リモート飲み会にハブられる
うちの課は職場飲み会が多い方だった。
「気を遣うから嫌だ」と、職場の飲み会を毛嫌いする風潮も最近ではあるらしいが、うちの課は違っていて、和やかな雰囲気でリラックスして楽しめる。
だからこそ、飲み会が多いのかもしれない。
ところが、コロナ19禍の影響で、その飲み会が開かれなくなってしまった。「数少ない人生の楽しみだったのに残念だ」などと思っていると、何処からともなく「リモート飲み会をやるぞ」という話が飛び込んで来た。
“飲み屋で一緒に同じ酒や料理を食べるからこそ楽しいのじゃないか”
とも、思いはしたけど物は試しだ。僕はそれに参加してみる事にしてみた。
「意外に楽しいぞ」という同僚の言葉は半信半疑だったのだが、やってみるとこれが案外楽しかった。酒も料理も銘々が勝手に買って来て飲んで食べる訳だけど、だからこそ互いに薦め合ったり、手作り料理ならレシピを教えられたりして面白い。同じテレビやネット放送を点けて、色々言い合って楽しむとか。
僕の自宅はかなり古臭い安アパートだから、その自分の部屋を皆に観られるというのが恥ずかしいと言えば恥ずかしかったけれど、僕は鈍感な性質だから、あまり苦にはならなかった。
……ただ、それでも、ちょっとばかり気になる点がある事もあったのだけど。
リモート飲み会をやっていると、時折、皆がおかしな反応をする事があるのだ。凍り付くというか時が停まるというか何と言うか。
もっとも、やっぱり鈍感な僕はそれを大して気にしていなかった。多分、画像が乱れるとか通信状態が悪くなるとかそういうのが原因だろう。
皆、僕の顔は多分、見ていなかったと思うし。
それからしばらくしてリモート飲み会はあまり開かれなくなった。多分、皆、飽きたのだと思う。
ところが、どうにもおかしい。どうやら、皆、コソコソと僕に隠れてリモート飲み会を開ているようなのだった。
テレワークではない出勤日、職場に行くと僕を避けるように飲み会の打ち合わせをしている声が時折聞こえてくるのだ。
なんて事だ!
僕は自分で気付いていなかっただけで、どうやら皆から嫌われていたらしい。
「言わなくて良いの?」
「だって、ほら、彼、鈍感だから。気付かない方が幸せな事もあるものなのよ」
ある日なんて、少し遠くにいるから聞こえないとでも思ったのか、そんな女性社員達のヒソヒソ話が聞こえて来た。
いくら鈍感だからって馬鹿にするな!
それくらい気が付く。
僕はそれにとても傷ついた。
「陰険にこんな嫌がらせをするくらいなら、直接文句を言えば良いじゃないか。いくらなんでも性格が悪い」
しかも、それからしばらくが経ったある日、まったく知らない人達からリモート飲み会の誘いがあったりもした。
つまり、職場の誰かが僕のアドレスを勝手に漏らしたのだ。
これも嫌がらせの一環だろう。
とうとう我慢できなくなった僕は、ある出勤日に恐らくは一番付き合いが長いだろう男性社員にこう訴えた。
「僕に文句があるのなら、直接文句を言えば良いだろう! どうして、僕だけリモート飲み会に呼ばないんだ!」
すると、それを聞いた彼は目を大きくした。
「なんだ。気付いていたのか……
いや、別に皆、お前に文句がある訳じゃないんだよ」
「じゃ、どうして嫌っているんだ?」
「いや、嫌ってもいないって」
「リモート飲み会で、仲間外れにしているのにか?! 嫌っていないのなら、どうして僕を呼ばないんだ?」
そう僕が問い詰めると、彼は頭を激しく掻いた。
「いや、あのな。問題はお前にあるんじゃないんだよ」
「なら、何に問題があるんだよ?」
それから彼は言い難そうにしながらこう言った。
「お前のアパート、安いよな?」
「安いよ。だから借りているんだし」
「ん。つまり、他に引っ越すつもりはない、と」
「そりゃそうだ。あんな安いアパート、滅多にないし」
「うん。それに、かなり古いよな?」
「古いよ」
「多分、だからだよ」
「何が?」
「出るんだよ」
「だから、何が?」
それから彼は大きく息を吐き出してから言った。
「幽霊が」
――は?
僕はそれを聞いて目が点になった。
彼は語り続ける。
「飲み会をやっているとさ、お前の部屋の画面の端とかに時々、半透明の白い女の姿が見えるんだよ。
初めは気の所為だと思っていたんだが、みんな見ているって言うし。
ネット回線を通じて、幽霊がやって来るなんて話は聞いた事はないが、それでもついそんな怖い想像をしちまうしさ…… 気になって楽しく飲み会ができないんだよ」
僕はその彼の言葉に愕然となっていた。
「いや、ちょっと待て。なんか、知らない連中からリモート飲み会の誘いが来たのは、つまり……」
「ああ、お前の部屋、一部のオカルトサイトで有名になっていたみたいだから、きっとそれで誘われたんだろう」
驚いて固まっている僕に向けて、彼は語り続けた。
「教えてやろうかって皆で話し合ったんだけどさ、折角、鈍感で気付かないってのなら、そのままにしておいた方が良いだろうって事になってさ。
鈍感で、気付かない方が幸せなことも、世の中にはあるもんだから」