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魔女

 この世界では女は皆、魔女の因子を持って生まれる。


 全ての女性に魔女の資質を見極める診断を受ける義務があり、認められたものは魔女としての資格と責務が与えられるのが常識だ。

 人間の兵士何千人、個によっては何万人にも匹敵する強大な力を持つ魔女達は、今や国防の観点からも手放せない存在となっていた。

 人々を守るため危険なモンスターと戦ったり、犯罪者を捕まえたりと誰しもに務まることではない大変栄誉のある役職。


 しかし、いくらそう説得しても、困ったことにゼクスの目の前にいる女の子は泣き止んでくれなかった。


「ゼクス……嫌だよ」

「もう、散々話しただろ? お前には絶対に魔女の素質がある」


 泣き腫らした目をぐしぐしと擦っているのは幼馴染のセラだ。

 燦然と輝く純銀の髪、魔性の宝石のように人の心を引き付ける紫の瞳、きめ細やかな白い肌は髪色と合わせると雪の精霊かと思わせる儚げな少女。

 バランスの整った顔立ちは冷たい美人というよりも、小動物のような愛嬌があり、彼女が笑うとこっちまで笑ってしまうような魅力があった。


 だから、セラが泣いている姿なんて見たくない。


 同じ孤児院で育った幼馴染の彼女には昔から不思議な力があった。

 セラが傷の手当てをすると怪我の治りが早くなったり、使った薬草や塗り薬の効能が良くなったりと、素人目にも察しのつく奇跡の力。

 だが、魔女とわかった時点で普通の暮らしからは切り離される。


 魔女としての才覚を発達させるために専門の教育機関である魔法学校に入学させられ、行く行くはは国を守る魔女になるという未来が決まっているのだ。

 普通の平民は魔女と診断されたら泣いて喜ぶほどで、学校は無償、十分過ぎるほどのお金を渡され、将来は決まっている。学生たる魔女見習いの時から裕福な暮らしができるため、余力のない孤児院暮らしに比べたら好待遇すぎるくらいの恩恵が得られる。

 学園で魔法を学ぶ義務はあれど、卒業後は自由のない束縛された生活などではなく、招集の際に赴かなければいけないくらいだ。


 しかし、セラは隠そうとしていた。

 そうしなければ、ゼクスと離れ離れになってしまうから。


「セラ、魔女になればマズいスープだって飲まなくていいし、硬いパンだって食べなくていいんだぞ。な? 最高だろ?」

「ぐすっ……そんなの要らない……ゼクスが居ないのなら、全部ゲロスープやカビパンと同じだよ……」

「お前なあ……」


 ゼクスもこのまま何処かへ逃げ出せればと考えたことはあったが、ただの人間が魔女の法に逆らって生きていけるわけがない。

 見つかれば国の貴重な戦力である魔女を匿った罪に問われ即刻処刑され、彼女は責務から逃げた罪で重い刑に処されるだろう。

 守ってやれる確証もないのに、大切な幼馴染を危険な目には合わせられない。


 辛いけど、セラにとってもこれが最良なのだ。


「早く行ってこい、お前の華々しい姿を俺も見たいんだ。あそこの魔女教会にいる人達もきっと驚くぞ、孤児にこんなすごい魔女がいたんだ!ってな」

「でも行ったら、お別れしなきゃいけないもん……」


 何十分も前から魔女教会の前の大通りを挟んだ建物の路地でずっとこんな問答を繰り返していた。

 行けば合格間違いナシなのに、駄々を捏ねて踏み出してくれない。


 しびれを切らしセラの手を取って、無理やり引っ張って歩いた。


「いやっ! 離して! ゼクスは私のことが嫌いになったの、居なくなって欲しいの!?」

「お前のことを嫌いになるわけないだろ。居なくなって欲しくもない」


 のしのしと大通りを横切る。

 靴を引きずりながらも抵抗するセラだが、さすがに男の力には勝てず魔女教会の正面まで来てしまう。

 とうとう扉の前まで連れてくることができた。


「ならなんで……!?」

「幸せになってほしいからだよ。いつか俺の言うことがわかる時がくる」


 心の底からそう思っていた。

 一緒にいても、待っているのは不幸な未来である。

 子供っぽい幼馴染には冷たくして心が痛むが、傷の浅いうちにお別れしないと彼女はずっと踏み出さないだろう。いつもそうだった。ゼクスが手を引いてあげないとセラは歩き出してくれないのだ。


「すみません、魔女の診断をお願いします」


 彼女の代わりにゼクスが扉を開いて、受付の魔女に用件を伝える。

 すると少し待っていろと待合席に案内され、そこまで来てようやく観念したセラは大人しく俯いていた。


「魔女になっても一生会えなくなるわけじゃないだろ、死に際みたいな顔するな……」


 セラは無言のまま待合席に座っていた。すると魔道具の準備ができたと呼び出された。

 ぎゅっと手を握りこんで魔女の後へ付いていく。


 やってきたのは祭壇のある部屋で、目立つように透明な魔石を嵌め込んだ魔道具が飾られていた。どうやらあれが魔女と判断する試験官らしい。終始とぼとぼと覇気のない足取りのセラを魔女に預けると魔道具の方へ連れていかれた。


「触れてみてください。魔女だったらこの魔石が光るから直ぐにわかりますよ」


 メガネをかけた優しそうな魔女があやす様に丁寧にセラの手を取って促す。


 おそるおそる五指を魔石にくっつける。


 すると、透明に反射していた魔石は真っ白に眩しく輝いて部屋中を照らした。


「これは白系統の魔力です……! なんと、珍しい上に魔力総量も相当な量……!」


 見張っていた魔女が感嘆の声をあげて興奮し、波及するように教会内がざわざわと熱を持ち始める。


 すると情報がすぐに伝わったのか、暗い緑髪の魔女が入室してきて詳しい報告を受けてからセラに向き直った。


「キミ、名前は?」

「セラ……です」

「喜ぶといいセラ、キミは今日から魔女見習いだ。早速、セレスティア魔法学園に入学できる手配をしよう」


 有無を言わさない迫力の魔女にたじろぐセラ。

 全く嬉しくないのか、顔色が悪くなっているセラの手をがっしりと掴んでさっさと扉を出て行ってしまった。

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