体ない、と思ったからです」


 無表情の仮面の底からは予想外の言葉が出る。

 その真意はゼクスは理解しえない領域だった。

 人を見て、勿体ない、と思ったことが(かつ)てあっただろうか。

 ここに来るまでは生きるのに必死だったため、人を見る余裕すらもなかったせいもあるが。


「私、競技対戦(デュエル)を観戦するの結構好きなんです。この不平等な試合には快く思っていない部分があるのかもしれません」


 試合の存在を聞いた時、アリスの宣戦布告の理由は確かに納得できた。

 自身の絹のような肌を覗き見られた落とし前をつけさせようと言うのだ。


 その意に共感はできる。

 だが、傍観者としては面白くなかった。


 対戦は拮抗している試合ほど白熱する。

 特に魔女王戦(クイーンズカップ)などの最終戦はどちらの魔女が勝利するか、手に汗握るほどに盛り上がるものだ。


 逆にどちらかが勝つことのわかっている茶番であるほど見るに堪えない。

 まるで大人と子供のように圧倒的な力量差のある試合に何の楽しみが見出せようか。


 だが、ほんの稀に圧倒的不利をひっくり返す歴史的な試合というものは存在する。

 番狂わせ(ジャイアントキリング)


 カーラはゼクスからそういった匂いを微かに感じとっていた。


「それに勝てる可能性のある試合を、戦う前から勝てないと諦めてしまうのは恰好悪いですよ」

「うっ……」


 面と向かってそう言われると、引けないところがある。仮にもゼクスは男、どうせなら『きゃー!カッコいい!』の方が良い。

 それを天然でやってしまうのがこの佳人の恐ろしいところだ。


「私も勝ってるところを見たい! だってゼクスは私の英雄(ヒーロー)なんだから!」


 キラキラと期待した瞳が反射する。幼馴染にもここまで言われているのだ、ここで退くわけにもいくまい。


「俺、勝ちたい。いや、勝ちます。だから教えてください、具体的な戦術とやらを。お願いしますカーラさん……いや、師匠!」

「……師匠はやめてください。それに具体的と言ってもあくまでヒントを出す程度で――」


 滅茶苦茶嫌そうな顔をしていたが、結局みっちりと教えてもらった。

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